ナッツの香ばしさ、果実のような酸味、さらにはスパイスやハーブのような香り――カカオ豆の仕入れから自社工房でチョコレートにするまでの全工程を担った、Bean to Bar(ビーン・トゥ・バー)チョコレートの登場は、私たちにカカオ豆1つ1つに豊かな表情があることを教えてくれた。それはある意味、思いがけないサプライズだった。

新たな味覚との出会いは、時に人の行動力に火をつける。ひとかけらのチョコレートの美味しさが、甘いものが得意ではなかったイノベーターの心を揺り動かした。「まさか自分がチョコレートブランドのオーナーになるとは、10年前には想像できませんでしたね」。2014年に「Minimal-Bean to Bar Chocolate-」を立ち上げた山下貴嗣氏は、そう照れ笑いする。

山下氏は、なぜBean to Bar文化に着目したのか。そして今、その文化を日本でどのように進化させようとしているのか。アフリカ、中南米、東南アジアをはじめとしたカカオ豆生産者を巻き込んでのエコシステムの構築も含め、チョコレートの未来に懸ける思いに迫った。

Bean to Barチョコレートは、こうして誕生した

――まずは、Bean to Barの潮流が、どのように起こったのか教えていただけますか?

山下 大きく分けて、2つの源があったと見ています。1つ目は、2008年頃、アメリカでチョコレート業界以外の人々から生まれました。IT業界関係者や芸術家などが、カカオ豆(bean)を生産者から直接仕入れ、タブレット状の板チョコレート(bar)に完成させるまでの小規模なチョコレート製造を始めたのです。ガレージに小型のコンチングマシン(攪拌機)などを持ち込み、自宅を手づくりチョコレートの工房に様変わりさせました。

もう1つの潮流は、ヨーロッパのショコラティエたちが、素材の豆そのものに目を向け始めたことから起こりました。当時、チョコレートの製造は、原料のカカオ豆を仕入れてクーベルチュール(生地)化する一次加工メーカーと、大手のチョコレートブランドやショコラティエなど、生地を仕入れて製品化する二次加工メーカーによる分業システムで成り立っていました。その第一段階にショコラティエが参入し始めた。みずからカカオ豆の生産地に足を運び、豆を買いつけ、生地を作る過程にも情熱を注ぐようになったんです。この2つの流れが合流したことで、欧米を中心に2010年頃、Bean to Barブームが一気に加速したように思います。

――原料であるカカオそのものにも注目が集まりました。カカオについても教えていただけますか?

山下 カカオの樹は、赤道直下(南北緯度20度以内、年間平均気温27℃以上)の国々で栽培される、いわゆる熱帯植物です。産地としては、カカオ文化の発祥地である、メキシコからベネズエラ、コロンビア、エクアドルにまたがる中南米とアフリカ、東南アジアなどが有名です。

皆さんあまりご存知ないのは、チョコレートは発酵食品だということ。カカオ豆を発酵させ、その後乾燥させることで、多くの人が一番にイメージする、チョコレート色の豆になります。発酵前の豆は、カカオパルプと呼ばれる、白いねばっとした果肉が覆っています。そのカカオパルプをジュースにして飲むと、ライチのような甘い味がします。

収穫直後のカカオの実

収穫直後のカカオの実。豆は白い果肉に覆われている


カカオ豆

発酵後、乾燥させたカカオ豆

味覚の新たな扉を開いたオレンジの香り

――山下さんは、2014年にMinimalを立ち上げられました。そもそもなぜ、Bean to Barに着目されたのでしょう。

山下 前職のコンサルティング・ファームに在籍していた当時、僕はグローバリゼーションの進展が勢いを増す一方で、成熟期にさしかかった日本の内需が縮小していくことに危機感を覚えていました。30歳の誕生日を目前に、「これから働き盛りの世代を迎える僕らができることは何だろう」「世界各国と肩を並べながら、日本の存在感を示し内需を拡大していくためには、どんなビジネスが有効なのだろう」と思案する日々でした。そんな中で、やはり国内でプロダクトをきちんとつくり、海外に輸出することで外貨を取れる仕組みを生み、なおかつ、日本製品の素晴らしさを世界に示していくことが一番理想的なのではないかと考えました。

一方で、僕は20代をずっと分析や論理優先の左脳型人間として仕事をしてきたので、元々興味を持っていたデザインやものづくりのようなクリエイティブな領域にチャレンジしたくなってきた。そこで、思い切って前職のコンサルティング・ファームを29歳で退社しました。

――その時点では、具体的なプランをお持ちではなかったと?

