『toki- BALLET #01』

流線形の輪の中で、白い光に縁取られたダンサーがオルゴール人形のように踊る――昔ながらの手法であるエドワード・マイブリッジの連続写真から着想を得て、そこに先端技術である3Dプリンティングを組み合わせ、本来は目に見えないはずの「時間」を表現した『toki- BALLET #01』。本作品は「時の彫刻」とも呼ばれ、時間を「立体で見る」という新しい世界観を紡ぎ出した。

独自の映像世界を追求するのは、アーティスト・後藤映則氏。2017年にはSXSWに新設されたアートプログラムにて『ENERGY -Sculpture of time-』が、世界からの応募約200作品中わずか5作品の展示作品として選ばれた。また、新作の『Rediscovery of anima』では、先端技術を駆使してきたこれまでから一転、デジタルテクノロジーを使わず、すべてハンドメイドによるアナログ手法で、人が歩く映像を太陽光線のみを用い美しく浮かび上がらせた。

「動き」の本質を模索する過程で、「動きと時の関係性」に着目したと語る後藤氏に、過去から現在、未来を考察する創作活動について伺った。

先端技術とアナログな手法で「時間」を視覚化する

――作品『toki- BALLET #01』では、デジタルデータ化されたバレエダンサーの動きが反復されています。「動き」をモチーフに制作されたのはなぜでしょう?

後藤 幼少の頃から、昆虫や動物など生きているものだけではなく、空にたなびく雲や光の揺らぎ、水面のきらめきや波模様など、気がつけば、動くものならなんでも目で追っているような子どもでした。日常生活の中でも、洗面所の蛇口から出る水の動きを追っていたり(笑)。特にループするものが好きでした。

「動きに美しさを感じるのですか?」と質問を受けることがありますが、僕自身は、「美」を特別意識しているわけではなくて。美しいものを見ているときって、ただ「見とれている」感じがあるじゃないですか。僕の場合は、そのときについ考えてしまいます。「なんでこんな動きなんだろう」「こんな模様になるんだろう」って。そこから、そもそも、「動くってなんだろう」という根っこにまで興味が深まっていきました。

――とても哲学的な発想ですね。

後藤 何かについて考えるとき、対象物だけを直視していてもなかなか答えが見えてこないことがあると思います。例えば「光ってなんだろう」と考えたときに、その構成要素は光の粒子などの科学的な要素だけではなく、極端に推論すれば、「暗闇」が必要になるんじゃないかと。相対的な関係性の中で捉えるということを意識しています。

では、「動き」についてはどうだろうと仮定した場合、これはずいぶん以前から研究されてきたことですが、やはり「時間」との関係性に着目しました。時間の経過に伴い動きが生まれる。動きと時間は切り離すことができないのではないかと。そこで、動きを生成している「時間」を表現するにはどうすればいいのかを考えるようになりました。

後藤氏

――『toki- BALLET #01』は、そのような「動き」と「時間」の関係性を着眼点として生まれたわけですね。

後藤 時間を視覚化した表現方法の1つに、19世紀にイギリスの写真家、エドワード・マイブリッジが撮影した『動物の運動』という連続写真があります。馬のギャロップをモチーフにした、非常に有名な写真です。そのほかにも、イギリスの数学者、ウィリアム・ジョージ・ホーナーが発明したと言われるゾートロープ(回転のぞき絵)という手法もありました。いずれも、連続撮影した画像を1つのコマとして、コマとコマをつないで動きを表現することで、時間のビジュアライズを試みています。

『toki- BALLET #01』は、いわば、19世紀からあるそういった手法と、現代ならではの高精細3Dプリント技術を組み合わせて制作した作品です。複数のバレエダンサーの動きを撮影した後、デジタルデータに置き換え、モーフィング※で円環状につなぎ、メッシュ素材に3Dプリンティングしています。一見すると何の変哲もない白い円環状のメッシュ素材には、ダンサーの動きがデジタルデータとして閉じ込められている。それは彼らの時間の蓄積、塊でもあるわけです。

※ある画像から別の画像へ連続的に変形させる技術。

――この作品では、どのように「動きと時の関係性」を鑑賞することができますか?

