試合終了の瞬間、ワールドカップを制したイレブンがピッチにへたり込んだ。世界最高のストライカーもディフェンダーも空を仰ぐ。20××年。史上初めて実現した「サッカーW杯優勝チームVS人工知能搭載ロボットチーム」は、ロボットチームの勝利に終わった――。遠くない将来、こんなシーンが現実のものになるかもしれない。

ロボカップという国際競技大会をご存知だろうか。「2050年までにW杯優勝チームに勝つ」ことを目標に、世界から100以上の研究グループがロボットによるサッカーチームをつくって参加しているサッカー大会のことだ。ロボット開発が世界的に注目度の高いビジネス領域となり、「第3次ロボットブーム」と言われるなか、ロボットはどう進化していこうとしているのか。ロボカップの発案者の一人、産業技術総合研究所の野田五十樹氏に話を聞いた。

チームワークを考えられるロボットをつくりたい

――ロボットでW杯優勝チームに勝つ、というコンセプトは本気なのでしょうか?

野田 もちろん本気です。いや、勝てるチームをつくるだけでいいなら、あと10年ほどで実現可能かもしれません。お金はかかりますが(笑)。

――そんなに早く、W杯優勝チームにロボットが勝てる時代が来ると?

野田 例えば、腕が伸びてどんなシュートもキャッチできるキーパー、人間ではキャッチするのが不可能な高速シュートを打てるストライカーといったロボットをつくればいいわけですから。でも、そんな試合を観て、面白いと感じるかどうかは別問題です。私たちは、そうした「超人ロボット」をつくって人間のチームに勝つことは目指していません。

――どのようなロボットを目指しているのですか?

野田 私たちは、二足歩行の人間型ロボットで、人間の強豪チームが対戦したくなるような「人間的要素を持ったロボット」を目指しています。そして、観客が面白いと思う試合を実現したうえで、勝ちたいと思っています。

野田五十樹氏

――ロボカップは、1995年に構想が発表され、世界大会は97年に始まりました。昨年の名古屋大会で20年の歴史になります。なぜこうした大会を考えついたのですか?

野田 97年にチェスの世界王者ガルリ・カスパロフと、IBM製のスーパーコンピューター「ディープ・ブルー」が対戦し、前年の初対局では敗れていたディープ・ブルーが初めて勝利しました。ディープ・ブルーは89年から開発が始まっていて、いずれは勝つだろうという予測はありましたが、これは人工知能の世界では大きな出来事でした。

――そうした開発の進歩によって、チェスではなくサッカーでもできないかと考えたわけですね。

野田 そうです。ただし、盤面で駒が勝手に動くことがないチェスと違って、サッカーは、ボールを転がしながら敵も味方も動き回ります。自分以外の人やロボットの動きに、人工知能を対応させていかなくてはいけないところが難しい点です。

ロボカップ

――サッカーにはプレーヤー同士のコンビネーションが欠かせません。

野田 重要な研究テーマが、そのチームワークです。人間は単体では弱い生き物ですが、集団で社会を形成することによって、地球上でここまで繁栄してきました。人間がなぜ社会を形成できたり、チームワークを組めたりするのかは、実は人工知能の開発において大きな壁です。こうした点を解明できれば、人間とロボットの協働が可能になります。

チームワークを考えられるロボットが実現すれば、さまざまな生活シーンや産業などで活用できます。その開発のために、サッカーは最適な研究の題材だと判断しました。現在、ロボカップには世界から数百のチームが参加していますが、サッカーだけではなく、レスキュー部門、家庭用部門などのカテゴリーが増えています。

失敗の原因を突き詰めて技術は進化する

――ロボカップのサッカーでは、小型、中型、大型、二足歩行型など、ロボットの形態別にいくつかのリーグを分けていますが、それぞれどのような狙いがあるのでしょうか?

野田 技術的に幅広いことにチャレンジしたいという思いもありますが、予算や環境面の問題があります。小さなロボットは大きなロボットよりも安価で数も多くつくれるため、チームワークの研究に向いています。一方、大型のロボットは高価で、広い競技場がなければチームワークの研究ができません。そのため、大会当初の中型リーグでは、人間が使うサッカーボールと同サイズのボールをどうやって正確に蹴るかという研究に注力していました。

――大会が始まった当初から、サッカーとして試合は成立しましたか?

