AIによる画像解析技術は、情報処理テクノロジーの進化によって精度が向上し、社会のあらゆる分野で活用が拡大している。そんな中、ライフサイエンスの領域で、画像解析技術によって新たな知見を生み出しているのがバイオイメージング/バイオイメージインフォマティクス技術だ。エルピクセル株式会社は、日本のみならず、世界のバイオイメージング技術を牽引している東大発のベンチャー企業。同社のCEOである島原佑基さんに、会社設立のきっかけ、バイオイメージインフォマティクス技術への想いや、その発展が切り開くライフサイエンス分野の展望について聞いた。

生物学に存在する膨大なデータを解析する「バイオイメージインフォマティクス」技術

――バイオイメージングとは具体的にどのような技術なのでしょう。

島原 バイオイメージングは2000年頃から盛り上がってきた新しい研究分野で、名前の通り、生物学の分野において、細胞や組織などの画像を取得し、解析する技術です。顕微鏡を覗き、そこで起きていることを画像として記録しようというのが最初の動きで、30年ほど前から盛んになりました。「バイオイメージング」とは、「画像を撮ること」自体を意味することが多いです。一方、画像を撮り、それを解析・研究することは、「バイオイメージインフォマティクス」と呼ばれます。近年、デジタル技術が発達して画像のデータ化とその解析が容易になりました。さらに3Dデータも構成できるようになり、指数関数的にデータ量が増えている中で、様々な研究でニーズが高まってきました。

物理学や化学と比べても、生物学は複雑な遺伝子やタンパク質、組織など、人間が処理しきれないほどの膨大な情報を扱います。かつて、生物学の研究に数学や情報科学を用いるケースは稀でしたが、近年の計算機器の進化により、膨大なデータの情報処理が可能になり、研究の質を向上させられる可能性があるのです。バイオイメージインフォマティクスの活用例としては、ガン化した細胞の判別、植物の成長過程からの病変の検出、粒子の解析など多岐に渡り、多くの研究者に必要とされている技術と言えます。

――島原さんが東京大学で行っていた研究と、取り組むことになったきっかけを教えてください。

島原 大学に入る以前はエンジニアリングに興味があり、次世代の自動車をつくりたいと考えていました。しかし、そんな時にiPS細胞のニュースを見て、「21世紀は生物学をエンジニアリングする時代だ」と感じ、生物学の専門に進みました。もともとエンジニア志向であったことが、現在、「生物×IT」の事業に取り組んでいる背景にあると言えます。

生物学を勉強していく中で感じたのが、すぐにエンジニアリングすることは簡単ではないということでした。そこで、「生物×IT」において比較的実用化に近い分野を探し、バイオイメージインフォマティクスに出会います。私が大学に入学した頃は、その領域に関する研究室は多くありませんでした。そこで、いち早くその研究に取り組めば、この分野のパイオニアになれるということも考えました。所属した研究室は生物学における画像解析技術に取り組んでいて、私は細胞小器官の画像解析とシミュレーションをテーマに研究していました。そこで得た知見を活かし、事業化したのがエルピクセルです。

島原氏

エルピクセル株式会社CEOの島原佑基氏

ライフサイエンスに、画像解析技術によるソリューションを

――エルピクセルは、島原さんを含めた、東京大学の研究室の3名で立ち上げたベンチャー企業だと聞きました。設立の経緯について教えてください。

島原 エルピクセルは、私とCTO(当時助教授)の朽名夏麿、博士研究員の湖城恵の3人で立ち上げました。設立時はそれぞれが別の仕事もしていて、エルピクセルの事業には副業のように取り組んでいました。スモールスタートでリスクが少ないため、「自分たちのワクワクすることを事業にしていこう」というスタンスが根幹にあります。週末に趣味でキャンプに行く人がいるように、私達の場合は趣味が起業だったという感覚です。

また、会社を設立した2013年頃は東大発ベンチャーという言葉が流行っていて、何か認定のようなものが必要なのかと思い大学に問い合わせたところ、特にそのような制度はなかったのですが、インキュベーションプログラムを紹介され、起業に対してアドバイスをしていただきました。実は、その時のメンターの一人が、現在、社外取締役を務めている鎌田富久です。また、CTOの朽名は、私の学生時代の指導者で、研究者としてのロールモデルにしています。尊敬する二人と一緒に会社をやることができて幸せだと思っています。

社外取締役の鎌田氏と島原氏

社外取締役の鎌田氏と島原氏

――エルピクセルが現在取り組まれている事業はどのようなものでしょうか。

島原 ライフサイエンス領域において、画像解析によるソリューションを提供することを軸としています。ライフサイエンスと一言で言っても幅が広く、医療や製薬、農業といった応用技術だけでなく、それらを支える基礎研究までカバーしています。

