歴史を鑑に未来を映す――大河の歴史考証人が語る、史実を学ぶ「本当の意味」とは

毎年、新たなNHK大河ドラマのオンエアが始まると、大型書店の一角には、きまってその主人公にまつわる関連書籍のコーナーが設けられる。今年はどんな歴史上の人物が主役に選ばれたのか。普段から日本史に関心を持っていない人も、ふと足を止めてページをめくることもあるだろう。

そんな国民的歴史ドラマを、約20年にわたって支え続ける歴史学者がいる。日本中世史、中でも戦国史を専門とする、小和田哲男静岡大学名誉教授だ。1996年の『秀吉』に始まり、2017年の『おんな城主 直虎』まで、現在までに6本の大河ドラマの時代考証を手掛けてきた。

「歴史は鏡である」と語る小和田教授の真意はどこにあるのか。フィクションと史実の狭間で葛藤する、時代考証者の役割について伺った。

脚本の中に間違いを探す

——大河ドラマの時代考証とは、具体的にどのような仕事でしょうか。

小和田 ドラマ制作の要は、脚本家が一話一話仕上げてくる脚本にあります。歴史的事実と照らし合わせながら、脚本の正誤を検証するのが、時代考証の主な仕事です。台詞はもちろんのこと、ト書き(※)も、一字一句念入りにチェックします。専門家の方のご意見も伺いながら時代背景との整合性に不適切な箇所がないか、衣装や所作などの風俗的側面にも気を配ります。

一口に脚本と申しましても、大きく3つに分類することができます。1つ目は、原作をもとに執筆され、すでに原作者が故人となっているもの。2つ目は原作がありかつ、原作者がご健在のもの。そして3つ目は脚本家の創作による、全くのオリジナル脚本――たとえば、三谷幸喜さんの作品などですね。

最も苦労するのは、1つ目のパターン、原作者が他界されているケースです。なぜなら、執筆当時から研究が進み、新たな歴史的事実が判明していることがあったとしても、著作権をお持ちのご遺族の方、版元などの手前、そう簡単に内容を変更するわけにはいかないからです。

※俳優の動き・出入り、照明・音楽などを指示した、台詞以外の文章のこと

歴史考証人で静岡大学名誉教授の小和田哲男氏

歴史考証人で静岡大学名誉教授の小和田哲男氏

——そうなると、大作家が遺した作品にはより綿密な確認が必要となるのですね。

小和田『功名が辻』(2006年)は、いまでも印象に残っている作品です。信長、秀吉、家康三代に仕えた土佐藩初代藩主山内一豊の妻である千代を主人公にした、作家・司馬遼太郎さんの歴史小説が原作でした。

その中に、やりくり上手な千代のへそくりで、一豊が名馬を手に入れる有名な場面があります。
馬の値は黄金十両。現在の価格にしておよそ100万円です。一豊はその名馬を安土城下の馬市で見つけたことになっています。ところが、実際に一豊が信長に仕えていた安土城下時代を想定した場合の年収は、およそ2,000万円だったことが明らかになっています。それほどの年収があれば、「金さえあればあの名馬を購入できるのに……」と、千代の前でため息をつき肩を落としたとは想像しがたい。

そこで私は、場所も年代もいまだ特定されてはいませんが、少なくとも、安土城下時代の馬市ではないはずだ、と主張しました。残念ながら、さまざまな事情で原作を尊重するしかありませんでしたが、もし司馬さんが生きてらっしゃったら、ぜひ、ご相談をしてみたかった。新たな解釈に関心を持ってくださったかもしれません。

時代考証者としての葛藤、そして使命

——映像作品の時代考証を手がける上で、どのような難しさを感じますか?

