息づかいに生き方は表れる。言葉の力、伝わる話し方とは

1979年からNHKで放送された「ばらえてい テレビファソラシド」という番組があった。「上を向いて歩こう」の作詞やラジオパーソナリティ、随筆家、タレントとしても知られる永 六輔さんが企画・構成・出演し、タレントのタモリさんが初めて出演したNHKの番組として語り継がれている。午後8時台生放送で、NHKの女性アナウンサーが出演した初めてのバラエティー番組でもある。

3年間に渡って放送されたこの番組に初めから最後までレギュラー出演し続けたのが、元NHKアナウンサーの加賀美幸子さんだ。それだけではない。大河ドラマ「峠の群像」で女性アナウンサーとして初めてナレーションを担当し、夜7時のニュースの初めての女性キャスター、そしてNHKで女性初の理事待遇になるなど、さまざまな場面で先駆者としてその名が刻まれている。

アナウンサーと言葉は切り離せない。言葉の世界で50年以上のキャリアをもつ加賀美さんに、いまの時代の言葉はどのように聞こえているのだろうか。
言葉は生活に欠かせないが、さらにインターネットやSNSで個人が「メディア」となり情報を発信するようになったことで、言葉を発する機会は格段に増えた。そういうなかで、どのように言葉を使えば、豊かな人間関係や人生を形づくることができるのか。

言葉の力や話し方について、加賀美さんにお話をうかがった。

アナウンサーは言葉を削って表現する

――なぜアナウンサーを職業にしたのですか。

加賀美 小学校高学年のときに授業で詩を書いたことがありました。そうすると、私の書いた詩を通して、私の思いが、先生にもクラスメートにも「こんなこと考えてるのね」とすぐにわかってもらえたのです。それまで、たくさんの言葉を尽くしても伝えることができなかった思いが、一編の詩で伝わった。そこで、言葉の力はすごいと感じました。
この経験から、文章を書くことがとても好きになりました。高校では文芸部に入り詩を作り、萩原朔太郎や中原中也など多くの詩人の独特な生きかたに触れ、斜め目線でした。当時、都立高校の全盛時代、優等生の集まる高校でしたが、同級生たちのように、正面から受験に向かわず、若気のいたりの横道路線で周りを驚かせました。その反省もあり、同じ言葉でも、文章表現だけでなく、音声表現の道も知りたいと、今度は正面からアナウンサーを受験しました。

――音声表現の世界は、文章表現の世界とはまた違いましたか。

加賀美 それまでやっていた文章表現が、とても役に立ちました。書くときには、削ることで文章を研ぎ澄ませていきますが、アナウンサーも同じで、文章を削って削って、伝えるべきことを的確に表現していきます。
NHKに入って間もないころのことですが、ある上司に、「あなたはもっと話しなさい。言葉が少なすぎる」と言われました。でも私は、その人の言うことは聞きませんでした。なぜかというと、当時出演していた、ある長寿番組の出演者が私のことを、「あなたは、よく(人の話を)聞いてくれる」と言ってくださったからです。その出演者は「アナウンサーがペラペラしゃべると、自分は『はい、そうですね』と言うぐらいしかない」とおっしゃっていました。
だから私はいつも、耳を澄まして大事なお話を聞いたあと、必ず感想を短く言って、「ではこの場合はどうですか?」というような、短い質問をして話を膨らませていきます。

――意外です。アナウンサーはたくさんしゃべる仕事だと思っていました。

加賀美 アナウンサーはしゃべるものと思っている人はいますが、人に話を聞くときは、たくさん質問をすればいいというわけではありません。いちばん大事なのは、相づちの言葉です。耳を澄まして話を聞いていなければ、相づちは打てませんから。
いまの時代は相手のことを調べようと思えば、インターネットなどで簡単に調べることができます。でも、アナウンサーは番組で、調べたことを言っても仕方がありません。資料には書かれていない「心」をうかがうことが仕事です。どれだけその人の思いや心を聞き出し、視聴者に伝えることができるか、が仕事なのです。

加賀美幸子さん

地味な仕事ほど、とことんやる

――女性アナウンサーとして初のNHK夜7時のニュースキャスター、バラエティー番組への出演など、異例の抜擢が続きました。プレッシャーは感じませんでしたか。

加賀美 どんなときも普通です。喜んだり、緊張したりはしないんです。
私は、地味な仕事ほど、とことんすることを心がけていました。たとえば、番組で「この時間は、○○先生の△△です」とタイトルを言うだけの仕事は、ただ機械的に読む人が多いのですが、私は心をこめてやっていました。そうすると、とても喜んでもらえました。
新人時代、上司に「きみはいまどき流行らない」と言われたことがありました。でも、私は流行ろうとは思ってもいませんでしたから気にせず、どんな仕事にもまっすぐ向き合っていました。きちんと仕事をしていると、必ず誰かが見ていてくれます。