野田 正直、最初はひどいものでした(笑)。97年の第1回大会では、試合開始の笛が鳴ったのにロボットがピクリとも動かず、観客から「いつになったら試合が始まるのか」と質問されたこともありました。研究者の間では有名な笑い話です。

――「やはりロボットでサッカーは無理だ。大会をやめよう」などという話は出なかったのでしょうか?

野田 それはありません。私たち研究者にとっては「なぜこうなったのか」が技術進化を生む材料になります。動かなかったロボットは、カメラがボールの色を捉えることで、それがボールだと判断する仕組みでしたが、照明の当たり具合でボールの色が変化し、うまくカメラで捉えられなかったことが原因でした。その点を改善することで、翌年の大会ではある程度サッカーらしい動きができました。

――失敗が技術進化を生むのですね。大会を重ねるなかで、技術はどのように進化していますか?

野田 ボールの軌道を計算して正確に蹴る、という技術が進化しています。現在ではボールを浮かせる「ループシュート」や、動きながらの正確なパス回しが可能になりました。また、重要な点として、ロボカップを開催すること自体がロボット研究の転換点になりました。

――どのような意味で転換点となったのでしょうか?

野田 研究成果を論文で発表する場合、研究室や工場の中など「研究のためにつくり上げられた環境の中」で実験し、ベストな結果をもとに論文を書くというケースが中心でした。ところが、ロボカップの会場は体育館やアリーナなどのオープンスペースです。ロボット用につくられていない場所で、どう動かせるかが問われてきます。これは、研究を進めるうえで転換点となり、大きな意義もあります。

ロボットの動きは「記号処理」と「学習」のコンビネーション

――昨年の大会をYouTubeで観ました。小型、中型のロボットはとても素早い動きをしていますね。

野田 小型と中型のロボットは、オムニドライブという360度動けるタイヤを装着しています。チームワークを研究している小型リーグでは、天井にカメラが設置されていて、どのロボットもそのカメラからの情報を受け、敵味方やボールの位置を認識しています。つまり、「全員がお互いの位置を把握した状態で、チームワークを発揮してプレーしてください」という狙いです。一方、中型のロボットはそれぞれに360度を見渡せるカメラが装着されていて、自らボールと敵味方を選別しています。

――いわゆる「キラーパス」を通すシーンをたびたび見かけました。

野田 キラーパスはまさにチームワークがあってこそなせる技ですが、最近はチームごとに上達しています。相手の位置、こちらがこう動けば相手はこう動く、だから味方の誰がここに動いてパスを出す、という計算された動きです。

――これは人工知能が、プレーを学習して「進化」しているということなのでしょうか?

野田 ディープラーニング(深層学習)が注目されているので勘違いされがちですが、人工知能を達成するアプローチ法には、ディープラーニングを含めた「学習」と、「こういう場合はこうしなさい」というルールを細かく書き込む「記号処理」の二つの方法があります。ロボットの動きは、この「学習」と「記号処理」のコンビネーションで成り立っています。ボールを追いかけたり蹴ったりする力を調整するのは、ディープラーニングが得意ですが、戦術的な動きを生み出すのは記号処理の方が得意なのです。

――実際に戦術面で進化したチームはありましたか?

野田 実際のサッカーの試合で、試合中にフォワードを1人から2人に増やすなど、フォーメーションを変えることがあります。ロボカップでも、昨年の大会に出場したシドニー大学のチームは、アルゴリズムを駆使し、対戦相手が戦術を変更するのを予測して、自分たちのフォーメーションを変化させながら試合を進めていました。

――失点しそうな窮地で、後ろからぶつかって転倒させる「プッシング」のようなプレーもありました。人間ならレッドカードかもしれませんが、失点が確実視される場合には現実にこうした反則プレーが起きます。かなり高い判断力が必要だと思うのですが、このプレーは人工知能が何をどう判断しているのですか?

野田 残念ながら、そのプレーは、各ロボットが単にボールやゴールに向かっていってしまった結果ぶつかっているだけで、高度な判断の結果ではありませんね(笑)。その辺りの動きが今後の大きな課題になっています。

野田五十樹氏

――具体的に、どのような課題ですか?

