モデルなき人生100年時代。 ――生活者・自治体・企業の多様な「共創」の場を広げよう

人生100年時代がやってきた。卒業、就職、結婚、定年と決まっていたライフステージは見直しを迫られ、戦後のピラミッド型人口構成に合わせて作られた教育、医療、住宅などの社会インフラは実態に合わなくなっている。活力ある長寿社会はどのように作ればいいのだろうか。
東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子・特任教授は、2年前に産学官民が知恵を出し合う「鎌倉リビング・ラボ」をスタートさせた。高齢化が進む鎌倉市の住宅地区を舞台に、長寿社会に役立つ商品開発が進む。また千葉県柏市では、高齢者の知識や経験を生かす就労支援システムの開発に取り組んでいる。両者とも生活者、自治体、企業、大学による新しい「共創」のかたちである。
個人の価値観も変化している。人生100年を生きるには、1人ひとりが自分で人生設計し、舵取りをしなければならない。秋山教授に50年先を見据えた長寿社会のあり方や課題を伺った。

長寿社会対応の産業を、日本の基幹産業に育てたい

――先生は「人生100年時代はモデルなき時代」と述べておられます。その意味するところを分かりやすく説明していただけますか。

秋山 歴史を振り返ると、日本は織田信長の頃から、「人生50年」時代が400年ほど続きました。第2次世界大戦直後も60歳未満でしたが、20世紀後半に「寿命革命」が起き、平均寿命が急速に30年ほど延びました。人生が2倍になろうとしているのです。

ひと昔前まで、人生コースは大体決まっていました。女性は25歳までに結婚して、子どもを2~3人産む。男性は就職して定年まで勤め上げる。そのコースから外れると、女性は「売れ残り」などと言われ、男性も就職後3年以内に転職すると、何か欠陥があるように言われました。
今は、そうした社会的規範によるプレッシャーは弱くなり、人生100年を自ら設計して生きる時代になりました。恐らく逆戻りはしません。ただ、自分で自由に設計しようとすると戸惑います。見本になるモデルもないし、社会自体がまだ自由に生きられるシステムになっていないからです。

住宅とか交通機関のようなインフラも、雇用、教育、医療、介護のシステムも、今の時代には合っていません。これらのインフラは、人口構成がきれいなピラミッド型だった時代、つまり子どもがたくさんいて、高齢化率(65歳以上の人口比率)が約5%だった1970年代に作られたものだからです。現在の高齢化率は28%。これから75歳以上の後期高齢者が急増します。インフラを見直して、長寿社会に対応できる社会システムに作り直すことが課題になっています。

日本は長寿社会のフロントランナーです。世界に先駆けて課題に直面するので、それを解決してモノやサービスやシステムを作れば、日本から5年、10年と遅れて長寿社会になる国々が全て市場になります。
私は、長寿社会対応の産業を日本の基幹産業に育てるのが、成長の鍵だと考えています。

長寿社会対応の産業を、日本の基幹産業に育てたい

生涯現役の意識で無理なく働き、社会と関わることが大切

――高齢であることはネガティブなイメージでしたが、最近はずいぶん変わってきたように感じます。

秋山 そうです。私が若いころは、60代の方は身も心も枯れて見え、いかにもお年寄りという感じでした。テレビに出てくるサザエさんの両親の波平さんとフネさん、私は70歳代だと思っていたら、本当は54歳と52歳でした。波平さんは定年(当時は55歳)直前で、隠居に入る直前の“お年寄り”だったのです。
しかし、今の60代の人は昔で言えば中年並みで、イタリアンファッションに身を包み、ハイヒールで歩いています。

人が歩く速さは老化の指標だと言われます。東京都の健康長寿医療センターが、5000人を対象に歩行スピードを調べたところ、2002年に75歳の人が歩くスピードは、1992年に64歳の人が歩いていたスピードと同じでした。つまり10年間で11歳も若返り、体力があるのです。
高齢者は単に長生きしているだけでなく、元気で長生きしている。にもかかわらず、意識は本人も周りも以前とあまり変わっていない場合が多い。定年退職したら、もう社会との関わりは終わったみたいに受け止めている人が多いのです。これからは生涯現役という意識で、無理のない範囲で働いて、社会と関わっていくことが大切。今は労働力不足が大問題になっていて、外国からわざわざ就労者を迎え入れなくてはならない時代です。働くと若い人の仕事を奪うので申し訳ない、などと思わないことです。

