スクラップ&ビルドでは残せない、「街の記憶」を継承したい。今、「木賃アパート」を都市に残す理由

東京23区だけで、実に20万戸以上あるといわれている「木造賃貸アパート(以下、木賃アパート)」。老朽化、耐火・耐震的な脆弱性、空き家問題などさまざまな問題を抱えていることから、「負の遺産」と称されることも少なくない。
スクラップ&ビルドにより都市を更新しようとする現在の建設・不動産業界の潮流がある一方で、建物の改修アイデアを「共有する」というアプローチで問題解決を図るひとりのイノベーターがいる。気鋭の建築家であり、NPO法人モクチン企画の代表を務める連 勇太朗氏だ。モクチン企画はその名が示すとおり、「木賃アパート」を中心に、広く木造住宅を対象にした改修事業を行っている
その異色のアプローチは、どのようにして生まれたのか。人口流入がつづく大都市・東京が抱える弱点とはなにか。そして、いま目指すべき都市の形とは――。連氏にお話を伺った。

建築というアプローチで、社会と向き合う

ーー幼少期はどのように過ごされましたか。

 1990年~1995年まで、家族でイギリスに住んでいました。当時、父親が「AAスクール」(ロンドンにある私立建築学校)という建築学校に、途中まで学生、途中から教員という立場で在籍していました。イギリスに住んでいたのは3歳から8歳の間でしたが、はっきりと覚えています。

連 勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

モクチン企画代表の連 勇太朗氏

ーーお父様も建築家だったのですね。

 父が通っていたAAスクールはとても前衛的な学校でした。ただ建物を設計するだけでなく、建築そのものの捉え方やコンセプトを重要視する学校です。ある日、私が帰宅すると、風呂場で自分の体を石膏で型取りしてスーツケースを作っているなど、かなり変わったことをしていました(笑)。当時、すでに父の職業が「建築家」だとは認識していたので、「建築家とはこういうことをする人たちなのか」と思っていました。今聞くと、身体と衣服の間にある空間の研究をしていたそうです(笑)。

ーーそれからご自身も建築家を志すようになったのですか?

 最初は、ジャーナリストになりたいと思っていました。本を書いて、社会を批評する生き方に強く憧れを持っていました。父は「自分の好きなことをしなさい」と言ってくれていたので、いろいろと考えた末に、建築の道には進まずにジャーナリストになることに決めました。

しかし、ある日私の勉強机の上に『錯乱のニューヨーク』という本が置いてあり、手に取りました。ジャーナリストから建築家に転向したレム・コールハースという人の著作なのですが、「20世紀のニューヨークは資本主義の原理で都市が作られ、権力や理念ではなく欲望から生まれた最初の都市である」といったことが書かれていました。

都市論から巧みな社会批評を行うその書作を読み、建築家になれば、モノを作って提案もしつつ、作品を通じてジャーナリスト的な活動もできると気づき、建築家を目指すようになりました。

連 勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

ーー「ジャーナリズム的な視点を持った建築家」になりたいと考えたのですね。

 振り返ってみれば、幼少期からちょっとひねくれ者だったというか、人に言われたことをそのままやるようなタイプではなかったように思います。

私が通っていた高校は、学生主体で卒業式を作るのが慣例でした。私は卒業準備委員会の委員長を務めて、卒業式の準備についてのアンケートを教員に取りました。その回答率があまりにも低かったので、「教員が学生の活動をサポートしないのはどういうことか」と張り紙で批判をして、後から呼び出されてしまったこともあります(笑)。

ーーとても活動的だったのですね。大学時代はいかがでしたか?

 慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)に通っていたんですが、カリキュラムも自分でアジェンダを立てて、好きなことを学ぶというスタイルでした。建築の勉強は、構造や設計というエンジニアリング的な思考で学ぶのが一般的ですが、SFCのカリキュラムは本当に自由で、私の場合は建築を軸にしながらビジネス、社会学、マーケティング、プログラミングなど幅広く学びました。

通常、建築家は住宅設計を依頼され、工事の監理を行い、その工事費の一部を設計料としていただくことで成り立つので、その意味で受動的な職業といえます。しかし、私はジャーナリスト的な働き方をしたいと思っていたので、将来は自分で見つけた課題に対して建築的なアプローチを取りながら自ら能動的に迫っていけるよう、さまざまな分野の学問を学ぼうと思いました。

連 勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

木賃アパートの部分的・汎用的な改修アイデアを共有する

ーー「木賃アパート」に着目するようになった理由を教えてください。

 実は最初から、木賃アパートに興味を持っていたわけではなく、どちらかと言えば、建築家が頭の中で考えている建築のデザインやアイデアを他の人と共有したり交換したりできないものか、その方法や手法について興味がありました。