山下 そうですね。それに僕は本来、甘いものが好きという訳ではありませんでした。ですから、チョコレートをつくるために、世界各地のカカオ産地を飛び回るようになる日が来るとは夢にも思っていなかった (笑)。今でもふと、不思議な気持ちになりますよ。きっかけは、現在、Minimalのチョコレートの製造責任者を務めている朝日との出会いです。彼は当時コーヒーショップを経営していたので、僕はよくその店に顔を出していました。ある日、自家製のチョコレートを作ったからと、テイスティングを依頼されて。香りを嗅いでみるとオレンジのような香りがする。口に含んでみると、甘くないのに深みがあり、さらには果実味がある。「本当にカカオと砂糖だけしか入ってないの?」。大袈裟かもしれませんが、衝撃的に美味しかったんです。

市販のチョコレートやショコラティエのつくるボンボンショコラには、カカオ豆と砂糖以外に生クリームやバター・香料・乳化剤などが入っています。言うなれば「足し算」の製法によるチョコレートな訳ですが、僕には少し濃厚すぎたんですね。一方、彼のチョコレートは「引き算」の発想からつくられたチョコレートでした。シンプルな素材のみでつくられたチョコレートを味わった瞬間、僕の中でカチッと新たな味覚の扉が開いたんです。「これは面白いぞ。日本の職人の繊細なものづくりの手法で、日本ならではのチョコレートをつくり、新たなチョコレート文化を創出できるかもしれない」。直感が走りました。

そこからは一気呵成に動きました。大学時代の友人4人と力を合わせ、世界中のBean to Barチョコレートの製造者やカカオ農園とコンタクトを取り、カカオ産地にも足を運びました。もちろん、ネットワークなんてありません。インターネットから得た情報を頼りに、手探り状態で新規開拓を重ね、約4カ月後の2014年の年末にはMinimalを立ち上げました。翌年のバレンタインシーズン前に、どうしてもお店をオープンしたかったんです。

山下氏

――見事な行動力ですね。Minimalのチョコレートは男性客に人気があると聞きますが、どのような特徴があるのでしょう?

山下 原材料は、カカオ豆と甜菜(てんさい)由来の砂糖のみですが、テイストの違いは、豆の「煎り方」「挽き方」「カカオ豆と砂糖の配合パーセンテージ」を調整することから生まれます。また、カカオ豆を摩砕(ペースト化)する際に、豆の粒子を潰しすぎないようにすることで、あえてザクザクとした食感を残しています。そのほうが、チョコレートを噛むほどに、口の中に個々のカカオ豆特有の香りが広がるんです。

油分が少なく甘さも控えめなので、男性のお客様からは、そのスッキリとした味わいが好まれているように思います。最小限の素材だけを主役に、手間ひまをかけ、最大限の味わいを引きだしたい。店名の「Minimal(最小限)」には、そんな思いを託しました。「足し算」のチョコレートが、材料を掛け合わせていく、多重的なハーモニーを構築するフレンチだとすると、Minimalの「引き算」的な製法は、和食の考え方に近い。「チョコレート=甘く濃厚」というイメージを覆した点で、ワインやコーヒーなどの嗜好品にこだわりを持つ、一定の男性層にも受け入れられたのだと思います。

