「失敗してもいい仕事」? ボードゲームが日本のHR領域を変える!

ゲームと言えばまず、デジタルデバイスが思い浮かぶが、そんな中で近年注目を浴びているのがアナログなボードゲームだ。ボードゲームデザイナーの宮﨑雄氏によれば「ボードゲームの良いところは相手の顔を見ながらプレーができる点」だという。

プレーヤーの心理や感情が勝敗や結果を左右するボードゲームは、実はビジネスとの相性もいい。とくに採用や人事などのHR領域において、座学や従来のOJTにはない効果があると評価され、研修やワークショップ、社内コミュニケーションのツールとして導入する企業も増えている。国を挙げて働き方改革が提唱されているいま、「仕事や勉強がゲームみたいだったら」と語る宮﨑氏の取り組みを紹介する。

ボードゲームなら安心して失敗できる

――ボードゲームを自分で作るという発想はなかなか生まれてこないと思いますが、動機は何だったのでしょう。

宮﨑 2016年の5月に、たまたま「ボードゲームを自作しよう」というワークショップがあったんです。好奇心から参加してみたら自分と同じような人が何人もいたので、参加者同士で集まって「東京ゲームメイカーズ」というサークルを作りました。そこからボードゲーム作りを始めたわけですが、この時点ではあくまでも趣味でした。

しかし、あるときウェブ上に「ボードゲームの説明書に学ぶ、「伝わる」引き継ぎ資料の作りかた」といった記事を書いたら、思いのほか反応がよかったんです。世の中でも「ゲーミフィケーション」というキーワードが流行り始めていたときだったし、これは、将来もっと多くの人に受け入れられる考え方なんじゃないかと思いました。

そこで企業の研修などについて調べてみると、ゲームにできそうなコンテンツがかなりあった。最近はワークショップも盛んだし、それこそゲームみたいに楽しんでやることができればいい学びの機会になるだろう――そうやって考えていくうちに、自分の中で自然と事業化という流れができていったような気がします。

――実際に事業化されたのは2018年6月に株式会社バンソウを起業されてからですね。

宮﨑 そうです。バンソウの社長の東郷源さんとは社会人の交流会で知り合って以来、ときどき食事をしたりボードゲームをしたりする仲でした。2017年に、「起業するが、誰か一緒にやってくれる人が欲しい」といったお話をされて、「僕もボードゲームで勝負してみようと思っていたところなので」と、2018年の5月に当時勤めていた会社を退職して、2人で新会社を設立しました。会社といっても何もかも一緒にやるわけではなく、東郷さんはサービスデザイナーとしてウェブサイトの構築や設計、それにアーティストのキャリア支援、ワークショップの企画などを、僕はボードゲームの制作や編集、ライティング業務など、まずはお互いの得意分野からスタートしました。

ボードゲームに関しては、企業の社内研修やレクリエーションや採用コンテンツの企画・制作・運営、ボードゲーム作りのワークショップ、オリジナルゲーム制作の監修などを事業にして、この他に一般向けのゲームの企画や制作も行っています。

宮﨑氏

――会社を立ち上げられて、この1年近くの間にHR領域ではどのような仕事をされてきましたか。

宮﨑 あるゲーム会社では、年に1回、200人の社員が集まる全社会議で使うコミュニケーションゲームを制作させていただきました。チーム対抗で制限時間内にたくさんのパズルを解くゲームで、コミュニケーション力が要求されるような内容になっています。2019年の1月に開催された全社会議では社員のみなさんから大変好評だったと聞いています。

また、あるメーカーからは、1日インターンの際に使える、自社の情報を織り込んだゲームが欲しいというご要望をいただきました。他にも進行中の企画がいくつかあって、たとえばコンサルティング企画企業からの依頼で、起業を体験できるゲームも制作中です。「起業」と言うと楽しいことも多いけど、実際には面倒なことや辛いこともとても多い。それは僕も経験しました(笑)。ゲームのなかで事業計画書をつくったり、プレーヤーに政策金融公庫役を置いたりして実際の流れを味わい、そこで失敗を経験してもらうことで、「起業するのは大変だ」ということを学べるゲームにしています。