――今、政府は年金支給との関係で、定年を70歳まで引き上げる方針を示しています。これはどう受け止めておられますか。

秋山 私は賛成できません。70歳までずっと同じ会社にいて同じ仕事をするのはどうでしょうか。65歳を過ぎたら、ハーフタイムで働いてもいいし、違う仕事をしてもいい。セカンドライフと考えて、働き方をもっと柔軟にしたいですね。
日本の雇用制度は無限定雇用です。どんな仕事をどこで何時間するということは何も決めないで、大卒の働き手を雇う。その代り定年までの長期雇用を保障してきました。

でも、10年以上前から、この制度には無理があることが言われてきました。シニアだけでなく、子育て中の人、介護する人、障がいのある人、病気の人など、みんながもっと柔軟に、例えば週3日勤務などを活用して、働ける範囲で生涯働けるようにする方がいい。これからはAIやロボットを上手く使えば、やっていけるでしょう。元気な高齢者が生き生きと働くようになれば、消費が増え、生きがいを持った健康な人が増えて、医療費が削減できるでしょう。

生涯現役の意識で無理なく働き、社会と関わることが大切

高齢化したまちが、テレワークで若い人を呼び戻す

――先生は鎌倉市に「鎌倉リビング・ラボ」を創設されました。どんな活動をするのでしょうか。

秋山 リビング・ラボはオープン・イノベーションの場で、ユーザーである生活者を主体に、産学官民で構成します。今どこにどんな不便なことがあるか、どんな生き方をしたいかなどの課題を解決していきます。リビング・ラボは欧州では1000ぐらい活動しています。盛んになったのはこの10年ほどです。

高齢化したまちが、テレワークで若い人を呼び戻す

出典) 東京大学高齢社会総合研究機構 秋山弘子教授

鎌倉リビング・ラボは2017年1月に発足し、JST(科学技術振興機構)戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)に選ばれました。
官は鎌倉市役所、民は同市今泉台に住む住民の皆さん、学は東京大学、産は大手企業だけでなく地方の中小企業も含めオールジャパンの産業の活性化を目指して、そのデータを40万件持っているメガバンクの法人戦略部に加わってもらいました。

高齢化したまちが、テレワークで若い人を呼び戻す

2016年、リビング・ラボ発足の記者発表
出典)鎌倉市のHP https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kisya/data/2016/20170131.html

このリビング・ラボは、3タイプのプロジェクト(住民課題を解決する、行政課題を解決する、企業課題を解決する)で、スキームとビジネスモデルを作ることを目的にしています。
住民課題を例にご紹介しましょう。何が課題になっているかを、子育て世代、現役世代、リタイア世代に聞くと、共通して「若い人が暮らしたいと思うまちにしたい」がトップでした。
今泉台は大船駅からバスで約20分。東京への通勤は厳しいので、若い共働き世帯は東京近郊に出て行ってしまい、高齢化率は45%を超えます。そこで若い人たちがまちに居着くように、「テレワークが理想的にできるコミュニティを作ろう」がテーマになりました。

高齢化したまちが、テレワークで若い人を呼び戻す

出典) 東京大学高齢社会総合研究機構 秋山弘子教授

住民の意見を反映し、ホームオフィスやサテライトオフィスを設計

――テレワークのプロジェクトは、どんなことをしたのか、具体的に説明していただけますか。

秋山 2つあります。1つはどの家もホームオフィスがある住宅にしよう、もう1つはまちにサテライトオフィスを作ろうという活動です。サテライトオフィスには保育所やカフェ、会議室も併設します。子どもを預けてテレワークができ、まちの課題を仲間で話し合うことができます。

