親子連れだけでなく、若い世代の女性、カップル、さらにはインバウンドまで、現在のサンリオピューロランド(以下、ピューロランド)は世代も国籍もさまざまな人たちに愛され、2018年には過去最高の来場者数を記録した。しかしわずか4年前、ピューロランドの集客数は低迷し、テーマパークとしての在り方を見つめ直さなければならないという時代を迎えていた。まさにその頃、2014年にピューロランドに顧問として赴任したのが、現館長・小巻亜矢氏だ。そこから短期間で人気をV字回復させたその鍵は「対話」にあると小巻氏は語る。スタッフ間での「対話」の重要性、そして「世界中がみんな“なかよく”」というサンリオグループの理念の共有という、シンプルだが非常に核心的な改革はどのようになされていったのか。そこに貫かれる信念に迫る。

大学院で追究した「対話的自己論」の実践

──サンリオピューロランドの館長に就任される前に、小巻さんは大学院で「対話的自己論」をテーマに学ばれています。どのようなきっかけがあったのでしょうか。

小巻 私は50歳を超えてから大学院に入ったのですが、その頃、子宮頸がん予防啓発プロジェクトの「Hellosmile」や、子育て・教育支援を行う「Hello Dream」などの活動を通して、女性に限らず多くの人が自身のキャリアや家庭、人間関係など、さまざまなことに葛藤していると感じていました。大学院入学以前に、コミュニケーション論やコーチング、カウンセリングなども学んでいたのですが、そもそも行動の主体である「自分」というものをもっと深く理解しておく必要があるとずっと考えていて。そこで、自分に対して自分自身がどういう関わり方をするとよりよく生きられるのかを一度アカデミックに学んでみたいと思い、大学院に入りました。

──「対話的自己論」は、そうした葛藤をどのように解決するのですか。

小巻 例えば「自分が本当にやりたいことって何だろう」「どっちに進みたいのかな」というように、誰しも自問自答する場面があると思います。対話的自己論は、このような自分の中にあるさまざまな声に積極的に向き合っていく手法です。

自分の中には、役割、信条、価値観、得意不得意、理想の自分──そうした「◯◯な自分」がたくさんいます。そこで、それぞれの「自分」が持っている主張に耳を澄まして、心の声を聞くのです。母親としての自分はどうしたいのか、仕事の場ではどうしたいのか、仕事でも部下としての自分はどうなのか、あるいは上司として部下と接するときにはどうなのか。

小巻氏

たとえばすごく感動する本を読んだり映画を観たりした時、仕事で重要なプロジェクトを任された時と、場面ごとで変わっていく自分がいるはずです。つまり、「自分」はいろいろなものに影響を受けながら自在に変化していくものなのです。そしてそこには「感情」が付随している。そうやって「今は」どんな感情が揺れ動き、言動や気持ちに影響しているのはどの感情なのか、を自分で理解することが対話的自己論なのです。

そのように「自分」を捉えるとある意味すごくラクになれます。「今の私はこんな感情が寄せ集まっているんだな」「この声とこっちの声は矛盾しているな。でも今はこっちの声のボリュームが大きいな」と、自分を客観視しながら納得した上で物事を選択していけるようになります。私自身もサンリオピューロランドで仕事をする中でいろんな葛藤がうまれましたが、日々自分の声を聞いて納得感を得ながら進んで来られたと思います。

──「ピューロランドに赴任してほしい」というお話を受けたときは、小巻さんの中で自己との対話をした結果、「やってみたい」という声が大きかったということでしょうか。

小巻 そうですね。まず当然「自信がない」という声がありました。テーマパークについて、当時は何の知識も経験もないですから。その戸惑いと自信のなさと不安とで、私にできるのだろうか、みんなはどう思うだろう、今までやってきたことは無駄になるのか、といったあらゆる声と向き合いました。

でも、私が大切にしたい価値観が3つあって。それは「挑戦」と「本気かどうか」と「感謝」なんですね。私はいつも迷ったときには「挑戦」するほうを選んできました。だから今回も「『無理です、すみません』とは言いたくない」という自分の声が大きかったんですよね。

「大変です。ピューロランドは可能性にあふれています」

──実際にピューロランドに赴任してみて、最初にどんな課題が見えましたか。

小巻 まずは着任する前に1お客として視察をしてみたのですが、さまざまな課題を実感しました。テーマパークにとって「コンテンツ」「サービス」「プロモーション」というのは、重要な3本柱です。当時はすべてに対して課題が山積していました。でも、ある確信がありました。その視察を終えたあと、私は社長にレポートを提出したのですが、そこで、「社長、大変です。ピューロランドは可能性にあふれています」と言ったのをよく覚えています。

視察を通して、とにかくピューロランドは素晴らしい場所だと改めて感じたのです。まず、四季のある日本において、気候に左右されない屋内型テーマパークという強み。そして、そこにはさまざまなシアターがあり、それぞれ特徴的で本格的なショーを見せられる設備がある。何よりそこに流れている理念は素晴らしい。だから、ちょっとした改革ですぐに蘇らせることができると思いました。「ダメかもしれない」とはまったく思わなかったのです。

