女性起業家を支援する「Women‘s Startup Lab」の代表取締役を務める堀江愛利さん。高校時代に交換留学生として渡米し、自分のやりたいことができるアメリカのカルチャーに魅了される。カルフォルニア大学を卒業後、米IBMに勤務し独立。2013年「Women’s Startup Lab」を創業し、現在はシリコンバレーを拠点に活動している。

こだわるのは「女性」「テック・ベンチャー」起業家の支援だ。彼女たちの夢を実現させるべく、ビジネスを成功させるための合宿型トレーニングとサポートプログラムを提供し、CNN「10 Visionary Women(10人のビジョナリーウーマン)」に選出されるなど、その活動が評価されている。日本でも働き方改革や女性の活躍推進が叫ばれているなか、2児の母でもある堀江さんが発信する、すべての女性たちに向けたエールとは。

インポッシブルをポッシブルに変えられる場所

――高校時代にアメリカ留学を経験された後、そのままアメリカを拠点にされています。どのようなところに惹かれたのですか。

堀江 留学したのは1年間だったのですが、やりたいことにチャレンジできるカルチャーが、私に合っていたのだと思います。学生たちが自分の学校のガバナンスを行い、みんな生き生きしているのがすごく新鮮でした。留学を終えて帰国した時、「日本は活気がない」「心が抜けている」と言いながら1週間泣きつづけた私の姿を母も見ていたので、大学はアメリカに行きたいという希望を最後は許してくれました。

−−大学卒業後、アメリカのIBMに就職したと伺いました。

堀江 大学を卒業するとビザがない状態になるので、ビザをサポートしてくれる企業に就職する必要がありました。しかし、当時のIBMは全社員のうちアメリカ人を何%雇わないといけないという決まりがあり、学生にビザを出すのは難しいと言われていました。

そんなとき、たまたま訪れたジョブフェアがきっかけとなり、IBMのマイノリティー雇用候補に入れていただき、新卒の学生を対象としたオリエンテーションに参加することができました。そこで人事担当者や、ニューヨーク本社の人事部長に入社したいと直談判したんです。印象に残ったのか、それから約3カ月後に面接へ呼ばれ、晴れて採用。まさに、ミラクルにミラクルが重なった結果です。

IBM社員としてシリコンバレーで働いた3年間は、素晴らしい環境に恵まれました。その後のビジネスの基礎となるプロフェッショナリズムやエシカル(倫理的)な思考は、IBMで築いたと思っています。

Women’s Startup Lab代表の堀江愛利さん

Women’s Startup Lab代表の堀江愛利さん

与えられた価値観を受け入れ、一所懸命に生きる女性たち

――IBMを退社、独立後にお子様を2人出産しています。仕事と育児の両立はどうしていましたか。

堀江 IBMではコンシューマープロダクトマーケティング部門で、夜間にエンジニアチームから電話がかかってきても対応するような仕事づけの生活でした。1人目の子どもの育児もあったので、自宅でビジネスができるようにと独立を決めたのです。ただ、起業という気負った感じはなく、会社の給料と同じくらいお金が入ればいいという気持ちでした。

独立した当初は、子どもを夜10時に寝かせ、そこから朝5時まで仕事をしていました。明け方から寝て朝9時半に起きる生活スタイルです。子どもの朝ごはんは、一緒に住んでいた母が面倒を見てくれました。仕事はやればやっただけ結果がでるので、とてもやりがいがあり、充実していましたね。全力で走り続けて2人目の子どもを出産した後、母がガンになり他界しました。

――頼りのお母さまがガンで他界されてから、どういった変化がありましたか。

堀江 母が亡くなった時、初めてこれまでの人生を振り返りました。そこで私たち女性はお料理を毎日作って、子どもを産んで心豊かに育つような環境をつくって、そして良い母親であろうとする――それだけ頑張って、ギリギリの状態で生きていることに気づいたのです。

私自身、病気になった母の面倒も見たいし、家のこともちゃんとしたい。当然、自分の仕事もこなしながら、フル回転で生きていました。周りの女性たちが走り続けているから自分も走らなければという感覚もあったのだと思います。そんな事実をあらためて認識したとき、どれか1つが大変なのではなく「そもそも女性って無理!」と、愛情や哀しさが入り混じった深い感情に襲われ、とめどなく涙があふれてきました。

