有名シェフたちも絶賛する「バーミキュラ」とは?――素材本来の味を楽しむ鋳物ホーロー鍋、いよいよ海外進出へ

誰にでも簡単に素材本来の味を生かした美味しい料理が作れる――と大ヒットとなった鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」。それを生んだのは倒産寸前の町工場だった。
難しい鋳物ホーロー鍋の製造にチャレンジし、苦闘の末に見事成功した高度な技術と、革新的なアイデアから生まれたバーミキュラは、単なる調理器具を超え、人々のライフスタイルをより豊かにする鍋となった。
愛知ドビー株式会社代表取締役副社長の土方智晴氏に、バーミキュラの誕生秘話とそれがもたらす豊かな食生活についてお話を伺った。

超一流企業を辞め、倒産寸前の町工場を継いだ兄と弟

――鋳物ホーロー鍋の「バーミキュラ」が大ヒットし知名度が高まっていますが、社名は今もドビー織りの機械を製作していた当時の愛知ドビー株式会社(以下、愛知ドビー)のままですね。社名にどのような思いをお持ちですか?

土方 私自身はそれほど社名へのこだわりはないですね(笑)。ただ、祖父が創業した会社への愛着、愛知ドビーのお客様への思いというものは、引き継いでいきたいと思っています。
父が引き継いだドビー織機のメーカーですが、時代が移り全然売れなくなったのに、アフターサービスだけは絶対にやめませんでした。私も兄も「全く売れない機械部品の在庫をなぜ抱え続けるのだ、他のビジネスをやるべきだ」とずっと訴えていました。今になって思うと、愛情を持って作った製品だし、それをお客様にお届けした以上、最後までしっかりと活躍させてほしいという思いが父にあったのだと思います。

――智晴さんは、トヨタ自動車を辞めて愛知ドビーに入社されました。その5年前に商社を辞して会社を継いでいたお兄さんに、「一緒にビジネスをやらないか」と声をかけられた時は、どう思いましたか?

土方 正直に言うと、最初は絶対に嫌だって思いましたね(笑)。小さい頃からよく喧嘩をしましたし、兄弟でビジネスをやるのは難しいと思いました。
ただ、大学では会計や経営学の勉強をしていたので、会計士や経営コンサルタントになって、外から愛知ドビーを変えて行きたいという気持ちがあったのかもしれません。社会経験を積んでいく中で、企業を外から変えるには限界がある、やはり中に入り込まないと変えることができないと考えるようになりました。

兄から声をかけられて、ふと子どもの頃の光景が頭をよぎりました。その頃、家はこの工場の敷地内にあって、いつも職人さんとキャッチボールをしたり一緒に遊んでもらっていました。
そんな時「うちのドビー機は世界一なの?」と聞くと、職人さんはいつも笑顔で「うちのドビー機は世界一だ!」と誇らしげに返してきたのです。
ところが私が中学、高校へと進むにつれて、職人さんたちから笑顔が消え、挨拶しても返してくれないほどに落ち込んでしまったのです。それを悔しいと思う気持ちがやはりあったんですね。もう一度、職人さんたちを元気にして、彼らの誇りを取り戻したい。そういう思いもあって、兄の申し出を受ける決意をしました。

――その時、会社の経営はどのような状況だったのですか?

土方 祖父の時代には80人規模の会社でしたが、父の時代に15人になり、債務超過2億円という状況でした。工場はすっかり寂れてゴミだらけ、これは立て直すというより、ベンチャー・ビジネスを新たに始めねばと思うほどでした。
もともとは布のドビー織りの機械を製造するメーカーとして最終完成品まで製造していたのですが、繊維産業は中国をはじめ東南アジア等へと移ってしまい、その頃には鋳物を精密加工して納品する産業機械部品の下請け工場になっていました。きちんと大企業と結びついてそのプロセスの中に入っている下請けではなく、新興の下請けですから、ビジネスとして安定するはずがありません。そのような会社が活路を見い出すには、直接お客様に製品をお届けできるBtoCの企業にならねばならない、部品ではなく最終完成品を作り出すメーカーとなる必要があったのです。

土方氏

――お兄さんから声がかかった時、確固たるビジネス・モデルがあったのでしょうか?

