祖父が見た原爆の光景を阪神・淡路大震災で追体験し、青年に宿ったある使命感。それはやがて、人へ人へと伝わり、国も巻き込みながらのプロジェクトとして動き始めた。

代表取締役を務める他力野淳氏が率いるバリューマネジメント株式会社は、歴史的価値が高い建物の再生に取り組んでいる。国の指定登録有形文化財である「鮒鶴(ふな・つる)京都鴨川リゾート」(京都市)や「竹田城 城下町 ホテルEN」(兵庫県朝来市)、「平安神宮会館」(京都市)など、どこの施設も予約が絶えない。

歴史ある建物に新たな息吹を吹き込んできた同氏に、企業での活動を通していかに日本の文化を紡いでいくのか話を聞いた。

記憶に働きかけるサービスを提供する

——古い建物を再生し、日本の文化を紡ぐことを理念に掲げられていますが、こうした発想はどのようにして生まれたのでしょうか。

他力野 私は長崎県の生まれで、原爆が投下された8月9日が誕生日です。そのため、毎年、誕生日を素直に喜べず、複雑な気持ちで過ごしていました。というのも、小さい頃から戦争についての悲惨な話を、海軍出身の祖父に聞かされて育ってきたからです。ずっともやもやした思いを抱え、そして漠然と、自分はいつか何かを成さなければならないのだろうという使命のようなものを感じ続けていましたね。

——21歳の時には阪神・淡路大震災があり、当時暮らしていた神戸で被災されました。

他力野 祖父から聞いていた「昨日までの当たり前が突然消え去り、当たり前ではなくなる世界」、これを震災により追体験しました。震災で壊れた街を見て、私の中に想像としてあった原爆の景色が、まるで現実になったように感じたのです。

この経験から、歴史や文化、とりわけ街並みを残すための活動をしていきたいと強く思うようになりました。自分が暮らす街を失い、あらためてその大切さを知ったのです。

他力野氏

——その思いが、現在のビジネスに繋がっていくのですね。

他力野 大学を卒業したら、とにかくビジネスを始めようと考えていたのですが、そんな最中に震災が起こり、自分の浅はかさに気づかされました。震災の被害は大きく、ライフラインは1カ月以上復旧せず、水を汲むために給水車の列に並ぶ日々でした。何かしなければと、ライフライン復旧に向けボランティア活動に取り組んだりもしましたが、無力感に打ちひしがれました。

このままビジネスを始めても、文化の保全はおろか、自分を養うので精一杯だなと。そこで、社会が必要とすることを見極め、それを成し遂げるだけの力をつけたいと思い、リクルートに就職しました。

——就職先で、現在につながる何かが見つかったのでしょうか?

他力野 街並みを保全していくために、どうすればいいかというのは常に頭の片隅で考えていました。一方、私は団塊ジュニアの世代なので、自分たちの世代を境に人口が減り、それにともない空き家・空きビル問題が顕在化していくと予想していました。

日本には文化的価値のある古い建物、歴史的建造物が150万棟ほどあり、そのうち税金で保全できているのは1割程度です。つまり、今後多くの歴史的建造物が空き家・空きビルとなり、取り壊される危険にさらされていくことになります。

歴史的建造物すべてを税金で保全するのが無理ならば、民間で守っていかなくてはならない。それなら、マネタイズできるような施設運営をすることで、歴史的建造物を守ればいいのではないかと着想しました。

一般的な建物と異なり、歴史的建造物は古くなればなるほど価値が上がります。そこも利点として施設運営を考えたとき、真っ先に浮かんだのが、結婚式ができるようなレストランやホテルでした。リクルートで「ゼクシィ」(結婚情報誌)に配属され、ホテル業界に身を置いていたことも関係しています。

——「鮒鶴京都鴨川リゾート」は京都でトップレベルの結婚式場となり、「平安神宮会館」は来客数の倍増を目標とするなど、バリューマネジメントが手掛ける施設はどこも大変な人気です。多くの人々が魅了される理由は、どこにあるのでしょうか。

他力野 歴史的建造物の持つ力を信じ、それを核として事業を行っていることが大きいと考えています。古い建物の持つ風情を生かすため、創建当時の意匠や佇まいを残すよう工夫した改修を施し、味わい深く落ち着いた空間になるよう演出しています。もちろん、外観や内装などの建物だけでなく、コンサルティングを行い、経営戦略、マーケティング、セールスまでを一貫してサポートします。さらにもう一つ、記憶に働きかけるようなサービスを提供しているというのも、多くの方々に受け入れられている理由かもしれません。

鮒鶴京都鴨川リゾート

鮒鶴京都鴨川リゾート

平安神宮会館

平安神宮会館

——具体的にどのようなサービスですか?

