ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルディングが竣工したのは1931年。20世紀半ばにアメリカの大都市に摩天楼が出現してから、超高層ビルは「新しさ」を象徴する建物となり、近代都市に欠かせないアイコンとなった。それから約90年。建築家・石上純也氏は、建築における「新しさ」の価値観は今、変わりつつあると言う。

石上氏は昨年(2018年)、パリのカルティエ現代美術財団において大規模個展を成功させた。彼の建築は独創的だ。約2,000平米あるガラス張りのワンルームを、305本の細く白い支柱のみで支え、森のような空間をつくり出した神奈川工科大学の「KAIT工房」。山口県宇部市に建設中の洞窟型レストラン。自然と建築の間を自由に行き来し、作り手が空間の目的を限定しない、使い手に「開かれた機能」を提供する次世代の建築家に、これからの世界での「新しさ」という概念について語ってもらった。

今、求められる建築の在り方とは?

――石上さんが手がけられた建築は、建築における既存のルールからどんどん解放されている印象を受けます。

石上 僕もそうですが、今、建築家として活動されている方の多くは「近代建築」についての教育を受けてきました。近代建築は、「機能」が空間をつくる上での絶対的な上位概念であるという「機能主義」の考え方に基づきます。その建築の機能、使われる目的が建物のタイプを決めるので、機能主義においては、たとえばオフィスビルをつくる場合、誰がつくっても同じ機能を備えた「オフィスビル」という同じ空間構成になります。

でも、今の価値観から考えると、同じ「オフィス」でも、依頼する人によって理想とするオフィスの形はまったく異なります。開かれたスペースがあるほうがいい人、逆に個室がいっぱいあったほうがいい人、机すら必要ないと考える人もいるかもしれない。そんな現代において、機能主義による近代建築の考え方だけで建築することは難しいのです。だから僕は、使い手がもっと自由に自分なりに空間をつくっていけるように、建築家の意図を越えることのできる「ガイドライン」としての建築をつくりたいと思っています。

たとえば壁があったら、「この部屋と向こうの空間を隔てる意図がある」というのは誰でも分かりますよね。柱が一直線に並んでいたら、柱より向こうとこちら側とは違う空間だと感じると思います。そこで、たとえば柱を一見ランダムにしか見えないような並べ方にすると、使い手は建築家が意図したことを100%読み取れないので、自由に解釈する余地ができます。「機能」から空間が少し解放されるのです。

――神奈川工科大学の「KAIT工房」では、森をモチーフに壁という仕切りがない空間設計を目指されました。これはまさに使い手の自由を考慮した「開かれた機能」を具現化した建築であるように思います。

石上 森の中にはおそらく自然界を支配する法則が存在するが、それは人間には瞬間的には理解しづらい。仕切りがあるようで仕切りがない。KAIT工房には一切壁がなく、2,000平米もの空間は305本の細い支柱によって支えられています。すべての柱は異なったプロポーションをしており、また、1本1本少しずつ柱の方向も異なっています。そうすることによって、見る位置により柱の太さが微妙に違って見えるんです。

支柱の配置も、一見ランダムに並べられたように見えるかもしれませんが、厳密な計画によって導きだされています。角度と配置の絶妙なバランスを調整するために、模型と専用のCAD(設計支援ソフト)を何度もバージョンアップさせていきました。特にCADについては、既存のものでは要求を満たさないので、プログラマーの方に相談しながら、55回くらいバージョンアップしました。ちなみに、この建築専用にカスタマイズしたものなので、そのソフトは他の建築物設計には使いません。

神奈川工科大学の「KAIT工房」

神奈川工科大学の「KAIT工房」(Ⓒ junya.ishigami+associates)

新たな「手法」を生み出し続ける

――設計ソフトもオーダーメイドなんですね。プロジェクトによって設計手法はその都度違いますか?

