自分の顔を好きになろう――コンプレックスは自分が気にしなければ、他人も気づかない

「自分の顔を好きになろう」「顔は見られることによって美しくなる」・・・そんな顔にまつわる人生訓「顔訓13か条」がある。「日本顔学会」の原島博東京大学名誉教授らが提唱しているものだ。
誰もが関心を持っていて、誰もが気になっている「顔」は、自分の存在を最も端的に示す象徴であるにも関わらず、それまでは学問として取り上げるのはタブー視され、学会も無ければ学問として専門の研究分野も確立していなかった。この顔を研究しようと、1995年に情報工学や解剖学、歯学、人類学など、さまざまな分野の専門家が集まって、設立されたのが「日本顔学会」だ。

それから20年余り。「顔認証技術」「モンタージュ」「セルフィー」など、時代は移り変わりテクノロジーの進歩も目まぐるしい今日、人々の「顔」に関する認識はネット社会の中でどのように変化したのだろうか。同学会発起人の1人、原島教授にお話を伺った。

1995年、「顔学会」発足

――情報工学がご専門である原島先生が、「顔」に興味を持たれたきっかけは何でしたか。

原島 最初私は、コミュニケーションの基礎を数学的に解明するという「情報理論」を研究していましたが、次第に方法論ではなく、コミュニケーションが通信にどう関係するかを考えるようになりました。その時に、たまたま研究していたのがテレビ電話です。

従来の通信は、ありのままの情報を、間違いなく送ることを目的にしていました。ところがテレビ電話となると、どうしても、「ありのまま」が嫌がられる。というのも、女性は特に、朝早くや夜遅くに電話がかかってきた時、寝起きのボサボサ髪やパジャマ姿、化粧をしていない素顔などを相手に見られるのは抵抗があるというのです。そこで、「気持ち良いコミュニケーション」を情報技術でサポートすることが重要ではないかと思ったのです。抵抗感をなくすため、化粧した顔や、いっそのこと10歳くらい若い時の顔など、自分が思っているイメージの通りに映るテレビ電話などにしたらどうだろうか。そんなことを考えていたら、「顔」そのものにたどり着いたのです。
情報工学としては、コンピューターを使って、いろいろな顔写真に表情付けをし、印象を変えたりもしました。今は、スマホのアプリで、誰でも簡単に顔写真を修正したり、印象を変えたりできますが、当時は、大型コンピューターを使った大変な作業でした。

そんなことをしていたら、専門分野の情報関係だけではなく、付き合いの幅が広がってきました。例えば、心理学者は「表情の変化を心理学の実験に」と言い、美容業界の人は「メイクのシミュレーションに」、そして、人類学の先生は「古代から現代に至る日本人の顔の変化を画像にできないか」と。専門分野はそれぞれ異なるのですが、「顔」には多くの人が興味を持っている。顔という共通のキーワードで話が通じるので、「顔」は実に面白い研究テーマだと思うようになりました。

原島先生

――顔に関する学会は、それまで存在していなかったのでしょうか?

原島 それが無かったのです。「顔」というと、みなさん、「人相学」を思い浮かべます。しかし、「人相」は「手相」と同様に、占いです。私たちは学問として、科学的に「顔」を考えるのが目的でした。

学会を創設して、海外に同じような学会がないことに気づきました。それには理由があります。19世紀、大脳は部位ごとに異なる機能を持っていることが判明し、「骨相学」が流行しました。この学問は、顔を見れば、骨の形でその人の性格が分かるといった内容で、一見アカデミックな装い、科学的な知見を持っていました。もちろんそれは全くのデタラメ、こじつけですが、結果的に差別に結び付き、大きな問題になったのです。
つまり、顔について中途半端に学問にすると、差別につながり、学問的には研究されていなかった。しかし、タブーだからと避けていたら、巷の俗説ばかりがまかり通る。だからこそ、敢えてそれを研究しようと思ったのです。

――1999年に上野の国立科学博物館で開催された「大『顔』展」は、大変な盛況でしたね。

原島 1995年3月に学会を立ち上げて、学会発足3周年として展覧会を開きました。「人相」の学問ではないよ、と学会の目的を伝えるのも開催の趣旨の1つでした。
顔の進化、未来への変化などの科学的なテーマだけでなく、世界の仮面や化粧の歴史、表情と密接な関係がある歯科矯正、いい顔を作る表情筋とそのトレーニング、コンピューターを使った顔の診断など、大勢の方々に喜んでいただけました。
パリ人類博物館からは、17世紀の偉大な哲学者ルネ・デカルト(1596~1650)の頭蓋骨が特別出品され、その頭蓋骨から顔を復元し、近代哲学の祖を現代に蘇らせました。また、世界一のマスクコレクションである米プリンストン大学図書館から、皇帝ナポレオンやニュートンなどのライフマスク、デスマスクも展示し、大きな反響を呼びました。