この指とまれで参加企業を募ったところ、オフィス家具メーカーが手を挙げました。この会社はこれまで企業向けのオフィス家具を主に作ってきましたが、今後はオフィス街以外でも働く環境が必要になると判断したのです。他に住宅メーカーとIT企業3社も手を挙げ、異業種のチームを結成しました。
オフィス家具メーカーは、住民のアイディアを取り入れて試作品を作り、それを住民が生活の場で徹底的にテストして改善を重ね、ホームオフィス家具を2タイプ作って製品化しました。小さなテーマでしたが、とりあえずPDCAサイクル(Plan・Do・Check・Action)を回してみました。
今泉台は山に囲まれた素敵な土地で、子育てをするのにも恵まれた環境です。テレワークでワークスタイルが変わるとライフスタイルも変わり、まちの夢が膨らみ、実現に近づきます。
この他、米国の薬品メーカーが、シニア向け医薬品のパッケージを世界的に作り直すことになり、商品テストに協力しました。また、シニア向けの3輪車をテストしたこともあります。
最近では、証券会社の依頼で、シニアの個人資産をどうしたら流動化できるかをテーマに取り上げました。実際に高齢者の意見を聞き、金融商品の開発につなげるのが目的です。

住民の意見を反映し、ホームオフィスやサテライトオフィスを設計

1人ひとり個人の違いを尊重し、無理なく働ける柔軟な仕組みを考える

――千葉県柏市では、高齢者が安心して就労できる仕事を研究されてきました。成果をお聞かせください。

秋山 私たちは柏市、UR都市機構と組んで「長寿社会のまちづくり」を進め、私はセカンドライフの就労支援を担当しました。人生100年、私は「人生多毛作」と言いますが、会社で同じ仕事をずっとやるなんて考えない方がいい。100年あれば、全く違うキャリアを経験することが可能です。

柏市は典型的なベッドタウンです。長年、東京に通勤して働き、定年になった方が多い。皆さん元気だし、知識やスキルもあるのに、何をしたらいいか分からない。「することがない、行く所がない、話す人がいない」とおっしゃる。
ボランティア、生涯学習、スポーツなどの機会はあるのに、9割ぐらいの人は出て行かないで、家でテレビを見ている。川柳に「定年後、犬も閉口、5度目の散歩」というのがありますが、奥さんだけでなく、ペットにも迷惑です。

「働く場所があれば外へ出やすい」とおっしゃるのですが、今さら現役時代のように満員電車に乗って東京に通勤する気はしない。そこで近場でいろいろな仕事を考えました。柏市はもともと利根川流域の農村だったので、まずは農業関係の仕事。それから夫婦で東京に働きに行く家庭が多いので、学童保育など子育てのニーズがたくさんあります。
なるべく多くの仕事を作ると同時に、セカンドライフにふさわしい柔軟な働き方を考えました。セカンドライフはマラソンの後半戦と同じで、体力面でばらつきが大きい。経済状態も価値観も違う。介護などで時間に制約のある人もいる。その違いを尊重して、無理なく働ける柔軟な仕組みを考えました。

1人ひとり個人の違いを尊重し、無理なく働ける柔軟な仕組みを考える

ワークシェアリングやモザイク就労など、AIで仕事をマッチング

――具体的にはどのような働き方をするのですか。

秋山 1つはワークシェアリングです。フルタイムなら2人分の仕事を5人のチームで分担する。モザイク就労は、違う能力を持っている3人が集まって1人の超能力者になり、それぞれ得意分野の仕事をします。
ただ、条件が異なる人を仕事にマッチングするのは大変なので、データベースに経験、能力、希望条件、体力などを入力しておきます。仕事の中身についても、例えば「経理」でひとくくりにしないで、細かく分解してタスクのレベルにまで落とし、アウトソーシングできるかたちにします。
そのマッチングについては、AIを使って熟練したジョブ・コンサルタントの方の暗黙知を形式知に変え、クラウド上で行うシステムを開発中です。このように高齢者も障がい者も週3日程度働く柔軟な仕組みを作れば、いま無限定雇用で維持している日本社会を、生産性を落とさずに変えることができます。

福井市でも同じような取り組みをしています。柏市は首都近郊の人口集積都市ですが、福井市は限界集落を抱えていて医療や介護のサービスを届けるのが大変です。ソリューションは異なりますが、抱える課題は同じです。