石上 プロジェクトごとに試行錯誤しながら、毎回、新たなつくり方を考えていきます。建築はプロダクトデザインと違って、設計段階では原寸大の模型をつくることができません。頭の中でイメージしたものを一度図面に落として抽象化する作業ですから、自分が設計した建物をどうつくるのかという手法にも、建築家の個性や独自性が表れます。

――設計図を引く段階で、ある程度つくり方の道筋も見えているのかと想像していました。

石上 たとえば本当に新しい料理が生まれるときには、新しい調理方法も生まれるはずです。何か新しいものをつくるときには、つくり方も同時に発明し直さないといけないと思います。

僕の場合、脳内のイメージングと、CADやCG、模型などを使って具現化していくスタディは、同時進行で行います。スタディのスピードと思考のスピードが一致しないと考えるリズムが崩れて、ぎこちないものになってしまう。どんなに新鮮なデザインの建物を発案したとしても、つくり方において新たな道筋が見つからず、既存の手法をなぞってしまうと、建物自体からその新鮮さが失われてしまいます。つくり方をあれこれ試してもつくりやすくならない場合は、設計案自体が良くないと判断し、とりやめることもあります。

建築は「実現される」ということが特に大事なので、施工段階も重要です。僕は、初期の段階からいろいろな専門家や業者と話して、実現できる技術が世の中に存在するかどうかを確認するところから始めます。完成までの道のりを俯瞰し、全工程で最善のつくり方を模索する。すべての歯車がきれいにかみ合って動いていくときには、やはりいい作品が仕上がります。

石上氏

「古い/新しい」の概念を再定義する

――ロシアでは、「モスクワ科学技術博物館」の増改築を手掛けられましたが、歴史的建造物を再生させる意義についてもお聞かせください。

石上 近現代的なものが世界中に広がっていき、世界中に近代的なものが流れ込み、建物や街がもとあったものから置き換わっていきました。そうすると、どの街でも同じようなクオリティで生活できるようにはなりましたが、同時に、どの街に行っても同じような風景になってしまったのです。今は、どこにでも簡単にアクセスできるようになったので、人は今自分がいる「ここ」と同じ印象の別の場所に魅力を感じなくなりつつあります。僕は、建築とはもともとサイトスペシフィック(置かれる場所の特性を生かした手法)なものだと思っています。これからの建築は、そういう根源的な部分に立ち返り、その場所が持つ特殊性をピックアップして、ポテンシャルを高めるべきだと思うのです。

モスクワ科学技術博物館はレーニンも演説したような、歴史ある由緒正しい建物で、「その場所の特殊性」を備えているので、その可能性を高めるようなやり方で新しい建築につくり変えていこうと考えました。

モスクワ科学技術博物館の完成イメージ

モスクワ科学技術博物館の完成イメージ。博物館自体の外観にはほぼ手をつけず、周囲を掘削して敷地全体をすり鉢状の土地につくり変え、透明なガラスの天井を持つ「ミュージアムパーク」と称したパブリックスペースへと変容させる。(Ⓒ junya.ishigami+associates)

――現在、山口県宇部市で洞窟型のレストランを手掛けられていますが、この建築は「新しいもの」と「古いもの」という固定観念から離れたところに着眼点があるように感じます。

石上 このプロジェクトに関しては、クライアントから、古い雰囲気の建物の中で食事できるような――たとえば、ヨーロッパの古い街並みの中にある、何百年も昔からあるようなレストランとか、CAVE状のワインセラーのような、経年が雰囲気になるレストランをつくってほしいという依頼がありました。

アイデアを練る段階で、「そもそも『古さ』とはなんだろう」と考えたんです。たとえば、テーマパークにあるようなはりぼての古そうな建物をつくることはできますが、10年後には陳腐化してしまうでしょう。人間がつくり出した新しい建築は、出来上がった瞬間は完全な人工物だけど、風にさらされて削られたり、光にあたって色が変わったりして、最終的には廃墟のようになっていきます。経年変化していくなかで「自然化」していく――僕はその過程が「古さ」に繋がると考えました。つまり、人工物と自然の中間点にあるものをつくれば、もともと古さを備えた空間になるのです。

そこで、人工的なものに古さを施すのではなく、自然の地形に人工的な手を加えようと考えました。さらに、形状自体は模型をつくってデザインしつつも、穴を掘るという施工上の工夫を生み出すことによって、僕のコントロールが利かないところで何かが起こる状態を敢えてつくった。そうすれば、1,000年前からあったのか今でき上がったのか分からないものになるのではないかと考えました。

