数学を駆使して材料科学のフロンティアに挑む――「数学は文脈を読み解く学問なのです」

材料科学と数学を融合させ、物質・材料科学の新領域を切り拓く――そんな世界初の試みに挑戦するのが、東北大学材料科学高等研究所(AIMR*)だ。所長を務めるのは国際的な数学者である小谷元子教授。「数学で何ができるの?」という周囲の見方をよそに、優れた研究成果を次々と発表している。
小谷教授の懸念は、数学の有用性や楽しさが日本では十分に認識されていないこと。数学ができる学生が優遇される世界の大勢から取り残されている。「数学は、科学の専門分野を超える共通の言葉。その面白さや楽しさを、ぜひ子どもたちに伝えたい」と小谷教授は言う。
しかし、現実には受験勉強が優先され、子どもたちは数学が持つ本来の面白さを実感する機会が乏しい。とりわけ数学を避けるため理系に進む女性の数が少ない。小谷教授は「研究時間を自分でコントロールできる数学は、自宅で研究できて育児と両立できるので、女性が職業とするにはベストな選択」と力説する。
いろいろな学問分野の土台になる数学の重要性は増している。AIMRで異分野融合を大胆に進める小谷教授に、数学の面白さや広がる役割について伺った。

*AIMRは、文科省の指定する「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」の1つ。

小谷元子(こたに・もとこ)
東北大学大学院理学研究科数学専攻教授・材料科学高等研究所(AIMR)所長

1960年大阪府生まれ。1983年東京大学理学部数学科卒、1990年理学博士(東京都立大学大学院理学研究科)、1999年より東北大学大学院理学研究科助教授、2004年より同教授、2008年よりディステングイッシュト・プロフェッサー。また、2011年より東北大学原子分子材料科学 高等研究機構(現材料科学高等研究所)副機構長、2012年より同機構長。現在は東北大学副理事(研究担当)・内閣府総合科学技術会議の有識者議員・日本学術会議員を務める。2005年第25回猿橋賞受賞。

材料科学と数学を融合させ、物質・材料科学の新領域を切り拓く――そんな世界初の試みに挑戦するのが、東北大学材料科学高等研究所(AIMR*)だ。所長を務めるのは国際的な数学者である小谷元子教授。「数学で何ができるの?」という周囲の見方をよそに、優れた研究成果を次々と発表している。
小谷教授の懸念は、数学の有用性や楽しさが日本では十分に認識されていないこと。数学ができる学生が優遇される世界の大勢から取り残されている。「数学は、科学の専門分野を超える共通の言葉。その面白さや楽しさを、ぜひ子どもたちに伝えたい」と小谷教授は言う。
しかし、現実には受験勉強が優先され、子どもたちは数学が持つ本来の面白さを実感する機会が乏しい。とりわけ数学を避けるため理系に進む女性の数が少ない。小谷教授は「研究時間を自分でコントロールできる数学は、自宅で研究できて育児と両立できるので、女性が職業とするにはベストな選択」と力説する。
いろいろな学問分野の土台になる数学の重要性は増している。AIMRで異分野融合を大胆に進める小谷教授に、数学の面白さや広がる役割について伺った。

*AIMRは、文科省の指定する「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」の1つ。

数学は大人と子どもが対等に議論できる学問

――小谷先生が数学者になろうと思われたきっかけは何でしたか。数学のどこに魅力を感じられたのでしょうか。

小谷 子どもの頃から本を読んで自分で調べるのが好きでした。自分で考えたことを先生に質問に行くと、数学の先生がとても親切に対応してくださり、それが嬉しくて数学に進むきっかけになりました。
今振り返ると、数学という学問の本質がそれを可能にしたのだと思います。数学以外の学問は経験に基づいてルールが決まっていたり、実験しないと分からなかったりするので、子どもにはなかなか理解できないことが多いのです。
しかし、数学は論理を積み上げていくものなので、子どもでも「自分はこう考えていて、その理由はこうです」と説明できます。それが間違っていれば先生が指摘してくれる。正しければ認めてくれる。だから大人と対等に議論ができます。きちんと説明すればお互いに納得し合える、という数学の本質が自分に合っていたのだと思います。