他力野 私たちはそこに暮らす方々に向けたコンテンツと、外から来る方々、つまり旅行客に向けたコンテンツの2つをつくっています。前者は主にレストランや結婚式場で、どちらもアニバーサリーなどの特別な日に使ってもらうための施設です。

日常は忘れても、特別な日に過ごした場所は記憶に残りやすいですよね。多くの人にとっての特別な場になってくれれば、みんなの残したいというエネルギーが働き、その建物が保全される可能性が高まります。これは願ってもないことです。

2つ目の旅行客向けというのは、宿泊施設です。観光は「ギャップ」を味わうためのものだと考えています。文化や歴史が異なる場所に行くことで、非日常を楽しむ。例えば、漁師街を観光するとします。そこに暮らす人にとっては普段通りの毎日でも、漁業の体験や漁村での暮らしは、訪れる人にとっては新鮮に感じるはずで、それが観光の醍醐味ではないでしょうか。その点、歴史的建造物、そしてその街並みは「ギャップ」そのものだといえ、観光との親和性がとても高いのです。

——2つの事業を並行して展開しているのはなぜですか?

他力野 日本の人口は減る一方なので、地域住民のみをターゲットにしていてはビジネスとして継続できないというのが大きな理由です。外国の方々も含めた観光客をターゲットとして、外貨を稼ぐなどのビジネスを展開していく必要があると感じています。今、国を挙げて観光産業を盛り上げていこうとしていますよね。外国から8人の旅行客が来てくれると、日本人1人がその場所で1年暮らすのと、大体同じ消費量になるそうです。

規制緩和なくしては、生まれることがなかったビジネスモデル

——バリューマネジメントは2003年に創業以来、結婚式場やレストランの運営を中心に行い、歴史的建造物を宿泊施設へと再生させたのは、2013年が最初でした。そのような流れは、国が観光振興への取り組みを強化したことと関係していますか?

他力野 関係あります。以前から、「歴史的建造物を宿泊施設にしたい」というアイデアはあったものの、法規制の兼ね合いで実現が難しかったのです。例えば、宿泊施設には法令でフロントの設置が義務付けられています。現代建築のように建物が大きくない歴史的建造物の場合、確保できる客室数に限りがあるため、フロント設置で人件費が発生すると採算が取れませんでした。

私たちが最初に手掛けた宿泊施設は「竹田城 城下町 EN」なのですが、兵庫県の朝来市が修復をしてくれて、施設の運用部分のみを担当したのでビジネスとして成立しました。ここは、築400年の酒蔵を改修した複合施設で、地元食材を使ったフレンチレストランや小さな宿泊施設をつくりました。

竹田城 城下町 EN

竹田城 城下町 EN

——2015年には、兵庫県篠山市に古民家4軒からなる複合施設「篠山城下町ホテルNIPPONIA」をオープンさせます。

他力野 このホテルは、点在する複数の古民家を客室にして、城下町全体をひとつのホテルに見立てた宿泊施設です。街並みを丸ごと保全できるビジネスモデルがこの事例で、法律の規制緩和なくしては生まれませんでした。

篠山城下町ホテルNIPPONIA

篠山城下町ホテルNIPPONIA

篠山市は国家戦略特区に指定されたため、規制緩和で複数の宿を1カ所の受付で運営することが許されたのです。特区外の地域で古民家4軒を宿泊施設にすれば、1軒ごとにフロントを設置して24時間スタッフを常駐させなければならず、人件費がかさんで赤字になってしまいます。それでは、事業は継続できません。

歴史的建造物には大きな建物が少なく、私たちが保全したい街並みというのは、小さな建物の連なりで成り立っている場合がほとんど。とくに、地方ではその傾向が顕著です。そこで、小さな建物をいくつか組み合わせて複合施設にし、収益を確保したいのですが、フロントの設置義務によって利益がなかなか見込めない。そのジレンマを、規制緩和が解消してくれたのです。

——「篠山城下町ホテルNIPPONIA」は、規制緩和を活用した初の具体例としても注目を集めています。

他力野 篠山の事例を全国に広め、地方の古民家を再生・活用することで観光を盛り上げていこうと、政府は「歴史的資源を活用した観光まちづくり連携推進室」を設置しました。

この取り組みは官民連携のチームで進めており、私も専門家委員として会議に参加しています。そこでは、古い建物を有効活用するための法整備に向けた提言を行っていて、その成果として旅館業法が2018年6月に改正されます。この改正旅館業法では、国家戦略特区のみに適用されていたフロントについての規制が緩和され、全国展開されることになりました。使用上の安全を確保しながらも建物の歴史的価値を保全できるよう、今後も模索は続けていくつもりです。

他力野氏

観光立国を目指し、オールジャパンで世界に向かいたい

——法律の整備など、政府のこうした動きは今後のバリューマネジメントの事業に何らかの影響を与えそうですか?