ピューロランド正面玄関

サンリオピューロランドの正面玄関

パレードのレーザー演出

パレードなどではレーザーも活用し、屋内という強みを生かした演出が行われている

──改革のために一番はじめに着手されたのはどんなことですか。

小巻 みんなの話を聴くということです。とにかく聴く、聴く、聴く。幹部の話を1対1で聴く。それからあらゆる部署のスタッフの声を聴く。そこではすごくシンプルな質問を投げかけました。「なぜピューロランドが大変な時にあなたは辞めなかったのか」「働いていて楽しいと思ったのはどんなことか」「一番苦労したのはどんなことか」「外部の人にピューロランドのここを見てほしいと思うのはどんなところか」――これらの質問をみんなにしました。

──どこを見てほしいかという質問で、一番多かった回答はどんなものでしたか。

小巻 やはり「ショー」でしたね。ショーのクオリティは当初からずっと高かったんです。けれど、そのショーをやっていることすら、外に伝わっていなかった。それ以外にも「課題がある」ということには誰もが気づいていたのですが、それをどうしていいのかもわからない、というもどかしさがあった。私は「みんな絶対よくなると思っている、思いは私と同じだな」と、話を聞きながらずっと共感していました。1対1の対話のほか、ワークショップ形式で意見を交わしてもらったりと、それまでほとんどなされてきていなかった部署を超えての話し合いの場を作ったりして、横断的に対話する機会を設けたのが、最初の取り組みでした。

当時は、余計なことは言わないでおこうとか、他部署のことには口出ししないでおこうという風潮もありましたが、今はさまざまな会議体で、みんなが勇気を持って否定的な意見も口にできるようになっていますね。もちろん発言した人を否定するというわけではなく、ある意見に対して「ちょっと待って」と言える組織になってきたと思います。

私自身が「よそから来て何もわからないくせに」と思われた時期もたぶんあったと思うんですよね。「小巻さんは何も知らないからね」と言われたこともあります。でも、そこでめげることなく、いろいろな会議体で「これはどうなっているんですか?」「なぜこうなっているんですか?」と、とにかくズバズバ意見を言ってきました。だからこそ本質的なところで理解し合えるようになったと思っています。

小巻氏

悪者を倒して「なかったこと」にしない、ハローキティの柔軟なリーダーシップ

──そうした「対話」の実践として小巻さんが現在も続けているのが「ウォーミングアップ朝礼」ですよね。

小巻 そうです。1日12回、さまざまなシフトで勤務するスタッフに合わせて、短時間の「朝礼」を行っています。

繰り返し会社の理念に触れることや、お客様へのサービスの大切さを理解するというのが一次的な目的ではあるのですが、「子どもだけでなく若い女性も楽しめるパークに」という課題がある中で、まさにアルバイトさんたちは、その世代ど真ん中のターゲットです。宝の山なんです。どんなことが流行っているのか、今どんなキャラクターが好きかとか、100人いれば100人分の目と耳と感性でリサーチできる。しかもアルバイトさんは圧倒的に強力な潜在顧客でもありますよね。なので、そのリサーチに時間とお金をかけるというのはマーケティングとしても絶対にやるべきことだと思いました。

また現場で気づいたことなど、些細なことでも報告してもらって──たとえばお客様に「ちょっと寒いね」と言われたとか、そうした情報収集の場としても、1日12回の触れ合いの時間はすごく貴重です。

──アルバイト・スタッフの方と、今でも毎日直接コミュニケーションをとられているというのは驚きです。

小巻 やはりすべては「対話」なんです。私はたまたま大学院で対話的自己論という研究材料に出会いましたが、自分の中で起こるジレンマや葛藤と、組織で起こる葛藤の本質はほとんど同じです。どちらもいろんな声が挙がって葛藤しますが、すべての意見を聴いて、その上で今はどうするかという優先順位をつけ、折り合いをつけながら物事を進めていきます。だとしたら、スタッフが向かっていく道と、ピューロランドが向かっていく道は、同じ方向を向いていないと不協和音になってしまう。

だから全員でヴィジョンを共有して、そのときに必要なキーワードやミッション、ステートメントもみんなの意見を聴きながら明確にしていく。そうした中で、スタッフそれぞれが「今は何が大事なんだろう」と考えるようになる──そのプロセスこそが大切なのだと思います。

──「ショー」が強みというお話が出ましたが、サンリオピューロランドでは、2.5次元ミュージカルや歌舞伎など、さまざまなコラボレーションも果たされていますね。

小巻 ショーの企画はスタッフの皆さんに任せています。そもそも皆さんとてもセンスがよくて感性も優れていて、サンリオの理念も理解したうえで、施設の特性や限られた時間の中でできることを工夫しながら、より新しいものを作っていくスキルが本当に高い方たちなのです。そこで私は、その強みはそのままに、あとはそれをより明確に伝えることが重要だと感じました。