数学は科学を理解するための共通の言葉です。ガリレオ・ガリレイの「宇宙の書物は、数学の言葉で書かれている」という有名な言葉があります。宇宙とは単に天体のことではなく、自然界の生態や人間のすべての営みなどの社会活動をも含む宇宙という意味です。
また20世紀の物理学者ユージン・ウィグナーは「数学の不合理なほどの有効性」と述べています。アインシュタインの相対論に数学・幾何学が重要な役割を果たしました。

数学は大人と子どもが対等に議論できる学問

今の教育は発見する喜びを待つより、問題を解けるよう効率よく教える

――それほど面白い学問なのに、日本の子どもや学生たちの数学離れが言われますね。

小谷 格差が広がっているのかなと思います。例えば東北大学が開くサイエンス・カフェには意欲的な子どもたちが参加します。SSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)では、先進的な学問を体験できるし、ほしい情報はインターネットで得られます。数学や理科の本質に迫るような勉強をしている子どもは、私たちの世代よりずっと増えています。
一方で数学が嫌いな子どもが多いのも確かです。世界的な学力調査では、日本の数学レベルは高いのに、「数学は面白いか」「生活に役立つか」と聞くと、「そう思う」という割合が他の国に比べてとても低い。
これはやはり受験が影響しているのです。高校1年ぐらいで理系と文系をクラス分けするので、子どもは数学や理科の本当の面白さを知る前に進路の選択を迫られてしまう。最初から理系文系を分けて授業するほうが受験には効率がいいからです。

先生は子どもが自ら発見する喜びを待つより、問題をうまく解くことを教えます。子どもは面白さを知らないままどんどん先に連れて行かれてしまう。
つまり、数学や理科の本質を学ぶことに積極的にアクセスする子どもがいる一方、受験向けには点数が取れるけれども、本当の面白さを知らない子どもたちが多いのです。そんな子どもたちでも、自然の原理に数学がどのようにかかわっているのか話をすると、「数学ってそういうものなんだ!」と気付いてくれます。

今の教育は発見する喜びを待つより、問題を解けるよう効率よく教える

分野ごとのいわば「方言」の裏にある本質的なものを数学で表現する

――ところで小谷先生が所長を務められるAIMR(東北大学材料科学高等研究所)は、材料科学関係の世界第1級の研究者たちを結集し、数学で横串を刺してアプローチするという世界でも初の試みに挑戦されています。異分野である数学と材料科学を融合させる意図を説明していただけますか。

小谷 材料科学は比較的新しい分野で、研究者は物理、化学、金属工学、デバイスなどいろいろな分野から集まっています。分野ごとのいわば「方言」で教育を受けており、分野が違うと情報や価値観を共有するのも難しい。そこで「方言」で語られることの裏に隠れている本質的なものを共通言語である数学で表現し、お互いをインスパイアしようと考えています。
どこかの系でブレークスルーが起きたら、そのアイデアを抽象化することで別の分野に移植することができ、類似の結果が期待できます。そこに科学の言葉である数学が共通してかかわっていくのです。例えば土砂の中で水がどう流れるかという問題は、細胞の中で物質がどう拡散するかという問題と数学的には同じです。

――組織運営に当たっては、融合実現のためにどんな工夫をしておられますか。

小谷 まず分野を超えた議論をするために「ティータイム」を毎週1回、1時間設けています。ここで、ベテラン研究者も若い人も外国人も、自分の研究内容を誰でも分かるようなレベルで20分ぐらい紹介する「ティータイム・トーク」を企画しています。全員で自由に議論するのです。くだけた雰囲気のなか「それならこんな方法があるよ」といった提案が出てきます。素人的な質問も大歓迎です。

もう1つの工夫は、フュージョン・リサーチ・ファンド(融合研究資金)です。分野の違う若い人同士が一緒に研究計画を応募する制度です。少額ですが、異分野の人同士が共に議論するのを奨励するのが目的です。
海外の研究者は分野を超えて気楽に話しかけたり質問したりすることに慣れているので、説明も上手です。それに比べ、日本人の研究者は遠慮深いせいか、他分野の人と交流しない傾向があります。そこを打破することを狙っています。

