「クローン文化財」という言葉をご存じだろうか。「クローン」と「文化財」。一見相反する領域にある2つの単語を組み合わせた不思議な言葉だが、これは東京藝術大学の宮廻正明名誉教授が名付けた文化財の継承法で、「東京藝術大学の知見」と「ITを駆使した最新のテクノロジー」、そして「伝統と職人の技」を融合させた特許技術なのだ。宮廻教授は、門外不出の国宝「法隆寺釈迦三尊像」をクローン技術によってみごと復元し、2017年、クローン文化財だけを展示した展覧会で初めて寺からクローンというかたちで「外出」させることに成功した。
宮廻教授は、「クローン文化財」はコピーや模倣、複製ではなく、“オリジナルを超越する芸術”。これまで不可能だった“保存”と“公開”という文化財の持つ矛盾やジレンマを解決できる方法でもある」と説く。
クローン文化財を推進する背景には、一人ひとりがそれぞれの良さを生かし合う社会を目指す、宮廻教授の熱い思いも流れている。文化財の伝承方法だけに留まらないクローン文化財の可能性について、宮廻教授にお伺いした。

咲き誇るソメイヨシノは、オリジナルを超越した

――クローン文化財に取り組もうと思われたきっかけ、また、従来の模写などとの違いを教えてください。

宮廻 私がやってきた文化財保存修復の複製画というのは、英語で言うとコピーでしたが、それではあまりに安っぽいイメージで、誰でもできそうです。そこで、海外でも通用し、言葉だけでイメージが伝わるものはないかと考えていた時でした。上野駅から藝大に来る道すがら、春になると、桜の花が一斉に咲き、国内外から大勢の人たちがその桜、ソメイヨシノ(染井吉野)を愛でに来ます。ご存じのようにソメイヨシノは、オオシマザクラ(大島桜)とエドヒガン(江戸彼岸)の交配種をオリジンとするクローンです。世界中で、これだけ愛され、価値が認められているクローンはありません。
そこで、「クローン文化財」という概念を考えました。もちろん当初は「クローン」という言葉に対する負のイメージもあり、反対もありました。しかし、「クローン」というと分かりやすいし、始めは「マイナスイメージ」があっても、そこから広がれば、いずれソメイヨシノのようになるのではないかと思ったのです。

咲き誇るソメイヨシノは、オリジナルを超越した

模倣やコピー作品と、クローン作品の一番の価値の違いは何か。それは、オリジナルの超越です。例えばソメイヨシノは元の桜を超越して世界中の人々に愛され、もはや桜の代名詞となりました。実はこれは、日本の文化全体に通じることなのです。日本の文化も最初は「模倣」から始まっているからです。
古来、文化はシルクロードによって隣村から隣村へと伝わりました。そして村ごとに伝わった文化を受容し、混ざり合い、また隣の村に伝わる。日本には、西域の文化にアジアの文化が混ざり合った状態でたどり着きました。日本が優れているのは、こうして伝わる過程で変容した文化を、ただ単に受け入れただけではなく、伝わった状態に日本独自の工夫を加え、より良いものへと「超越」させた点です。日本が誇る「車」「カメラ」などの製品も同じです。オリジナルを超越したものを創ることができる、それこそがジャポニズムなのです。クローン文化財もそれと同じく、単なる模倣、複製ではなく、オリジナルを超越するところに価値があると思っています。

オリジナルを超える「平成の釈迦三尊像」

――先生が取り組まれた国宝・法隆寺の釈迦三尊像は東京藝大の知見と、最先端IT、そして、伝統的な鋳造技術を持つ熟練職人たちの技が一体となって取り組んだ結晶であり、まさにオリジナルを超越した出来栄えだといわれています。

宮廻 2017年秋、シルクロード特別企画展「素心伝心」という展覧会を開催しました。
バーミヤン東大仏天井壁画、敦煌莫高窟、高句麗古墳群江西大墓など、戦争や自然災害、修復による破損、経年変化によって失われた古代シルクロードの7つの国や地域の歴史的遺産を、最先端のデジタル技術と人の手による伝統的なアナログ技術を駆使して、再び現世によみがえらせました。クローン文化財ばかりを展示する試みでしたが、間近で見ることができ、展示物に触れることもできる、と新しい展覧会のあり方を示すこととなり大好評でした。

オリジナルを超える「平成の釈迦三尊像」

この展覧会では、昭和24年に火災によって焼損した法隆寺金堂の壁画を復元し、さらに国宝であり門外不出で、法隆寺以外では見ることができない釈迦三尊像を3D技術を用いて再現しました。ただ現存しているものをそのまま再現するのではなく、欠損部分を創られた頃の状態に戻したのです。
というのも、現在の釈迦三尊像は、螺髪(らほつ)の一部や白毫(びゃくごう)が欠損し、後背の火焔は残っていません。欠損された状態で国宝に指定されているので、どんなに技術があっても、手を加えて修復することができません。一方でクローンならば、創られた状態に戻すことができます。つまり、クローンの方が「実際に創られた時の状態により近い」ことになるのです。また、釈迦が左右に従えた脇侍も左右が逆に配置されていましたが、今回のクローンでは正しい形に戻しています。つまり、ある意味ではクローンが現存しているものを超越した、といえるのです。