原島先生

――期間中、来場者の顔写真を撮影して、それを基にその場で小さなスタンプを作ってくれるコーナーもあり、年齢を問わず好評でしたね。

原島 そうでしたね。例えば、ある人はちょっとしたメモの最後に名前の代わりに押したり、自分の名刺の空いたスペースに、ペタンと押して相手に渡したりすると、素朴な手作り顔写真付き名刺になり、顔も覚えてもらえたと喜んでいました。それなら、最初から顔写真付き名刺を作ればいいではないかと思われるかもしれませんが、そうでもない。人間の心理としてあまりにリアル過ぎるものより、むしろ単純で素朴なもののほうが親しみを感じられるようなのです。

最近話題のペットロボットや受付ロボットの顔は特にそうですが、リアルに近い顔より、単純で漫画的な顔のほうが、最初からロボットだという安心感もあるのか、人気があるようです。
人型ロボットの顔の場合は、下手にリアルに近づき過ぎると、人間はある段階で非常に強い不気味さや嫌悪感を覚えます。ロボットは生きているわけではないので、それを見る人間の感覚としては、まるで「死に顔(デスマスク)」に近づくのです。人間は本能的に、死に顔を不気味に思います。
そこを超え、さらに人と見分けがつかないほど似せることができれば、再び親近感が勝り、親近度のグラフにV字の谷が現れるのです。こうした心理現象を「不気味の谷」と言います。

――数年前、『顔の百科事典』が出版され、原島先生が編集委員長をされていましたね。

原島 日本顔学会は、2015年に創立20周年を迎えました。それを記念し、これまで多様な分野を横断して研究してきた「顔学」について体系化を行ない、『顔の百科事典』として出版したのです。顔は誰もが関心を持ち、かつ気になっているものですが、こうして体系化してみると、顔学は実に面白く奥が深いと改めて感じています。

原島先生

100年後の日本人の顔は、逆三角形になってしまう?

――先生がシミュレーションをされた100年後の日本人の顔は、逆三角形になっていましたね。

100年後の日本人の顔。 画像提供=原島 博氏

図1:100年後の日本人の顔。画像提供=原島 博氏

原島 このシミュレーションは、もともと科学雑誌に人類学の先生が書かれたものでした。食生活の変化で、軟らかいものしか食べなくなったために顎(あご)が細くなったり、顔の前後の奥行きが横に幅広くなって平べったくなったりするイメージです。当初、イメージ図がどれも、「骨格」「頭蓋骨のイラスト」だったので、私が一般読者向けに、顔をつけて分かりやすくアレンジしました。
その時に、基となる骨格をイメージしたのが、後に「顔学会」発起人の1人となる人類学の馬場悠男先生です。

日本人の顔の変化

図2:日本人の顔の進化のCGシミュレーション。 縄文人、渡来系弥生人、現代人、100年後の未来人。画像提供=原島 博氏

もちろん、100年後に必ずこうした顔になるというのではなく、戦後数十年の変化のペースで進めばという仮定です。例えば、戦後の食物や生活様式が欧米化したことに伴い、日本人の平均身長はこの数十年で急激に伸びました。このまま伸びたら大変な大柄になりますが、そうはなりませんね。顔の変化も同様です。

――こうした顔の変化はなぜ起こるのでしょうか。

原島 食生活の影響は大きいですね。縄文時代の日本人の食べ物は硬い物が多かったので、自ずと顎の骨格が発達していました。もちろん、世界中で食生活は変化しています。問題は、西洋人が何千年、何百年もかけて変わってきた変化を、日本人は戦後のわずか数十年でやってしまったことなのです。このことで、歪みができたのです。

噛む力、顎の力が弱くなった一方、カルシウムなどの栄養はたくさん摂取できているので、歯は大きくなっています。昔の日本人は出っ歯の人が少なからずいたものですが、最近はあまり見かけませんね。その代り、顎が小さくなり歯が大きくなった分、奥に引っ込み歯並びが悪くなっています。
また、顎が小さいことは、最近急増している睡眠時無呼吸症候群にも影響します。この病気は、太っている人がなりやすいとか、タバコやアルコールなどの嗜好品との因果関係も言われていますが、痩せていても、顎が小さい人はなりやすいのです。一種の現代病といえるでしょう。

――近年もてはやされている「小顔」も、顎がとても小さいですよね。

原島 「小顔」にあこがれるのは衣服の影響が大きいと思います。日本人が昔のままの和装だったら、ここまで、小顔がもてはやされることはない。洋服は西洋の服ですから、西洋人の顔に合うようにデザインされています。西洋人は、もともと顔が小さい。顔が小さいと、洋装のファッションがよく似合いカッコいい。女性は、この服をこんな風に着たい、だから小顔がいい、という流れですね。