分野ごとのいわば「方言」の裏にある本質的なものを数学で表現する

原子・分子の研究が進み、新しい数学が必要になった

――ところで先生のご専門である「離散幾何解析学」とは、どのような学問なのでしょうか。それはAIMRの新物質創成や物性発現の解明にどのように役立っているのでしょうか。

小谷 数学は代数、幾何、解析の3つに分かれますが、幾何学というのは形を研究する学問です。20世紀の数学は主に連続な対象を扱ってきており、特に自然の現象を理解するには、微分方程式で形や動きを記述することが有効でした。

しかし、科学技術が進んで、原子や分子などを観測・制御するようになると、原子など離散的な(バラバラな)形を記述して解析する数学が必要になりました。

一方、材料科学が「使う」ことを目的としている以上、原子・分子の構造が離散的であっても日常生活で使いたい連続的な形や物性をそこから見出すことが重要になります。離散的なものと連続的なものを橋渡しする道具が必要で、それにスケール間をつなぐ数学「離散幾何解析学」を使おうと考えました。ある性質を持つ材料を作る場合、やみくもに試すより、こんな構造であればこんな性質になるだろうという予測をしたい。そのために構造と性質の間にある普遍的関係性を深く調べる離散幾何解析学が役立つのです。
離散的なものを扱う数学は非常に難しかったのですが、20世紀末ごろからいろいろアイデアが出て来ました。私は初期段階からその研究をしてきたので、最新の数学を材料科学に生かしたいと思って2011年にAIMRに参加したのです。

――融合研究によってどのような成果が得られているのでしょうか。

小谷 数学が一番役に立ったと思えるのは「無秩序系」への理解が進んだことです。
普通の金属・合金は原子が周期的に配列した結晶構造をしているので、局所的な観測データがあれば、全体の構造や性質も理解できます。
一方、アモルファス金属、ガラス、ソフトマテリアル(高分子など)などは原子が周期的な構造をしておらず、無秩序系と呼ばれます。局所的なデータをたくさん集めても、全体の構造が分からないので、材料としての機能との相関を効率よくとらえることができませんでした。

そこでトポロジー(位相幾何学)を使って局所的データから、無秩序系に隠れている全体の構造を解明することに挑戦しました。その結果、ランダムな構造に見えるアモルファスも、実はいくつかの基本パターンの集まりであることを解明するなど、予想以上に早く成果が出ています。特に21世紀に開発された「計算トポロジー」が有効でした。

原子・分子の研究が進み、新しい数学が必要になった

新たな研究領域が核形成始めている

――先生は「日本の研究者は新しいアイデアに取り組んで、パイオニア領域を切り拓く力が弱い」と述べておられます。日本の将来にかかわる重要な指摘だと思います。その課題はどのように乗り越えれば良いのでしょうか。

小谷 AIMRの研究者の約半数は外国人です。数学を導入しようとした最初のとき、彼らは新しい数学を使うことに意欲的なのに対し、日本人は「数学を使って本当に材料研究ができるのだろうか」と慎重でした。ところが話を聞いてみると、数学を使う能力もアイデアも、外国人も日本人もほとんど同レベルでした。
つまり、外国人は新しい手段が目の前にあれば、すぐ使ってみたがるのに対し、日本人は能力があっても軽々しく飛びつかない。よほどの確信がないと手をださない。これは謙虚さの表れでもあります。そのため新しいことに挑戦したがらないように見えるのです。

今はどの学問分野もダイナミックに動いており、領域の境界がなくなり融合し、更に新しい核形成を始めています。どの学問も1分野だけで成り立つことはありません。自分の専門を深く究めようとする日本人の姿勢は良いのですが、他分野の人と積極的に交流し、最新の知識を導入してパイオニア領域を切り拓いて行くべきだと思います。

実験系に比べ、数学は研究と生活を両立させやすい

――先生は「数学は女性に向いている」と述べておられます。それはなぜなのでしょうか。

小谷 理由は2つあります。1つは現実的な問題で、研究者に限らず女性が社会で働き続けるときの一番大きな課題は、子育てと仕事の両立です。研究者は若いときには非常に多くの時間を論文を書くことに費やしますが、女性の場合、その時期が子育て期と重なります。
幸い数学は個人作業なので、自分のペースで時間を配分できるし、実験装置や実験相手の都合に合わせる必要もありません。自宅に持ち帰って空き時間に研究することができ、研究と家庭生活を両立させやすいのです。

