西浦 明子

「軒先株式会社」というユニークな名前のベンチャー企業が、独自の輝きを放っている。会社を退職し育児を始めて間もない西浦明子氏が、この「貸しスペース予約サービス」を思い立ち、着手したのが2008年のこと。ビルの軒先や商店街の空き店舗、使っていない駐車場などの “もったいないスペース” を所有するオーナーと、そのスペースを借りたい人とをマッチングして、短期で貸し借りするビジネスを考え出したのだ。
時代を先取りしたこのシェアリングビジネスは、創業から10年を経て大きな飛躍を遂げた。人口減少の進む日本社会において、シェアリングビジネスは今後、ますますの成長が見込まれている。西浦社長に軒先ビジネスの魅力とその将来について伺った。

趣味と実益を兼ねられる、手ごろなお店を短期で借りたい

近年「シェアリングエコノミー」という言葉が大きな注目を集めている。乗り物や住宅、洋服など個人が所有している資産を貸し出す、あるいはその仲介をするビジネスを指す。新しく作ったり、買ったりするのではなく、現在あるものを他人と共有するところがポイントだ。
自家用車を利用した配車サービス「ウーバー」はアメリカを中心に利用者を増やし、日本でもその名前を聞く機会が増えている。民泊という言葉も、よく耳にするようになった。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、外国人観光客の増加が見込まれる中、民泊は一般の住宅を宿泊用に貸し出すサービスとして認められた。

軒先株式会社は近年注目を浴びるシェアリングエコノミーの、日本における先駆けともいえる。そもそもの始まりは、さかのぼること10年前だった。
西浦氏は出産を機に勤めていた会社を辞め、子育てをしながら仕事をしようと考えていた。とはいえ、組織に戻って仕事をすることにためらいはあった。わずか10年前だが、当時は「働き方改革」が今日のように政策にまで大きく取り上げられる時代ではなかった。40歳を目前にした自らの年齢や、子育てのことを考えると、組織の中でこれまで通り働くのは難しいのではないか。そんなふうに西浦氏は考えていた。

西浦 明子

そこで思い描いたのが、子育てをしながら趣味と実益を兼ねられる小さな輸入雑貨のお店を持つ、というソフトな働き方である。大学を卒業してソニーに入社した西浦氏は、南米のチリに計6年ほど赴任していた。
その時のつてを使い、南米の雑貨を輸入してネットショップを運営してみたい。チリは錫の産地であり、錫製の重厚感のある食器が流通していた。日本ではあまり見ることのない食器であり、これを輸入すれば大いに受けるのではないか。そう思うと心が弾んだ。
一方で、素人が商売を始めても、そう簡単にうまくいくものではないだろう、と思う冷静さもあった。扱う商品がユニークだとはいえ、それが多くの消費者の心をとらえるかどうかはまったく分からない。だから手始めに少量を輸入してテスト的に販売し、消費者のニーズを見極めたいと思った。どこか手ごろなお店を短期で借りることはできないだろうか。こうして店舗探しが始まるのだが、これがのちに違ったかたちで大きく広がっていくのだから面白い。

西浦 「不動産会社にあたってみると、1~2カ月の短期で貸してくれるところは、まずありませんでした。こうなるとフリーマーケットに出店するか、長期で契約するしかない。よく商店街などで健康食品や瀬戸物を売っているウイークリーショップを見かけますが、そうした物件を扱っているところにあたってみると、通常の月決めに比べ、賃貸料は格段に高い。私の自宅近くの自由が丘近辺では、3坪の売り場で週20万円もしました。
一方で街中を歩いていると、テーブルを1つ置きちょっとしたお店が開けるすき間のスペースは、いたるところにあります。こういうところを貸してもらえたらいいのに、と思ったのが始まりでした。
高い賃料にも関わらず、出店したい人がたくさんいるという事実にも興味が湧きました。こうした人たちと、遊んでいる隙間スペースの持ち主とをつなげれば、双方にとって利益があって好都合なはずだと思ったのです。これならビジネスとして成り立つのではないだろうか。 店舗を安く借りることができるということは、独立開業を志す人たちの手助けにもなりますし、これなら自分にとっても開業資金も安くてすみます。これはぜひともスタートさせねばならない。俄かにやる気が湧いてきました」