――つまり、本番では失敗は許されないけれど、ゲームなら失敗しても大丈夫ということですね。

宮﨑 そこがボードゲームのいいところです。企業の研修にしても、従来のOJTだったら「これは研修だ」とわかっていても、実際に業務に携わっていると評価につながってしまうのではないか、あるいは会社の業績に悪い影響を与えてしまうのではないかという思いが邪魔をして萎縮してしまい、なかなか失敗ができない。しかし、ゲームであれば安心して何度でも失敗することができます。あとはその経験をどう生かすかなのです。

「面倒くさい」ものこそ新たな出会いのチャンス!

――宮﨑さんは一般向けに「トポロメモリー」というオリジナルゲームも制作、販売されています。実際に新しいボードゲームを作るときは、どこから着想を得られているのでしょう。

宮﨑 まずは、テーマを見つけることから始まります。たとえば、トポロメモリーの元ネタになっているのはトポロジー(位相幾何学)です。トポロジーは数学の概念のひとつで、簡単に言うと図形を「構成するパーツの数」と「穴の数」だけで区別するという考え方です。たとえば穴の空いたドーナツだったら、パーツはひとつながりだから1個、そして通っている穴も1個。ではコーヒーカップはというと、これもパーツとしては1個で、穴も取手の部分に1個空いているだけ。よってドーナツとコーヒーカップは同じ図形である、という考え方です。僕がこの概念に出会ったのは、科学雑誌『ニュートン』の特集記事がきっかけです。トポロジーはあまりメジャーな概念ではないけれど、「これはゲームに使えるな」と直感が働きました。

トポロメモリー

宮﨑氏が制作したボードゲーム「トポロメモリー」

「トポロジー的に同じ図形」の組み合わせ

「トポロジー的に同じ図形」の組み合わせ

「トポロメモリー」はこうした図形をカードにして順々にめくっていき、同じ図形を見つけたら両方のカードを手で押さえて取るゲームです。カルタと神経衰弱を合わせたようなイメージで、小さいお子さんからお年寄りまで誰でも楽しむことができます。

ゲーム作りにコツがあるとすれば、こんなふうにテーマを見つけることでしょうか。まずはおもしろそうなテーマを見つけて、それを他の人にもおもしろがってもらうにはどんな手法を組み合わせればいいかを考えます。トポロジーがテーマだったら、そこにカルタや神経衰弱を合体させてみる。新しいものや珍しいものを理解して楽しんでもらうには、結局、そこに既存のわかりやすい手法を組み合わせるのがいちばんなんです。そのためにもボードゲームデザイナーは、常に自分の知らない分野に対してアンテナを立てておく必要があります。

――アンテナを立てるという部分で、日常的に何か心がけられていることはありますか。

宮﨑 こうした活動をしているとイベントなどに呼んでいただく機会が多いのですが、そういうとき反射的に「面倒くさいな」と感じたら、それはチャンスだと見なすことにしています。なぜ「面倒くさい」と感じるのかというと、きっと脳に負担をかけて新しい情報をインプットしたりすることが面倒くさいのです。逆に言うと「面倒くさい」という反応は「自分が知らないことに出会えるサイン」とも見なせる。実際、おもしろいことに出会えるのは面倒くさいなと感じたときなんです。明らかに自分にとってデメリットになるとわかっているものは別として、どうなるかわからないようなものなら積極的に飛び込むようにしています。

宮﨑氏

――企業向けのゲームをデザインされる際はどのような発想で考案されているのですか。

宮﨑 基本は一緒ですが、企業相手だと最初からテーマや目的がある程度絞られていることが多いので、構想は立てやすいですね。例えば先ほどのゲーム会社だったら、「全社会議で使う」というテーマがある。そこに「チームでの役割分担の重要性を学べる」「コミュニケーションが生まれる」「200人が1時間程度で遊べる」「その会社らしさがあるもの」「運営負荷が小さくなるもの」などの目的や条件を出していただいて、ゲームを作りました。もちろん、お客様によっては「研修で使ってみたい」といったふわっとしたオーダーもありますから、そういう時は徹底的に聞き取りをしてテーマと目的を明文化させます。