しかし、顔は老化とともに、肉がついてくるので、だんだん大きくなっていきます。老化には2種類あります。「痩(こ)ける老化」と「つく老化」です。骨の大きさは変わりません。肉がついて、重力に負けて落ちてきます。若いころはつり目だった目じりも下がってきますし、顔に「ハの字」型に「鼻唇溝」と呼ばれる「ほうれい線」が出てきます。口の周りには「ハの字」のほうれい線ができ、口角が下がって「への字」になります。つまり、顔に「ハの字とへの字」が見え出す、それが顔の老化なんですよ。

原島先生

化粧は「化け粧う」、メイクは「メイク・ミー・アップ」

――例えば職業などの環境で、顔は変化するものでしょうか。

原島 遺伝子自体や骨格は変わりませんが、顔が持つ印象は、服装や表情、環境で変わります。女性はメイクで驚くほど変わるし、男性も当然変わります。例えば、銀行員には銀行員、脱サラしてペンションのオーナーになった人や農業を始めた人は、その職業らしい顔になっていきます。
下はCGによる職業別「平均顔」です。共通の顔の特徴が加え合わさって、「個性はないけれど、いかにも」という顔が出ています。

CGによる職業別「平均顔」。画像提供:原島 博氏

図3:CGによる職業別「平均顔」。画像提供:原島 博氏

逆に言うと、顔が変わる、変わり得る、ということは「いい顔とは何か」を議論してもいい、ということになります。もし、生まれた時に与えられたまま変わらないとしたら、「いい顔」「悪い顔」を語ることは差別につながります。しかしながら、顔は変わり得るし、人は「いい顔」になれるのです。

――顔が変わるという点については、美容整形などはどのようにとらえていらっしゃいますか

原島 顔学会にも、美容整形医はいます。必ずしも、僕は美容整形を否定はしませんが、美容整形と、精神的なケア、例えばメンタルクリニックとのタイアップが必要ではと考えたことがあります。
例えば、整形したいクライアントが来たら、まずはカウンセリングをします。そのクライアントは顔のある部分をコンプレックスに思い、引っ込み思案だった。ここが直れば積極的に生きられる、そんな「整形によるプラス」があると医師が判断すれば、整形していい。

――実際に、瞼(まぶた)を二重にしただけで性格まで明るく美人になった人はたくさんいます。

原島 反対に、1カ所直すと、ここもあそこも、と歯止めがきかなくなる人もいる。整形依存症になりそうな人には、それ以上整形をさせないくらいの判断を医師がする。そのくらいきちんとケアできれば、もっと日本でも美容整形がコンセンサスを得られるだろうと思います。

――整形には抵抗がある人も、化粧とかメイクは普通にしますよね。

原島 化粧だと「化け粧う」ですが、メイクは「メイク・ミー・アップ」なんですよ。メイクによって、自分を力づける。例えば、養護施設の高齢女性を対象に行なっているメイクのボランティア活動があります。寝たきりだったり、少し認知症になっている人にメイクをしてあげたり、髪や爪をきれいに整えてあげると、見違えるようにいきいきとし笑顔になります。
ましてや、もっと若い人たちならメイクによって心の持ちようは変わるし、時には自分の知らなかった面を発見することもできる。男女を問わず、自分なりに身なりを整え「メイク・ミー・アップ」して人とコミュニケーションすることは、その人の生き方自体の活力アップにつながるのです。

原島先生

顔のない時代だからこそ、「顔」の情報が重要になる

――現代は、さまざまなところでコンピューターの顔認証が進んでいますね。

原島 コンピューターの顔認証技術も、顔学の範囲です。もともと、20年前の大学で学問としてやっていました。それが、アメリカの同時多発テロ以降、急速に進歩しました。アメリカ入国時はセキュリティーで必ず顔写真が撮られるし、技術は急速に進み用途も広がっています。

――この20年余り、顔学会ができたことで、社会にはどんな一石を投じたと思われますか。

原島 いろいろな意味があったと思います。例えば、宇宙論とか素粒子とか、見えないものばかりではなく、目の前のものを学問にした点。理論的な研究、特に科学の研究というのは、部分への分解です。しかし、顔は全体を見ないと分かりません。そして「感性」が重要。この感性を学問としてどうとらえるかに挑戦してきました。
最初に言ったように、顔は「差別」に結び付きやすい。だからこそ、社会にオープンにしていく必要があります。「差別につながるから研究しない」「この研究はタブー」ではなく、その点を認識しながら本当のことを知るために研究をする。さまざまな分野の人がいろいろな研究をする実験の場だと思います。