人付き合いが減り、孤独が深刻な問題に

――東大高齢社会総合研究機構の調査では、75歳前後から心身の自律を失って行く人が増えるそうですが、何が原因なのでしょうか。

秋山 私たちは30年間、6000人を継続して調査しています。7割の男性と9割の女性は70代半ばまでは元気ですが、その後徐々に心身の自律を失っていきます。
原因は身体の虚弱化です。病気だけでなく骨や筋肉が弱って歩行困難になるのです。人生100年を生きるためには、若い時のコンニャクダイエットなどは止め、骨や筋肉を丈夫にする栄養をしっかり摂ること。初等中等教育できちんと教えてほしいです。

男性は後続の世代の人ほど、特に都市部で人付き合いが減るというデータがあります。とりわけ男性は奥さんに先立たれると、人付き合いがなくなります。いま「孤独」がどの国でも深刻な問題になっていて、英国は「孤独担当大臣」を新設したほどです。そこで柏市のような取り組みが必要になるのです。

人付き合いが減り、孤独が深刻な問題に

出典) 秋山弘子 長寿時代の科学と社会の構想 『科学』 岩波書店, 2010

――ところで先生は、「研究の過程で縦割り組織の壁に直面した」と嘆いておられます。どんな具合だったのですか。

秋山 縦割りは本当に困った問題です。行政だけでなく大学もそうです。総合研究機構には10学部から80数名の研究者が集まりましたが、当初は学部の壁が大変でした。同じ用語を使っても意味が違ったりします。研究フィールドを共通にして、みんなで解決する態勢になってから、良くなりました。

柏市役所には何回も相談に行きました。たらい回しされ、何度も同じ説明をさせられました。UR都市機構もそうでした。URの集合住宅の屋上に農園を作る話を持ち掛けたら、URの研究所は「イネや大根も作っているので大丈夫」と言ってくれましたが、管理部門は「とんでもない。土が飛ぶ、雨どいが腐る、エレベーターに知らない人が乗る、何かあったら誰が責任取るのか」と、出来ない理由を20ぐらい並べるのです。
市役所もURも分野横断的な組織を作ってから改善が進み、うまくいくようになりました。

人付き合いが減り、孤独が深刻な問題に

50年先の社会を念頭に置いたビジョンにしてほしい

――高齢化はアジアでも大問題です。柏市の事例などは国内外に広く伝えることが大切だと思います。

秋山 柏市には海外からも視察団がたくさんやってきます。日本は戦後、経済成長した後に高齢化が顕著になりましたが、アジア諸国は経済成長と高齢化が同時に来ていて、経済成長を優先せざるを得ません。
ですから日本は、アジアの国々が「将来はあんな国になりたいね」というモデルを示し、そのモデルやサービスを輸出していくのがいいと思います。国際学会で柏市のまちづくりを講演すると、質問が多くて、関心の高さを痛感します。

人生100年時代は、高齢者だけでなく、現役世代も含めたみんなが100年をいかに健康で働ける社会にするかが問題なのです。
若い人にとって副業や兼業は自然なこと。同じ企業にずっと忠誠を尽そうなんて考えていません。50年先の社会を念頭に置いて、100年の人生設計に資するビジョンを、考えていきたいと思います。

TEXT: 木代泰之

秋山弘子(あきやま・ひろこ)
東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授

1978年、米イリノイ大学Ph.D(心理学)取得。
米国の国立老化研究機構(National Institute on Aging) フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所研究教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学)などを経て、2006年より東京大学高齢社会総合研究機構特任教授。
専門はジェロントロジー(老年学)。高齢者の心身の健康や経済、人間関係の加齢に伴う変化を20年にわたる全国高齢者調査で追跡研究。近年は超高齢社会のニーズに対応する街づくりにも取り組むなど、超高齢社会におけるよりよい生の在り方を追求している。
著書: 『高齢社会のアクションリサーチ: 新たなコミュニティ創りをめざして』 (JST社会技術研究開発センター)、『新老年学 第3版』(東京大学出版会)他。