臼井隆志氏

ワークショップデザイナー。聞きなれない職業ではあるが、臼井隆志氏は、認知科学や発達心理学の研究を参照しながら、主に子ども・親子向けのワークショップを企画している。彼はこの仕事を通じて、現代の子育て世代の生きづらさや、ダイバーシティをはじめとする社会課題の解消に取り組んでいる。

臼井氏は、著書『意外と知らない赤ちゃんのきもち』(ピースオブケイク刊)で「『赤ちゃんのきもち』を想像することは『わからないこと』に寄り添うこと」と記しているが、これは、子育てに限らず、社会におけるさまざまな場面で生かすことができる考え方である。そこに行きつくために必要だった認知科学や発達心理学の考え方について、また、ご自身も現在育児休業を取りながら生後4ヵ月の我が子を育てている立場として、お話を伺った。

ワークショップとは、アイデアの作り方そのものを学ぶ場所

――ワークショップデザイナーとは、どんなお仕事なのでしょうか。

臼井 そもそも、「ワークショップ」というものに対する捉え方も人それぞれだと思うのですが、語源は“作業場”“工房”から来ていて、そこに学びや自己表現という文脈が加わってきました。だから、「作ることで学ぶ」場所をしつらえることが、ワークショップデザイナーの仕事です。

作るだけではなく、作り方そのものを学ぶというか。たとえば服を作るワークショップだとしたら、服作りを体験するだけでなく、服を作りながら体や暮らし、流通や消費についても学ぶことができます。そうやって、「作る」と「学ぶ」をパラレルに進行できるように作業と知識をコーディネートしていき、いろいろなものをひもづけて、「そういうことだったのか!」と発見してもらう。それが、ワークショップデザイナーとして僕がやっていることですね。僕は子ども向けのワークショップを手がけることが多いのですが、子どもに関わりたい大人向けの研修やワークショップも行なっています。

ワークショップの様子

臼井氏が手がけたワークショップ「地面の起伏に対応する運動プログラム『でこぼこの森』」
提供:伊勢丹新宿店 cocoiku

ワークショップの様子

臼井氏が手がけたワークショップ「日用品を使った微細運動のプログラム『カチッとピタッとの森』」
提供:伊勢丹新宿店 cocoiku

子どもの学びの過程は、大人の教材になる

――子どもに関わりたい大人向けのワークショップも手がけられるとのことですが、そういった場所で大人が子どもの気持ちになることによって、どんな利点があるとお考えでしょうか。

臼井 赤ちゃんにとって親は「安全基地」だと言われています。帰ってこられる場所があるから、冒険に出かけられる。安心できる場所があるからこそ、冒険心が生まれるんですよね。それは、大人も同じだと思います。たとえば上司が安心できる雰囲気を作ってくれて「とにかくやってごらん」と言ってくれれば勇気が湧いてくるけれど、「あの上司に怒られる」と思っていたら行動する勇気をくじかれてしまうじゃないですか。だから、我が子に対してやっていることは、部下に対してやっていることと同じだし、自分がいい上司にやってもらっていたことと同じかもしれない。そうやって類推で考えられるようになると、子どもの学びの過程は、大人同士でコミュニケーションする時に役立つ豊かな教材にもなると思います。

“赤ちゃんに与える”“子どもに教える”という考え方もありますけど、僕自身、赤ちゃんや子どもから与えてもらったり、学んだりしてきましたし、何より純粋に面白いんですよね。たとえば、おもちゃを「ただなめているだけ」だと思うのではなく、なめ方や手の角度を調整している様子を観察すると、いろんなことを知ろうとしていることが伝わってくる。赤ちゃんが、今なめているものが何なのかを注意深く知ろうとしている過程は、陶芸家が粘土をこねる過程や、画家が絵の具を混ぜる過程と似ている。つまり、クリエイティブなことをしていると思うんです。そして、そういう見方ができると、「赤ちゃんは何をしているかわからなくて不安」に思っている人は、その悩みから解放されるのではないでしょうか。

子どもがどこに好奇心の目を向けているかを観察する余裕があると、コミュニケーションのきっかけにもなります。たとえば、「どうしてスライムはぷるぷるになるの?」とか「どうして音が鳴るの?」とか、大人もよく分かっていないことを子どもに訊かれてタジタジになるシーンってよくあると思うんですが、そこで「知らないよ」とか「どうしてだろうね」と突っぱねたりごまかしたりするのではなく、「じゃあ一緒に勉強してみよう」と目線を合わせて会話できる。ただ、そうやって子どもを見て楽しんだり学んだりするには、大人自身に余裕がないといけないと思います。これは、そういう余裕を作るために、育児休業をはじめとして、社会の仕組みをどう整えていくかという課題にもつながってくると思います。