野田 いまのロボットは「意思疎通」ができない、ということです。人間がサッカーをやれば、もちろん接触シーンはありますが、ラグビーのような肉弾戦にはなりません。それは、無意識のうちに人間同士が避け合い、暗黙の了解で相手の動きを予想しているからです。それを利用して、相手にフェイントをかけて一瞬で出し抜くプレーが生まれたりするわけです。

――現時点で人間とロボットがサッカーで対戦すると大変なことになりそうです。

野田 ロボカップ世界大会の最後に、中型リーグの優勝チームと研究者代表の人間チームで対戦することになっていて、私も学生時代にサッカーをやっていたので出場するのですが、すぐにロボットとぶつかってしまいます。人間はロボットがどこにどう動くか予想できない。逆も同じです。

もし、いま二足歩行で素早く動けるロボットと人間が試合をしたら、ぶつかって人間にけがをさせてしまうでしょう。それを避けるために、ロボットに「人間とぶつかったらダメ」と設定すると、今度はロボットがボールを追わなくなります。人間と一定の距離を取ろうとするからです。これでは、サッカーが成立しません。

――意思疎通させるための処方箋はあるのですか?

野田 正直、どこから研究に手をつけたらいいのか、まったくわかっていません。でも、人間と意思疎通ができるロボットの開発というのは、サッカーだけの問題ではありません。意思疎通ができなければ、人間との協働作業はできないということになるからです。それをどう解決するかが今後の大きな課題であり、研究者としては魅力的なテーマです。

「AIが人間を支配する」は映画の中の話

――ロボカップを通じた技術発展で、実際に社会に貢献したものはありますか?

野田 よく知られる事例として、大手ECサイトの物流を支える仕組みがあります。倉庫の中にたくさん商品棚がありますが、商品を作業員が取りに行くのではなく、作業員の前に倉庫が動いてきてくれる技術です。あれはロボカップの小型リーグに参加していた人が開発したものです。

――将来的にロボカップを通じた技術進化で、どのようなことをロボットができるようになるとお考えですか?

野田 レスキュー(救助)、アットホーム(家庭)、インダストリー(産業)で進化が起きると思います。レスキューでは、人間がたどり着けない瓦礫の下に潜って人を助けられるようになるでしょう。さらに、意思疎通が可能になれば、工場で人とロボットが隣り合って仕事ができたり、要介護者に寄り添ったりできるロボットが開発され、人間の負担を減らすことができます。要介護者を寝たきりにさせないように、外出に付き添うことができれば、要介護者の健康維持にも貢献できます。

――期待の一方で、「人工知能が人間を超える」だとか「人工知能に支配される」と心配する声もあります。

野田 最近よく人工知能が人間を抜き去る「シンギュラリティー」(技術的特異点)という言葉がメディアで見られますが、研究者としては、いったい何をもって「抜き去る」とか「超える」と言っているのか疑問に感じます。まず、人間の知能とは何なのか、ということが研究者の中で解決できていません。そもそも、人間の知能とは計測できるものなのでしょうか。人間の脳がやっていることが「知能」だとするなら、人間の脳が最高の存在なので、どうやっても超えられないわけですから。

野田五十樹氏

――いまの私たちは「シンギュラリティー」を必要以上に恐れすぎているということですか?

野田 コンピューターが人間を上回った前例はすでに多くあります。現代において電卓はあって当たり前の存在ですが、計算能力だけに注目すれば、すでに人間の能力を「抜き去って」います。グーグルマップにしても、みなさんマップの指示になんとなく従って動いていますが、それは「支配された」ということなのでしょうか。これは一例ですが、仮に本当に「支配される」危険性を感じた時でも、使わないという手段が残されています。

人工知能の発達で新しい道具が手に入り、なにかしら人間の行動や世の中の形が変わる可能性はありますが、人工知能の親分のようなものが出現して、「お前たちを支配する」なんてことは、映画の中だけの話だと思いますよ。

TEXT:河野正一郎(POWER NEWS)

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野田五十樹(のだ・いつき)

1963年、兵庫県生まれ。京都大学大学院工学研究科修了後、通商産業省(当時)工業技術院・電子技術総合研究所に入所、機械学習・マルチエージェントシステム・防災情報システムを研究。現在、産業技術総合研究所人工知能研究センター総括研究主幹。ライドシェア型公共交通や、公共交通インフラを活用した新サービスを考案する(株)未来シェアの取締役も務めている。