村上氏

この夏、日本列島は観測史上初という猛烈な熱波や集中豪雨に見舞われた。世界各地でも熱波や渇水、山火事などが頻発する一方で、集中豪雨による洪水が相次いで発生している。
今から10年以上前、国連は2025年までに全世界の人口の3分の2が水不足の危機に陥る危険性を示唆した。その2025年まで残りわずか7年。何とかこの熱波や渇水、極端に遍在する豪雨を抑止し、降雨量の平準化ができないものだろうか。
そこで注目を集めているのが、安定的に雨量をコントロールする人工降雨である。上空の雲に向かってヨウ化銀やドライアイス、塩化ナトリウムなどの微粒子を散布し、雨や雪を降らせる。研究は戦後に始まり、今では米欧はじめ、中国、中近東、東南アジア、アフリカなど世界約50カ国が実施している。こうしたなか、今年3月、中国がチベット高原でスペイン国土の3倍に匹敵する史上最大の「人工降雨」システムを建設中というニュースは世界を驚かせた。
日本では、名古屋大学宇宙地球環境研究所特任教授の村上正隆氏(前・気象庁物理気象研究部第一研究室長)らが、夏の渇水が懸念される関東などをターゲットに研究を行い、低コストでほぼ期待通りの効果を示している。
しかし、人工降雨が大規模に成功すれば、地域間や国家同士の「水争い」が起きる可能性が出てくることも懸念される。注目される人工降雨のメカニズムや今後の課題について、村上教授に伺った。

気候変動は1000年単位で考察する必要がある

――世界中で渇水や洪水、熱波など異常気象のニュースが増えています。その原因や将来の見通しをどのように捉えておられますか。

村上 IPCC(気候変動に関する政府間パネル、国連との共同研究)が報告しているように、温暖化が進むと、気象が不安定になり振れ幅が大きくなります。極端な熱波や渇水、豪雨が発生したり、暖候期なのに寒波が来たりします。
温暖化で地球の平均気温が徐々に上がると、大気に含まれる水蒸気の量が多くなり、上昇流域では集中的に大雨が降ります。すると逆に下降流域では長期間雨が降らなくなります。こうした現象が大きなスケールで起きているのが現在の状況だと思います。

人工降雨を研究する国は、以前は先進国を中心に30カ国ほどでしたが、現在は約50カ国。どの国も異常気象に危機感を募らせ、今から対処しておこうとしているのです。
ところが、今が特別異常なのかと言うと、短期的データだけでは断定はできません。地球の気候の歴史を1000年単位のような、もっと長いタイムスパンで考察することが欠かせません。

村上氏

雹(ひょう)を小粒化して被害を減らす研究も盛ん

――どんな国がどんな目的で人工降雨に取り組んでいるのか、いくつか紹介していただけますか。

村上 歴史が古いのはタイです。意外に思われるかもしれませんが、タイは60年も前から前国王の指示で国家プロジェクトとして熱心に研究してきました。雨期には十分すぎるほど降るのに、乾期には降らず、農業に支障が出るからです。人工降雨でダムに水を溜めて水資源をしっかり確保し、年間を通じて安定した農業環境を構築するのが目的です。

欧州など高緯度地方では雹(ひょう)による農作物への被害を減らす研究が盛んです。被害の大きさ(雹の粒一個一個の運動エネルギー)は雹の直径の4乗に比例するので、人工的に雹の粒のサイズを小さくします。ヨウ化銀の微粒子を散布して雹の数を増やすと、大きい雹はできず、小さい雹がたくさんできるのです。
雹は都市部でもビルのガラスを割ったり、自動車の屋根をへこませたりします。このためカナダや米国では保険会社が研究のスポンサーになっています。

これに対して、砂漠が多い中近東では、生活用水や産業用水の確保を目的に研究を行っています。今は海水淡水化で水を得ていますが、いずれ石油資源が枯渇する時に備えているのです。アフリカも内陸部では雨が降らない国が多く、農業用水や生活用水の確保を考えています。

