最近、都市部のスーパーマーケットの一角でよく見かける「農家の直売所」。特に宣伝しているわけではないのに、新鮮でおいしい野菜や果物等が購入できると口コミで広がり、売り上げを伸ばしている。そこには注目すべきイノベーションがあった。農作物を生産するだけの「農家」から、経営ビジョンを持つ「農業経営者」への転換を促す株式会社農業総合研究所代表取締役社長の及川智正氏に、ITと感謝の思いで生産者と消費者をつなぐ、流通改革について伺った。

新鮮でおいしいものを低価格で消費者に届ける「農家の直売所」とは?

――都会のスーパーマーケットで展開されている「農家の直売所」が評判ですね。

及川 ありがとうございます。これまでの市場流通だと、市場や卸問屋を経て消費者に届くまで3、4日かかっていましたが、街のスーパーマーケットの「農家の直売所」では、出荷から原則中一日で野菜や果物が並びます。仲介コストが低いので、お求めやすい価格で購入できるとご好評をいただいています。
例えば、トマト。これまでの流通期間だと青いうちに摘み取り、3、4日の流通過程の中で熟して赤くなる、というものもありました。しかし、一番おいしいのは完熟してから摘み取るものです。
「農家の直売所」の場合は出荷した翌日に店頭に並ぶので、取れたての熟した果物や野菜を召し上がっていただけます。休日に遠くの道の駅へわざわざ出かけなくても、近所のスーパーマーケットで新鮮な野菜や果物が毎日手に入りますよ。

農家の直売所、売り場の様子

写真提供:株式会社農業総合研究所

及川氏

――その流通システムは、どのような仕組みで実現されているのですか。

及川 生産者は、収穫した農作物をパッケージングし、自分で値札シールを貼り、最寄りの当社の集荷拠点に持ち込みます。その後、当社と契約している全国約1200店舗のスーパーマーケットの店頭に原則中一日で並びます。

――これまでの流通とどのように異なるのでしょうか。

及川 一番大きい違いが市場流通です。私たちが参入するまでは2種類の方法がありました。まずは、農協に出荷する方法。大量に手間なく販売できます。その半面、末端価格を生産者が決められず、生産者にしてみればあまりにも安い価格で買い取られたり、作る野菜や果物を農協から指定されたりすることもあります。
もう1つは、生産地近隣の道の駅で販売するという方法もあります。こちらは生産者が販売価格を決められるので、全部売れるのであれば物流コストもそれほどかかりませんし、最も効率的です。しかし、直接現地に生産者が持ち込む必要があるので、大量に複数箇所で販売することは難しい。また道の駅まで運ぶだけでなく、陳列し、売れ残ったものは回収しなければならないので、農家にとってはとても手間がかかります。

弊社はその中間。市場流通ほど大量ではないけれど、道の駅よりは手間もかからず、生産者の決めた値段で全国約1200店舗から販売先を選択できます。
農業の形態も、野菜、果物、穀物、花とさまざまです。野菜だけでも、いろんな種類がありますよね。流通形態も複数あり、選択肢があるということが重要だと考えています。生産者も消費者も、それぞれ自由に好きなものを選べるのが良いと思います。

及川氏

農業の産業化。がんばった人は伸びていく!

――コスト、販売実績や相場などを考慮し、各自が値段を付けるのは大変ではないですか。

及川 がんばった人は、がんばっただけ伸びていく、という農業の産業化を目指しています。農業はなぜか独特な産業と思われがちですが、他の業界同様ビジネスです。儲けるためにはがんばらなくてはなりません。そのためのプラットフォームを構築して、生産者に提供しています。

そのプラットフォームはパソコンやスマートフォンからも利用できますが、お持ちでない生産者の方へは携帯用タブレットを貸し出しています。このプラットフォームを利用すると、出荷したい商品に自分で値段を付け、自分が販売したいスーパーマーケットの店舗を選択するだけで、自宅で値札シールを発券できます。あとは、商品にそのシールを貼って、最寄りの当社の拠点に持ち込むだけです。シールには、POSレジで読み込むためのバーコード、値段、生産者の名前がプリントされています。実はこのバーコード、スーパーマーケットごとに仕様が異なるのですが、当社の発券機では1台で世界中のスーパーマーケットのバーコードシールが発券可能です。これまではお店ごとにシール発券機が分かれていたのですが、1つにすることで生産者の利便性は格段に良くなり、農家の方々から大好評です。これが当社成長の土台となったことは間違いありません。 

バーコード発券

バーコード発券  画像提供:(株)農業総合研究所

――農家はどのように生産物の価格を決めているのですか?