軒先ビジネスのロゴ

軒先ビジネスのロゴ / 画像提供:軒先株式会社

日本書店商業組合連合会との契約が、物件提供を得る大きな契機に

こうしてオーナーに物件を登録してもらい、インターネット上で借り手との橋渡しをする軒先ビジネスは2008年に産声を上げた。初めて貸し手と借り手のマッチングに成功したのは、横浜駅前にある制服メーカーの自社ビルだ。1階のちょっとしたスペースを、弁当販売業者に貸し出した。

西浦 「当初私が想像していた借り手のイメージは、個人の方が何か手作りの品や、個人輸入した物などを販売するといったものでしたが、実際にやってみると、短期で催事を開く方や、弁当販売の業者さんが世の中にけっこういて、そういった方々が場所を求めているということが分かりました」

ランチの移動販売(青山)

ランチの移動販売(青山)/ 画像提供:軒先株式会社

移動マルシェ(西参道)

移動マルシェ(西参道)/ 画像提供:軒先株式会社

リサイクル自転車販売(品川区中延商店街)

リサイクル自転車販売(品川区中延商店街)/ 画像提供:軒先株式会社

だが、スタートは切ったものの、順風満帆というわけにはいかなかった。最も苦労したのは、物件を貸してくれるオーナー探しである。まったく新しいビジネスで前例がなく、誰もが「軒先を貸し出して賃料を得る」というビジネスに明確なイメージを持てないでいた。いったいどんな人が借りて、何に使うのか。場所を汚されたり、備品を壊されたり、軒先でお客とトラブルでも起こされたりしたら、かえって損害をこうむることになる。オーナーたちの不安は容易に拭い去ることができなかった。

西浦 「最初は個人・法人のオーナーに関係なく、空いている場所を見つけては、1軒、1軒ドアをノックして『このスペースを貸してみませんか?』という営業方法でした。でも、さすがにこれだと限界があるので、スタートして1年後に法人営業に切り替えることにしました。その中で1つの転機になったのが、全国の書店の半分くらいが加盟している日本書店商業組合連合会との提携でした」

売り上げ減に悩む多くの書店、特に地方のロードサイドに立地する書店は店舗のスペースが広く、駐車場も十分にあるところが多い。こういった物件に目を付け、営業をかけたのだ。その結果、少しでも利益を上げたい書店の思惑と合致し、登録物件が一気に増えた。これは、のちに全国チェーンを展開しているドラッグストアなどから物件提供を得る大きなきっかけともなった。

書店

書店 / 画像提供:軒先株式会社

軒先の野菜や果物が、ドラッグストアの来店動機に

貸し手と借り手の橋渡しが増えてくると、いろいろなことが分かってきた。貸し手側は軒先を貸し出すことで賃料を得るわけだが、貸し出すことのメリットはそれだけにとどまらなかった。

西浦 「例えば、ドラッグストアの軒先に八百屋さんが出店します。するとドラッグストアに行く予定がなくても野菜目当てで人が集まり、そのお客さんがついでにドラッグストアでシャンプーを買う、ということが起こります。八百屋さんが来店動機になるわけです。場所だけ貸して店頭のにぎわいを作ることができるのですから、貸し出すドラッグストアは大喜びです。八百屋さんや花屋さんはリクエストが多いですね」

ドラッグストア

ドラッグストア / 画像提供:軒先株式会社

サムライインキュベートの榊原健太郎社長との出会い

軒先ビジネスが軌道に乗っていくプロセスの中で、以前この『Mugendai』でも紹介した気鋭のベンチャー・キャピタル(VC)、サムライインキュベートの榊原健太郎社長(前編 / 後編)が果たした役割も見逃せない。 西浦氏がビジネスを立ち上げたばかりで、まだ右往左往していた時、快くサポートを買って出てくれたのがほかならぬ榊原社長だった。

西浦 「あの当時、まだ売り上げもほとんど立っていないようなこんなベンチャーをサポートしてくれるVCはほとんどありませんでした。いろいろなVCに投資を断られ、たどりついたのがサムライさんでした。まだオフィスもない時代で、榊原社長に喫茶店でお会いしたのですが、既に私どものビジネスをご存知で、2度目にお会いした時には、『僕が投資します』と言ってくださったのです。さらに『僕の知り合いも興味を持つと思います』とその場で電話して、500万円ずつ計1000万円の投資があっという間に決まりました。本当に嬉しかったです」