では、技術だけでクローン文化財ができるかというとそうではありません。従来、壁画の修復などは、いわゆるデジタル技術を駆使して行っていましたが、それだけではやはりオリジナルの持つ感性や芸術性などといった人間だけが出せるアナログの味が足りず不完全でした。藝大には美術史の先生もいれば、絵具を分析する専門家から絵を描く画家まで一流の人材が揃っています。その人たちの「アナログの力」の協力によって、限りなく正確なものができます。

具体的に釈迦三尊像の再現にあたっては、実際の像の3D計測を行い、御像の背後など撮影できない部分については、藝大が持つ仏像に関するデータや知見で類推してデータを補完しました。そのデータを3Dで復元してプリンターで出力、鋳造の原型を造形したのです。デジタル技術だけでは完成できなかった点に、藝大の知見を加えることで、不可能を可能にしました。これがデジタルとアナログの融合が不可欠な点です。
織物を例にとると、ピンと張られた縦糸が伝統です。そして、現代の最先端技術が横糸。どんなに横糸を織り込もうとしても、まずは縦糸がきちんと張られていなければ美しい文様は出せません。互いが合わさることで、初めて美しい文様が現れるのです。

オリジナルを超える「平成の釈迦三尊像」

左手奥にあるのは原型

――今回、造形の部分は、富山県高岡市の鋳造や彫金職人と南砺市の彫刻職人の方々が担当されました。

宮廻 造形については、技術の伝承という意味で、日本有数の鋳物の街、 富山県高岡市の伝統工芸高岡銅器振興協同組合の方々にお願いしました。地方の伝統的な技術を持つ職人さんが、その地方独自の文化・造型技術を発揮することで、本当の意味での地方創生につながると思ったからです。

今回の釈迦三尊像の鋳造、彫金に関しては、高岡の組合に加盟する会社が、それぞれ「中尊」「両脇侍」「大光背」などを分担してくれました。また、台座は富山県南砺市の井波彫刻協同組合が制作しました。それぞれの職人さんたちは、自らが受け継ぎ磨いてきた伝統の技を、一致団結して、情報を交換しながら、完成させてくれたのです。

さらに、「仏様のコピーを造るとは何事だ」という声に対しては、法隆寺の大野玄妙管長が「それならば」と、今後展覧会などが一段落し落ち着いたら御霊入れをしてくださることになりました。このことでまさに、「平成の釈迦三尊像」が誕生することになったのです。

それぞれが得意とする分野を生かし合い、お互いの尊厳を認め合う

それぞれが得意とする分野を生かし合い、お互いの尊厳を認め合う

――ところで、藝大では「お互いが得意とする分野を生かし合い協力する」という点を重視されているとお聞きしました。具体的にはどのような活動をされているのですか。

宮廻 例えば障がい者とアートの関わりです。障がい者と一言で言っても、健常者には到底持てない能力を備えた人がいます。そんなすごい能力を持っている人たちを果たして「障がい者」と言えるのか。そのあたりを見直す運動も進めています。

藝大が拠点となっているCOI(革新的イノベーション創出プログラム)があります。ここでは「『感動』」を創造する芸術と科学技術による共感覚イノベーション拠点」をテーマにしており、その一環として芸術に触れる感動を障がい者から学ぶ活動をしています。通常、健常者と障がい者が共同で作業する場合、健常者側がプログラムを作りますが、ここでは逆です。障がいを持つ人が教える側になり、その人たちが持っている特別な能力を、健常者に教えます。
実は今回のこのクローン文化財のプロジェクトの背景には、そういう人たちから学んだ「お互いの尊厳を認め合い、それぞれの秀でた能力を合わせてより良いものを創る」という思いが根底にあります。

また、別な例として、オランダのNICAS(オランダ芸術科学保存協会)と、2016年に協力協定を結びました。NICASは、芸術作品のデータ解析や科学分析では世界トップクラスですが、モノを作る技術がありません。反対に、日本はデータを収集する環境はありませんが、伝統継承によるモノを作る技術があります。お互いが得意とする分野で協力することで、世界中の文化財の「保存と公開」が可能になると思います。

それぞれが得意とする分野を生かし合い、お互いの尊厳を認め合う

オランダの画家ピーテル・ブリューゲルの最高傑作とされる絵画「バベルの塔」のクローン作品。
オリジナルの9倍(面積比)の大きさに拡大し、オリジナルでは見えにくい1400人の人物などの様子も分かるようになった。