――2017年にはタブレットおよびパッケージのデザインで『グッドデザイン特別賞』を受賞され、ベスト100にも選出されています。

山下 Minimalの起業前に、海外視察で欧米を巡っていた体験から、アイデアが湧きました。リュックサックいっぱいに、さまざまな種類のチョコレートタブレットを詰め込んで移動していたのですが、欧米の板チョコはどれも分厚く、少量食べたくても割りづらい。日本人の胃のサイズに合っていないなと(笑)。そこで、日本人の繊細な視点から、タブレットのデザインを捉え直してみました。Minimalのタブレットの厚さはわずか6㎜。「一口食べたい」の気分に合わせて、大きくも小さくも好みのサイズに割ることができる。つまり、食品にUX(ユーザーエクスペリエンス:物やサービスに触れた時に得られる体験)を取り入れたのだと思っています。

食品パッケージが特別賞をいただき、さらにベスト100にも選出されることは珍しいケースだったそうですが、パッケージのデザインのみならず、カカオ産地と消費者を結ぶエコシステムを構築したことに対しても高い評価を頂きました。素直に嬉しかったですね。

Minimalのチョコレートタブレット

Minimalオリジナルデザインのチョコレートタブレット。割り方によって異なる味わい方ができる


Minimalのパッケージデザイン

パッケージデザイン

カカオ豆でつなぐMinimal独自のエコシステム

――Minimal立ち上げから約4年が経ちます。世界各地のカカオ生産農家とはどのように信頼関係を築いてきたのですか?

山下 Bean to Barの作り手が登場する以前、カカオ豆の生産農家の多くは、大手商社や大手メーカーとのみ取引をしていました。彼らは規格品に加工するため、ある一定の製法ルールに従って、均一的な個性のカカオ豆づくりを行っていたように思います。ところが、僕のような個人の輸入者が増えることで、個性豊かなカカオ豆が世の中に流通するようになったんですね。

僕は、今でも毎年4カ月以上は赤道直下の国々のカカオ豆生産者の元に足を運び、発酵や乾燥のプロセスについて話し合います。ただ、そのやりとりは僕自身が発酵と乾燥についての知識を持たないため、非常につたないものに留まっていました。どうしても感覚的、抽象的な伝え方になってしまわざるを得ない。

そこで、大学で発酵化学について学び始めました。僕がつくりたい味覚を実現するためには、どのような発酵や乾燥のスタイル、製造プロセスが最適なのかロジカルに理解していく中で、カカオ豆の生産者にも的確なサジェスチョンを行えるようになってきました。

――生産者自身にも、モチベーションに変化が起きるように思われます。

山下 そのとおりです。その他にも、現地の生産者と共にカカオ豆を石うすですりつぶすところから始める、チョコレートづくりのワークショップも行ってきました。なぜなら、カカオ豆の生産者の多くは、チョコレートを味わったことがないからです。

「美味しい」にロジカルな説明って不要じゃないですか。チョコレートを初めて口にした瞬間、彼らの表情はほころびます。驚きの声さえあがる。自分たちが手塩にかけて作った豆の到達点を知ることで、彼らのモチベーションは確実に変わります。なぜ、僕がしつこく、発酵や乾燥のプロセスに口を出すのか、その訳を理解してくれるのです。

Minimalワークショップのカレンダー

Minimalでは、カカオからチョコレートづくりを体験できるワークショップを頻繁に開催している

――逆にBean to Bar文化の発展における課題についてはどのようにお考えでしょう?

山下 カカオ豆の生産者にとっても、僕らのような輸入者にとっても、「量の経済」から「質の経済」への移行はなかなか難しいと感じています。Minimalではようやく、トン単位での豆の買いつけが可能になってきましたが、4年前、僕が1人で生産者の元を一軒一軒訪ね歩いた時には、相手にされないケースも多かったんです。10トン単位の「量」で仕入れてくれる大手輸入者と取引をしていた彼らにしてみれば、市場価格より3~4倍高く仕入れ値を交渉したところで、キロ単位の「量」には魅力を感じてもらえなかった。

それでも、「質」に興味を持ってくれた生産者と地道に絆を深めたことによって、今のMinimalがある訳ですが、断られることで、フェアトレードの本来の意味を考えさせられたんです。安価で大量に売ることと、高価で少量に売ることが同価値にならないと、彼らにとってはメリットがない。輸入者側にとっても、輸送時に少量であるがために、輸送コストが割高になるというデメリットも生じます。

つまり、逆説的ではありますが、「質の経済」を成立させるためには、量の確保が必要不可欠なのかもしれません。そのためには、Bean to Barの作り手同士が協力し、業界を底上げしていくことも大切なのではないかと感じています。そのため、今年11月に、30ほどのBean to barのメーカーに声をかけ、Farmer’s Marketと共に『Craft Chocolate Festival』を主催しました。

チョコレートづくりの未来

――Bean to Barのチョコレートづくりに有効な最新テクノロジーはあるのでしょうか?