臼井氏

――常にそのような余裕を持つことができる状況より、育児書や上の世代の発言などが醸成する「べき論(一般論)」に縛られて、親が子育てについて悩み、息苦しさを感じてしまうというような状況のほうが多いと感じます。

臼井 たとえば、僕の知り合いの研究者の先生が、風船を持つと子どもの歩行が安定するという実験※をしました。立っている時に人差し指だけ何かに触れていると、体のバランスが安定する、「ライトタッチコンタクト」という効果があり、これまでは固定物でなければならないと思われていたのですが、風船を持つことでも同じ結果が得られるという研究でした。この話を知っていれば、「風船を持っていると子どもは嬉しい」というだけではなく、「この子の体の中で今何が起こっているんだろう」というふうにも考えられる。つまり、物事に対する想像力のかたちが変わっていくと思います。

育児書の中には、エビデンスを含んだものと経験則から語られているものがあります。ただ、経験則だと、書いた人とライフスタイルが近い人は共感できるけど、そうでない人には転用できないことが多い。そうすると「私はできない」と思ってしまう。そんな時に、親御さんが何かの学術書に触れて、そこに書かれていることから、お子さんの姿がこれまでと違って見えてきて、自分のお子さんや子育てに対する理解が深まるーーというような気づきを促す場があればいいのですが、やはりなかなかないですよね。こういった研究成果を、僕の活動を通して一般の人に伝える、いわば「翻訳」をしたいと思っています。

※風船把持が歩行獲得を促す-初期歩行遅延に対する新しい歩行支援システムの提案-(代表:島谷康司、分担:島圭介、2013-2015)

育児休業を研修と捉えれば、職場復帰後の効率アップが図れる!?

――日本では未だに母親だけが育児休業を取得している家庭が多く、父親が取得しにくい、または取得する意識が低いという現実があります。臼井さんは、育児休業をどのような経緯で取得されたのですか?

※平成27年10月1日〜平成28年9月30日までの1年間に、在職中に出産した女性がいた事業所に占める女性の育児休業者がいた事業所の割合は88.5%であるのに対し、同期間に配偶者が出産した男性がいた事業所に占める男性の育児休業者がいた事業所の割合は7.5%(厚生労働省,「平成29年度雇用均等基本調査」の結果概要より)

臼井 ずっと赤ちゃん向けのワークショップをやってきましたが、そこでは赤ちゃんが遊んでいるところしか見ていなかった。夜泣きしているところや、ミルクを飲みたがらないところなど、親が日々直面する大変な場面は見ていなかったわけです。そんな中で、自分の家庭に子どもが生まれることになり、そうした瞬間を見ないのはもったいないなと。赤ちゃんをじっくり観察する機会ですし、育休という権利があるなら取るべきだろうと思いました。それから、妻は里帰り出産をしなかったので、育休をとらないと妻がワンオペ育児(ひとりで育児を行うこと)状態になってしまう。また、父親の育児のスタートが出遅れると、育児スキルに差が開きすぎて男性が自信を失ってしまったり、子どもとの信頼関係が築けなかったりするという体験談も聞きますし、それでは寂しいですよね。

僕は、子どもが生まれてからまず1ヵ月半育児休業を取ったのですが、法律上、男性は出産後8週間以内に職場復帰すると、1回目と合計して1年まで、もう一度育児休業を取れます。今は2回目の育休を長期で取っているところです。というのも、子どもが生まれてみないと分からないことがたくさんあったんです。だいたい寝ているだろうと思ったのにそんなことはなくて、こんなに大変なのか!と。僕の場合、仕事としても、家族のライフプランとしても総じてプラスだと思ったから、育児休業を取りました。だから「やりたいことを犠牲にして育児に従事している」というような自己犠牲の気持ちは全くないです。

臼井氏

――なかなか父親が育児休業を取れない日本の現状については、どう思われますか?

臼井 その人個人は育休を取りたくても上司や仲間に言い出せないという状況があると思います。さらに、休みを取れても、職場に戻ってくると席がないような空気になっているというような話もよく聞きますよね。だから、男性が育休を取るなら、転職とセットで考えるか、あるいは出世をあきらめるか、その二択だとも言われています。いやいやいや、それは辛くない?と。

ただ、企業単位でできることもあると思っていて、育児休業を研修と捉えるのはどうだろうと考えています。僕が育児をしてみて感じたのは、何かをやる/やらないの優先順位を決める能力が上がるということです。たとえば、洗濯物を干す時間がもったいないから乾燥機を買おう、そうして休む時間や子どもと関わる時間を作ろうとか。それから、生活の中で無駄な部分も見えてきます。毎日食事メニューを考えるのは大変だから、週7日分のルーティンにしようとか。そうやって、育児を「生活を合理化していくゲーム」だと思ってやっていたら、仕事に復帰した時に仕事の中の無駄も見えてきて。限られた資源をどう有効に使ってアウトプットしていくかという視点は、経営にも生かせますよね。