及川 通常の商品と同様、かかったコストにどれくらい利益をのせるかが1つ。そして青果物の場合、市場流通のセリによる相場というものがあり、毎日価格が変わりますので市場価格として参考にする方法。また、毎日店舗のPOSレジ情報から届けられるデータを、農家の方々が参考にしていただけるよう、当社で分かりやすく加工して送っています。昨日搬入した商品がどこでどれだけ売れたのか、また同業者が同じ商品にいくらの値付けをしているのか、他店舗での値段などを端末から参照することができます。そのデータを参考にして、翌日の出荷数、値段、出荷先を決めるのです。単に農作物を作って納める農家ではなく、農業経営者としての力量がものを言います。これが、がんばった人はがんばっただけ伸びていく仕組みです。当社の契約生産者の中には、売上1億円プレーヤーもいらっしゃいますよ。

画像提供:(株)農業総合研究所

及川氏

売れずに廃棄されると、生産者にもスーパーマーケットにも当社にもお金が入りません。売れなかったのは、味なのか、形が悪かったのか、パッケージの仕方だったのか、原因は何かと考えます。どんなビジネスでもそうですよね。
他にも期間別の売り上げデータの集計、店舗ごと、生産物ごと、販売率(どれだけロスが出ているかなど)、売り上げランキングなどさまざまなデータを提供しています。生産地から遠い都市部のスーパーマーケットの店舗情報も、店内写真や客層、立地条件、売れ筋商品などが端末から閲覧できます。

売上情報画面

画像提供:(株)農業総合研究所

こうした生きたデータを提供することで、生産者がメーカーとしてのポジションでリスクを背負いながら仕事をし、収益を増やしています。現在は、販売データのみですが、今後は生産データも取り込む予定です。「農家」の方々が「農業経営者」としてやりがいを持って活躍してもらえるよう、簡単に青色申告できる仕組みや、クラウド上でFinTech活用なども検証していこうと考えています。 

及川氏

農業の構造改革。「ありがとう」でつなげよう!

――消費者と生産者をつなぐことも、考えていらっしゃいますね。

及川 生産者から買って食べてくださる人に「ありがとう、また買ってね」、そして、買って食べた人から生産者へ「いつもおいしいものを作ってくれて、ありがとう。また作ってね」。こういう声が双方に届く農業の構造改革が必要と思っていました。
先ほど紹介したシールのバーコードですが、スマートフォンでスキャンすると、生産者の写真などの情報を知ることができます。いわゆるトレーサビリティを可能にしています。
また、店舗によっては、生産者の紹介動画を見ることもできます。生産者の生の声や、1つひとつ丁寧に愛情を持って育てている姿をご覧いただき、ファンになってくださる方も増えています。「おいしいいね!」ボタンを押すと、生産者に「いいね」が届きます。コメントも送ることができますよ。これは、生産者にとって、大変嬉しいモチベーションにつながります。アプリをダウンロードしていただければ、動画をご自宅でも視聴可能です。ぜひ、家族だんらんの食事の際に、「この人がこうやって大切に作った野菜だよ。残さず食べようね」と、お子さんに伝えてください(笑)。

生産者情報

画像提供:(株)農業総合研究所

また、生産者やよく立ち寄るスーパーを「お気に入り」登録すると、その生産者の出荷について、お知らせメールが届くシステムも始めています。生産者と消費者を、お互いへの感謝の気持ちでつなげたいと思って始めました。
農業は何か違う産業と思われがちですが、他の製造業やサービス業と変わらないんですよ。お客様の「ありがとう」が聞けたらモチベーションが上がりますし、そういう業界にしていきたいです。

――取引先のスーパーマーケットの店舗はたくさんありますが、生産者はどのように出荷先を決めるのですか。

及川 私どもが日々提供している売り上げデータを見て、自分たちの生産物が一番売れそうな店舗に出荷します。
しかし、それだけではないんです。とある生産者、高齢の方でしたが、ずっと同じ店舗に出荷していました。「他の店舗に出しても売れますよ」とお声がけしたところ、「この店舗の近くに孫が住んでいるので、宅配便で送るよりその店舗に置いた方が孫が安く野菜を買えるんです」と言うのです。他にも、以前その街に住んでいて友人がたくさんいるから食べてもらいたいなど、それぞれに愛着のある場所があって、そこに自分たちの生産物を置きたいという方もたくさんいらっしゃいます。