土方 いやあ、これが全くなかったんですよ(笑)。漠然とBtoCビジネスでないと生き抜けないとは思っていました。しかし、では何を作ればいいのか、アイデアがあったわけではありませんでした。
まずは良い下請け会社になるために、兄が鋳造の職人に、私が精密加工の職人になるべく修行と勉強を始めました。
ところが、これがまた大変でした。技術は見て盗めという育てられ方をした昔気質の職人たちですから、教えたくてもそれをどう教えていいのか分からないのです。私より5年先に入社していた兄は鋳物の学校に通い、鋳造の責任者から技術を教わり、鋳造の職人として腕を磨いていました。私も精密加工の職人たちの仕事を見て技術を盗みながら、書籍やインターネットで勉強をしました。すると職人が言っていたことはこのことかと後でつながっていく。そうやって兄弟で技術を身につけていきました。そうすると職人たちの態度も変わってきました。良い時代も知っているので、私たちに期待し始めてくれたのです。何かが変わるかもしれないと。

鋳造技術と精密加工技術を生かし、世界一の鋳物ホーロー鍋を作る!

――どういう経緯で鋳物ホーロー鍋を作ることになったのでしょうか? 

土方 入社して、まず立てたのが「22世紀も社会から選ばれる会社になる」という経営方針でした。社会には、お客様、従業員も含まれます。お客様だけでなく、従業員からも選ばれる会社にしたかったのです。私が入社して、油圧部品の鋳造と精密加工ができるようになり、だんだんと発注も増え、業績も上向きになってきました。それでもまだ職人の顔は明るくなりませんでした。図面通りの部品を納期通りに作って当たり前、次に来るのは、「来年から何パーセント安くできるの?」という、まさに下請けの悲哀を感じるものでした。

そんなある日、書店でフランス製の鋳物ホーロー鍋で作る料理のレシピ本がたくさん並んでいるのを見ました。鋳物は、わが社が扱う機械部品の原料です。それが若い世代に支持される製品になっている。驚きでした。
実際に鋳物ホーロー鍋をいくつか買って来て、料理をしてみました。ステンレスやその他の鍋とも比べてみましたが、鋳物ホーロー鍋で作った料理が一番美味しく、味にすごく深みが出るのです。それまで鍋で味がこんなに変わるなんて想像もしていませんでした。
ただ1つ、ふたと鍋本体の間の密閉性に難点がありました。

鋳物は、1500度で溶かした鉄を砂でできた型に流し込み、常温まで冷やして固めます。その過程でどうしてもふたも、本体もわずかな歪みができてしまいます。そうすると、ふたと本体の重なり合わさる部分に隙間が生じて密閉性が損なわれてしまい、素材の旨味、栄養素、水分が出て行ってしまうのです。
調べてみると、海外メーカーでも数社しか製造ができるところはありませんでした。日本企業も挑戦したけど、鋳物ホーロー鍋はできなかったのです。

そこで思ったんです。うちの強みは何かと。それは、鋳造技術と精密加工技術です。その両方の技術を生かして密閉性を高められたら、フランス製を超える世界一の鍋ができるのではないか。
そこに、挑戦してみる価値があるのではと思いました。

バーミキュラ

バーミキュラ最大の特長は、ふたと鍋本体の間の密閉性

――開発には、どのような工夫と苦労があったのでしょうか。

土方 鍋本体とふたの密閉性には、とことん手間をかけて精密加工を行いました。ふた・本体とも30分以上かけて丁寧に削ります。鋳物はどんなに上手に作っても0.5ミリほどの歪みができてしまいます。そこを削っては測定し、削っては測定しを繰り返し、時には叩いて音を聞きながら、また指先に伝わる振動を感じながら、0.01ミリ単位の精度で微調整を繰り返していくのです。鋳物にホーローを焼き付けるのでさえ難しく、それをできる会社が日本になかったのですが、私たちはこれまでに無い密閉性の高い新しい鋳物ホーロー鍋を目指しました。

また、食材の味を引き出すこととは何かを考えました。熱源から発する熱をいかに食材に伝えるか、そこを深掘りしました。
熱の伝わり方には3つあります。熱伝導、放射、対流です。これをいかにコントロールするか、それを形にしたのがバーミキュラです。私たちは、トリプルサーモテクノロジーと呼んでいます。
熱源の熱は、ガスでもIHでも下から来ます。フライパンでものを焼く時、底面に直接熱伝導が起こり、下だけ焦げて上は生焼けということになったことはありませんか。それを回避するために、バーミキュラには底面にリブと呼ばれる突起を施し、食材を熱い鍋底から浮かせて接地面積を減らしています。そうすると過剰な熱が食材に伝わらず、鍋の方が先に熱くなってきます。鋳物ホーロー鍋の表面はセラミックなので、遠赤外線が全体から出てきます。この遠赤外線が食材の組織を壊さずに、中からじわりと温めるのです。これが放射です。