――そういうところが評価されて、抜擢が相次いだのですね。

加賀美 バラエティー番組「テレビファソラシド」に私を起用して下さった永六輔さんも、そういう私を見て下さっていたのかもしれないと思います。バラエティー番組だからといって、永さんは私に面白さを求めませんでした。天才のタモリさんに、私が負けまいとしても負けるのが当たり前ですから。
永さんは、「あなたはあなたらしくいなさい」と言って、タモリさんに真面目な私を合わせることで独特の面白さを演出しました。私はただ、「いつもの私」でいればよかったのです。

――仕事をしていると、抜擢されるような良いときもあれば、うまくいかないときもあります。

加賀美 私は仕事でも子育てでも、実際の点数は60点くらいのときもあるかもしれないけれど、「気持ちは100%」と自分に言い聞かせてきました。
人はある意味、冷たいから、人に頼ってもなかなか励ましてもらえません。だから私は、自分で自分を励まします。それならすぐにできますから。そのとき、励ます言葉は選ばないといけません。考え抜いた深い言葉を持っていると、より強く自分が励まされます。言葉というのは、伝えるだけではなくて「考える道具」でもあります。自分が持っている言葉が少ないと、その分だけ考えは浅くなってしまいます。
それから、私がいつもしているのは、「たいへんなのは当たり前」と自分に言いきかせること。言葉は魔術を持っていますから、「たいへん、たいへん」と言っていたら、本当にたいへんになってしまう。だから、「当たり前」と言って「辛いことも当たり前」にしてしまいます。

加賀美幸子さん

古典には生き方が書かれている

――自分を励ます話の時に、「言葉を持っていることの大事さ」をお話しされました。私たちが「言葉を獲得する」には、どうしたらいいですか。

加賀美 本を読んだり、人の話を聞いたりすることで、獲得できます。私は古典の朗読の仕事を長く続けていますが、古典は宝のメッセージに溢れています。
紫式部の『源氏物語』、清少納言の『枕草子』、菅原孝標女の『更級日記』、吉田兼好の『徒然草』、『宇治拾遺物語』『平家物語』『御伽草子』など、古典には人々の生き方が書かれています。だから読めば、どういう人が失敗し、どういう人が成功するのか、どのように生きていけばいいのかが、みんな見えてしまいます。
古典は難しいと思うなら、一度、声に出して読んでみるといいですよ。昔は紙が高価だったため人々は耳でこうしたお話を聞き、伝えてきました。だから声に出して読むとやさしく、とても味わい深いことがわかります。

――声に出して読むことには、そういう効果もあるんですね。

加賀美 ぜひやってみてください。私は約20年間、NHK全国短歌大会で特選作品の朗読をしていますが、五七五七七にまで言葉を削ることで心の芯が見えてきます。短歌は時事と人の心を歌うものなので、変わる時代状況と変わらない人の心を毎回新鮮に感じます。また古典を読むと、漢詩も好きになります。「切瑳琢磨」という言葉がありますが、これは、孔子が編纂したと言われている『詩経』という中国最古の詩集に載っている言葉です。紀元前9世紀から紀元前7世紀の詩を集めたものですから、そのころから中国に存在していた言葉を時代や国を超えて私たちはいまも使っているのです。昔の知識人は、みんな漢詩を勉強しましたものです。いまの政治家の方々も、ちゃんと漢詩を勉強していたら、もっと違った言葉が使えると思うのですが……。

漢字の成り立ちを調べるのも面白いですね。漢字研究の第一人者だった白川静さんが書いた漢字辞典『常用字解』が手元にありますが、自分の名前の漢字「幸」を調べたら、もとになっているのは「手枷(てかせ)の形」と書かれていて、驚きました。死刑や重い刑罰を逃れて手枷(手錠のように自由に動けないように拘束する道具)だけで済むのは「幸い」ということなのだそうです。これを知ったときには、感激して倒れそうになりました。

加賀美幸子さん

息づかいや間の取り方で伝える

――研ぎ澄ました言葉をどのように語れば、人に伝わるでしょうか。

加賀美 同じ言葉でも、自分の息づかいで伝えます。ただ「元気ですね」と言うのではなく、(自分の息に思いを乗せて、重苦しくなく気持ちよく伝わるように)「本当に、元気ですね」というように。それだけで全然、違います。その息づかいに自分らしさが出ます。息づかいや間の取り方に、その人の生き方は出てしまいます。息をしているということは、生きているということですから。
「ダメ」と言うよりも、「ダメじゃないの?」と、はっきりしながらも優しく言う。優しさは、何かを人に伝えるうえでとても大事です。ただ、優しさを押し売りしてしまうと気持ち悪いので、優しすぎてもいけませんね。

――そのさじ加減が難しいです。

加賀美 本当にそう(笑)。厳しいことをはっきり言っても、その内容が納得できるものなら、相手に受け入れられる。ただ厳しいことだけをそのまま言ったら、嫌われますし、逃げられるだけ。だから、きちんとその人の胸に届くように言うことが大事です。ときどき笑顔で。そう、笑顔もまた大切です。
人間なら誰も、人から思われたり、関心をもたれたりすることはうれしいことです。相手に対する興味や関心を、自分の息づかいに込めれば、その思いは必ず相手に伝わります。逆に、相手の息づかいに耳を澄ませることで、相手のこともわかるような気がします。