特に力を入れている分野は2つ。1つが医療の診断支援です。画像や映像をAIに読み込み病気の可能性を明示することで、人的なミスをフォローし、膨大なデータの処理が間に合わなくなっている医療現場の業務効率化と負担軽減を目指しています。医療機関ではCTやMRIといった検査機器が発達したことで、ここ20年程で扱うデータ量が100倍以上に増えています。しかし、医師個人の情報処理能力はそれほど変わっていません。放射線画像データを取り扱う放射線科医は、全国で7,000人程度しかいないため、常に人手不足です。そこにエルピクセルの画像解析技術を提供することで、状況を変えることができればと考えています。

医療画像診断支援のデモムービー

医療画像診断支援のデモムービー。AIに症例画像データを学習させることで、肉眼では見つけにくいポリープも検知しやすくなる

もう1つが製薬。今、製薬分野ではオペレーショナル・エクセレンス(オペレーションが磨き上げられ、競争上の優位性を持つほどになっている状態)が経営課題になっている企業も多いです。例えば現場では、数万の化合物を見つけて、その中から1つ薬にできるかどうかという研究が行われています。そのように膨大な時間と労力が必要とされる場面に、画像解析やビッグデータを活用することで研究が加速し、オペレーションが洗練されていく可能性があります。

私たちが会社を設立した時期は、まだライフサイエンス領域において、積極的に画像解析技術を活用している企業は多くありませんでした。ニーズはあったのですが、そこにソリューションを提供できるサービスや企業がなかったのです。よく競合はどこですかと聞かれますが、ドメインを絞ればいくつか挙げられるものの、バイオイメージインフォマティクス全般という大きな視点で見れば、今もほとんどありません。

医療現場で高まる、AI技術への期待

――バイオイメージインフォマティクスのニーズが高まってきた理由は何でしょうか。

島原 一番大きいのはここ数年のAIブームによって、企業の現場だけでなく、経営側など多くの人が興味を持ったことでしょう。2年前は医師に「機械学習」と言っても理解してくれなかったのですが、今は医療業界でもAIを使っていく時代だという風潮が生まれ、「もっとこんなこともできないか?」というような話をされることもあります。そのニーズに対して、使命感のようなものが生まれ、2016年に初めて7億円の資金調達をするに至りました。この資金は、体制強化のために使用し、当時は14人だった社員も今では60人ほどになり、それぞれの知見を生かして事業を進めています。

――バイオイメージインフォマティクスが多く活用されている医療の分野は、どのような具体例があるでしょう。

島原 肺がんやマンモグラフィーは、20年ほど前からAIを使った支援は長く行われてきました。AIによる肺がんの検知技術も既にその頃から使われています。世の中に製品として出ているバイオイメージインフォマティクスは、この2つが主ですが、もちろん他の医療にも生かせます。

――AIの活用はどの程度進展しているのでしょうか。

島原 一部では進んではいるものの、バイオイメージング分野全体では、まだまだこれからです。理由の1つが、利用者のニーズがとても多く、それぞれの課題を解決するシステムを構築するのに時間を要するということ。その課題解決のために、AIを用いた画像解析サービスの「IMACEL(イマセル)」を開発しました。IMACELは、画像解析の知識やスキルがなくても、視覚的な操作で解析を可能にするシステムです。

研究者がクラウド上に解析したい画像をアップロードして、研究内容や画像の内容を入力するだけで、IMACELが解析候補を複数提示し、そこから候補を何度か選ぶと、スピーディーに解析ができます。解析のアルゴリズムは常にアップデートされ、使う度に精度が向上していくのも特徴です。

島原氏

機械学習のためには症例画像のデータが不可欠ですが、肺ガンやマンモグラフィーの画像は、アメリカの機関が公開しているデータが多くあります。しかし、それらのデータも質にばらつきがあり、そのまま利用はできません。一方日本では、CTやMRIの導入率が世界トップクラスであり、肺や乳腺の他、脳、肝臓、大腸などの部位、多様な病理に関連する画像が豊富です。

これらの症例画像は秘匿性が高い個人情報ですが、20以上の医療機関と提携することで、使用可能なデータを多く確保しています。エルピクセルでは、医療機関に個人情報を外した状態のデータを提供してもらっているため、個人情報は扱っていません。

技術革新によって、医療の在り方が変わる?