小和田 苦い経験として思い出されるのは、『江〜姫たちの戦国〜』(2009年)の小谷城炎上シーンです。お市の方が、娘である主人公・江を含め三姉妹を連れて城から落ちのびる場面で、演出の方が、史実には反するけれど、城の一部を少しだけ燃やしたいと言い出した。まったく火の気がないと、視聴者に落城したことがビジュアル的に伝わりにくいからと懇願されたのです。

小谷城を3年がかりで攻めていたのは、お市の方の兄・織田信長です。「火付け魔」と呼ばれた信長も、さすがに妹であるお市の方と三姉妹を火の海に沈めることは避けたかったというのが私の所見です。

実際、歴史研究家の間では小谷城が燃やされなかったことは周知の事実として通っています。私はかなり強固に異議を唱えたのですが、演出家の強いお申し出に「少しだけなら……」と許容せざるをえなかった。

後日、放送されたその場面を見て驚かされました。映し出されたのは、城ごとの大炎上だったのです。その後、城の研究仲間からは「小和田さんが時代考証についていながら、何ですか」と言われてしまいました。

——大河ドラマの時代考証には、さまざまなせめぎ合いがおありなのですね。

小和田 確かにある程度の演出は否めません。ただ、大河ドラマは子どもから大人まで幅広い方がご覧になります。映像の力は強い。一瞬で脳裏に刻まれます。

だからこそ史実と異なる設定は決して許されません。どこまでの演出を許容できるか、演出家や脚本家とギリギリの線でせめぎあうのが、時代考証者としての最大のやりがいであり、同時に苦労のしどころでもあるわけです。専門家や視聴者からのクレームが寄せられることも多く、大河ドラマの放映期間中は一年間気が休まることはありません。

小和田哲男氏

——それでも、日本史の研究者として時代考証に携わる意義は何でしょうか。

小和田 私は、いわば史実が間違って伝わらないための抑止力的な役割を担っていると考えています。一方で、テレビドラマというマスメディアを通すことで、より多くの人に歴史の面白さ、奥深さ、そして最新の研究内容を伝えられる喜びもあります。演出によって史実を歪曲されることもありますが、俳優さんたちの演技や素晴らしい映像によって、歴史的事実を身近なものとして追体験してもらえるメリットもあるはずです。

昨年放送された『おんな城主 直虎』(2017年)では、これまで戦国時代を扱った作品ではあまり触れられることの少なかった、農民たちのありのままの生活が描かれました。

彼らの登場シーンには、「隠し田(かくしだ)」についてのやりとりが出てきます。「隠し田」とは、農民が年貢の徴収から免れるため、隠し持った水田のこと。戦国武将の目線からだけではなく、こういった名もない市井の人々の目線からも、歴史は語られるべきだと思います。

——時代考証のどのような点に面白さを感じられますか。

小和田 息抜き的な部分で申しますと、台詞のチェックには、ある種、引っ掛け問題を解くような楽しさがありますね。司馬さんなど歴史小説作家の方々は、もともと歴史に造詣が深く、台詞の言い回しにも細心の注意を払われています。かたや現代ものを多く手掛ける脚本家の作品は、台詞が現代風になってしまっていることが多いのです。

例えば、「これでそなたも、ようやく殿のお眼鏡にかなったな」という台詞。戦国時代を背景にしたドラマには、不適切です。眼鏡は宣教師フランシスコ・ザビエル(15世紀半ばに来日)が日本に伝えたという説が有力です。戦国時代(15世紀半ばから約1世紀に渡る時代区分)の眼鏡は、あくまで海外からの献上品程度に過ぎず、武将の間で一般的に認知されていたとは思えません。

ましてや眼鏡をかけていた殿様なんて、当時はほとんどいなかったはずですから(笑)。私もうっかり見落としてしまいそうになることもありますが、こういった間違い探しは、頭の体操にもなって楽しいものです。

現代に通ずる武将たちの人生哲学

——戦国時代史を専門にご研究されていますが、その時代に着目した理由を教えてください。

小和田 私は、小学生の頃からお城に興味を持っていました。世界各国の城郭に関する研究や、調査事業を行う日本城郭協会には、高校生の頃から入っています。静岡出身なので、駿府城から入り、その後、東京に居を移していた時代には江戸城跡に魅せられました。そこから、自然と戦国時代に関心が向いたわけですが、合戦における戦法の研究というよりは、一国一国の独自の統治法、経営手腕に面白さを感じました。

応接室の本棚に収められた歴史書。小和田教授曰く「蔵書の一部」なのだそう

応接室の本棚に収められた歴史書。小和田教授曰く「蔵書の一部」なのだそう

——ご著書『家訓で読む戦国 組織論から人生哲学まで』(NHK出版新書)を拝読して、戦国時代とは改めて日本の歴史の中でも独特の時代だったという思いを強くしました。

小和田 そうですね。自治制の高い独立国が日本中に次々と生まれていった時代です。伊達政宗の東北王国、長宗我部元親の四国王国、島津義久の九州王国。各国は、駿河の今川家による「今川仮名目録」のような、自分の領国にだけ通用する法、いわゆる「分国法」を持つようになります。