メッシュの円環素材

メッシュの円環素材は一見、網状の機構にしか見えないが、光を当てることで動きが浮かび上がる

後藤 円環状のメッシュ素材に1本の光線を真上から垂直に当てた場合、1人のバレエダンサーの動きが浮かびあがります。2本の線を当てると、バレエダンサーは2人に見えます。例えば、メッシュ素材を円環状につながった金太郎飴のようなものだと考えてみてください。光線の本数を増やせば、5人になったり10人になったりと、光線の数だけバレエダンサーが増えたように見えます。でも、バレエダンサーの動きのデータはメッシュ素材の中には1つしかない、つまり1人しかいない――現れているのは1人の動きの中での時間差でしかないのです。

複数の光を当てた場合

光線の数だけ人が増えているように見えるが、光線は1人の人間のある「瞬間」を切り取っている(『toki- BALLET #01』)

円環状のある一点を任意的に現在と設定したとすると、円の中に時間の流れが生まれます。現在の点から右は過去、左は未来かもしれませんし、その逆もしかりです。すると、一直線上の過去、現在、未来という流れとは異なり、円環状になっているため、過去は回り回って未来になり、未来は回り回って過去になるという反転作用が起きます。

――後藤さんが自ら表現されているように作品の中で「時間が混ざる」わけですね?

後藤 過去が未来に、未来が過去にというループによって混ざる感覚を体感できますが、もっと顕著な例は、メッシュ素材の輪に光線を斜め上から当てた場合です。斜めに入った光線は、円の中に任意的に設定した過去・現在・未来の各々の領域に、同時にアクセスすることができます。未来が過去に、過去が未来に……という、メッシュ素材の回転による混ざり方ではなく、一瞬のうちにすべての時間が混ざって見えます。スリットスキャン※の立体版といった感じでしょうか。

※画像を細かいスリットに分けることで1つのフレーム(コマ)の中に異なったタイムラインを表現する手法。映画『2001年宇宙の旅』でも使用されている。

斜め上から光を当てた場合

斜め上から光を当てることで、円環の中の過去・現在・未来に同時に光が当たり、時間が混ざって見える(『ENERGY -Sculpture of time-』)

つまり、仮に過去・現在・未来と区切った場合、それらの時間の流れを瞬時に切り取ることができるのです。映像では3分割に画面を区切って同時に見せる手法もありますが、それでも、過去のシーン、現在のシーン、未来のシーンと各々が差別化されてしまうので、「混ざる」感覚とは微妙に相違が生まれます。この時間が立体的に混ざり合う様子を面白いと感じ、時間を反転させたり、伸縮させたりしながら形状化することで、時間そのものを彫刻するような作品が仕上がりました。

動きあるものに宿る『anima(霊魂/生命感)』を捉える

――『toki-』シリーズとは異なり、デジタルテクノロジーを用いない制作もされていますね。

後藤 「動きと時の関係性」を探る上で、デジタルテクノロジーを駆使した『toki-』シリーズの手法とはもっと異なるアプローチで、動きの本質を探求できないだろうかと考えました。ふと思い至ったのが、「はたして現在使われているテクノロジーは最先端かつ最上のものなのか」という疑問でした。それは今の時代において便利と感じるだけで、実は昔の技術のほうが「先進的」だったかもしれない。例えば、法隆寺の五重塔は、鉄の利用など現代の技術を用いれば再現できるかもしれませんが、当時の技術だけで完成させたと考えると、実は今より技術の質が優れていた部分があると考えてもいいかもしれません。

そこで、デジタルテクノロジーを使って未来だけに目を向けるのではなく過去に遡ることで、新しい視点を見つけることができるのではないかと仮定し、過去の地点から現在、未来を考えるというアプローチをしてみたくなったんです。

――それが自然素材のみで作られた『Rediscovery of anima』ですね? 具体的にはどのような作品なのでしょう?