――私たちは相手のことだけを考えればいいのですが、アナウンサーのお仕事では、相手のほかにたくさんの視聴者がいますね。

加賀美 まさにそのとおりです。視聴者の目はとても厳しい。だから私は鍛えられました。そして放送というのは合同作品ですから、そこに付加価値がつけられなかったらプロの仕事ではありません。私が加わったことで少しでも作品がよくなるように、表現の仕方をとことん考えます。
アナウンサーはみんなの仕事の最終伝達者です。スタッフがみんなでつくりあげたものが、私の表現次第で、良くも悪くもなってしまいます。とても厳しい仕事です。でも、その厳しさを見せてもいけません。表情はニコニコして、責任感の重さを顔に出さないようにしますよ。

加賀美幸子さん

上も下もなく、男女ともに生き生きと

――加賀美さんは、仕事をする女性の大先輩ですが、男社会でどのように仕事をしてきましたか。

加賀美 NHKは昇進や給料については、実力主義で男女の差がないので、男社会とはいえ、それほど苦しむことはありませんでした。自分がきちんと仕事をしていれば、誰かが見てくれているし、NHKでは元々女性の数は少なくなかったので、声を上げて闘うというようなことはありませんでした。
一度、夫が海外の仕事になったときNHKを辞めようと思ったことがありました。でも上司に止められて留まることにしました。あのとき辞めていたら、まったく別の道が開けたかもしれません。そう考えたこともありました。でも「道を選ぶこと」が人生です。どの道を選んだとしても、自分で選んだのなら「これでよかった」と自分を説得すればいいと思います。
NHK退職にあたって、千葉市から声を掛けられて千葉市女性センター館長になりました(現在は千葉市男女共同参画センター名誉館長)。当時の千葉市長はじめ関係者から「放送で、あなたはどの人とも等間隔で対等に接しているから、館長職を預かってほしい」と言われました。男性も女性も、それぞれの力を認め合い大事にしあい、活き活きと生きること。それが男女共同参画だというのが、はじめからの私の考えです。

――後輩アナウンサーとは、どのように接していますか。

加賀美 立場を笠に着て、偉そうな物言いをすれば、人は離れていきます。いまはNHKという組織を卒業し、お役に立てればという気持ちで多くの仕事にかかわっていますが、アナウンサーだけでなく、誰に対してもその仕事の姿勢と内容と結果に耳を澄ませ聞き取り、そのうえできちんと、どこがどう良かったか、どこをどう直せば良いか、相手が納得するよう、とことん具体的に話します。こちらの接し方こそ問われますもの。そして私自身も新人と一緒に走って仕事をします。上に立ったことで、人に命令するようになる人がいますが、それはやめたほうがいいと思いますよ。

「『空っぽ』こそ役に立つ」

――技術が進歩し、現在は人に近い音声でニュース原稿を読み上げる「AIアナウンサー」も出現しています。

加賀美 AIアナウンサーは、情報を伝える、ということについては申し分ないと思います。ただ、アナウンサーの仕事には、事実を伝えるということのほかに、それをどう読むかというのがあります。ニュースを伝えられる時間は限られていますから、削り削って原稿は作られます。その削った大事な部分をどう伝えられるか、視聴者に感じてもらえるか、それはアナウンサーの技術です。
ただ読むだけなら、AIアナウンサーにも誰にでもできます。でも、きれいに読んでもつまらない。きれいな言葉はどこか胡散臭いものですから、きれいに読まないほうがいいのです。基本はもちろん大事ですが、ここでも話し方、息づかいがあるかどうかで伝わり方が違ってきます。ロボットはトチることはありませんが、生きていないから息づかいはありません。

――息づかいも言葉同様、本や人から獲得したものですか。

加賀美 そうです。さまざまな文章を読むこと、人の話をよく聞くことで得てきたものです。老子の言葉に、「『空っぽ』こそ役に立つ」というのがあります。普通は、空っぽではダメだとみんな言いますが、その空っぽの中に何を詰めるかで人生は変わってきます。人は生まれたときは、みんな空っぽです。そこに何を詰めていくかが人生だと思います。

加賀美幸子さん

TEXT:桑原利佳(POWER NEWS)

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加賀美幸子(かがみ・さちこ)

1940年、東京生まれ。63年にNHKに入局。「ばらえてい テレビファソラシド」レギュラー、夜7時のニュースのキャスター、大河ドラマ「峠の群像」「風林火山」のナレーションのほかにも、「日曜美術館」「NHKアーカイブス」「ラジオ深夜便」などの番組で活躍した。97年には、女性初の理事待遇の「エグゼクティブアナウンサー」に。2000年にNHKを定年退職後、千葉市男女共同参画センターの館長に就任し、現在は名誉館長。退職後もフリーランスのアナウンサーとして活躍。現在もNHKラジオ「古典講読」「漢詩をよむ」などのNHKのラジオ番組に出演している。『こころを動かす言葉』『ことばの心・ことばの力』『読み聞かせる戦争』『源氏物語〜原文朗読つき』など著書多数。