国連は2025年には世界人口の3分の2が水不足に直面すると警告しています。世界の人口はこれからも増えていくので、水資源を安定的に供給する手段の1つとして人工降雨が期待されています。

村上氏

冷たい雲と暖かい雲では散布する物質が違う

――人工降雨はどのようなメカニズムで発生させるのでしょうか。また雲の中に散布する物質の種類やその有効性についてお聞かせください。

村上 人工降雨の科学的な研究は第2次大戦後、米ゼネラル・エレクトリック社(GE)のアーヴィング・ラングミュア博士(ノーベル化学賞受賞者)らのグループが最初でした。ある時、過冷却状態にある水滴(零度C以下でも凍っていない水滴)でいっぱいになった冷凍庫にドライアイスの破片を落としたところ、無数の氷の粒(氷晶)ができることを偶然発見しました。
そこで小型飛行機で実際に零度C以下の冷たい層積雲にドライアイスを散布したところ、同じように過冷却の微小な水滴から大量の氷晶が生まれ、それが雪に成長して落下したのです。この画期的な実験がきっかけとなって人工降雨の研究が世界中に広がりました。

その後、零度C以下の雲に対しては、ドライアイスだけでなくヨウ化銀(AgI)の微粒子(直径0.04ミクロン)も効果があることが分かりました。現在、氷晶を作るために撒かれる物質の7~8割はヨウ化銀です。
一方、零度Cより暖かい雲に対しては、吸湿性がある塩化ナトリウム(NaCl)や塩化カルシウム(CaCl₂)、塩化カリウム(KCl)などの粒子(直径2~3ミクロン)を使います。飛行機で雲の上昇流の中にこの粒を撒いてやると、水分を吸って大粒になり、雨になって落下してくるという仕組みです。
このように、雲の中に散布する物質は雲の温度に応じた使い分けがされています。タイの場合は暖かい国なので塩化ナトリウムなどを使っています。

村上氏

――ヨウ化銀は大量に散布しても人体に影響はないのでしょうか。

村上 その点は以前から研究されてきたことです。化学の本にはヨウ化銀を飲むと下痢をするとか吐くとか、毒性があると書いてあります。しかし、人工降雨で使うヨウ化銀は極めて少ない量で驚くほどの効果があります。従って、降って来る雨に含まれるヨウ化銀の濃度は自然環境とほとんど同程度です。何ら問題はないということでこれまで50年、60年ずっと使われ続けているのです。

ところが、温度が高い雲で使う塩化ナトリウムの場合は、効果を生むにはヨウ化銀の何万倍という膨大な量を散布する必要があります。コストがかかり、植物等の塩害が起きる懸念があるので注意が必要です。

関東の渇水は冬の越後山脈での人工降雪で予防できる

――日本では、文科省の「渇水対策のための人工降雨・降雪に関する総合的研究」が村上先生を代表者として実施されました。夏に渇水が起きやすい日本にとって「魅力的な技術である」と述べておられますが、どのような成果が得られたのでしょうか。

村上 研究対象にした関東地方は、水資源の半分以上を春先の雪解け水に依存しており、冬季の小雪(しょうせつ)と空梅雨が重なると、たちまち渇水になります。

冬季の利根川上流の越後山脈では、水源地(八木沢ダムなど)の風上側に、人工降雨・降雪に適した山岳性雲がひんぱんに発生することが分かっています。その雲を利用して冬に雪を多く降らせ、その雪解け水をダムに溜めておけば、夏の渇水を防ぐことができます。「総合的研究」では、気象データを収集し、数値モデルでシミュレーションし、実際にドライアイスを散布するなどして効果を最大にする方法を調べました。

その結果、通常の量の雪が降る年であれば、雪の量を30%増やすことができ、暖冬で小雪の年でも20%増やせることが分かりました。WMO(世界気象機関)は「山岳性雲が人工降雨・降雪に一番適している」と認識しており、新潟・群馬県境のこの地域は世界でも屈指の好適地なのです。