山下 実は、カカオ豆生産者とのお金のやりとりは大変なんです。Minimalの取引先のほとんどは開発途上国の生産者です。僕はまず、各々の現地の銀行に信用をつくるところから始めなければなりません。現地の銀行に口座を開けたとしても、今度は送金するのに苦労します。なぜなら、生産者の7~8割は銀行口座を持っていないからです。とはいえ、交渉成立後のまだカカオ豆が日本に届いていない時点で現金払いするにも、やはりリスクが伴います。

では、なにか有効な手立てはないのか。僕が期待するのは、ブロックチェーンによるお金のやりとりです。テクノロジーは、既存のインフラが整備されていない更地を一気に進化させる力を持っています。開発途上国では、金融システムが先進国ほど整備されていないからこそ、キャッシュレスのシステムを迅速に構築しやすいのではないかと想像します。

山下氏

――最後に、今後の展望についてもお聞かせください。

山下 現在私たちが目にする固形のチョコレートは、まだまだ歴史が浅い。19世紀の半ばにイギリスで製造法が誕生してから、たかだか150年くらいしか経っていないんです。ましてや、Bean to Barとしてのチョコレート文化の歴史はわずか10年です。文化として根付かせていくためには、ここからが成長期です。僕としては、個人的に東南アジアに関心を向けています。

東南アジアの赤道直下の国々は、今、カカオの生産地として非常に面白い。古くからの生産地として歴史を持つインドネシアを筆頭に、新興産地のフィリピン、ベトナムなどでも、多種多様な個性のカカオ豆が栽培されています。

一方、生産量は増加しているにもかかわらず、各々自国内での消費量が圧倒的に少ない。高温多湿の土地柄なので、暑さに弱いチョコレートは国内であまり嗜好されてこなかった。つまり、生産国としても消費国としても可能性を秘めている。僕はそこに大きなのびしろがあると感じています。Minimalのチョコレートは油分が少なく暑さに強いので、東南アジアの気候とも相性がいいはずなんです。

南米やアフリカなどの2大産地ではなく、「アジア産のカカオで、アジア独自のBean to Bar文化をつくりたい」。目下のところ、それがMinimalの新たなビジョンです。例えばですよ。何年後かに、ベトナムのある生産者のカカオ豆から日本で作られたチョコレートが素晴らしく美味しいと、巷で話題になったりしたら……。想像するだけでも、ちょっとワクワクするじゃないですか(笑)。

TEXT:岸上雅由子

山下貴嗣(やました・たかつぐ)

1984年岐阜県生まれ。 チョコレートを豆から製造するBean to Bar(ビーントゥバー)との出合いをきっかけに、世の中に新しい価値を提供できる可能性(新しいチョコレート体験の提案や農家を巻き込んだエコシステム創り)を見出し、2014年に渋谷区・富ヶ谷にクラフトチョコレートブランドの「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」を立ち上げる。 年間4ヵ月強は、赤道直下のカカオ産地に実際に足を運んでカカオ農家と交渉し、良質なカカオ豆の買付を行う一方、農家と協力して毎年の品質改善に取り組む。カカオ豆を活かす独自製法を考案し、設立から3年で、インターナショナルチョコレートアワード世界大会Plain/origin bars部門で日本初の金賞を受賞。2017年にはグッドデザイン賞ベスト100及び特別賞「ものづくり」やWIRED Audi INNOVATION AWARD 2017 30名のイノヴェイターにも選出される。モノを丁寧につくるクラフトマンシップを心から愛する。 夢は「世界中の美味しいカカオを食べること」。