もう1つは、文脈を読み解く女性の能力の高さです。例えば天道説と地動説は天体が相対的に動いていると考えれば同じですが、天動説で地球が中心にあると考えると、計算が複雑になって修正を重ねなくてはなりません。逆に地動説で太陽が中心にあると考えると、シンプルにすっきり表現できます。
つまり、問題はどちらが正しいかではなく、どちらの文脈によって物事をより自然に理解できるかです。数学は科学の共通の言葉を作り、科学の文脈を読解して適切な設定を見出したりするもので、さまざまな問題を適切な文脈におくことで解決に導いていきます。文脈とは、ストーリーというか、1つひとつの現象を、その周りとの関係性によって読み取るという意味です。国語の読解力の問題を解くのと同じで、文脈の読解力は女性のほうが一般的に優れていると言われています。

実験系に比べ、数学は研究と生活を両立させやすい

女性の数学者が少ないのは、親の考え方が影響している

――しかし、実際には女性の数学者は極めて少ないのが現状です。それはなぜだとお考えでしょうか。

小谷 一例ですが、私が学んだ東大数学科は、クラス45人のうち女性は私を含め2人でした。それ以前の4年間はゼロ。数学という学問がよく理解されていない上に、当時はまだ親御さんの考え方が大きく影響していたのではないかと思います。今も事情は大きく変わっていないようです。

PISA学力テストでは、15歳時点での数学の点数の男女差は日本ではほとんどありません。数学のイベントに来るのは女子生徒のほうがむしろ多い。つまり能力でも興味の点でも男女に差はないのです。
それがなぜその後も保てないかというと、男子の場合、数学ができると親御さんから「おー、いいぞ!」とほめられるのに、いまだに女子だと「数学なんて女の子らしくない」などと言われる。そのため女子は、強い意欲を持つ子ども以外は、もっぱら文系に進むことが多いのだと思います。

現代の社会は理系か文系かといったどちらか一方だけの知識で生きていくことはできません。デジタル化社会ではデータや情報を論理的に考えることが必要だし、一方で社会構造が変化するなか人文社会系の訓練により多重的な思考を持つことも重要です。
大学入学後に理系文系の選択ができるようにすれば、ずいぶん変わると思いますが、現実は15歳ごろからどちらかの系を選んで勉強を集中するために他方を学ぶ機会がありません。社会人としての幅広い教養を身に付けられないのです。世界はどんどん変わっているのに、中高の先生や親御さんの持っている情報が少なすぎます。子どもたちには「自分がやりたいことを素直に追い求めていくのがいいよ」と言っています。

女性の数学者が少ないのは、親の考え方が影響している

女性の理系大学院生をサイエンス・エンジェルに任命

――東北大学は小中高生に科学の魅力を伝える「サイエンス・エンジェル」の活動をしていますが、紹介していただけますか。

小谷 サイエンス・エンジェルは2006年度に創設した制度で、私も創設にかかわりました。女性が理系で活躍するハードルとして、①環境が整っていない、②育児と研究の両立が難しい思われている、③ロールモデルがない、という3つがあります。サイエンス・エンジェルの任務は身近なロールモデルとして小中高校生に対して科学の多様な魅力を伝えることで、理系に進む女性を増やすことです。
東北大学理系の博士学生は、研究者を目指す人、社会で科学を生かしたい人、高校の先生になりたい人、教養を高めたい人などさまざまな動機を持っています。分野も数学、物理、化学、工学、ライフサイエンスなどいろいろ。女性の感性を活かして化粧品の研究している女性もいます。

そこで「多様なロールモデル」を旗印にして、彼女たちをサイエンス・エンジェルに任命しました。その任務は科学の面白さを伝えるメッセンジャーです。学校などから希望があれば彼女たちを派遣し、時には理科実験もして、「理系はいろいろな可能性があって楽しい」と伝えてもらうのです。科学には底知れない魅力があります。もっと多くの人にそれを知ってほしいのです。

 

TEXT:木代泰之

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