日本伝統の逸品が並ぶオンライン・ショッピングサイト「NIHON ICHIBAN(日本一番)」。選び抜かれた1つひとつの品物が持つ知られざるストーリーが添えられ、日本文化の魅力が海外に発信されている。後継者不足に悩む伝統工芸品や老舗の味を継承するために立ち上がったのは、なんとドイツ人だった。神奈川県小田原市の老舗梅干し店 株式会社ちん里う本店常務取締役、ニコラ・ゾェルゲル氏だ。世界的な家電メーカーやIT企業などで長年培った財務、営業、経営などのノウハウを生かし、日本の伝統品の新たな市場を生み出した。箱根芦ノ湖畔に「NIHON ICHIBAN」の実店舗があると知り、ニコラ・ゾェルゲル氏を訪ね、お話を伺った。

日本の逸品を世界に発信するオンライン・ショッピングサイト「NIHON ICHIBAN」

――日本伝統の逸品を世界に向けて紹介し販売しているオンライン・ショッピングサイト「NIHON ICHIBAN」はどのような経緯で始められたのですか?

ニコラ 私は、家電メーカーやIT、通信会社などで主に財務関連の仕事をしてきました。当時勤めていたドイツ企業の日本法人で働くため日本人の妻とともに2001年に来日し、日本で就業してきました。2010年に妻が実家の老舗梅干し専門店「ちん里う本店」の5代目に就任することになり、私もその経営に携わることになりました。
それを機に、梅干しや桜の花の塩漬けなど自社製品の海外への販売を目指して、英語のオンライン・ショッピングサイト「NIHON ICHIBAN」を構築したのがきっかけです。最初は、小さい売り上げでしたが、半年、1年とたつうちに徐々に売り上げが伸びていきました。

ニコラ・ゾェルゲル氏

箱根の「NIHON ICHIBAN」の実店舗に取材で訪ねたのは、4月に時ならぬ大雪が降った日だった。

――オンライン・サイトでは、試食ができず味をみて購入することができません。梅干しや桜の花の塩漬けなど日本ならではの味を知らない海外のお客様は、日本の食品をどういうきっかけで購入するのでしょうか?

ニコラ オンライン・サイトが軌道にのるきっかけとなったのは、実は、桜の花の塩漬けなんです。これが海外で大ヒットして、今では国内の売り上げを上回るほどです。アメリカの有名な料理ブロガーの方が当社の桜の塩漬けを買ってくれて、これが大変おいしかったとのことで、その方が桜の塩漬けを使った料理を地元の食材で作り、レシピを公開してくれました。桜の花は、海外ではなかなか手に入らないので、購入される方はこちらへどうぞと当社のサイトのリンクを貼って紹介してくれたのです。そうしたら、一般の方はもちろん、お菓子屋さんや料理店のシェフからも注文が入るようになりました。当初は30グラム売りでしたが、それが500グラムになり、1キロになり、今では10キロ単位の業務用販売へとつながっています。
カナダでは桜の花びらを使ったお酒の和風のジン、パリのショコラティエの桜チョコ、桜のかざりの石鹸など当社の桜の花びらを使った製品が世界中で大人気なんですよ。フリーズドライの桜の花びら、桜シロップなど、桜市場というのがあったならば当社がシェアNo.1じゃないかと思います。桜というと春のイメージですが、南半球では秋なので、二毛作のビジネスです(笑)。

桜の花の塩漬け

――そこから各地の日本伝統の逸品を取り扱うようになったのは、どんな経緯からですか?