榊原社長の出した条件は1つ。西浦氏に軒先ビジネスにフルタイムでコミットしてほしい、というものだった。実はこの時、西浦氏は子どもを保育園に入れるため、会社員として9時から5時まで働き、それ以外の時間で軒先ビジネスに取り組んでいた。西浦氏はこの言葉に従い、軒先一本で勝負していくことになる。

西浦 「榊原社長は常日ごろ、『できるできないではなく、やるかやらないで世界を変える』ということをおっしゃっています。本当にそうだなと思って。ことあるごとにこの言葉は思い出していますね」

西浦 明子

借り手は、カブトムシの販売をする人や、スーパー銭湯の一角で行う占い師もいて多種多様

ここで軒先ビジネスの仕組みを簡単に紹介しておこう。まずは場所を貸し出したいオーナーが物件を登録する。物件はインターネット上で公開され、借りたい人がオンラインで借りたい日にちや時間を予約すればOK。実に簡単に場所を借りられるシステムだ。
料金はオーナーと軒先が話し合って決め、その35%を同社が手数料として受け取る。1日数千円という価格も多いため、西浦氏の表現を借りれば、軒先㈱が得る手数料は「チャリン」ということになる。
最安値は店内にあるカウンターの貸し出しなど。一例を挙げると、本屋のカウンターの1日の賃貸料金は何と145円。近隣にレストランをオープンしたとか、学習塾の生徒募集といったチラシ、リーフレットを置くのに使われるという。
借り手の利用方法も実にさまざまだ。多いものは、前述した弁当販売(キッチンカーを含む)、スイーツや野菜などの物販、携帯電話や電子タバコなど法人による販売促進の3つ。やはり事業者が多いようだが、中にはユニークなものもあった。

西浦 「いろいろな方がいて、カブトムシの販売をする方がいらっしゃいました。びっくりして、昆虫を売るのにライセンスや届け出がいるのか保健所に問い合わせました。哺乳類の場合は必要だそうですが、昆虫はいらないそうです。だから誰でも裏山でカブトムシを捕まえて売ることができる。なかなか面白いものだと思いました。

カブトム販売

カブトム販売 / 画像提供:軒先株式会社

スイーツ販売(品川区旗の台) 

スイーツ販売(品川区旗の台)/ 画像提供:軒先株式会社

ほかにも、書道家が浅草にある空き地で書道展をしたり、占い師がスーパー銭湯のちょっとしたスペースを借りて占いをしたりと、利用方法はとても多彩です」

駐車場の問題は地域の社会問題の解決にも

2012年秋に開始した軒先パーキング、つまり駐車場の貸し出しは既に同社の中心的な事業となった。軒先ビジネスでは野菜を売るとか、販売促進を目的としていたのに対し、軒先パーキングは本来の駐車を目的とした貸し出しとなる。
最初は同年5月に開業したばかりの東京スカイツリーの周辺で物件を探した。当時、スカイツリー周辺は入庫を待つ自動車でかなりの渋滞になっており、駐車場の確保は大きな問題だったからだ。

西浦 「駐車場というのは、止められるか、止められないか、行ってみないと分からない。だから予約できたら便利だよね、というのが軒先パーキングを始めた動機でした。特にイベント会場や花火大会、お祭りなどでは近くに駐車できなくて困る人たちがたくさんいます。一方で、路上駐車や渋滞など地域の方々も困っているということにも気付きました。駐車場の問題はドライバーのニーズに応えると同時に、地域の社会問題の解決にもつながるという認識を新たにしました」

軒先㈱の提携先に福島県喜多方市がある。喜多方市は花見のシーズンになると、しだれ桜並木を楽しもうと県外から約30万人の観光客が訪れる。しかし、喜多方市には駐車場があまりない。近隣の住民からは毎年、路上駐車や自宅の敷地内に勝手に駐車された、というクレームが市に届けられていた。
そこで市は軒先㈱と連携し、空き駐車スペースの提供を住民に呼びかけた。集まった駐車スペースは約150台分。迷惑駐車の減少に貢献し、住民はお小遣いを手にできることになったのだから一石二鳥というわけだ。

