吉田晴乃社長

「日本女性の優秀さは世界トップレベル、と国際的に知られています。1億2650万人の半分はアセット(資産)であり、日本経済の大きな”伸びしろ”ということです」

株式会社BT(ブリティッシュ・テレコム)ジャパン社長の吉田晴乃さんは、経団連初の女性役員(審議員会副議長)として、熱いメッセージを発信し続けている。大学卒業時に大病で苦しみ、その後カナダや米国に渡り、大手通信会社の営業部門で猛烈に働いた。その間には結婚・出産、そして離婚を経験。「ぼろぼろの人生でした」と振り返るが、持ち前の明るさと逞しさで、世界で最も歴史あるイギリスの通信会社BT社の日本法人社長まで上り詰め、今、日本女性の活躍を民間から押し上げる大役を担っている。2017年には、フォーチュン誌による「World’s Greatest Leaders 50」の1人に日本人としてただ1人選出された。シングルマザーとして娘を育て上げた経験から、同じ立場の女性たちに「自分を責めないで。子どもは働く親の背中を見て育つ」と力強いエールを送る。BTジャパン社長の他にいくつものわらじを履き八面六臂の活躍をしている多忙な吉田さんに、ウーマノミクス、国連のSDGs(持続可能な開発目標)、テレワークの大切さ、東京五輪への期待などを伺った。

パイオニアとしてみんなをスイッチオンさせるロールモデルがほしい

――世界経済フォーラムが昨年11月に発表したジェンダーギャップ指数では、日本は144カ国中114位という低さです。経団連の女性活躍推進委員会委員長でもある吉田さんは、現状をどのように見ておられますか。

吉田 この数字は一体どういうクライテリア(判定基準)でそうなっているのか調べてほしい、と経団連にお願いしています。欧米は順位を上げるためにクライテリアにチャレンジし、ロビー活動も行いますが、日本は全然そうしたことをしません。

女性はゲームチェンジャーだとずっと言われ、日本は明らかに変わってきたと肌で感じています。例えば経団連のメンバー企業を見ると、女性役員はこの3年間で2倍に増えているのです。

ゴールドマン・サックス証券副会長のキャシー松井さんがウーマノミクスを提唱し、安倍内閣も推進しています。日本人は一度レールが敷かれると、PDCA(計画・実行・評価・改善)を真面目にやる国民です。いったん改善の域に入れば、一気に進むだろうと期待しています。

吉田晴乃社長

今必要なのは、パイオニアとしてみんなをスイッチオンさせるロールモデルです。画一的なモデルではなく、例えばファッション雑誌のスカーフやスカートの組み合わせがいろいろあるように、柔軟な発想で取り組むことが大切です。

男性には昔からロールモデルがいっぱいありますが、女性には少ない。部下にはどう話せばいいのか、役員会ではどう挨拶をすればいいのか、服装はこれでいいのかなど、いつも女性のロールモデルを意識して、先頭切ってやってほしいと思います。

――吉田さん自身、1つのロールモデルだと思いますが、いつもどういう気持ちで活動されていますか。

吉田 「私を見て」というか、楽しまなければと思ってやっています。自然体で自分を最高に発揮していくぞという気概ですね。でも私に会った女性たちの反応は大体が「え、こんなのあり?」といった感じではないでしょうか。ものすごく距離感を感じる人と、「こんな感じでも良いんだ」と思ってくれる人に分かれますね。どちらにしても「インスピレーションを受けました」と言ってくださる方が多いです。

吉田晴乃社長

――「こんな感じでも良いんだ」というのは、どんな意味だと感じておられますか。

吉田 私はずっと、裏街道まっしぐらというか、ぼろぼろの人生だったのです。立派なキャリアパスを歩んできたわけではないし、大企業に勤めて役員にしてもらったわけでもない。シングルマザーで海外回りをして帰ってきたら、グローバル人材だの、ダイバーシティだのと言われ、こんな立場になった。例外的と言うか特異なキャリアパスの人間ですから、勇気づけられる人も多いのではないでしょうか。

20代でカナダに渡った時、私のステータスは「移民」でした。それでも誰もがアジア人女性である私をフェアに扱い、能力を育ててくれた。カナダの皆さんのおかげなのです。日本は移民の受け入れに消極的な国ですが、今世界の移民の人たちに思いをはせると心が痛みます。いつか問題提起したいと思います。