土方氏

すると食材から水分が出てきます。水分は、熱い鍋底で蒸発して蒸気となります。この時に鍋が密閉されていれば、鍋の中で激しい蒸気の対流が起きます。熱伝導でできるだけ食材に火を通さず、遠赤外線の放射と食材そのものが持つ水分の対流で均一に熱を入れれば、食材はより美味しくなるだろうという仮説を立てて開発に臨みました。
こうして3年の試行錯誤を重ね、1万もの試作品作りを繰り返し、途中でくじけそうになりながらも、最終的に私たちの仮説が正しいことが証明されました。

――バーミキュラは本体だけではなく、ふた側にも取っ手があって独特なデザインですね。

土方 調理器具は機能的で使いやすいものでなくてはなりません。
人間の手は、細くて重いものを持つのがとても苦手です。手のひらでしっかり握ってもらうことで、鋳物の重さを軽減できます。本体にふたをするとちょうど取っ手がダブルハンドルとなり、食卓へ鍋ごと運んでいただく際の重さを見違えるほど軽減することができます。
さらにふたのつまみは、本体の取っ手に立てかけることができます。鍋底のリブも、女性の指の太さに合わせて洗いやすい設計にしてあります。このように調理性能と使いやすさを両立させました。

料理ブロガーの料理写真など、ネットを利用した広報活動で大ヒット商品に

――そうして工夫と試行錯誤を重ね、バーミキュラが世に出てきたわけですが、どういう経緯で大ヒット商品になったのでしょうか?

土方 良いものを作ることが最大のマーケテイングだと思い、自分たちが納得いくまで試行錯誤を重ねてきましたので、製品には絶対の自信がありました。
そこで、インターネットで直接町工場とお客様をつなぐことにしました。とは言え、当時私たちのことを知っている人は誰もいません。料理ブロガーにバーミキュラを使って調理してもらい、お金をかけずに、ネットを利用した広報に注力したのです。実際に作られた美味しそうな料理の写真は、雑誌やテレビからの取材を呼び、発売前から3カ月待ちの商品になりました。

――御社自身もバーミキュラを使った料理レシピをサイトで公開されていますが、実際に購入されたお客様からもたくさんのレシピの投稿があるそうですね。

土方 当社の専属シェフがレシピを考え、またレシピ本の出版にも注力しています。バーミキュラを販売して終わりでなく、そこから始まる豊かな食生活を一緒に作っていけたら素晴らしいと考えています。
お客様からも多くのレシピをネットに投稿いただき、料理の写真とともに「美味しかった」の声が私たちに届くようになりました。
そうすると、これまで下を向いていた職人たちが、顔をあげるようになりました。そこには笑顔と誇りと喜びが戻ってきていました。「会社の制服を着て家に帰りたい」「制服の帽子にバーミキュラと刺繍しました」など多くの社員から明るい声が返ってくるようになりました。お客様にじかにお届けできる商品が作れ、実際に使っていただいた方々の喜びの声が届くことで、社員全員が誇りを取り戻したのです。
兄が2001年に入社した当時はわずか15人になっていた社員も、今では250人を超えました。若い社員たちがどんどん技術を身に付け磨いて、熟練工としてバーミキュラの品質をさらに向上するために活躍してくれています。

愛知ドビーにて

美味しいご飯も炊けて、無水調理も得意な「バーミキュラ ライスポット」

――鋳物ホーロー鍋バーミキュラで大成功を収め、家電へと広げられましたね。

土方 私たちが目指すのは世界一の鍋です。そのためには世界中にこの美味しさを伝えたいと考えました。アメリカやヨーロッパでテスト・マーケティングをした際に感じたことがありました。それは火加減に対する認識の違いです。弱火と一言で言いますが、日本人には伝わるこの「火加減」が、海外では随分個人差があったのです。また、火加減を間違えて料理が失敗したという事例も多く耳にしました。
最適な火加減も製品として一緒にお客様に提供できれば、絶対に失敗せずに誰もが想像を超えた味に出会えるのではないか。そんな調理器ができたら、海外でも世界最高の鍋と認められるのではと考え始めていました。

そんな折、ネットの投稿に「バーミキュラで炊いたご飯がすごく美味しい」というものをたくさん目にするようになりました。これには正直驚きました。私は、無水調理のことしか考えていなかったのに、水を入れて炊くご飯が美味しいというのです。火加減が難しい調理の代表が炊飯です。そして、今や10万円以上する電子炊飯器が売れている。そこに商機があると確信しました。
市場調査をしたところ、味にこだわる人はご飯を保温していないということも分かりました。それならばと、保温の機能を切り捨てて、美味しいご飯が炊ける電機炊飯器を「バーミキュラ ライスポット」として開発し、販売しました。