与えられた価値観を受け入れ、一所懸命に生きる女性たち

――大きなターニングポイントになったのですね。

堀江 はい。女性は社会から沢山のことを求められています。女性同士であっても、例えば日本ではよく「今日もおきれいですね」など言いますよね。素直に褒めているつもりでも、その言葉をかける方も、かけられる方も無意識に「女性は美しくあらねば」という気持ちや価値観に縛られることがある。

そうした「should be(であるべき)」という考えに縛られていた気づいたとき、「どうでもいいじゃんと言おう」と何かが吹っ切れました。もっと早くに気づくことができれば、自分も違う生き方ができたかもしれない。そう思った時、他の女性たちに同じ思いをさせたくない、つい頑張り過ぎてしまう女性たちに「あなたがうまくできないのは、あなただけのせいではない」と伝えたいと、心から思ったのです。

また、母の死を経験して今後の生き方を見つめるようになりました。希望するキャリアやポジションなどではなく、残りの人生で必要となるエッセンスを書き出した結果、新たなビジネスを始める決意をしたのです。

与えられた価値観を受け入れ、一所懸命に生きる女性たち

女性のリーダーシップは、軽やかに、しなやかに

――起業家を支援するアクセラレーターはありますが、女性起業家にこだわるのはなぜですか。

堀江 スタートアップの環境にいるのは、80〜90%が男性です。ある日、スタンフォード病院に勤める女性看護師のプレゼンを見る機会があったのですが、サポートがまったくつかないのです。医療現場の問題をじかに見ている彼女ならではのアイデアで、きっとニーズがあるだろうと思ったのですが……。

あの日、肩を落として帰る彼女の後ろ姿を見て、これ以上女性が落胆する姿を見たくないと思いました。それで私は、女性起業家を支援する「Women‘s Startup Lab」を設立したのです。

――アメリカでもそのような厳しい現実があるのですね。

堀江 大企業でも女性リーダーを増やす努力はしていますが、決定権者は男性が多いので女性目線の提案は採用されにくい。女性の努力が足りないのではなく、まだまだ社会構造的に追いついていない部分も大きいのです。女性起業家にもファンドや顧客をつけられて、女性リーダーが増えれば女性の考え方を理解する人がだんだん増えるはず。そうすることで社会に変革をもたらすことができると考えています。

――日本も女性管理職を増やす努力をしていますが、なかなか女性リーダーが増えないことが問題視されています。

堀江 日本女性は世界的に見ても優秀です。そんな女性たちの能力を抑えている社会構造は問題ですが、だからと言ってむやみに起業しても日本もシリコンバレーと同じような『ブロトピア』(Brotopia:シリコンバレーの男性優位社会について書かれた本のタイトル)に陥る可能性がある。圧倒的に男性が多い社会では、女性らしいリーダーというより男性に気に入られるタイプの女性が成功しやすいのは否めません。

女性のリーダーシップは、軽やかに、しなやかに

――女性のリーダーシップについては、どのようにお考えですか。

堀江 リーダーシップの条件は「人を率いること」と思われがちですが、私は「自分のポリシーに沿って行動し、結果人がついてくること」だと考えています。周囲に惑わされず、自分がやりたいことを軽やかに、そしてしなやかに実行する。他人ではなく、まずはしっかりと自分をリードできるかが大切だと考えています。

さらに、「Women‘s Startup Lab」では、支援する女性起業家の“コア”となる部分を引き出す訓練を徹底的に行います。起業家は、人に何を言われようと自分のビジョンを持ちつづけ、社会で戦わなければいけないからです。スタートしたビジネスが仮に失敗しても、また次のビジネスがつなげるためにはコアが何よりも求められます。それをつくるよう促して、輝く女性リーダーを社会へ送り出したいのです。

――どのようにして女性のリーダーのコアを引き出すのですが?