『Rediscovery of anima』

後藤 アナログの素材や手法だけで、3Dプリンティングを用いた『toki-』シリーズの世界観を再現してみようと試みました。まず、人の歩く姿をスケッチし、1枚1枚、電動のこぎりは使わずに糸のこぎりを使って、すべて手作業で木製の人型を作りました。さらに、完成した人型を膠(にかわ)でつなぎあわせ、筒のような1つの大きな木型にしました。正面から見ると人の歩く姿を象った木型だとわかりますが、横から見ると、網状の木製の制作物にしか見えません。ちなみにこの作品は、映画が誕生した19世紀の技術のみで作っています。

この木型をスリット状に差し込む1本の太陽光線にかざし、ゆっくりと前後に動かします。すると、木型の中で光の輪郭に縁取られた人が歩く様子が浮かび上がります。一連の作品として、約3万年前に描かれた洞窟壁画から着想を得た、軽石と麻ひもを使用した作品も制作しましたが、いずれもデジタルテクノロジーは一切用いていませんから、極端に言えば、紀元前まで遡っても実現可能な手法なんです。古代にこの手法が発見されていたら、シャーマンが宗教儀式などで利用していたかもしれません。

もしくは、写真や映画の技術が生まれる19世紀に存在していたならば、研究や娯楽の形態として発展した可能性も考えられます。だとすれば、おそらく現在の映像における「静止したフレーム(コマ)を素早く連続させて動画を作成する」という方法とは違った流れが生まれていたかもしれません。

――タイトル名の「anima(アニマ)」の語源は、ラテン語だと伺いました。

後藤 はい。ラテン語で霊魂や生命感を意味します。アニメーションの語源だとも言われています。太陽の光と木材から「動き」……つまり、疑似的な生命が生まれる様子を改めて込めたく、タイトルに取り入れました。元々は「動き」への関心が入り口でしたが、その先に「時間」があり、更に突き詰めていくと、1つのキーワードとして「生命感」がありました。太陽の光から現れる生命感が強烈だったこともあり、この一連の流れを紡いでみようと。

後藤氏

デジタルとアナログを掛け合わせた先に見えるアートの未来

――創作にデジタルテクノロジーを用いるメリットとデメリット、逆にアナログな手法を用いるメリットとデメリットについてはどのようにお考えでしょうか?

後藤 僕がデジタルテクノロジーを利用する場合は、原則、0か1かという計算を得意とする世界観をベースに作品づくりを進めますから、正確性、合理性、スピード感を伴った作業ができます。同じものを大量に作る場合にも適しています。一度工程を完成させれば、間違いが起きづらいのはメリットですが、その反面、画一性に縛られると偶然性も起こりづらいですよね。

アナログな手法の場合は、同じものを制作しても、かならず微妙な差異が生まれます。手作り作品は1つ1つ異なるはずで、その差異が個性や価値につながります。また、作業の過程で思いもよらなかった発見や偶然性に出会える喜びもあると思います。不合理さが魅力にも成り得る手法だと感じています。

僕は双方に良い面があると思っているので、どちらかに偏るのではなく、両方の手法を組み合わせて補完し合うことで、新たな表現方法に到達できるのではないかと考えています。