――施工方法においては、3Dスキャニング技術やiPadなど、21世紀ならではの最先端ツールが使われている点が非常に興味深いですね。

石上 通常、建物をつくる場合には、掘削後、平らにならした地面にガイドラインとしての墨出し(工事の基準となる線を記すこと)を行い、躯体(骨組み)を立てていきます。分かりやすく説明すると、地面に直接、設計図が描けるということです。一方、このプロジェクトでは、地面を掘った穴にコンクリートを流し込み、躯体の型を取るという手法を用いたので、穴だらけで墨出しすることができませんでした。そのため、職人さんには各々iPadを手にしてもらい、模型を基に3Dデータ化された数値を頼りに、躯体となる場所をリアルタイムに光測量し掘削してもらったんです。作業自体は古代に回帰しているように見えるかもしれませんが、これは現代のテクノロジーを使わなければできないと思います。

洞窟型レストランの模型

洞窟型レストランの模型(Ⓒ junya.ishigami+associates)

洞窟型レストラン施工中のようす

洞窟型レストラン施工中のようす(Ⓒ junya.ishigami+associates)

「透明な」テクノロジーが未来を創る

――時代がめまぐるしく変化していますが、「新しさ」についてはどうお考えですか?

石上 現代は、ムーブメントが起こりづらい時代です。皆が同じことを同じスタイルで行うということ自体に魅力を感じていた時代には、アイコニックな印として「新しい」ものをつくることが重要でした。でも今、僕たちはパソコンやスマートフォンなどのデジタルツールを使って、世界中どこにでもアクセスできるし、世界中どこからでも瞬時に情報を得ることができます。そして、過去も未来も関わりなく多くの情報が溢れているから、そういう意味では、自分が初めて触れた情報については、何十年前の情報であろうと新鮮に感じられる訳ですよね。

だとすれば、今この時代につくられたピカピカの高層ビルには、新鮮さは感じられないのではないでしょうか。逆に、いつの時代につくられたものなのか分からないようなものをつくったほうが現代という狭いカテゴリーの中にあてはまらない分、多くの人がよいと感じられる可能性が高まるかもしれません。例えば住宅であれば、古い建物をリノベーションすることによってでも、やり方によっては新築にはない価値を見出せるはずです。

20世紀後半までは、すべてにおいて以前の形よりもグレードアップしていくということが新しいことの「価値」になっていましたが、今は、そういう進歩の仕方に限界がきている。最新の機能を備えたものでなくとも、価値や豊かさを感じられることを、多くの人が理解し始めていると思います。

石上氏

――では、これからの「新しさ」、テクノロジーの未来はどこへ向かって行けばいいと思われますか。

石上 僕は、新しさやテクノロジーの進化という範疇において、「革命的」であるという価値観では世の中の人は受け入れがたいと思います。つまり現代においては、革命によってでは世界はかえられないのではないかとも考えます。誰もが同じ価値観を共有していた時代は、何かをリセットして、みんなで回れ右、左ができたかもしれないけれど、みんながまったく違う価値観でいることが許されている現在においては、「何に対する革命」なのかさえ分からない訳です。

だから、現代において世の中を新しくしていくには、革命する力よりも、「浸透力」が重要だと思います。イメージとしては、とげとげしい技術はダメです。新しい技術はできるだけやわらかくて誰が見ても触りやすい――見た目ではそこに技術があるのが分からないくらいの「透明さ」を持っている必要があります。つまり、みんなが気づかないうちに世の中が変わっているくらいの自然な「新しさ」が必要なのです。今までと変わらない生活をしているのに、いつのまにか自然と便利になっている。そんな「透明な」テクノロジーが、未来の「新しさ」を拡張してくれるのではないでしょうか。

TEXT:岸上雅由子

石上純也(いしがみ・じゅんや)

1974年、神奈川県出身。東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修士課程修了、妹島和世建築設計事務所を経て2004年、石上純也建築設計事務所を設立。主な作品に「神奈川工科大学KAIT工房」など。2008年ヴェネチア・ビエンナーレ第11回国際建築展・日本館代表、2010年豊田市美術館で個展『建築のあたらしい大きさ』展などを開催。日本建築学会賞、2010年ヴェネチア・ビエンナーレ第12回国際建築展金獅子賞(企画展示部門)、毎日デザイン賞など多数受賞。