分国法には、戦国家法を記した公的な側面の強いものから、家訓および遺言状の類を含めて道徳的側面に注目してまとめられているものもあります。それら国独自の法には、現在に通ずる教訓が散りばめられています。

組織をどう強くするかという大枠の教えから、囲碁・将棋の取り締まり、質素倹約の勧めなど、生活にまつわる些事に関することまで、さまざまな教えが網羅されている。

一例を挙げると、加藤清正、黒田長政、北条早雲など、トップクラスの武将たちが記した法には、「文武は車の両輪」という教えが散見できますし、武田信玄、鍋島直茂らが遺した法には、「家臣は褒めて使うべし」という上に立つ者の心構えが記されています。

家訓・遺言状には、武将たちの生き様、成功例、失敗例が詰まっています。現代に生きる我々が読んでも、共感できる箇所がたくさんあります。

小和田哲男氏

——戦国時代というと、やはり織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3武将が一般的に知られていますよね。

小和田「戦国時代に学ぶ経営手腕」というテーマの講演では、その3名をよく取り上げますね。
信長は、やはり人事力に長けていたと思います。当時は譜代門閥主義(ふだいもんばつしゅぎ)、つまり地位の世襲制が常識でした。ところが、信長は「能力重視」の人事を行います。その最たる例が秀吉の登用ですが、桶狭間の合戦では実戦で手柄を立てた武将ではなく、戦略に手腕を発揮した簗田政綱(やなだ まさつな)に一番の恩賞を与えたという有名な逸話が、彼の斬新な評価方法を表しています。

また、信長が戦において「情報」を重視した点も新しかったと思います。簗田は隠密(おんみつ)活動を行い、敵陣に不利になる事前情報を得て戦略に活かしました。

秀吉の生き方には、現代の経営者にも通ずる大切な教訓が秘められていると感じますね。中でも注目するのは、彼の晩年です。異父弟である秀長を病気で亡くしてからは、長年彼に仕えた茶人・千利休に切腹を命じたり、朝鮮出兵に踏み切るなどの暴走が始まります。それは、秀長というチェック機能を失ったからだと推察します。リーダーには、ブレーキ役として、優秀なナンバー2となる「右腕」の存在が不可欠なのです。

——家康についてはどう評価されますか。

小和田 彼は、現代風に言えば、M&Aやコングロマリット方式で企業を大きくした経営者でした。彼は武田、北条、今川など、勝利した相手勢の家臣を大量に採用しています。戦で負かした大名の家臣を採りこみ、雪だるま式に兵力を増強させ大連合軍を形成したことが、家康の賢かったところですね。

経営者はみな事業承継が関心事ですが、家康はおそらくその方面に才があったはず。私はもともと秀吉派でしたが、いまでは家康びいきになっています(笑)。

当日、取材チームに出されたお茶の器には徳川家の家紋が

当日、取材チームに出されたお茶の器には徳川家の家紋が

——戦国時代の武将たちが遺した言葉の中に、現代人にも通じる成功の秘訣はありますか。

小和田 ご存知の方は少ないかもしれませんが、朝倉宗滴(あさくらそうてき)という武将が、こんな言葉を遺しています。

「名将とはいちど大敗北を喫した者をいう」。

実は彼は一度も戦に負けたことがなかった武将で、逆説的に「自分は負けたことがなかったから、とうとう名将にはなれなかった」と述懐しているのです。

ここで私が申し上げたいのは、失敗の経験がむしろ人間を一回りもふた回りも大きく成長させる、ということです。

家康は、三方ヶ原の戦いで武田信玄に手痛い負け方をしています。浜松城へ逃げ帰った直後、ボロボロになっていた我が身を描かせたと伝えられる肖像画は有名ですね。そんな家康が天下統一の覇者になれたのも、信長や秀吉の轍(わだち)を踏まなかったからではないでしょうか。

多くの負け戦を経験した家康は、家臣の犠牲により生き残ったという思いを強く持つようにもなり、「家臣こそわが宝」という言葉も残しています。いずれも、いまを生きる経営者やリーダーの心にひびく教訓ではないでしょうか。