G7をスタンダードにして全面的な棚卸しを始めた日本

――吉田さんは「日本女性の優秀さは世界トップレベル。日本の人口1億2650万人の半分はアセットであり、経済の”伸びしろ”である」と述べておられます。少し説明していただけますか。

吉田 日本は戦後、国の復興のためにみんなが頑張って働いてここまで来ました。しかし、社会のあり方はこのままでいいのか、ちょっと待てよ、というのがここ20年の動きです。以前は政権が毎年変わり、方針も変わるので社会の改革は進みませんでした。

吉田晴乃社長

しかし、ようやく長期政権ができて全面的な棚卸しが始まり、人口減だ、高齢化社会だと、ありとあらゆるものがあらためて大きな問題として浮き彫りにされた。今先進国のG7をスタンダードにして、参考になるものはないかと見直しているところです。トップバッターは少子高齢化。国内市場も生産年齢人口もどんどん縮小する中で、まだ使っていない人材が大勢いるではないか。それが女性という宝の集団なのはご存知のとおりです。

大抵の人は、女性、高齢者、LGBT、外国人材などと縦割りに捉えますが、ジェンダーは男女2つなのだから、それぞれに含まれる女性たちに横串を刺して考えなくてはいけない。1億2650万人の半分を占める女性がアセットだというのは、そういう意味です。特に日本の女性は、literacy(理解力)とnumeracy(数学的思考力)に優れています。この力をもっともっと発揮できる社会にしなければ、本人にとっても日本社会全体にとってもあまりにもったいない。

国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)も女性の活躍を期待しています。ウーマノミクスはそれ以前から、現政権が「日本で最も生かしきれていない人材は女性」として、その力の発揮を日本の経済成長につなげることを考えていた点で正しい発想だと思います。

今、注目のインディ・ウーマン市場をもっと活性化させたい

――昨年は、日本企業の女性幹部たちを率いてホワイトハウスを訪問し、ディナ・パウエル大統領補佐官・上級顧問と会談されました。どんな話が出たのですか。

吉田 いろいろありますが、1つは、いま米国が大注目しているインディ・ウーマン市場の話です。これはインディペンデント・ウーマン、つまり25歳以上で独身のキャリア・ウーマンたちが作り出す市場のこと。エステ、洋服、旅行、車、趣味などに消費を惜しまない女性たちが使う金額は、米国では1兆ドルと言われています。

女性は、単に労働力の補充や、新しい商品・サービスの開発という面だけでなく、旺盛な消費能力で新しい市場を作り出しているのです。この新しい現象の経済効果は、TPP(環太平洋経済連携協定)がもたらす効果よりはるかに大きい。各国が結ぶFTA(自由貿易協定)はしょせんパイの取り合いでゼロサムゲームですが、インディ・ウーマン市場はグリーンフィールド(新分野)です。

ホワイトハウス訪問では、このインディ・ウーマン市場を日米でもっと活性化させようという話をしました。世界の消費市場は18兆ドルですが、そのうち12兆ドルは女性が決定権を持っていると言われています。もし、この市場で業績を伸ばしたいと思っているCEOがいたら、消費者と同じ視点を持つ女性幹部を配置するのが賢明ですね。

吉田晴乃社長

――日本の企業は、そうした消費者動向の変化にきちんと対応しているでしょうか。

吉田 ようやくそういう時代になってきました。ウーマノミクスで何が変わったかと企業に聞くと、美容家電がよく売れている、男性が3分間で調理できるレトルト食品が伸びている、コンビニではグリーンスムージーが大人気、働くママたちがデザインした商業施設が大ヒットしたとか、そんな話がいっぱいあります。

まずはこうした数字を集めて、女性の社会進出による経済効果をはっきりさせようと、いま経団連1300社で数字を集計中です。実際の数字で経済成長につながることを示さないと、持続可能な社会への変化は起きません。

心が痛む子どもの貧困問題。全体を俯瞰するリーダーシップが欠けていた

――今、日本の子どもの6人に1人、シングルマザーなどのひとり親世帯では約5割が貧困状況です。吉田さんは「潜在能力を持つ人材が力を発揮できないのは、日本の成長にとって大損失」と述べておられます。

