3年前から女性の服を着るようになり「女性装の東大教授」としてメディアにも登場している東京大学東洋文化研究所教授・安冨歩氏。「女性装」に注目が集まりがちだが、『「満洲国」の金融』で第40回日経・経済図書文化賞を受賞している気鋭の経済学者だ。

自らの体験に基づき、日本社会の生きづらさを著した数々の著書は、現代に息苦しさを感じる人々の共感を呼んでいる。著書、講演、メディア出演など多忙を極めながら、日本の将来のため、未来を担う子どもたちのために世の中を変える必要性を訴えている安冨氏に、独自の男女論や「本来の自分で生きる」ことの尊さについて話を聞いた。

自分らしくあるための「女性装」

――3年前から「女性装」をされていますが、どんなきっかけがあったのでしょうか?

安冨 もともと、太腿や骨盤が広くウエストが細いため、男物のズボンが合わずに苦労していました。また、男物の服は素材が厚いため私のように皮膚が敏感だと痛く、スーツはまるで蒸し風呂のような不快感がありました。

そんな中、たまたま女物の服を試してみたところ、体型だけでなく、自分の精神にフィットしていることに気付きました。女性の服を着るようになったのではなく、「男物の服が着られなくなった」というのが正確な表現かもしれません。そのため、男性が女性の格好をする「女装」と区別するため、敢えて「女性装」と主張しています。最初にテレビに取り上げてくださった『アウト・デラックス』では、「男装をやめた東大教授」と紹介してくださいましたが、正確な表現だったと思います。

以前は女物の服の心地よさを知らず、不快感を覚えながら男物の服を着ていましたが、実はこれと同じことが社会や会社でも起きています。日本社会やそれに準ずる企業という枠組みの中では、「男性や女性らしさについて、こうあるべきだ」という基本のマインドセットを前提に、その枠から外れてはいけないという「秩序」が存在します。誰もが感じていることでも、感じないようにコントロールされている。「女性装」はそうした枠組みから脱する手段であり、自分はそれにたまたま気付くことができましたが、多くの人は疑問すら感じないまま見過ごしていると思います。

自分らしくあるための「女性装」

――そうした違和感は、幼少期の頃から持っていたのでしょうか?

安冨 そうですね。3才くらいから1日に100回くらい「何で?」と聞く子どもだったそうです。小学生の時は授業を全く聞かず違うことを考えていましたが、テストはいつも100点。外から見ると優等生だったかもしれませんが、学校に行くのが嫌で常に不愉快さがあり、まるで鉛色の空の下で学校に通っているようなイメージを持っていました。

そんな幼少期から虫歯のようにあった不快感を、「女性装」によって解消することができました。男物の服を着ていた時は性格も攻撃的だったと思いますが、今は精神状態が安定して顔つきも違う。自分に合わない服を着て、自分らしくない行動をすることがストレスになっていたと思います。

男性も女性も立場に縛られる

――著書の中で、日本社会について「立場主義」「ホモマゾ」という主張をされていますが、それぞれどのようなお考えでしょうか?

安冨 「立場主義」は、自分の立場を守るために必死で「役」を果たそうとする行動パターンです。第二次世界大戦で日本社会に浸透し、戦後は高度成長を実現したことで日本社会のエートス(習慣、気風)になったと考えています。「立場主義」の社会で働く人は、みんな一緒に辛い環境を耐え忍んでいる――、「ホモソーシャル」で「マゾヒスティック」な「ホモマゾ」なんです。

日本人は立場を守るために必死で働いて生きるのが人生だと、メディアや教育によって植え付けられ、立場の詰物として養成されて消費されていきます。幸せとか幸せじゃないとか考える暇がないのは、ある意味幸せだったかもしれません。

――そんな「立場主義」は現代でも根強く残っているのでしょうか?

安冨 1970、80年代は「立場主義」の人たちが命懸けで工場の歯車となり、自動車や家電製品を製造して世界を席巻しました。日本全体が巨大な工場になることで、大成功を収めるため必死に走ってきたんです。しかし、コンピューターとセンサーとが生産過程に導入され、命懸けで機械を回す人が不要になってきた。根本的な仕事の方法が変わったにもかかわらず、巨大装置を運転し続けることを前提とした「立場主義」だけが残存しているのです。

男性も女性も立場に縛られる

この日の安冨氏の衣装は、松村智世さんが展開するアパレルブランド「blurorange(ブローレンヂ)」」が提供。同ブランドはメンズサイズながら女性らしい服装を制作・販売している。

本来、企業も転換期を迎えているはずですが、「立場主義」の人はいまだ数多く存在しています。また、20年ほど前に雇用という概念が成り立たなくなっているにも関わらず、企業で働く人々のマインドセットは終身雇用という大成功した経験から抜け出せない。もはや、マインドセットを変えることができないんです。

――「立場主義」の中で生きてきた人が変わるのは、それほど難しいのでしょうか?