――医療現場において、AIを活用したバイオイメージインフォマティクス技術が進展することで、具体的にどのようなメリットが生まれるのでしょうか。

島原 まずは人間のミスをチェックする役割が挙げられます。人が見逃している、もしくは見逃しやすいところをAIが解析して示すことで、ダブルチェックの役割を果たし、誤診のリスクが低減します。次が効率化です。AIによるミスの指摘は、誤診を減らすことにはつながりますが、今は人間の確認なしでAIに診断を任せることはできないため、AIが所見を書いてくれても、それをチェックするという手間が増えます。アメリカでは、目の解析についてはAIにより医師のチェックが一部不要になったようなものも米国で出てきましたが、これが今年の話です。AIで自動化できる内容はAIに任せるというシステムをつくることができれば、業務の効率化を図れるようになりますが、この部分については徐々に進んでいくでしょう。さらにその先にあるのが、今の医療を超えるような価値の提供です。AIの高度な情報処理能力により、人間が思いつかなかったような医療の新しい基準を見つけられる日が来るかもしれませんね。

島原氏

――今後の医療分野でのAIを用いた支援について、島原さんの考えを教えてください。

島原 医療関係者は、先ほど述べたようにむしろ積極的にAIについて勉強している医師も多く、既に現場ではその重要性が理解されているため、私たちが取り組むべき課題は、医療関係者が負担なくシステムを使えるようにすることだと考えています。例えば、文章作成ソフトに間違った文章を指摘してくれる機能がいつの間にか導入されていたように、医療の画像を撮影する機器メーカーや、ビューワーソフトのメーカーと連携し、既存の医師のワークフローにAIを組み込むことで、機能的な面を向上させていければと考えています。

一方、患者側の視点で言えば、これからは患者個人が自分の医療データを管理する時代が来るのではないかと考えています。現在の診療や治療のデータは基本的に、それぞれの医療機関にストレージされていますが、それらをクラウド管理することで複数の医療機関を利用しても、時系列で患者の状態を管理できるようになります。そして、その医療データを患者自身が使用して、AIによる画像診断を直接求めるようになるかもしれません。もちろん、診断に近い行為に患者が近づいて良いのかといった課題もありますが、医療データの活用やAIの導入が、医療関係者にとっても患者側にとっても、より便利でストレスの少ない医療環境をつくることに貢献すると思います。

――今後、バイオイメージインフォマティクスやAIをはじめとするテクノロジーが世の中に浸透し、拡大していくために、どのような取り組み、考え方が必要だと考えますか。

島原 私たちが取り組むべきことは、気づいたらQOLが向上しているようなシステムの提供です。例えば、エルピクセルの技術で病気の早期発見を支援できれば、早期治療ができ、患者の社会復帰が早くなります。そうすれば個人の健康寿命や労働寿命が長くなり、税収も増えるかもしれません。AIを導入することにコストはかかっても、長い目でみると、早期発見・治療・復帰できるので、医療費を削減する効果もあると思います。そういったメリットや、AIやデータ活用のリテラシーを社会全体で向上させていくことが重要だと思います。

島原氏

21世紀は、バイオ研究がエンジニアリングによって飛躍する時代になると感じています。そのためには社会や行政の理解、協力が必要です。FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)のアメリカ医療機器認証では、一部の企業を優先して認証する代わりに、市場における情報をFDAにフィードバックさせる仕組みをつくって、次の施策に活かしていこうという動きがあります。また、日本でも医療系スタートアップを支援するプログラムが始まっています。平等であることを優先しすぎて業界全体の動きが鈍くなってしまうよりも、熱意を持って頑張ろうとしている人たちを応援していくことで全体的に利益が還元される「公平」な環境ができていけばいいですね。

弊社の提供するシステムをはじめ、AIやデータ活用が、医療従事者の負担を軽減し、医療の質が向上していくことで、医師は患者とのコミュニケーションに多く時間を割けるようになると思います。医療の進歩により治療の選択肢が増えてきている中で、一人一人が納得して医療を享受できるような未来にも期待しています。

TEXT:高柳圭

島原 佑基(しまはら・ゆうき)

エルピクセル株式会社CEO & Founder。東京大学大学院修士(生命科学)。大学ではMITで行われる合成生物学の大会iGEMに出場(銅賞)。研究テーマは人工光合成、のちに細胞小器官の画像解析とシミュレーション。グリー株式会社に入社し、事業戦略本部、のちに人事戦略部門に従事。他IT企業では海外事業開発部にて欧米・アジアの各社との業務提携契約等を推進。2014年3月に研究室のメンバー3名でエルピクセル株式会社創業。”始動 Next Innovator 2015(経済産業省)”シリコンバレー派遣選抜。”Forbes 30 Under 30 Asia(2017)”Healthcare & Science部門のTopに選ばれる。