吉田 GDP世界第3位のこの日本にこれほど貧困の子どもが多いのは、本当に心が痛みます。お母さんたちはスーパーやコンビニのレジ係を掛け持ちしたりして懸命に働いている。外国人材を議論する前に考えなければならない問題です。財界も教育無償化にお金を出します。地方に行けば空き家が多くて家賃は安く、人材がいなくて困っている。だから東京から地方に移る選択もありうる。そういう人たちに就職を斡旋するNPOも出てきています。

こうした全体を俯瞰するような視点が日本にはあまりなかった。日本には宝の山があるのに、何をどう組み合わせていくか、そのリーダーシップがこれまでなかったのです。うまくつなげていけば日本は大丈夫だと確信しています。

最近の社会の分断は、誰もが短期的な利益を追い求め、目端が利く賢い一部の人だけが更に儲かるような仕組みになっていることに一因があると思います。SDGsはそうした格差の解消を目標の1つにしており、世界はターニングポイントに来ています。

吉田晴乃社長

どんな勲章よりもうれしかった娘の一言

――ご自身もシングルマザーとして苦労されました。いま同じように頑張っている人たちに伝えたいことは何かありますか。

吉田 彼女たちには、「ああ、自分は人生に失敗しちゃったんだ」なんて絶対に思ってほしくない。子どもは頑張っているお母さんの背中を見て育っている。立派な学校に入れるだけが教育ではなく、過酷な生活環境にあっても一生懸命生きているお母さんの姿を見せることも教育です。子どもが成長する過程で、乗り越えなくてはいけない時期もありますが、愛情を持って育てれば大丈夫。お母さんは自分を責めず、自分が良かれと思うことをやってほしい。

母親って、生活のため、お金を稼ぐためには仕方がないと思いつつも、子どもと一緒にいられず寂しい思いをさせることが、ただただつらい。母親としての母性本能が、DNAが、細胞が泣くのです。泣いて自分を責めてしまうのです。

でも、私の経験をお話しますと、成長した娘がテレビのインタビューで「母を責めてはいません」と泣きながら言ってくれました。幼い頃、仕事に出かける私に追いすがり「ママ、行かないで!」と泣いた娘が、です。寂しかったのに、自分がしっかり育たなければいけないと思ってくれるまでに育ってくれたのです。反抗期の頃は大変でしたが、今は感謝の思いでいっぱいです。どんな勲章よりも娘の一言がうれしかった。

テレワークが解消する「通勤による時間とお金のムダ・体力の消耗」

――企業が生産性を上げる仕組みとして、テレワークの重要性を力説されています。その利点について説明していただけますか。

吉田 テレワークは、ご存知のとおりICT(情報通信技術)を活用した、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方で、今では世界中でたくさんのビジネスパーソンが利用しています。多くの方がそうだと思いますが、私の場合も、海外出張時の往復機内は絶好のテレワーク環境。オフィスのようにいろんな雑音に妨害されないぶん、サクサク片付くので仕事の生産性は抜群です。

テレワークは、特に子育て中の女性にとって強い味方。通勤による時間のムダと体力の消耗から解放され、人間らしい労働環境が得られるようになります。その結果として、家族と過ごす時間も増え、子どもが風邪を引いてしまった時なども、看病しながら仕事ができますし、世界のどこにいてもミーティングに参加できます。BTはドルビー社と組んで周囲の雑音を消すシステムを販売していますので、子どもやペットの声を気にせずに会議に参加できます。私も自分の子育て中にこのシステムがあったら、どんなに助かっただろうと思います。

要は企業などで、もっとイノベーションを使い、社員の長時間労働を解消し、わざわざ出張しないですむようにして、その分経済効率を上げましょうという話です。おいしいご飯がボタン1つで炊ける時代に、わざわざカマドで炊いて人手が足りないと言っているのが日本の現状です。霞が関、永田町、経済界も、みんなが影響し合ってものすごくアナログです。ペーパーレスだと言いますが、1カ所でもペーパーを要求する所があると対面やハンコが必要になり、全体がアナログに引き戻されるのです。