ニコラ 「ちん里う本店」は、梅干しを通信販売してきました。事務所もありますし、倉庫もある。発送部もあり流通もできる。注文を受けて発送するというビジネス・インフラは、すでに持っていました。そのインフラを使えば、自社製品に加えて日本の伝統工芸品や老舗の味などを世界中に販売できるのではと考え、ECサイト「NIHON ICHIBAN」を開設しました。まずは小田原鋳物やお茶屋さんなど、近所の仲の良い老舗にお声がけをしました。特に小田原鋳物の風鈴は、早くから成功しました。今では、山形鉄器、江戸風鈴、静岡の竹細工風鈴など伝統的なものからモダンなデザインのものまで取りそろえ、年間数千個売れています。
「NIHON ICHIBAN」は、現在約3000種類の商品を取り扱っています。現在システム・インフラを再構築中で、今後1万種類まで増やせる体制を整えます。

――どのように日本の伝統品を知り、取り扱いの交渉をされているのですか?

ニコラ 最初の頃は、百貨店の伝統工芸品を集めた催事に出向き、興味を持った製品の職人さんに、「NIHON ICHIBAN」のコンセプトをプレゼンテーション資料に使って説明して回ったりしました。
とてもラッキーだったのは、東京ギフトショーに伺った際、中部圏の品物を紹介するブースで、三重県・岐阜県・愛知県の海外プロモーションを担当している方が興味を持ってくれ、それらの県の伝統工芸品を作っている職人さんをたくさん紹介してくれたことです。その方は職人さんに事前に「外国人が話を聞きに行くから、心の準備をお願いね」と根回ししてくれました(笑)。

大切なのは、その製品の持つストーリー

――「NIHON ICHIBAN」のお客様は、ほとんどが海外からのアクセスだと思いますが、実際に伝統工芸品を手に取ってみることができない状況で、どのようにその製品の魅力を伝えているのですか?

ニコラ 長い歴史を持つ日本の伝統品には、それまで培われてきたストーリーがあります。私は「NIHON ICHIBAN」で扱う商品には、ストーリーを大事にし、それを外国人にも分かりやすく英語で説明をします。ですから、必ず職人さんのところに出向き、質問をたくさんします。職人さんの多くは、話すことがあまり得意ではありません。「何でそんなこと聞くの? 当たり前じゃない?」と言われることがありますが、当たり前だと思っていることが、実は多くの人には新鮮で驚きだったりするのです。特に外国人にとっては、まさに異文化発見です。それを上手に引き出してストーリーを作ります。「私も5代に渡って続く老舗の梅干し店の者なんですよ」と言うと、急に心を開いてくれてたくさん語り始める職人さんもいらっしゃいます。
直接話すと、さまざまな情報を得ることができます。「私自身がこの目で見て、聞いて、集めてきた情報です。これは本物の日本の伝統文化を継承する逸品です、私を信頼して、ぜひ安心してご購入ください」と、サイトの会社概要に私の顔と名前を載せています。私の顔が信頼の保証マークです(笑)。

ニコラ・ゾェルゲル氏

――「NIHON ICHIBAN」で扱っている物で特に印象的なエピソードはありますか?

ニコラ 和蝋燭(わろうそく)という美しいロウソクがあります。きれいな絵が描かれているものもあり、怒り肩の形も美しいのですが、値段が高いので最初はあまり売れませんでした。この蝋燭、長期保管すると粉を吹くのです。実はこれ、化学物質が何も含まれていない証拠なんです。この和蝋燭は、櫨(はぜ)の木蝋(もくろう)から作られていて、全てが植物由来のものから作られています。そこでうちのスタッフの菜食主義の者が、「絶対菜食主義者(Vegan:ヴィーガン)のための蝋燭」として売ったらどうかとなりました。そうしたら、これが大ヒット商品になりました。
パラフィンなど石油系のものが含まれていないので煤(すす)が出ず、木蝋と和紙で作られた蝋燭は、本当に美しい炎が揺らぎます。