形はIHヒーターの上にバーミキュラが乗っているように見えますが、鍋も炊飯用に進化しています。ライスポットの鍋のふたは普段はしっかり密閉していながらも、ふたの縁に溝があり、中の気圧が高まってくるとそこだけ軽いのでちょっと浮き、吹きこぼれない工夫がされています。鍋底のリブもご飯が返しやすいよう直線から水紋状に変更してあります。

土方氏

一番苦労したのはIHヒーターの部分です。IHは平面加熱ですが、ガスは立体加熱なので、周りの空気も温めるため熱の対流がスムーズで美味しく炊けます。一方で換気扇などからくる風による揺れや火加減の調整が難しい。バーミキュラ ライスポットは、ガス以上に熱の対流をスムーズにするよう、側面にもヒーターを入れ、熱分布も非常に計算されています。直火の熱分布をIHで再現するため、IHコイルの巻き方、サイドヒーターの位置、強さを何百通りも試しました。今ではガスよりずっと美味しくご飯が炊けると自負しています。

ライスポットという名称ですが、お買い上げいただいたお客様の半分が炊飯器として、半分が調理器として両方で利用されているんですよ。

――バーミキュラもライスポットも、料理が得意な人が味にこだわって使っているという印象が強かったのですが、料理が苦手な人にとっても簡単に使いこなせそうですね。

土方 どんな人でも簡単に料理ができるように、と開発したバーミキュラです。ところが、有名レストランのシェフや料理研究家の方々が愛用してくださっているためか、どうも鋳物ホーロー鍋には料理が得意な人が使う調理器具というイメージがついてしまっています。
ライスポットは、火加減の調節が簡単にできるので、料理が苦手と思っている方にぜひ使っていただきたいですね。温度管理が細かくできるので、難しい料理も簡単にでき、ローストビーフなどの低温調理や高火力で炒めるパラパラのチャーハン、蒸し料理なども得意です。

一方で、世界中のトップ・シェフにもおすすめしたいのです。ライスポットは、30度から95度までは、1度刻みで温度設定ができるので、さまざまな調理を可能にします。ニューヨークでイベントを開催した際に、現地の著名なシェフに温度管理機能や低温調理機能を使ってもらったところ、「綿密に温度設定ができ、素晴らしい!」とお褒めの言葉をいただきました。またそのシェフがインスタグラムにバーミキュラ ライスポットで作った料理の写真を投稿されたので、世界中のシェフから次々とお問い合わせをいただいています。

土方氏

Made in Japanのバーミキュラ、いよいよ海外展開開始!

――バーミキュラの海外展開も始まりましたね。

土方 2017年9月にロサンゼルス支店を開設し、2019年1月末からアメリカでの販売を開始しました。英語のレシピ本も完成しました。アメリカ版のレシピ本は、現地でよく使われる食材を使った料理で構成されています。その土地に根ざした食材を利用してどんな料理がバーミキュラでできるのか、その提案ができないと喜んで使っていただけません。私たちは、ただ販売数量の拡大を目指しているわけではなく、その国のお客様のライフスタイルに寄り添い、愛され続けるMade in Japanのブランドにしていきたいと考えています。

バーミキュラ

アメリカのレシピ本

――土方さんにとって、バーミキュラとは何でしょうか?

土方 世界一食材を美味しくし、素材本来の味を楽しむライフスタイルを提供するものです。味付けではなく、人間の知恵と工夫の火の入れ方で素材を美味しくする、そこにロマンを感じます。余計な人工調味料を入れずに料理ができれば、健康と美味しさの両立ができます。
バーミキュラは、簡単にそれができることで、料理が楽しくなり、家庭が楽しくなり、それによって人を家に呼びたくなりますので、人間関係やその人のライフスタイルまで変える製品だと思っています。
これからも世界中の人々に楽しんでいただけるよう、工夫を重ねていきます。
それと同時に、祖父や父が大切にしていた日本のモノづくりを誇りとする精神、アフターサービスを含めお客様を大切にする精神を、ずっと引き継いでいきたいと思っています。

TEXT: 栗原 進

土方 智晴 (ひじかた・ともはる) 

愛知ドビー株式会社 代表取締役副社長
1977年、名古屋市生まれ。神戸大学を卒業後、トヨタ自動車入社。経理部や原価改善部で新車種・新工場での採算管理などを担当。2006年に兄の邦裕氏に声をかけられ、愛知ドビーに入社。
2007年より、自社の技術を最大限に活かした「鋳物ホーロー鍋バーミキュラ」の開発に着手。素材の旨味を損なうことなく無水調理を可能とする画期的な同製品には、2010年の発売以来たちまち注文が殺到し、見事ヒット商品化に成功した。
2013年12月には、経済産業省「がんばる中小企業・小規模事業者300社」に愛知ドビー社が選定された。