吉田晴乃社長

BTは2012年にロンドンで開催されたオリンピック・パラリンピックのゴールドパートナーになった時、全社員がテレワークできるように設定しました。というのは、BT本社はロンドンの金融街シティの真ん中にあり、五輪期間中は交通渋滞で会社に通勤できないかもしれないという危機感があったのです。BTの生産性をマックスにしなければならない時に、これではまずいというので、テレワークを本格的に始めたのです。

テレワークの効果は絶大でした。その後、産休女性のリターン率は99.9%に上昇し、病欠は60%も減り、経費の節減は日本円に換算すると数千億円に達しています。

日本企業の導入率はまだ数パーセント~十数パーセントぐらいでしょうか。2020年東京五輪に向けてもっと導入した方がいいと申し上げています。東京で大雪が降った1月23日も、当社は交通の混乱を予想し、あらかじめ全社員に対し、家にいてテレワークで仕事をするよう指示を出しました。

前回の五輪から半世紀、どんな日本を見せてくれるか世界が注目

――2012年にロンドンで開催されたオリンピック・パラリンピックは世界初の「デジタル五輪」と言われ、BTはITインフラ統括の大役を担いました。先達として、東京2020オリンピック・パラリンピックをどう見ておられますか。

吉田 オリンピックはそこに世界が凝縮するというか、とても奥が深い。ロンドン五輪の時でさえ40億人のビューアーがいたので、東京五輪はもっとすごいことになるでしょう。前回の東京五輪から半世紀経ち、どんな新しい日本を見せてくれるのか、世界が注目しています。

その一方で、「デジタル五輪」には影の部分もあり、それへの万全な備えが必須です。

ロンドン五輪では、オリンピックのサイトの他に金融システムや企業もサイバー攻撃を受けました。この脅威は日々深刻になっています。BTは当時の経験者や技術者を自費で日本に呼び、関係者の方々に講演をしています。

吉田晴乃社長

身近な話としては、東京五輪では世界の人たちに多様性を意識したおいしいものを食べてもらいたいと思っています。私自身、当ビルにあるアークヒルズクラブのレストランで、地産地消の食材を使ったグルテンフリーかつイスラムの人たちにも食べていただけるハラル対応のランチを作ってもらい、「吉田メニュー」として提供しています。これもおもてなしの1つです。

――吉田さんの、努力に裏打ちされたポジティブな生き方は、社内でも触発される人がとても多いと伺っています。最後に、後に続く人たちへのアドバイスをお聞かせいただけますか。

吉田 「自分の人生を生きなさい」に尽きますね。あなたの花がどんな花なのか、あなた以外の人には分かりません。そして、どんな花を咲かせられるかは、あなた自身にかかっています。ダイバーシティ&インクルージョン(包摂)とよく言いますが、この言葉は自分の中の多様性やユニークネスを受け入れるという意味でもあるのです。1人ひとりの「輝く自分」の集合体が「輝く社会」になるのだと思います。

吉田晴乃社長

三井さん(右)は吉田社長の秘書。これまで日本を代表する著名な方々の秘書を務めてきたが、「常に前向きで、positiveの塊のような吉田に、日々刺激を受けています。良いところも、びっくりさせられるところも含めて、私のボスは本当に魅力的な上司です。知れば知るほど秘書としてヤル気が出てきます」と、そっと語ってくれた。

TEXT:木代泰之

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吉田 晴乃(よしだ・はるの)
BTジャパン株式会社 代表取締役社長

1964年、東京都生まれ。慶應義塾大学卒。アメリカの通信機器メーカー、モトローラ社の日本法人にて社会人生活をスタートする。結婚を機に1992年にカナダに移住し、現地の通信会社に就職。その後、離婚し1999年に渡米。NTTアメリカ法人、NTTコミュニケーションズを経て、2008年にアメリカの通信大手ベライゾン・コミュニケーションズの日本法人営業本部長に就任。2012年1月から、イギリスの通信大手ブリティッシュ・テレコム(BT)社の日本法人、BTジャパン株式会社の代表取締役社長を務める。2015年6月、日本経済団体連合会初の女性役員として、同・審議員会副議長に就任。内閣府規制改革推進会議委員。