海外でも圧倒的な人気を誇る日本の漫画・アニメ文化。インターネットによって世界がひとつにつながる現在、漫画やアニメの影響力は日本人の想像をはるかに超えている。その一方で、違法な海賊版サイトによって作者や出版社が損害を被っているという事実もある。こうした現状を打破し、イノベーティブな試みで日本の漫画文化を世界に発信しようと活動している漫画家がいる。『ラブひな』『魔法先生ネギま!』『UQ HOLDER!』といった大ヒット作を持つ赤松健氏だ。

ここでは現役の人気漫画家であると同時に、『マンガ図書館Z』(※)の運営者であり、さらに日本漫画家協会常任理事でもあり――と、実に三足のワラジを履く赤松氏に、日本の漫画文化の未来と『マンガ図書館Z』のめざすものについて聞いてみた。

※『マンガ図書館Z』:2010年にスタートした(当時の名称は『Jコミ』)漫画の過去作品や単行本未収録作品を作者許諾のもとに無料公開(一部は有料)している電子書籍サイト。

公開されている作品に付帯している広告から入る利益は100%作者に支払われる。主に過去作品を取り扱っているため既存の出版社との競合がなく、また合法サイトとして海賊版サイトへの対抗策にもなるという点などで、読者、作者、出版社の三者にメリットをもたらす新しいビジネスモデルをつくった。

運営は赤松氏が取締役会長を務める株式会社Jコミックテラスが行なっている。2019年現在、登録作品は新人の投稿作を含めて約1万点。

横行する海賊版サイトへの対抗措置として

――赤松さんが『マンガ図書館Z』の前身である『Jコミ』で、実験的にご自身の作品を公開されてから9年目を迎えました。当時と現在とでは電子書籍をとりまく環境も変わってきたのではないでしょうか。

赤松 ことコミックに関して言うと、いちばん大きく変わったのは売上ですね。『Jコミ』を始めた2010年当時、まわりはみんな「電子書籍なんて売れないよ」と言っていたし、実際、売れていませんでした。それが2年くらい前から売上が紙と逆転するくらいになってきた。たとえば私の作品を見ても、利益の3割は電子から入るようになりました。読みが当たったといえば当たったんですけど、正直、これほど急成長するとは思っていませんでした。

――『マンガ図書館Z』の特徴は、現役の人気漫画家が始めたサイトであるという点です。起業に際して、連載していた雑誌を持つ出版社をはじめ、各出版社との間に問題が起きたりしませんでしたか。

赤松 まだどの出版社も電子書籍については試行錯誤していた時代ですからね。敵対行為なのではないかと不安視されたりもしました。だから連載を持っている出版社にも説明に行ったんですよ。重役の方々がずらっと並んでいる部屋で、「『Jコミ』で扱うのはあくまでも出版社が権利を持っていない作品で、もしそこで人気が再燃したら出版社でまた新たに契約を結んで刊行すればいいのでは」といったことを話したら、皆さん「それなら確かに作者も出版社も読者もみんなWin-Winだね」とすぐに理解してくださいました。

赤松健氏

――漫画の電子書籍というと、近年は海賊版サイトがメディアでも大きく取り上げられたことが想起されます。

赤松 海賊版自体はネットが普及し始めた頃からあって、2003年くらいにはかなり大規模になっていました。当時はサイバーロッカー(オンラインストレージサービスの一種)が中心で、ダウンロードされるとアップローダーにインセンティブが入るといった仕組みでした。だからどんどん海賊版が増えて、私の漫画もファイル交換ソフトで読まれるようになっていました。実質、海賊版サイトが世界最高の品揃えを誇っていたと言ってもいいほどではないでしょうか。私の作品も雑誌に掲載された翌日にはもうネットにアップされていました。読者から「海賊版サイトで読みました」と言われたりして。これは漫画家としては嬉しくないですよね。「何とかしなければ」とずっと思っていました。

『マンガ図書館Z』は私自身の「過去の作品が無料で読めたら嬉しいな」というオタク的な願望からスタートしたものですが、作者公認の無料サイトとすることで海賊版への対抗措置になり得たと自負しています。

――それにしても、現役の人気漫画家がこのような活動をされるのは珍しいと思うのですが。

赤松 私は高校時代からコンピューターゲームを開発していたくらいでデジタルに詳しかったし、もともと漫画家ではなく編集者志望だったというのも背景としてあります。就職活動もして、漫画専門の編集プロダクションから内定をもらっていました。応募していた漫画の新人賞に入選したから漫画家を選んだのですが、やはり漫画業界全体に貢献したいという気持ちもあって、それがこうした活動につながったのではないかと思います。