ショーで「和物に挑戦する」ということも、私が着任する前からアイデアとしてはあったもので、それが現在上演している『KAWAII KABUKI~ハローキティ一座の桃太郎~』として具現化してきたときに、私は「もっともっとピューロランドじゃないとできないことを発信していきたい、理念をもっと強く伝えていきたい」ということだけ、口を出させてもらいました。私がピューロランドに携わるようになって最初に感じた課題が「コンセプトの不在」でしたから。

──従来からのクオリティを保ちつつ、「みんななかよく」とか「笑顔」といった、ピューロランドの大切な理念をもっと色濃く反映させるべきだと。

小巻 まさにそうです。控えめじゃなくていいんです。『KAWAII KABUKI』であれば、キャラクターが歌舞伎を演じるという特徴を最大限活かして、ダイバーシティやそこで生まれる友情という、今の時代に皆さんがとても大切だと気づき始めたことをテーマにもしています。

KAWAII KABUKI

『KAWAII KABUKI~ハローキティ一座の桃太郎~』の一幕。歌舞伎の大向うさながら、客席から「キティ!」と声が掛かる場面も

KAWAII KABUKI

『KAWAII KABUKI~ハローキティ一座の桃太郎~』の一幕。ハローキティ一座が演じているのは『桃太郎』

ピューロランドオープン25周年を記念して2015年から上演している『Miracle Gift Parade』は、「みんななかよく」というサンリオの理念を多面的に表現しています。パレードの中に闇の女王たちが出てくるのですが、彼女たちは悪者ではありません。それは誰の心の中にもある一面なのです。だから、ハローキティは女王たちをやっつけて「なかったこと」にするのではなく、「私たちも闇の女王も心は同じ」「闇が光に変わるのを待ちましょう」と呼びかける。そういう気持ちをみんなで大切にしたいんです。

つまり、対立構造とかどちらが正しいとか、そういう世の中ではない。どちらにも言い分があって、誰もがどちらの立場にもなり得るということを理解して一緒にやっていく──その方向を目指すために、ハローキティの柔軟なリーダーシップに託しているのです。そのために、よりメッセージがストレートに伝わるようにとセリフを書き換えてもらいました。

幸せとは、愛することを知ること

──すべてのスタッフが企業の理念を共有するために大切なのはどんなことだと思われますか。

小巻 表に出ているものよりも、実は裏に流れているもののほうが大切だと考えています。例えばピューロランドでは、スタッフ用のトイレをきれいにするとか、お客様へのサービスと同じくらいスタッフに対しての心遣いも大切にしていて、「バックヤードこそテーマパークに」という心意気があるスタッフもたくさんいます。今、「働き方改革」が叫ばれていますが、画一的な制度をつくるのではなくピューロランドならではの働きやすい環境を実現するために、育児休業や時短勤務などの制度も含め、必要であれば柔軟に変えていく──それをまずは話し合うということですね。

実はサンリオエンターテイメントには「みんななかよく」の上位にさらに崇高な理念があります。それは「幸せとは愛することを知ること」という企業理念です。「愛すること」ではなく「愛することを知ること」というのが難しい。マザー・テレサが「愛の反対は無関心」と言ったように、常に関心、好奇心を持つことが大切なのかなと思います。まずは社内で挨拶をしましょう、アルバイトさんに一声かけてあげてくださいね、というような呼びかけから行ったり、「やさしい話し方、あたたかい聴き方」という標語を折に触れて出したりもしました。

その結果、雰囲気がすごく変わりました。受動的な「聞き方」をするのではなく、より積極的に意見に耳を傾ける能動的な「聴き方」に変わったので、みんな「言ってもいいんだ」と思える空気になった。「他部署のことだから関係ない」ではなく、「もっとこうしたらいいんじゃないか」という意見を言い合える会社へと変わってきました。好奇心を持って互いの声に傾聴し合う文化をずっと大切にしていきたいと思っています。

小巻氏

──対話による理念の共有が進み、ピューロランドは多くのリピーターを生み出すほどの成功を収めています。

小巻 みんなでやってきた改革のおかげです。これからもピューロランドにしかできないことをしっかりやっていきたいです。特に東日本大震災以降の日本は、「本当に大切なものは何か」ということを、一人一人が考え始めたと思うんです。そんな中で、サンリオの「みんななかよく」という理念もさらに大きな意義を持つものになったと思っています。だからこそ、ピューロランドは「愛も悲しみも包括して受けとめられる場所」でありたいですし、一人一人に寄り添えるテーマパークでありたい。楽しむ人は楽しむ、癒されたい人は癒される、足を運んでくださるお客様のさまざまな感情に寄り添える場所でありたいです。

TEXT:杉浦美恵

©2019 SANRIO CO., LTD.

小巻亜矢(こまき・あや)

株式会社サンリオエンターテイメント取締役 サンリオピューロランド館長 兼 CDO
東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。1983年株式会社サンリオ入社。結婚退社、出産を経て化粧品会社にて仕事復帰。2014年よりサンリオピューロランドに赴任。 2015年サンリオエンターテイメント取締役就任。サービス改善・コンテンツ開発・ダイバーシティマネジメントの醸成からサンリオピューロランドの改善に取り組み、2016年サンリオピューロランド館長に就任。東京出身。