1960年代に開発された「パタン・ランゲージ」という建築理論があるのですが、建築や都市を作る際にはいくつかのパターンがあって、それを組み合わせると誰もが建築や都市を作ることができるという理論です。20世紀前半の建築は作り手の表現に依る作家主義的な建築の勢いが強かったので、こうした流れに対するある種のアンチテーゼと言えます。建築はそこに住むユーザーが作り上げるべきものだという考えにのっとり、パタン・ランゲージはそれを可能にする、いわば「都市デザインや建築の辞書」のようなものです。

実際にその理論を使った街づくりが国内外で行われていたのですが、すでに私が学生だったころには、「パタン・ランゲージ」自体は過去の理論として扱われている状況でした。しかし、インターネットが発達してコミュニケーションが取りやすくなった現代にこそ、この「アイデアを共有し合う」という考え方が活きるのではないかと感じました。

そこで卒業制作として「パタン・ランゲージ」を応用して建築物を作ってみようと決意しました。企画書を持って、いくつかの企業に売り込みをしたところ、当時、良品計画に在籍していた土谷貞雄さんとブルースタジオの大島芳彦さんに出会い、学生プロジェクトとしてスタートしたのがモクチン企画のはじまりです。翌年に北沢にある木賃アパートの改修が実現しました。

モクチン企画(当時は「木造賃貸アパート再生ワークショップ」という名称)が初めて改修に取り組んだ、北沢の木賃アパート

モクチン企画(当時は「木造賃貸アパート再生ワークショップ」という名称)が初めて改修に取り組んだ、北沢の木賃アパート

ーーそこで初めて木賃アパートに行き着くのですね。

 プロジェクト自体はうまくいったのですが、しかし、街中を見渡してみると、改修が必要な木賃アパートが他にもたくさんあることに気づいたいのです。完成したという満足感と同時に、「たった1つしか改修することしかできなかった」という挫折感と無力感が同時に湧き上がってきました。

そこで、自分たちが開発した改修アイデアを大勢の人と共有することで、同時多発的に木賃アパートが抱える問題を解決していこうと考えて開発したのが、「モクチンレシピ」です。

ーーここであらためてモクチンレシピについて教えてください。

 モクチンレシピは木賃アパートを改装するための、部分的かつ汎用性のあるアイデア集のことです。家具系のもの、内装の仕上げ関係のもの、外構関係のものなど、必要に応じてアイデアを組み合わせて使います。料理のレシピのようなイメージですね。

ウェブで公開されているモクチンレシピの中から使いたいレシピを見つけた場合、有料で仕様書がダウンロードでき、それを工務店や大工さんに渡してもらえれば、大家さんや不動産会社でも改修ができるという仕組みになっています。

改修にかかる費用ですが、2~3万円ほどでできる小さな改修から、レシピの組み合わせ次第では2000~3000万円ほどかかる大がかりな改修もあり、小規模なものであれば設計をわざわざデザイナーや建築家に頼む必要はありません。現在のメインユーザーは不動産管理会社です。

モクチンレシピの改修例

モクチンレシピの改修例。木部を木部らしく蘇らせる「木肌美人」

モクチンレシピの改修例

壁面の色や壁紙の種類を整えて、部屋の印象を明るくする「ぱきっと真壁」

モクチンレシピの改修例

建物の前に長い縁側を設置して、外構の印象を変える「縁側ベルト」

「スクラップ&ビルド」だけでは、真の都市開発は進まない

ーー現在、東京の都市開発にはどのような問題があるとお考えですか。

 東京は、都市計画や開発が正常に機能したのは山手線の内側とその周辺のごく一部の地域で、その外側は「木密地域(=木造住宅密集地域)」が広がっています。これらの地域は火災が起きると大規模火災に発展する危険性が高く、1995年に発生した阪神・淡路大震災では木密地域で甚大な被害が発生しました。

東京都内の「木造住宅密集地域」、木賃ベルトとも呼ばれている。木造住宅の密集地が赤く表示され、その分布が一覧できる(作成:モクチン企画)

東京都内の「木造住宅密集地域」、木賃ベルトとも呼ばれている。木造住宅の密集地が赤く表示され、その分布が一覧できる(作成:モクチン企画)

しかし、既存の木賃アパートを始め、木造住宅をすべてコンクリートにすればいいのかというと、決してそうとも言い切れません。例えば、観光客に人気のエリアとなっている谷中(東京都台東区)は、昔ながらの日本の風景が残る木密地域です。狭い路地があったり、のんびり猫が歩いていたりして、街並みに風情があります。そこを木密地域だからといって全部コンクリートに変えてしまうのは誰だって疑問に思いますよね。

ーー確かに木造住宅が持つ文化的な価値は、私たち日本人には大切ですよね。

 おっしゃる通りです。災害発生時の脆弱性に関しては改善を行うべきですが、木造住宅そのものをただなくせばいいという単純な話では決してありません。

これは、東日本大震災で被害を受けた東北をどのように復興させるのが正解なのかという議論にも似ています。津波被害を回避するために高い防波堤を建てて街を守ることと、海と結ぶついた漁業の文化、生活風土、景色を守ることが矛盾してしまうように。これは土木的な問題と生活文化的な問題が相反するためで、簡単にどちらがいいと言えるような問題ではありません。