――ネットの発達で、お互いの顔も知らないまま友達がどんどん増えていく、現代は匿名社会ならぬ「匿顔」社会だとおっしゃっていますね。

原島 「匿顔」は、相手の顔色をうかがわなくていいので、相手かまわずに自分中心に発言できます。平気で嘘もつけるし、悪口や誹謗中傷も気軽だから、ネットで炎上することもあります。
また「匿顔」は、コミュニケーションしている人の人格そのものを変えます。車を運転している時や、お酒を飲むと人格が変わる人がいますが、それと同じように、現実の社会での紳士がネット上ではやたら攻撃的になることがあります。
「匿顔」は、社会の治安にも関係します。人は全身を服や帽子、靴などで覆っていても、顔だけは裸のまま。相手の一番見やすいところに置いて見せているので悪いことができません。現実の社会の治安は、顔を見せることで成り立っています。

顔を見ながらコミュニケーションしていた時は、顔に関心があるのは当たり前でした。顔のないコミュニケーションの時代だからこそ、顔というものを改めて考える必要があると思います。 SNSで友達300人います、なんていうのは、本当の意味での友達ではなく、単なる知り合いとの距離のあるコミュニケーションです。
現在、「自撮り(セルフィー)写真」がSNSにたくさんアップされています。これは、友達とのコミュニケーションというより、自分の顔をおもちゃにして、1人で遊んでいるのではないでしょうか。

原島先生

――最後になりますが、先生が書いていらっしゃる「顔訓13か条」、面白いですね。励みになります。

原島 ある時、学校の先生に、「子どもたちをいい顔にするには、どうしたらいいでしょうか」と聞かれたことがあります。
答えは簡単です。自分がいい顔をすることです。しかめっ面でいたら、周囲も暗くなります。顔は自分のためではなく、むしろ周囲の人たちに発信するためにあるのです。だから、 いい顔は他人に要求するものではなく、自分から発信して他人に伝えるものなのです。顔のこうした役割はペットに対する時も同じです。ペットから見たら飼い主はあなた1人しかいないのに、そのあなたがペットを無視したりいつも嫌ったりしていたら、どんどんひねくれていってしまいます。ましてや人に対しては、まずは笑顔が言葉を超えた良いコミュニケーションの第一歩です。
顔訓の13に挙げていますが、「いい顔、悪い顔は人から人へ伝わる」はとても大事なことだと思います。そして、「自分の顔を好きになろう」。造作の美醜は関係ありません。自分を自分が肯定し、笑顔で受け入れる。これが人生を切り開いていける人の基本条件だと思います。

■顔訓13か条

  1. 自分の顔を好きになろう。
  2. 顔は見られることによって美しくなる。
  3. 顔はほめられることによって美しくなる。
  4. 人と違う顔の特徴は、自分の個性(チャームポイント)と思おう。
  5. コンプレックスは自分が気にしなければ、他人も気づかない。
  6. 眉間にシワを寄せると、胃にも同じシワができる。
  7. 目と目の間を広げよう。そうすれば人生の視界も広がる。
  8. 口と歯をきれいにして、心おきなく笑おう。
  9. 左右対称の表情作りを心がけよう。
  10. 美しいシワと美しいハゲを人生の誇りとしよう。
  11. 人生の三分の一は眠り。寝る前にいい顔をしよう。
  12. 楽しい顔をしていると、心も楽しくなる。人生も楽しくなる。
  13. いい顔、悪い顔は人から人へ伝わる。

TEXT:深井久美

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原島 博(はらしま・ひろし)
東京大学名誉教授

1945年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。工学博士。東京大学助教授、スタンフォード大学客員研究員を経て東京大学教授。1995年に日本顔学会を設立し、設立発起人代表となる。もともとは情報理論を中心とする数学の理論の美しさに魅せられて研究者となったが、不惑の歳に惑い始めて「人間」に関心を持つようになる。45歳の時に電子情報通信学会にヒューマンコミュニケーションの研究会を設立、50歳の時に日本顔学会を設立し、1999年に上野で開かれた「大顔展」の企画の中心になった。
また55歳の時に東京大学に文理融合の大学院情報学環の設立に尽力して、文系と理系、さらには科学と芸術を融合した新しい学問体系の構築を目指した。その後、東京大学大学院情報学環に所属して、大学院情報理工学系研究科教授、工学部電子情報工学科教授も兼務。2009年に定年退職。2015年より学共通の大学院教養講義を担当。
主な著書に『信号解析教科書-信号とシステム』(2018年/コロナ社)、『顔学への招待』(1998年/岩波書店)、共著に『感じる・楽しむ・創りだす 感性情報学』(2004年/工作舎)、編著に『顔の百科事典』(2015年/丸善出版)など多数。