――経済だけでなく、人と人のつながりがあるのがすてきですね。

及川 こんなこともありました。和歌山県のミカン生産者の方が、大阪市内のスーパーマーケットに出荷したミカンのパッケージの中に、「うちのミカン農園に遊びにいらしてください。ミカンを3キロプレゼントします」というカードを入れました。まさか、わざわざ出向いてみかん3キロだけもらって帰る人はいないと思います。必ず他にもたくさん購入し、仲良くなって帰ることになります。そうすると、今後もスーパーマーケットでその生産者のみかんを買うという繋がりができるようになるのです。
私はそれで思いつきました。都会の人を田舎に連れて来るプラットフォームが作れるのではと。
例えば震災の被害にあった地域の復興に生かせないか。地震の影響がいまだに残る熊本市の野菜が売れたら、売り上げの一部を寄付するという取り組みは、すでにおこなっておりますが、生産物のパッケージに、熊本の観光施設の入場券を挿入したとします。すると、せっかくだから熊本に行こう、またはちょうど熊本に行く予定があったのでこのチケットを使おうと、観光PRや地域の情報発信にも使えます。弊社はITプラットフォームを提供しつつ、こうしたアナログなアイデアもどんどん展開していきたいと思っています。

及川氏

野菜と果物は毎日食べるもの。だからより安くしたい、そのための物流

――なぜネット販売ではなくて、スーパーマーケットなのでしょうか?

及川 野菜と果物は毎日食べるもの。だから、新鮮でおいしいものをより安く提供したい。でも生産者の手取りは高くしたかったのです。そのために重要なことは物流です。
スーパーマーケットで1玉100円の白菜を見かけたことはありませんか。大きくてかさばる白菜をその値段で売るには、大量に流通させねばなりません。ネット注文での流通が増えているという印象をお持ちかもしれませんが、実は青果流通の70%弱がスーパーマーケット向けなのです。大量流通しない限り、物流コストは安くなりません。そこでスーパーマーケット向けにプラットフォームを作ることで、物流コストを下げているのです。

また、当社が受発注していないことも、コストを抑えています。受発注の手間やシステム、パッケージ作りを排除し、生産者が作ってパッケージしたものをただ納めるだけなのです。
90カ所の拠点に8000人の契約生産者さんが持ってきた作物を、弊社は1200店のスーパーマーケットの物流センターに納めます。ICTを駆使し、生産者にとって使いやすくて有益な情報を提供するとともに、拠点運営に注力し自社の物流コストを抑えることで消費者に安く提供できるのです。

及川氏

――90カ所すべて自社運営なのですか?

及川 22カ所は自社運営で、残りは業務提携です。提携先はさまざまで、バス会社、鉄道会社、郵便局、そして農協もあります。各社とも空いている倉庫や人員の有効活用ができ、また生産者にも身近で使いやすいというメリットがあります。

――御社の関連会社では、日本の野菜や果物を香港で流通させていますね。今後、広く海外への展開もお考えですか?

及川 日本の人口が減っていくなか、国内だけで需給バランスを取ることが難しい時代になってきています。例えば、レタスがたくさんできてしまった。廃棄した際の補助金をもらっても捨てるのは忍びない。ただ、日本で余った時だけ海外で売るのでは安定しないので、最初から海外へ販売するプラットフォームを作ろうと考えました。海外での販売となると富裕層に高いものを売るというケースが多いと思いますが、私は日本の野菜と果物が毎日買えるような輸出の仕方をしたいと考えています。輸入だからちょっと高いけれど、おいしくて安心安全な日本産の農産物。それを毎日買えるような価格で提供する。香港ではアッパーミドル層をターゲットにしています。富裕層ターゲットだと少量なので高くなります。大量流通させることで末端価格が安くできるのです。
今後、生産者の自宅で発券できる値札のバーコード付きシールのリストに、海外店舗もどんどん入ってくるでしょう。そうすれば、生産者は近くの拠点に持ち込むだけで世界中が市場になります。自分で価格を決めるので、為替情報も考慮しなくちゃいけなくなりますね(笑)。

――御社のビジネスの鍵が、流通にあることが分かります。

及川 現在多くの企業や農業従事者は、生産技術を上げるところにIT、IoT、AIを使っています。これまでは良い物がたくさんできるのはいいことなのに、大量に作りすぎると豊作貧乏となり儲かりません。私は生産ではなく流通を改革することで、生産の安定を図りたいと思っています。 

――生産者が御社と契約したいとなった場合、何か条件はありますか。

及川 PCまたはタブレットを操作でき、どんな農薬をいつ、どれくらい使っているかシステムに入力できることだけです。この情報を入れないと値札シールが発券できません。これは、商品を置いていただくスーパーマーケットに対して、安心安全の重要なアピールとなります。 

及川氏

情熱を持って、打たれよう!