――起業当時は『魔法先生ネギま!』を連載中でした。ご多忙な中で、ものすごいバイタリティーとモチベーションですね。

赤松 いま振り返ると、週刊連載をしながらの起業なんて異常ですね(笑)。あの頃はあまりの忙しさに熱が出たくらいでした。ただ、やりがいはあった。まずは広告つきの電子書籍サービスを立ち上げるのに、自分で広告営業もしていました。当時は、「うまくいかなかったら恥ずかしい」という気持ちもあって、アシスタントにも秘密で動いていたので、「最近先生がスーツを着てどこかに行くよね」と言われたりして(笑)。ハードやソフトを扱う企業や広告代理店を訪ねたのですが、ありがたいことに「漫画家の赤松です」と言うと、どこの会社さんでも会って話を聞いてくれるんです。忙しくて大変だったけれど、知り合いがどんどんできていく感じで楽しかったですね。

赤松健氏

現役の漫画家が発信してこそ!

――『マンガ図書館Z』に話を戻しますと、2018年には出版社と提携して過去作品無料公開の実証実験(※)を開始されました。

※出版社と提携し、作家本人もしくは第三者がアップロードした作品を、作家本人の許諾を経て公開。利益は作者に80%、出版社に10%、素材提供者に10%支払われる。

赤松 目標は、過去に出版されて現在は入手できない、コミックを含む、すべての書籍の電子書籍化です。この取り組みで初めて、文芸作品も扱うことになりましたが、正直なところ、コミックに比べると文芸作品は電子ではあまり読まれていません。しかし、そこをあえて電子化して、後世に残すということに意義を感じています。海賊版の横行を許さないという意味でも、作者許諾の上でデジタル化するといった取り組みは不可欠です。

出版社にとってもこれまで1円にもならなかった過去作品がお金を生み出すのですからメリット以外何もないですよね。それから、一度関係が途絶えてしまった巨匠の先生方とこれを機にまたつながることできる点なども、出版社側としてはおもしろいと感じてくださっているようです。この取り組みはおかげさまで高評価をいただいていまして、現在は他の出版社と第二弾を計画中です。

――赤松さんは国会図書館が所蔵している書籍をデジタルで公開するプロジェクトについても提言されていますね。

赤松 国会図書館にはスキャンしたデータが大量にあり、その中にはもちろん過去作品もあります。ただ、公立の図書館は利益を求めてはいけないので、新しく著作権管理団体を設立した上でそれを広く国民に公開し、広告利益を作者に還元しようというのがプランです。私の意見はまったく新しいというわけではなく、以前、国会図書館の館長をされていた長尾真先生の「長尾構想」というプランにも似ている部分があるそうです。

国内の書籍を網羅している国会図書館のデータを著作権管理できるシステムをつくれたら最強ですよね。難しいかもしれませんが、ITの力を使えば実現できるのではないでしょうか。

赤松健氏

――赤松さんはさらに日本漫画家協会の常務理事も務められています。

赤松 日本漫画家協会は日本で唯一の漫画系の公益社団法人ということもあって、政府関連の仕事にも携わっています。文化庁のイベントに有識者として意見したり、作者不明になった創作物の扱いについて検討したり、いろいろな相談を受けています。

個人的には、それまでアナログだった協会への入会手続きを電子化させたことで貢献できたかなと思っています。ネットで入会できるようになったことで、以前は500人くらいだった会員が1,700人を超えるまでに増えました。これには会長のちばてつや先生や理事長の里中満智子先生も喜んでくださっています。パワーのある若い漫画家さんたちが大勢入ってくれば協会ももっと活気づくし、そうしようとしているところです。

いろいろな活動をしていますが、やはり現役の漫画家でいつづける、それもある程度売れている作品を描きつづけている、ということもとても重要だと感じます。『マンガ図書館Z』にしても、ただのアイデアマンの言葉だったら誰も耳を傾けてはくれなかったでしょう。私の場合は幸いにして作品が売れていたし、読んでくれている人が多かったからみんなに話を聞いてもらえた。漫画家さんたちも、同じ漫画家の言っていることだから心を許してくれたのではないでしょうか。