文化財の伝承に関わる“保存”と“公開”の課題を解決する

――文化財を保存する最も効果的な方法は「非公開」といわれます。

宮廻 これまで、文化財の大きな課題は“保存”と“公開”というジレンマへの対応でした。保存に最も有効な方法は公開しないことです。
これからはクローン文化財により、このジレンマを解決することができます。また、大きな特徴の1つでもある「触れられる」点により、それまで美術館などから遠のいていた目の見えない人も訪れることが可能になります。つまり、今後は展示する側、美術館側も、情報の公開方法を考えるべきだと思います。文化財が壊れたり、傷んだりすることに注意するだけではなく、もっと新しい方法で、文化財を楽しんでもらう方法があるのではないかということを考えてほしい。
クローン文化財が持つ利点は、単に再生産ができるという点には留まりません。そこから派生した、人間の尊厳を学ぶことにもつながるのだと思います。

文化財の伝承に関わる“保存”と“公開”の課題を解決する

こちらはエドゥアール・マネの絵画「笛を吹く少年」のクローン。
絵画(左)だけでなく、立体像(右)にしたクローンもある

――お互いの良い点を認め合うことが、文化を伝承することにつながるのでしょうか。

宮廻 最初にシルクロードによって西の文化が東に伝わった話をしましたが、これは文化の融合ではありません。融合というのは、赤インクと青インクを混ぜると「紫」になり、赤でも青でもない、新しい色による、いわば「攻略」です。しかし、混在は違います。赤い絵具と青い絵具は粒子を混ぜると一見紫に見えますが、それを拡大すると、赤と青の粒子の色が確実に存在しています。つまり、互いの存在を認め合う。尊厳を認め合うことなのです。

今、世界各地で、大国が小国を吸収しようとしたり、テロリストが文化財を破壊したりしていますが、本来はお互いの尊厳を認め合うべきなのです。そして、強いものが弱いものを下支えする、それこそが人間の持っている知恵だと思います。

例えば、アフガニスタンのバーミヤン東大仏天井壁画は、2001年にタリバン・イスラーム原理主義勢力により破壊されました。私たちは、それを何とか再現したいと1970年代に撮影されたブローニー版ポジフィルムなどから徹底的に分析しました。そのことで、失われる前の絵の全容が明らかになりました。その絵に描かれていたものは、太陽神の周りにキリスト教系の翼の生えた女神、その上には風神雷神、そして脇には仏様の姿が描かれていました。つまり、あの絵が描かれた6世紀には、それぞれが互いの宗教を認め合っていたということです。復元された絵を見て「ああ、きれいだね」ではなく、描かれた時代の社会や人々が希求していたものを学ぶことができるのです。
破壊された、もしくは朽ちていく文化財は現代のIT技術と昔ながらの技、人間の英知によって復元・再現することができます。私はクローン文化財によって、こうした“心”を伝えられると信じています。そして文化の力で平和を学ぶことができると思っています。

また、今後問題となる流出文化財の問題にもクローン文化財は効果的です。文化財を返す・返さないという話になった場合に、2つあれば、分け合う、共有することができるからです。とは言え、みな、オリジナルを持ちたい。ところが、オリジナルを超えたクローンであれば、そちらがほしいということになります。つまり、オリジナルという価値にこだわるのではなく、文化の本質を次の世代に継承していくことが重要なのです。

文化財の伝承に関わる“保存”と“公開”の課題を解決する

――先生の研究は美術という領域に留まらないものなのですね。今後の具体的な目標を教えてください。

実はやりたいことは無限大にあるので、私の周囲のスタッフは戦々恐々としています。
具体的には、平成の釈迦三尊像を創ったので、次は造仏当初の金色に光り輝く釈迦三尊像を復元したい。そして、その後は未来の仏像としてクリスタル素材で制作し、ライティングで中から光らせれば、まさしく「内側から金色に光り輝く釈迦三尊像」ができるのではないかと思います。

また、クローン文化財の技術については特許を取得していますが、それは、きちんと伝承していくためのもので、独占しようとしているわけではありません。今後は世界各地の人たちが、その国の文化財のためにこの技術を使ってほしいと思っています。この技術を活用して、各地で人材育成をし、文化に根差した観光産業が成り立てばいいと考えています。つまり、文化財を持つ各国、各地の人たちが自分たちでクローン文化財を作れるように、お手伝いをしていきたいと思っています。

実はこの1月に藝大発のベンチャービジネスを立ち上げました。株式会社IKI(粋、Institute for Knowledge and Inspiration)という、知とひらめきの研究所です。株式会社ですので、5年くらいで軌道に乗せ、人材を育て、発展させていきたいと思っています。そのためにも、今後、さまざまな発想が必要になるでしょう。

TEXT:深井久美

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宮廻正明(みやさこ・まさあき)

日本画家、東京藝術大学名誉教授
1951年島根県松江市生まれ。東京藝術大学美術学部デザイン科卒業。 同大学院文化財保存修復技術(日本画)修了、平山郁夫に師事。1995年に東京藝術大学助教授、2000年教授。同大学学長特命、社会連携センター長、同学COI拠点研究リーダーなどを経て、2018年4月から同大名誉教授。 日本美術院同人・常務執行理事、文化財保護・芸術研究助成財団理事長。足立美術館評議員長、山種美術館理事、シルクロード美術館副理事長。
「クローン文化財」の功績により21世紀発明奨励賞、平成30年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(科学技術振興部門)受賞。