――こうした仕組みを考えられたのは、ご自身が農業および青果販売に従事された経験が活かされていますか。

及川 現場を知ることは重要です。おっしゃるとおり、その経験がとても活きています。私は農大を卒業してから、6年間企業に勤務しましたが、日本の農業についてずっと危機感を抱いていました。そこで会社を辞めて農家として農業生産者の現場に3年、青果販売の現場に1年飛び込みました。
ところが農家を経験してみると、「つまらないな、この仕事」と思いました。仕事やお金の面ではなく、お客様や上司から「がんばったね、ありがとう」という声が届かなかったのです。若者は、その言葉で、働くモチベーションが上がるのに、もっとやる気が出るのに、とずっと思っていました。

また、青果販売店をやっている時は、商品を1円でも高く売りたい、利益を上げたいという思いが強くなり、生産者に対して価格を安くするように要求していました。生産者の立場もよく分かっているはずなのに、立場が変わると考え方が変わってきます。これは両方やったことがある人間しか身にしみて分かりません。生産と販売が交わるところ、そこは流通です。農業という産業は、流通をコーディネートしないと良くならないと実感しました。

そこで、今から11年前に青果販売店を辞めて和歌山に戻り、現金50万円で起業したのがスタートです。
実は、起業の前にハローワークに行きました。農業の流通を変えようとしている会社があればそこに就職しようと思ったのです。でもなかった。じゃあ自分でやるしかないと。ビジネスモデルもなかったので、消去法からのまさかの起業でした。(笑)

及川氏

――これから農業または起業を目指す若い世代にメッセージをお願いします。

及川 農業は、「野菜や果物を作る仕事」だけではありません。それを食べてもらって初めて成果となります。生産から流通、販売そして飲食までをコーディネートすることを大切にし、すべての農業の過程を総合的に研究したい、その思いを「農業総合研究所」という社名に込めました。
「農業ってこんなにすてきな仕事ですよ」「すごく収益が上がり、ビジネスとしてとっても魅力的ですよ」「農業やっていると、かっこいい大人になれますよ」「人間として成長が得られる仕事ですよ」、こういうことを若い人に示したいです。

農業は、本来とってもクリエイティブな仕事です。想像力を発揮することでいろんなことができ、自分の力を試すことができる。とっても面白い業界だと思います。
どの業界でもそうだと思いますが、新しいアイデアや新参者は最初なかなか受け入れられません。出る杭(くい)は打たれます。だって出ていれば打ちやすい、打ちたくなるものでしょう(笑)。
でも、杭は打たれるとだんだん強くなり、しっかり地盤に食い込むことができます。ぜひ、そうした思いで農業界に入ってきてほしいです。

私は資本50万円、ビジネスモデル無しで起業し、8年で上場(東証マザーズ)できました。諸先輩方ががんばってくれたおかげで、今はとっても良い時代だと思います。がんばれば自分のやりたいことができる。そうした時代に生まれたことに感謝して、情熱を持って取り組んでいただきたいですね。当社も会社のスローガンを「Passion for Agriculture」としています。情熱さえあればなんでもできる時代です。若い人にはリスクを恐れず、どんどんチャレンジしていただきたい。

当社は今、契約店舗国内1200店、海外12店舗。これをどんどん拡大しサービス内容もさらに充実させていきます。日本の農業が衰退しないように、食料自給率がもっと向上するようにと願っています。
そして、17年後の2035年に流通総額1兆円の会社を目指します。そこまでできたら、農業を変えられた会社になったのではと思います。そこから若い世代に引き継いでいただければと思っています。

TEXT: 栗原 進

及川 智正(おいかわ ともまさ)

株式会社農業総合研究所 代表取締役社長、東京農業大学非常勤講師 1975年、埼玉県生まれ 1997年 東京農業大学農学部農業経済学科卒業 1997年 株式会社巴商会入社 宇都宮営業所勤務 2003年 和歌山県にて新規就農 2006年 エフ・アグリシステムズ株式会社 関西支社長に就任 2007年 株式会社農業総合研究所を設立、代表取締役就任 2016年 農業ベンチャー初、東証マザーズ上場 【受賞歴】 Entrepreneur Of The Year 2013 Japan ファイナリスト フードアクションニッポンアワード2014 優秀賞 Japan Venture Awards 2016 経済産業大臣賞 東京ニュービジネス協議会 第11回IPO大賞 ルーキー部門 東京IPO2016年 IPO大賞 第19回企業家賞 ベンチャー賞 東京農大経営者フォーラム2017 東京農大経営者大賞