――今後、双方の手法はより緊密な関係性を持っていくのでしょうか? 未来の映像の可能性についてもお聞かせください。

後藤 僕は、これまで日常的に目にしてきた多くの映像は、映画館のスクリーン、テレビやパソコン、スマートフォンの画面など、原則、四角い画面の中に閉じ込められてきたように感じています。翻って過去の映像に目を向けてみると、もっと開放的でフィジカルな要素があったように思われます。ゾートロープもそうですし、例えば、南フランスに先ほども触れた約3万年以上前に描かれたショーヴェ洞窟壁画というものがあります。有名なラスコー洞窟壁画よりも古いもので、実際に足を運んだことがあるのですが、野生の牛や猿が、アニメーションのコマ送りのように描かれているんです。つまり、当時の人類は、既に動きをコマで捉えていたのではないかという仮説があるのです。そしてこれは今の映像の考え方と根源は同じなのです。

また、既にお話したように、19世紀に端を発する連続写真やゾートロープには、人の手で動かすというフィジカル性も備わっています。そうやって映像のルーツを探っていくことで、いろいろな視点から「動きってなんだろう」「映像ってなんだろう」という本質的な問いかけを深めていくことができます。

四角い画面から解放されたフィジカルな世界観に、デジタルテクノロジーを掛け合わせた今までにはない手法が更に生まれてくることで、映像の文化自体がより豊かになっていくようにも思います。見た目が面白いとか、派手であるという部分だけではなく、映像そのものの持つ力というものが、もっといろいろな側面から議論されていくと映像の可能性が広がっていくのではないでしょうか。

後藤氏

――後藤さん自身の創作活動のテーマもより開放へ向かっていくのでしょうか? この先、どのような展望をお持ちですか?

後藤 僕は、アーティストって問いを生み出す存在でもあると思っていますが、見えない世界を追究するために、興味の対象を分析し道なき道を切り開いていく存在でもあると思っています。

ただ、偶然性を楽しむことも大事だと思います。例えば、僕はよく、あえて地図を持たず、計画も立てない一人旅に出かけます。行き先はラオス、ミャンマーなど観光地化されていないローカルな村が多いですね。たまたまたどり着いた村の子どもと一緒に絵を描いたりすると、彼らの新鮮な感性に刺激を受けます。彼らの捉えている世界観と、日本の東京という都会に住む僕の世界の捉え方には、大きな隔たりがあり、それを興味深く感じます。

これまで人間であったり、動物であったり、血の通った生物をモチーフにしてきましたが、現在は、もともと生きていないものに「anima(アニマ)」を宿らせてみたいとも考えています。実際に『toki-』シリーズの一環として、「数字」をモチーフに作品を作ったのですが、数字が生きているように目の前でウネウネ動くことで今まで認知したことのない動きが立ち現れ、妙な気持ちになったんです。

作品

僕たちが今、認知している世界や物事の捉え方というのは、まだまだ一面に過ぎなくて、見方を変えることでより深く根っこの部分を探究することができると思います。極端な例ですが、人間よりも高次元、5次元を知覚できる生き物も宇宙にはいるかもしれないですよね。彼らは時間に触れることができたり、人間には知覚できない世界が見えているかもしれなくて、そうすると、人間が見ている世界はほんのわずかな一部分なのかもしれません。

『toki-』シリーズでは、「動きと時の関係性」の捉え方を探り、通常、僕たちが当たり前のように感じている動きの連続性、時間の流れ方に別の視点を見つけようとしました。そうやって、今後も創作活動を通して、世の中を少し違った視点から捉えていきたいですね。

TEXT:岸上雅由子

後藤映則(ごとう・あきのり)

アーティスト、デザイナー。1984年岐阜生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。近年の参加した主な展覧会に、アルスエレクトロニカフェスティバル 2018(オーストリア)、SXSW Art Program 2017(アメリカ合衆国)、THE ドラえもん展(全国巡回展)、STOP LICHT展 2017(オランダ)、六本木アートナイト 2017(東京)など。受賞歴に、Prix Ars Electronica Honorary Mentions、文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品、日本サインデザイン賞 経済産業大臣賞・最優秀賞、MUSIC HACK DAY Tokyo グランプリ、グッドデザイン賞など。イギリスのNational Media Museumやドイツのphaenoに自作がパブリックコレクションされている。