堀江 一例として、テック関係のスタートアップをメイン対象にして、1年前から日本人女性を対象とした「グローバルリーダーシップ」というプログラムも始めています。そこでは4日間の合宿プログラムを通じて、自分のビジョンを明確にしていきます。優秀な女性ほど、普段は自分の感情を抑えています。だから、心を揺さぶられたのはどんな瞬間か、集中できるのは何をしている時かーーそうした問いかけを通じて、その人が本来持っている力を目覚めさせるとともに、漠然とした起業ビジョンを形にしていくのです。

女性のリーダーシップは、軽やかに、しなやかに

世界中の女性起業家の「ハブ」を作る

――2人のお子さま(14才、12才の男児)をお持ちですが、私生活のビジョンについても教えてください。

堀江 いつか息子たちに、「うちの母親は楽しい人だった」と思ってもらえると嬉しい(笑)。

私はヘルスチェックと同じくらい、マインドチェックを大切にしています。メディテーション(瞑想)をするみたいに、ワクワク感を高めてから一日をスタートさせるんです。女性に特化した世界最大のファンドが実現したらどんなに素晴らしいだろうとか。マインドセットで気持ちを整え、エネルギーレベルをあげるのは何をするうえでも大切です。

世界中の女性起業家の「ハブ」を作る

それでも、うまくいかないこともきっとあるでしょう。実際、1年間もコミットしてきた取引が、裏切られるような形でなくなってしまったこともありました。そんなことがあっても、転んでは立ち上がる私の生き方を息子たちに見せたいですね。

――最後にアクセラレーターとしての今後の目標をお聞かせください。

堀江 「Women‘s Startup Lab」がハブとなり、女性たちが自分の国にいながら世界に市場に参入できるビジネス環境をつくりたい。

現在、世界のさまざまな環境にいる女性たちから、応募をいただいています。その面接の際、なかには、身近な場所でデモが起きて身の危険を感じているので、デモが終わるまで面談を待ってほしいという女性や、SNSを政府に規制されてしまい、ビジネスができなくなってしまったという女性もいました。宗教的な理由で、面接時に男性とは話してはいけない女性もいます。

そうした厳しい環境にあっても、「起業したい」と願う女性たちの可能性を開花させるビジネスになるよう、私も精一杯頑張るつもりです。

 

TEXT:小林純子

堀江愛利(ほりえ・あり)
Women‘s Startup Lab代表

Women’s Startup Lab Founder兼 CEO。広島県出身。18歳で渡米、大学を卒業後、IBM、スタートアップでの経験を経て現職。
主宰する「Women’s Startup Lab(WSLab)」はイノベーションのメッカである、米シリコンバレーで、ベンチャー企業を成功に導くアクセラレーターとして、起業家養成コース(アクセラレータープログラム)を運営。WSLabは女性起業家へのプログラム提供に特化し、世界中から女性起業家が集まる。男性中心のビジネス環境を改革し、女性がビジネスにおいてより飛躍を遂げることができる場を創生することで、男女が共に活躍できる革新的なビジネス環境を構築することを目標としている。スタンフォード大学によるリサーチを元に、女性起業家をさらに飛躍すさせるためのコラボレーション(共創)を導入した独自のプログラムにより、修了生やシリコンバレーのエコシステムに信頼される教育機関としての地位を築いてきた。
テクノロジー分野における女性支援の功績で知られ、SXSW interactive &UpGlobal等で講演を行う。これまでHuffington PostやWall Street Journal、Forbes、Silicon Valley Business Journal、FastCompanyでその活躍を取り上げられ、Marie Claire誌による「世界を変えている20人の女性」に選出される。安倍首相訪米時の首相主催晩餐会のMCのほか、CNNビジョナリーウーマン(「 CNN 10: Visionary Women」)、40 over 40に選出されるなど、全米から注目を集めている。日本では、新経済サミット(NES)、イノベーションリーダーズサミットなどに登壇。切れ味鋭く愛のあるスピーチで、聴衆を勇気づけるスピーカーとして活躍中。2015年、日本人向けプログラム「Japan X」、2017年には、日本人女性リーダー育成プログラム「Global Leadership Program」も開催。アントレプレナーとイントレプレナーが切磋琢磨しながら、成功を生み出す独自のメソッドで、イノベーションを創出できる人材の育成に取り組む。