現在ではサッカーのJリーグやバスケットボールのBリーグとも連携し、こうしたかたちの駐車場の確保、提供に取り組んでいる。イベントのような「その日だけ込み合う」というケースでは、駐車場を造ってもイベントのある日以外はガラガラということになってしまいがちだ。軒先パーキングのようなスタイルは、それにピタリとマッチしていた。

軒先パーキングのサイト

軒先パーキングのサイト / 画像提供:軒先株式会社

飲食業を目指す人のためのシェアレストラン

駐車場に続く新たな事業として期待されているのが、今年立ち上げたばかりの軒先レストランである。これは牛丼チェーン店で有名な吉野家ホールディングスと提携し、シェアレストランを運営していこうという試みだ。
同社ではもともと飲食店の貸し出しをしていたが、あくまでスペースの貸し出しであり、例えば居酒屋の客席を貸し出し、そこで勉強会などを開くという使われ方だった。一方、シェアレストランでは調理場まで貸し出す。こうなると安全性の確保など飲食業界ならではのノウハウが不可欠だ。

西浦 「もともと吉野家さんからいただいたお話で、私たちはIT関係と、スペースのマッチングといった得意分野を受け持ち、吉野家さんが長年培って来られた飲食業のノウハウを掛け合わせてサービスを提供しています。
飲食業は数ある産業の中でも、圧倒的に廃業率が高いそうです。同時にお店を開きたいという方も、とても多い。ところが開業にまつわるコストはどうしても高いので、少ない元手で簡単に始められて、万が一失敗しても借金が残らないような、そんなトライアルができるようなシステムを作りたいと考えました。
開店を目指す人は、夜しか営業していないレストランや、バーの昼間の時間にお店を借りて営業をスタートさせる。そうすればお客様のニーズもつかめるし、さまざまなノウハウも蓄積されるというわけです。今のところ、シェアレストランを利用して開店する方は、カレー屋さんが多いですね」

西浦 明子

シェアリングエコノミーが、明日の日本を担う起業家を生み出す

「シェアリングエコノミー」や「ポップアップストア」という言葉は急速に広まり、物件を貸し出すオーナーの意識も大きく変わった。人口減少が続く日本において、シェアリングエコノミーの需要はますます大きくなるのではないか、と西浦氏は考えている。

西浦 「新しいハコモノをどんどん作る時代ではなくなっていくと思うので、スペースシェアに関してはもっと広がっていくと感じています。例えば、今問題になっている宅配の再配達問題があります。宅配ボックスとして駅前とか近くのコンビニが挙げられていますが、もっと自宅近くに宅配ボックスやロッカーがあるといい。そうすると空き駐車場の活用なども考えられるでしょう。将来的にはドローンの充電基地になるかもしれません。私たちのサービスも時代のニーズに合わせて変わっていけたらと思っています。

今後は従来のサービスに加え、当初の目的にあった起業家の支援も、より具体化していこうと考えています。場所の貸し出しだけでなく、独立開業の支援につながるようなところを、もっと深掘りしていければと。新規開業では集客や商材の集め方、不動産の問題を解決できても、それ以外のハードルはたくさんありますから」

西浦氏の名刺の肩書には、「軒先株式会社代表取締役 スキマハンター」とある。町を歩いていると西浦氏は、ちょっとしたスペースが気になって仕方がないという。それは、ビジネスにつながるだけでなく、何でもないような小さなスペースが、明日の日本を担う起業家を生み出す大きな可能性を秘めている、と思っているからだ。

 

TEXT:渋谷 淳

西浦 明子 (にしうら・あきこ)
軒先株式会社 代表取締役

1969年神奈川県生まれ。1991年上智大学外国語学部卒業後、ソニー(株)入社。海外営業部に所属。1994年ソニーチリに駐在、オーディオ製品などのマーケティングを担当。2000年、同社を退社後帰国。創業時のAll About Japanで広告営業を経たのち、2001年(株)ソニー・コンピュータエンタテインメント入社。商品企画部にてプレイステーション2やPSPのローカライズ、商品開発などを担当。2006年同社を退社後、(一財)日本国際協力システムで政府開発援助(ODA)関連の仕事に携わる。2007年、出産を機に同財団を退団。約半年の構想準備期間を経て、2008年4月に軒先.com(後の軒先株式会社)を創業。 受賞歴:2009年1月 ベンチャーフェアJapan2009「最優秀賞」、2012年11月 第3回日本起業家大賞(TEAJ)パイオニア賞など多数。