過去を鑑(かがみ)に、未来を映す

——歴史研究の面白さ、醍醐味についてもお聞かせください。

小和田「通説を疑う」。私たち文献史学の歴史研究者は、まず、その立ち位置から始めます。

「このくだりはこう読める」「いや、こんな風な解釈もできるのでは?」と、まるで推理小説を読むように、自分なりの仮説を立てながら一つひとつの事実を検証していくのです。
それは先達の遺した解釈、研究結果を乗り越えていく作業でもあります。だからこそ、私が明らかにした事実を、今度は若い世代の研究者に乗り越えて行ってほしい。
研究の世界では、そういう連鎖が新たな歴史的事実の発見をうながすのだと信じています。

同時にテクノロジーのもたらす恩恵にも期待しています。実際私も、現代の光学技術とコンピュータ解析技術を駆使して、ある肖像画を鮮明によみがえらせる現場に立ち会ったことがあります。
また、美術鑑定と同様に、科学の力で偽文書を見つけ出すことも可能です。航空レーザー測量技術を使って、山中にある山城跡を特定できた例もありますし、テクノロジーの導入によって、今後の日本史研究は飛躍的に進展するはずです。

小和田哲男氏

——現代に生きる私たちは、歴史から何を学ぶべきでしょうか。

小和田 日本には、昔から「鏡(かがみ)」という名を冠した歴史書が多数編まれてきました。平安時代後期に成立したとされる『大鏡(おおかがみ)』。南北朝時代の『増鏡(ますかがみ)』。鎌倉時代には『吾妻鏡(あづまかがみ)』が生まれています。

いずれも文学作品としての稀少性も高い。私はなぜ「鏡」という名がついているのかに注目してほしい。それは、昔から「歴史は鏡である」という認識があったからだと想像します。
鏡に過去を映し出し、そこからより良い未来を築くための指針を見出す。時にいい手本、時に悪い手本としての「鑑」にしたのです。

歴史という一枚の鏡を通して、過去、現在、未来はつながっています。だからこそ、歴史的事件の年号や概要のみをただ記憶に留めるのではなく、「いまを生きる自分」にその出来事を引き寄せ、ぜひ自分ごととして思考してほしい。歴史を学ぶ意味はそこにあると、お伝えしたいですね。

 

TEXT:岸上雅由子

小和田哲男(おわだ・てつお)
歴史学者、静岡大学名誉教授

1944年 静岡市に生まれる
1972年 早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了
現在   静岡大学名誉教授、文学博士、公益財団法人日本城郭協会理事長、

専門は日本中世史、特に戦国時代史で、主著『後北条氏研究』『近江浅井氏の研究』のほか、『小和田哲男著作集』などの研究書の刊行で、戦国時代史研究の第一人者として知られている。
また、NHK総合テレビ「歴史秘話ヒストリア」およびNHK Eテレ「知恵泉」などにも出演し、わかりやすい解説には定評がある。

NHK大河ドラマでは、1996年の「秀吉」、2006年の「功名が辻」、2009年の「天地人」、2011年の「江~姫たちの戦国~」、2014年の「軍師官兵衛」、2017年の「おんな城主 直虎」で時代考証を担当している。

主な著書
 『戦国の群像』                (学研新書     2009年)
 『歴史ドラマと時代考証』           (中経の文庫    2010年)
 『戦国の城』                 (学研M文庫    2013年)
 『名軍師ありて、名将あり』          (NHK出版     2013年)
 『黒田官兵衛 智謀の戦国軍師』        (平凡社新書    2013年)
 『戦国史を歩んだ道』             (ミネルヴァ書房  2014年)
 『戦国武将』                 (中公文庫     2015年)
 『名城と合戦の日本史』            (新潮文庫     2015年)
 『戦国武将の実力』              (中公新書     2015年)
 『東海の戦国史』               (ミネルヴァ書房  2016年)
 『井伊直虎 戦国井伊一族と東国動乱史』    (洋泉社歴史新書y  2016年)
 『家訓で読む戦国 組織論から人生哲学まで』  (NHK出版新書   2017年)
 『戦国武将列伝100 戦国時代に何を学ぶか』  (メディアパル    2018年)