そして、我が子のために長く生きることが自分たちの幸せにも繋がるから、健康についても考え直すし、この子の学費はどうしようって考えると、お金の使い方も変わっていく。そうやっていろいろな物事を見る時の解像度や、予測の精度が上がるんです。育児休業中は自分の家でありながら、まるで別の企業で働いているみたいだなと思いました。これは楽しい学びですよ。

育児休業を企業の研修と定めて、たとえば定期的にレポートを提出することで学習の過程が見えれば、育児休業は出向していることと同じになるじゃないですか。また、同時期に育休を取っている人と集まって悩みを共有することで、お互いのケアにもなります。育児も俯瞰することが必要なので、それを助けることにもなりますよね。

臼井氏

社会課題解決の鍵を握るのは「大人の遊び心」

――ダイバーシティをはじめとする今の世の中の社会課題は、「べき論」に囚われて、多様な価値観を受容できないことも原因だと思うのですが、子どもの気持ちを考えることは、こういった課題の解決に寄与できそうですよね。

臼井 赤ちゃんの気持ちは、結局分からない。でも、赤ちゃんだけではなく、他者の気持ちって分からないし、自分の気持ちだって分かっているかあやしいと思うんです。未知なるものに対してどう見通しを立てて、どう自分の中に受け入れていくのかという過程には、イマジネーションとクリエイティビティが必要です。そういう能力を身につけてもらうことは、僕のワークショップのひとつの使命だと思っています。赤ちゃんを教材として、未知なるものと向き合う力を身につけていくというか。

それから、「他者の気持ちになろう」と言いすぎて疲れた結果、社会が寛容じゃないほうに向かっているとも言えると思います。これは、『ゲンロン0 観光客の哲学』(株式会社ゲンロン,2017)の冒頭で東浩紀さんが書かれていたことですけど、確かにそうだなと。そこでは、「『ふまじめ』だと言われてきたものから考えてもよいのでは」とも書かれていて。僕も、赤ちゃんの気持ちを真剣な方向だけに考えすぎると、分からなくなってくるんですよね。でも、ふざけ半分で見ている時に、「そういうことだったのか!」と思えたりもする。つまり、こっちの遊び心がないと、未知なるものに踏み出す勇気も湧いてこない。

臼井氏

――親の遊び心が必要であるというのは、仰るとおりだと思います。親と子どもが遊ぶという過程にも多くの気づきがあるのではないでしょうか。

臼井 遊びを赤ちゃんがどう解釈していくかというところに「発達」という考え方もあって。1歳くらいまでは、赤ちゃんが「遊ぼう!」と声をかけることはないので、退屈そうな赤ちゃんの様子を察して、親がプレイフルに働きかける。いわば遊んでいるのは親であって、赤ちゃんは「遊ばれている」とも言えます。

――たとえば私は、自分の子どもが赤ちゃんの頃からアテレコ遊びをしていて。子どもの動きを見ながらその気持ちになりきって、「お腹が空いたなあ」とか、私がしゃべるんですが、今は子どもからその遊びをやろうと誘ってきます。

臼井 アテレコ遊びもそうだと思います。その時の親の声色って、普段とはトーンが違うと思うんですけど、それは子どもにとっては「これは遊びだよ」というシグナルになります。それを受信する力を身につけると、今度は子どもから、遊びのシグナルをママに対して仕掛けていって、乗ってくれるか様子を見るようになる。この時、お互いの気持ちを察し合うという高度なことをやっています。子どもはそういうところから、コミュニケーションや関係性の作り方を学んでいきます。

やはり遊び心や余裕から、相手の気持ちに寄り添えるようになる……逆に言うと、そこしかないのかなとも思いますね。「他者の気持ちになりなさい」と言われても、無理して想像するのもちょっと違うなと思うじゃないですか。だから、問題の本質は、大人の遊び心をどう生み出すかというところにあると思います。

TEXT:高橋美穂

臼井隆志(うすい・たかし)

ワークショップデザイナー。 1987年東京都生まれ。2011年慶應義塾大学総合政策学部卒業。 質的調査、ワークショップデザインの手法を用い、子ども・親子向け教育サービスの開発を行っている。子どもの居場所である児童館にアーティストを招聘するプログラム「アーティスト・イン・児童館」の企画・運営(2008〜2015)、ワークショップを通して服をつくるファッションブランド「FORM ON WORDS」の企画(2011〜2015)などを手がける。2015年から現在まで伊勢丹新宿店の教育事業「cocoiku」に従事し、販売員へのファシリテーション教育、0〜6歳の親子教室「ここちの森」の企画開発、体験型販売フロア「cocoiku park」の企画開発などを行う。