安冨 何しろ、戦争の敗戦国が30年足らずで経済的に急成長した。「立場主義」によって得られた成功が大きすぎたのです。それを突然やめろと言われても、すぐには転換できないのが現状ではないか思います。最近はグローバル化が進んでいますが、少し前までの日本は排他的で外国人が入ってこないように拒否していました。

同じように、いまだ男性中心のシステムも強く、女性が社会や企業の中に入ってこないようにしています。もし、外国人や女性が一斉に入ってくれば、自分たちが守ってきたシステムが壊れてしまう。だから、一生懸命に排除しているのです。

――日本はジェンダーギャップ指数が2017年に世界144カ国中114位で、「男性優位社会」と言われています。

安冨 確かに女性の平均所得は低く、国会議員の数も少ない。でも、日本人女性は男性よりも5年長生きです。ジェンダーギャップ指数の内訳を見ると、健康1位、教育74位、経済参画114位、政治参画123位なんです。もし「命の長さ」を何より重視するなら、女性の方が上手く立場主義社会に適応している、と言えるかもしれません。極端な主張かもしれませんが、男性は何も考えずに突っ走り、思考停止状態で女性より3倍自殺し、5倍家出して早死にしています。

政治経済への参画だけ見ると、女性だけ差別されているように感じるかもしれませんが、実は日本では同様に男性も差別されているんです。両方が等しく社会のシステムから暴力にさらされていますが、暴力の種類がそれぞれ違うだけです。

社会システムは、突然変わる

――「立場主義」からしばらく抜け出せない日本社会で、私たちはどのように生きるべきでしょうか?

安冨 もはや時すでに遅く、あきらめるしかないです(笑)。学校教育を通じて立場主義に適応した人間を製造している現在のシステムを根本的に変える必要があるんですが、誰もその必要を感じていないわけですから。

さまざまなタイプの人が集まり、異なるシステムを5〜10年継続すれば日本社会にも変化が表れるかもしれません。しかし現実的には、毎日スーツを着て満員電車では大人しくスマホを見ながら耐え、出社すればパソコンをたたき、また満員電車に乗って帰宅し、家ではテレビを見ながらビールを飲んで寝るという生活をして、社会システムを一生懸命に回している。これでは何も変わりません。

社会システムは、突然変わる

――では、社会システムを変えるためにできることはありますか?

安冨 例えば、長野県の山村の医師で、なぜか東大を受験して合格し、私の授業をとった人がいます。彼には4人の子どもがいますが、そのうち3人が不登校です。この夫婦は、子どもを学校に行かせない方が良いと判断し、代わりに、4人のために貯めていた学費を取り崩して牧場をつくり、子どもたちが活き活きと暮らせる環境をつくっています。

子どもの教育について、現代の親は真面目に考える必要に迫られています。田舎に移住したり、異なる社会に逃げたり、そうした行動を取る人が一定の割合を超え、他の方法のあることが人々の意識に入った瞬間、既存のシステムはストップし、急激に世の中が変わっていくんです。

――既存の社会システムに違和感を覚えない人がほとんどですが、どうすれば脱却の必要性に気付くことができますか?

安冨 私のように、東大教授でも好きなことをやっている人の存在が一つの答えになるかもしれません。考え方次第で、システムの中にいても、システムの言いなりにならない生き方を貫徹することはできます。

国民の税金を給料としていただく国立大学の教員は、忙しい皆さんに代わって、深く考え、自分の信念に基づき発言し、行動しなくてはいけません。それが、公費で養われ、高い社会的地位を与えられることを正当化できる唯一の道だと信じます。加えて私の「女性装」が、人々が他のあり方について考える糸口になれば、と思っています。

今までと異なる動きをする人が増えていけば、現在のシステムはやがて停止し、違う方向に動き出します。「本当に自分が正しいと感じることをやる」と考える人が増えれば、日本は変わると思います。

 

TEXT:小林 純子

安冨歩

1963年、大阪府生まれ。京都大学経済学部を卒業後、住友銀行に2年間勤務。97年、京大大学院経済学研究科から博士号(経済学)を取得した。2000年、東京大学大学院総合文化研究科助教授を経て09年に同大東洋文化研究所教授。14年から女性装を始める。著書に「生きる技法」「ありのままの私」、「マイケル・ジャクソンの思想」など。