常に進化を続け、日本の漫画文化を世界へ

――『マンガ図書館Z』ではアマチュアの投稿も募集しています。

赤松 最近は投稿を受け付けるサイトはいっぱいあって、うちに送ってくれる人たちもだいたい他のサイトと掛け持ちで活動しています。PDF化して読めるとか、漫画を動画にしてYouTubeに上げるとか、プロ以外の方々にも読まれればちゃんと広告の売上を還元するとか、いまは他のサイトもやっていることですが、私たちが最初に作ったそういうシステムを気に入って投稿してくださっているみたいです。いずれはこうしたアマチュアの方を対象に、新人育成システムを立ち上げたいですね。現在は描いていないベテランの作家さんにネーム指導をしてもらうとか、アイデアはいくつか持っています。

赤松健氏

――日本の漫画やアニメは海外でも非常に人気が高いですよね。

赤松 以前の日本は科学技術の国でしたが、いまの日本のイメージは漫画やアニメ文化の国です。安倍(晋三)首相ですらマリオのコスプレをするし、小池(百合子)東京都知事もサリーちゃんに扮したりしている。本当に日本の漫画・アニメの影響は大きくて、フランスのジャパンエキスポは毎年約25万人もの来場者を数えるほどです。『マンガ図書館Z』でも海外進出や翻訳に力を入れていて、いまはオリジナルのビューアーを通して51カ国語で漫画を配信しています。

――51カ国語というのは驚きです。具体的にはどのような形で翻訳されているのですか。

赤松 ふきだしのセリフをOCR(光学的文字認識)で読み取って、それを自動翻訳しています。翻訳の専門家から見たら精度はまだまだですが、技術の進歩は早いのでこの先に期待しています。校閲部があり、厳重なチェックが必要な出版社ではなかなかできない取り組みだと思います。

直近の試みとしては、漫画をYouTubeで見られる動画にしてみました。ページをめくる速度についても、セリフが少なければすぐめくり、多ければゆっくりめくるというシステムを開発しています。YouTubeのいいところは自動翻訳が100ヶ国語もある点ですね。まだ実験段階で一部のジャンルのみの公開ですが、今後はもっと広げていきたいと考えています。

他にテクノロジーとしてぜひ活用したいのは、文字列検索です。作品内で頻用されている言葉や文字を抜き出してビックデータ化していけば学術的な研究になるし、経済的にも有効利用できるはずです。

将来的には、たとえば漫画の中で主人公がカメラを持っていたとして、そこから実際にそのカメラを購入できるようにして、購入されたら作者にいくらかお金がバックされるといったシステムが作れたらいいなと思っています。

赤松健氏

――日本の漫画文化について、どのような未来や可能性を描いていらっしゃいますか。

赤松 日本の漫画・アニメ文化を介して世界が平和になってくれればいいですね。以前、イラクのサマワで贈呈した給水車に『キャプテン翼』の大きなステッカーを貼っていたら、現地の子どもたちに大喜びされたという話がありました。世界には日本の漫画やアニメが大好きだという人たちがたくさんいる。日本はこれを最大限に活用して世界に存在感を示していくべきです。

いまは韓国や中国にも絵が上手な人はすごく多いけれど、国によっては規制が厳しいし、漫画そのものをつくるとなるとやはり日本が秀でている。この点に関しては、少なくとももうしばらくは日本がトップでいられるはずです。

では、その中で自分が何をやるかというと、私は同人誌出身の漫画家ですし、最終的には二次創作や同人誌などのコミケ文化、オタク文化をマネタイズして海外に輸出したいと考えています。

あとはやはり、『マンガ図書館Z』ならではの取り組みを広げていけたらと願っています。たとえばこれまでも脳梗塞などで倒れた作家さんへの支援ファンディングキャンペーンをやってきたのですが、そういった他でやっていない取り組みを進めていきたいですね。

TEXT:中野渡淳一

赤松健(あかまつ・けん)

漫画家、株式会社Jコミックテラス 取締役会長、公益社団法人日本漫画家協会常務理事
1968年、愛知県生まれ。中央大学文学部文学科卒業。1993年、『ひと夏のKIDSゲーム』で第50回週刊少年マガジン新人賞審査員特別賞を受賞しデビュー。代表作に『ラブひな(第25回講談社漫画賞受賞)』『魔法先生ネギま!』などがある。2010年より、主に過去の漫画作品を無料公開し、利益を作家に還元する『Jコミ(現・『マンガ図書館Z』)の運営をスタート。現在『UQ HOLDER!』を連載しながら、『マンガ図書館Z』の運営、日本漫画家協会 常務理事の活動を行なっている。