――HR領域には以前から興味がおありだったのでしょうか。

宮﨑 学生時代に経験した人材サービス会社でのアルバイトが影響しています。もともと漫画が好きで、学生の頃はコンテンツができるところに編集として関わりたいと思い出版業界を志していたので、アルバイトと並行して出版エージェントでインターンもしていました。そして、出版業界か人材業界がおもしろいと考えて就職活動をした結果、ご縁があったのが人材紹介会社でした。就職後は障害をお持ちの方専門の人材サービスを提供している特例子会社に出向して、採用や新規事業の開発に携わっていました。

――大きな会社に就職されたわけですが、当時から起業を考えていらしたのでしょうか。

宮﨑 まだ考えてはいませんでしたが、起業家精神のようなものは学生時代からなんとなくは持っていました。インターンをしていた出版エージェントはベンチャー企業で、僕が入った当時はまだ設立から数年といったところでした。そこでいろいろな物事を見ていると「あ、そこまで自分で決めて動いていいんだ」という、ベンチャー企業のよさに触れることができた。これが大きかった気がします。その後会社員をしながら副業でライターもやっていたのですが、その記事を読んでくれていた知り合いの方に声をかけていただいて、1年で転職します。そこでは編集やライティング業務の他にも総務など、ベンチャーなのでなんでも担当していました。ボードゲームを自分で作り始めたのもこの頃のことです。

現在制作中の「トポロメモリー2」

現在制作中の「トポロメモリー2」

ボードゲーム開発はイノベーション

――それにしても、デジタル全盛のこの時代にアナログのボードゲームがこれだけ受け入れられていることには驚きもあります。

宮﨑 僕は、ボードゲーム開発はイノベーションだと捉えています。いろいろなアイデアの組み合わせを考えていくと、実は「ゲーム×〇〇」というものはまだ全然開発されていないブルーオーシャンなんですね。いまはそのゲームをHR領域という分野に掛け合わせ始めたといった段階です。

それと、同じゲームでもデジタルのゲームとボードゲームはそもそもジャンルがまったく違います。デジタルのゲームが読書のように個人で没頭するものであるのに対し、ボードゲームはゲームを媒介にその場にいる人と関わるものです。誰かと遊ぶことで思わぬ会話が生まれたり、普段は見えない表情が見えたり――そういうインタラクティブなところがボードゲームの魅力です。

実際、ボードゲームにはその人の性格がよく出ます。プレーヤーを観察していると、負けず嫌いなのか、論理的思考をする人なのかという部分から、相手のことをどう思っているのかといったお互いの関係性まで見えてくるのです。そこから人事評価もできるかもしれない。もちろん、よい点も悪い点もあるのですが、「ここでこういう行動を取るということは、こういう傾向にありますよ」といった評価ツールの一種として提供することはこの先必要になってくると感じています。

いずれ、そのデータを数値化してAIも組み込んでみたいですね。プレー中の振る舞いをセンサーで計測したり、バイタルを取ったり、脳の動きを見たり――そうすると可能性がより広がるのではないでしょうか。

TEXT:中野渡 淳一

宮﨑雄(みやざき・ゆう)

ボードゲームデザイナー/株式会社バンソウ 取締役
1992年、東京都生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。同大在学中に出版エージェントの株式会社コルクにインターンとして在籍。2015年、株式会社インテリジェンス入社。特例子会社の株式会社フロンティアチャレンジに出向、人事や新規事業開発を経験する。2016年より株式会社情報工場にて、編集・ライター業務に従事。2018年6月、株式会社バンソウを起業。現在、ボードゲームデザイナー、編集者、ライターとして活動中。