他力野 政府は、オリンピック開催の2020年までに200エリアで「歴史的資源を活用した観光まちづくり」に取り組むことをインバウンド活性化の取り組みの一つとして目指しています。私たちもこの取り組みには賛同していて、事業として歴史地区の活性化を推し進める一方、古民家改修の施工業者や事業運営者を対象としたセミナーを開催するなど、多角的に支援していきます。

この支援活動に対し、「競合を生むのではないか」とよく心配されますが、競合がないような産業はいずれ衰退していきます。そもそも、残り2年足らずで全国200エリアの古民家再生を、私たちの会社だけで行うのは不可能です。観光立国を目指すうえでも、オールジャパン、総合力で世界に立ち向かっていく必要があります。

——ところで、ヨーロッパでは以前から、歴史的建造物のレストランや宿泊施設としての再活用がよく見られました。一方、日本では近年になりようやく盛んになってきたという印象を受けます。どうしてこのような違いが生じたのでしょう?

他力野 かつて日本は「スクラップ・アンド・ビルド」、つまり「壊してはつくる」を繰り返すことで経済を回してきました。「ハコモノ行政」と揶揄されるように、税金で施設や建物をどんどんつくり、労働を生み出していたわけです。

人口が増えている間はそれでも問題ありませんでしたが、人口が減り始めると立ち行かなくなってきた。そこで、政府は別の方向へと舵を切りました。つまりスクラップ・アンド・ビルドを止めて、歴史的資源の再評価に注力するようになり、それに追随して社会全体が動き出したということだと推察しています。

企業は人でつくられていて、人こそが企業の財産

——バリューマネジメントは「働きがいのある会社ランキング」でこれまでも常に上位につけ、2018年版でも2位に位置しています。他力野社長が人事や人材育成を重視するのはなぜですか?

他力野 「働きがいを社員に与えられる会社でありたい」と常に意識しているので、喜ばしい結果です。弊社では、必ず月に1度、社員350人を一堂に集め、全体ミーティングを行っています。各地の施設再生が主な事業のため、社員の多くは会社を離れそれぞれの地域で仕事をしているので、物理的に集めるのはかなり大変ですが、月一度の全体ミーティングはとても重要だと考えています。

——ミーティングの日は各地で運営している施設を閉めることになり、当然売り上げにも大きく響きます。どうして、そこまでして全体ミーティングを行うのでしょうか?

他力野 入社時に会社の理念を伝え、それに共感した社員が入ってきているので、大まかな意識共有はできていると思います。しかし、レストランやホテルといった小さなコミュニティーの中で日々仕事をするうちに、だんだん目の前の仕事だけに追われるようになってしまいます。

他力野氏

それでは、私たちが何よりも重要視している「日本の文化を紡ぐ」というビジョンには到底近づいていけないと思うのです。利益だけを追求していない分、私たちの仕事には苦労も多く、例えば人口が少ない田舎でビジネスをするのは容易ではありません。それでも踏ん張り、ビジネスを成功させるためには、事業の社会的意義を全社員が共有して使命感を持ち、一体となって取り組んでいく必要があると思います。

ですから、全体ミーティングは創業当時から欠かさず続けています。企業は人でつくられていて、結局、人こそが企業の財産なのです。社員教育は一つ一つを丁寧に進めることを心がけています。

——今後、どのようなことに挑戦していきたいですか?

他力野 歴史的建造物の保全については、現在、多くの所有者が経済面で管理に苦しんでいます。補修されずに朽ちていく建物は山のようにあり、また、なかにはやむなく解体されてしまうものもあります。年配の方が所有されていれば、相続の問題も絡み、より複雑になります。

ですから、他の事業者を巻き込みながら、できるだけ多くの歴史的建造物を再生させて地域活性化に繋げていけるよう、そのモデルづくりに力を入れたいと思っています。「篠山城下町ホテルNIPPONIA」も一つのモデルでしたが、それに続くものをつくっていきたい。例えば、現在、農林水産省と力を合わせて進めているのが「農泊」です。農山漁村に滞在し、暮らしを体験してもらう旅行ビジネスのモデル化です。

また、歴史的資源にまつわる問題は、日本だけでなく世界中で起こっています。海外からのオファーもあるので、ゆくゆくはそこにも着手したい。まずは、アジアでのスタートが目標です。

TEXT:大西由花(POWER NEWS)

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他力野淳(たりきの・じゅん)

1973年、長崎県で生まれ、神戸市で育つ。大阪商業大学卒業後、株式会社リクルートホールディングスに入社。2003年に事業を開始し、2005年、バリューマネジメント株式会社を設立、代表取締役に就任。「施設再生から地域を活性化に繋げ、日本独自の文化を紡ぐ」をテーマに、歴史的建造物の宿泊施設や結婚式場への施設再生や遊休施設の修復運用を行う。国の「歴史的資源を活用した観光まちづくり連携推進室」専門家委員のほか、地域づくり活動支援組織 「地域資産活用協議会(Opera)」副会長、婚礼業界の活性化を目指す「次世代ブライダル協議会」代表理事などを務める。