村上氏

季節予報の精度が高くならないと実施には踏み切れない

――有望ならぜひ実用化してほしいと期待してしまいます。

村上 それには課題があるのです。人工降雨の技術は世界中で成果が出ているし、コスト面でも十分見合いますが、世間には「本当に効果があるのか」と疑う人も当然います。自然の雲から降る雨は変動幅が非常に大きいために、客観的な数字で効果を示せないからです。
日本では10年に1回程度の割合で大規模な渇水が起きますが、それ以上の頻度で大雨や洪水が起きています。冬に人工降雪で雪の量を増やしても、梅雨時に雨が十分降れば増雪した意味はなくなるし、もし洪水でも起きれば「余計なことをした」と非難されます。

日本では冬にその年の梅雨の程度を正確に予測できない以上、財政的にも人工降雨・降雪の実施には踏み切りにくいのです。実用化するには、季節予報の精度を格段に向上させ、「この夏は間違いなく空梅雨になる」と予測できるようになることが必須ですが、現時点では予報の確度はそれほど高くありません。
米国の場合、内陸の中西部は降水量が少ないので、大きな川の周辺の灌漑した地域でしか農業ができません。このため一滴でも降ればいいという思いで、いま11州が民間気象会社に委託して人工降雨を毎年実施しています。慢性的に水が足りない米中西部と時々足りない日本とでは、深刻度がまるで違うのです。

村上氏

地球温暖化抑制の手段としての議論は下火に

――最近、地球温暖化を抑制するためのジオエンジニアリング(地球規模で意図的に気候改変する工学)が話題になっています。温暖化抑制に対しては、どのようなメカニズムによって可能になるのでしょうか。

村上 いろいろ取り沙汰されていますが、個人的にはあまりポジティブには受け止めていません。その方法は、太陽放射制御と二酸化炭素除去に大別することができます。前者のやり方としては、例えば光を散乱させる性質がある硫酸アンモニウムの微小な粒を成層圏に大量に撒き、太陽光が地球に降り注ぐのを抑えれば、温暖化が止まるのではないか。また、船から海水を空中に大量に噴霧すれば、塩化ナトリウムなどの海塩粒子が核となって海洋上に生成する雲を構成する雲粒数濃度が増加し太陽光を反射する性質が強まるので、地球が温まるのを防ぐことができる――などの学説が提示されています。
しかし、一時ほどのブームではありません。私は米国気象学会の「意図的・非意図的気象改変委員会」の委員長を務めていて、そこでこれらの研究も発表してもらっています。人工降雨の研究については戦後60年の歴史がありますが、ジオエンジニアリングは温暖化が言われるようになってからにわかに盛んになった学問です。ですから実用化に至るまでには、もっと基礎的な研究を積み重ねる必要があると思います。

村上氏

実行担当者が4万人もいる中国の人工降雨

――今年3月、中国が深刻な水不足を解消するため、世界最大の人工降雨システムを用い、チベット高原に雨を降らせる巨大プロジェクトを進めていることを発表し、世界に波紋を呼びました。その広さはスペイン国土の約3倍の広さに匹敵するといわれていますが、計画の詳しい情報があればお聞かせください。また日本を含むアジア周辺国への影響はどうなのでしょうか。

村上 WMOの委員をしている中国気象局人工降雨センターの人に聞くと、その計画に気象局は関与しておらず、地方の省が独自で進めているとのことでした。
中国は北部を中心に水不足が深刻です。南部の水資源を用水路で北部に運んでいますが、実はそれとは別に政府は各省に対して人工降雨を実施するよう指示を出しており、すでに臨海部の1つの省を除く全省が取り組んでいるのです。地上の発煙装置やロケット砲、高射砲、航空機などを使ってアセトン溶液に溶かしたヨウ化銀や火薬に混ぜたヨウ化銀を燃焼し、ヨウ化銀の煙を空中に散布しており、実行担当者の人数は全国で4万人に上るそうです。

散布しているヨウ化銀の量は毎年トン単位です。聞くとターゲットは山岳性雲ではなく、平野部にかかる低気圧に伴う雲だといいます。私はこれではあまり効果が生じないと思います。そうした学界の否定的な意見を耳にし、それなら次は山岳性雲が発生するチベット高原でやってみようと計画したのではないでしょうか。
日本への影響ですが、大陸から日本に流れてくる大気を観測しても、今のところ自然環境以上の変化やヨウ化銀は検出されていません。