ーーしかし、木造住宅に対してあまりポジティブではないイメージを抱く人も実際にはいるかと思います。

木造住宅という属性そのものが持つ危険性に加え、そこにひそむ社会構造的な問題が起因しているのかもしれません。。

2011年に、大久保(東京都新宿区)の老朽木造共同住宅で火災が起こったのですが、そこに住む23名のうち18名が高齢かつ生活保護者であることが発覚しました。生活困窮者が、こうしたアパートに住まざるを得ないという現実が浮き彫りになった事件でした。

欧米ではパブリックハウジングやソーシャルハウジングと呼ばれる、いわゆる「低所得者のための住まい」が住政策や都市計画のなかで位置付けられており、計画的に生み出されています。しかし日本にはそういった仕組みがなく、生活困窮者がどこに住むのかというと、家賃の安い木賃アパートが多いのです。ネガティブな意味で、木賃アパートは住まいのセーフティネットになってしまっているのです。

こうした問題に加え、土地の所有関係が複雑だったり、法規的に既存不適格で建て替えができなかったりと、制度や法規的な問題から、整備や更新が思うように進んでいないのが現状です。

連 勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

ーーその他に、都市開発にかかる問題にはどのようなものがありますか。

 戦後一斉に作られた木造住宅が老朽化し、空き家化しているのも見過ごせない問題です。「古い」とか「かっこよくない」といったイメージが付きまとっているかもしれませんが、モクチンレシピを活用すれば、低予算でも改修ができますし、和室の良さを残したままでアップデートすることができます。

そうすることで木造住宅のイメージを刷新し、新たに「住んでみたい」と思う人が増えればと願っています。

ーーモクチンレシピには個人から社会まで、さまざまなレイヤーの問題を解決する可能性を感じます。

 木賃アパートや木造住宅を取り巻く問題は、単純な「スクラップ&ビルド」では解決できない。そこで、どのように都市を正常に更新していくのかを主眼に置いています。

建て替えられるものは建て替える一方、法規的に建て替えられなかったり、予算上それが難しかったりする場合、そのまま放置するのではなく、低コストでも解決できるオプションを用意することで解決の糸口を見つけられるようにする。そうすれば、いつか解消できる問題だと確信しています。

応接間の中央にあった、50年物の化粧柱。「モクチンレシピで事務所を改修した時も、これは残そうと考えていた」と連氏

応接間の中央にあった、50年物の化粧柱。「モクチンレシピで事務所を改修した時も、これは残そうと考えていた」と連氏

「つながりを育む街」を作ることで、都市は強くなる

ーーこれまで木賃アパートと向き合ってきた連さんにとって、「人と住まいとの関係性」とはどのようなものですか?

 人は住もうと思えばどんなところにだって住めるので、自分らしい生き方を考えて、それに合った暮らし方をするのがベストだと思うんです。しかし、日本では「住まい」に対する固定観念にとらわれて過ぎている気がします。

例えば、ダイニングで食事をしたりリビングでテレビを観たりするという行為は間取りに縛られていますし、「木賃アパートよりマンションの方が安全だ」と信じられているのは住宅そのものが持つイメージに縛られていますよね。僕はそういった固定観念を取り払い、人と住まいの関係をもっと自由にしたいと考えています。

連 勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

ーーそのためにモクチン企画が存在するんですね。

 そうです。「負の遺産」だと思われがちな木賃アパートも、モクチンレシピで改修すると生まれ変わります。

モクチン企画のミッションは「つながりを育む街」を作ることです。ひとつは「時間的なつながり」。スクラップ&ビルドの繰り返しで、その建物や街が持つ記憶や文化、歴史を上書きするではなく、継承する。もうひとつが「物理的なつながり」。マンションがプライバシーやセキュリティを重視するのに比べ、木賃アパートはその構造上、周囲とのつながりが生まれます。なんとなく顔見知りの隣人の様子がおかしかったら、すぐに助けに行くこともできる。それは、つながりが生み出す街の強さであり、寛容性のある社会をつくっていくことにもつながると思います。

人と人とのつながりが希薄になりがちな現代だからこそ、木賃アパートを改修しすることで生まれるさまざまな価値を、これからも追求したいと考えています。

 

TEXT:五十嵐 大

連 勇太朗(むらじ・ゆうたろう)
建築家、モクチン企画代表理事

1987年、神奈川県生まれ。幼少期をイギリス・ロンドンで過ごす。2012年に慶應義塾大学大学院 修士課程修了後、モクチン企画を設立。2015年からは慶應義塾大学大学院SFC 特任助教、横浜国立大学大学院非常勤講師も務める。2017年には著書『モクチンメソッド:都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版社)を上梓。