村上氏

ハリケーンや台風の制御は、気象兵器になり得る

――意図的気象改変というテーマには、台風やハリケーンの進路を変えたり、強度を弱めたりすることも含まれていると聞きますが、どの程度の研究が行われているのでしょうか。

村上 気象改変には人工降雨・降雪、降雹(ひょう)制御、過冷却の霧解消などと並び、台風やハリケーン制御も含まれています。米国は1940年代後半に「シーラス」というプロジェクトでハリケーンの進路や強度を変更する研究をスタートし、実際に大量のドライアイスを散布する実験をしました。1960~70年代にもヨウ化銀でハリケーン制御を試みましたが、当時はハリケーンに対する科学的理解が十分ではなく、影響を及ぼしたかどうか立証できませんでした。

しかし、米国のそうした願望はとても強く、2001年の9・11テロの後に新設された国土安全保障省は、ハリケーンなど自然災害やテロの予防を主たる任務にしています。同省は米南東部に大被害を与えたハリケーン・カトリーナ(2005年)の後、NOAA(米国海洋大気局)に対してハリケーン制御を検討するよう要請しました。
これに対し、NOAAは「ハリケーンの発生・発達のメカニズムは数値モデルでは研究しているが、まだ十分解明できておらず、ドライアイスやヨウ化銀を投入するのは時期尚早だ」として断りました。

この問題で重要な視点は、これぐらい大きなスケールの気象改変になると、敵国にダメージを与える気象兵器にもなり得るということです。台風やハリケーンの進路を変えて被害を与えたり、逆に水不足をもっと深刻にすることが可能になるからです。こういう兵器としての研究や利用は決してあってはならないことです。

研究は透明性を重視しオープンに進める

――水不足が今後さらに深刻になると、一般的な規模の人工降雨でも1つの国内だけでなく国家間の「水争い」が起きる可能性もあるように思えます。紛争防止のためには、何らかのルールが必要になるのではないでしょうか。

村上 人工降雨の実力が上がって気象改変の確度が高くなると、そこは避けて通れないと思います。ある地域で水資源確保を図れば、隣接する地域では逆の効果が生じる可能性があるからです。ですから各国の研究には透明性が必要になり、1国だけで閉鎖的に事を進めるのはよくありません。お互いにオープンにしてWin-Winの関係になれるよう努力すべきです。

1国内での事例ですが、米国のコロラド川は、コロラド州やワイオミング州から発して米南西部まで流れています。雨の少ない中流域の州の人たちは、上流域の州で人工降雨を実施して水資源を増やす計画を理解し支援しています。
大陸では大きな川は複数の国を流れています。互いに水利をめぐっていがみ合うのではなく、協力し合う関係を築くために科学や技術がどう貢献できるか。人工降雨をめぐる国家間の争いはまだ起きていませんが、それは技術がまだ未成熟であるためです。研究にあたってはその辺りをしっかり見極めて進めることが大切です。

TEXT:木代泰之

村上正隆(むらかみ・まさたか)

名古屋大学宇宙地球環境研究所特任教授。学術博士。北海道大学理学部地球物理学科卒、北海道大学大学院環境科学研究科修了。
1994年4月~2013年5月 気象庁気象研究所物理気象研究部 第一研究室長
2007年4月~ 2010年3月 東京大学気候システム研究センター客員教授
2010年4月~2015年3月 東京大学大気海洋研究所客員教授
2013年5月~2015年3月 気象庁気象研究所予報研究部 第四研究室長
2015年4月~2016年3月 名古屋大学宇宙地球環境研究所 客員教授
2016年4月~現在 名古屋大学宇宙地球環境研究所特任教授
2016年4月~現在 気象庁気象研究所予報研究部客員研究員
2013年2月~現在 米国気象学会 意図的・非意図的気象改変委員会委員長
2008年2月~現在 世界気象機関 大気研究・環境計画 天気改変研究計画専門家チーム委員