――そうした製品を集めた実店舗の「NIHON ICHIBAN」を、ここ箱根にオープンされましたね。

ニコラ もともとは本業の梅干し店を、というのがこの建物のオーナー会社からの依頼だったのですが、私は店舗の半分を梅干し、もう半分を「NIHON ICHIBAN」の伝統的な逸品の売り場としました。箱根は国際的な観光地で世界中から観光客が訪れます。しかし、当たり前といえば当たり前なのですが、土産物店はどこも箱根の土産ばかり売っています。どこに行っても同じものを売っているので、1つくらい「日本」という視点から見たお薦め品を売る店があってもいいのではと思いました。ここに来れば、日本中から私が選りすぐった逸品が手に入ります。「今回は日本のほんの一部しか行けなかったけど、実は欲しかった別の地方の逸品が手に入って良かった」という声をよく聞きます。レシートには、「NIHON ICHIBAN」のURLが記載されているので、母国に帰ってからネットで再注文いただくことも多いです。

NIHON ICHIBANの実店舗

――売り場には、印傳の品物がたくさん置かれています。素材の鹿革は、海外でも多くの製品がありますが、鹿革に模様付けされている漆の伝統技の価値についてはどのように説明されているのですか?

ニコラ 実は、漆についてはまだ上手な説明ができていないのです。漆の価値は海外の人には、なかなかに分かりにくいですね。「プラスチックや陶器のお椀だと数百円で買えるのに、なぜ漆器になると数千円、数万円もするのですか?」と。印傳の漆の技についても同じように、なかなか分かりにくい。
ウィスキーは樽の中で何十年も熟成させ、年数を経るほど価値のあるものへと変化していきます。漆も生きていて、使えば使うほどなじんでいき価値が出てきますので、使い込むことでエイジングを楽しむことができます。ですから印傳は、漆を塗って独特の繊細な模様付けをすることで軽くて柔らかくて丈夫になり、自分だけのエイジングを楽しむことができると説明しています。
それ以上に印傳の魅力は、400年の歴史を持っていること、そしてもともとは戦国武将の鎧(よろい)や兜(かぶと)の飾りだったと伝えます。これは、面白いですよね。外国人は、侍が大好きですし、国に帰ってお土産を渡す際にも「昔、サムライが付けていた鎧のデザインを付したお財布です」とストーリーを付けてプレゼントすることができます。もらう方もびっくりして喜ばれますし、あげる方も日本通になったと自慢できますよ。

印傳小物

――ニコラさんは、ご自身で日本の伝統的な商品を探されていますが、海外の方から「これはありませんか?」とリクエストされることはありますか?

ニコラ 「NIHON ICHIBAN」サイトでは、そうしたリクエストも受け付けています。一番驚いたのは、ヨーロッパのシェフの方からの「“かんずり”はありますか?」というものでした。「何それ?」って思いましたね。知りませんでした。ネットで検索すると、唐辛子を真冬の雪の上で3日~4日晒し、糀、柚子、塩を混ぜ合わせ3年以上熟成させたペースト状の調味料ということが分かりました。

そして、一面の白い雪の世界に鮮やかな真っ赤な唐辛子が広がる光景のそのビジュアル的な美しさも、海外の人に大きくアピールできると思いました。早速電話して連絡を取り、今では「NIHON ICHIBAN」で購入できる人気商品です。焼き鳥とか鍋物などの和食だけでなく、パスタやステーキにも相性抜群の大人向け逸品です。

失われつつある日本の伝統を残すための「老舗ホールディング」への夢

――実際に多くの職人さんに会い、日本の伝統工芸品や逸品を多数取り扱われているニコラさんから見て、失われつつある日本の伝統産業の課題は何だと思われますか?

ニコラ 一番の課題は、後継者不足です。後継者のいない高齢の職人さんが多く、この方々がいなくなったら消えてしまう危機にある伝統品はたくさんあります。また、冷たい床に座って長時間作業するなどの職場環境は、若い人に敬遠されがちです。
日本の伝統品は、高級で素晴らしい技があり、長い歴史があります。でも、ちょっと苦手なことがあります。自分たちの伝統や技を当たり前のものだと思ってしまい、実はそれはすごいことなのに、上手に伝えられていないのです。
私は将来、資金を集めてそれを日本の伝統工芸品や老舗の逸品の存続に活用する「老舗ホールディング」を作るのが夢です。職人さんには、こう言ってあげたい。「これまで通り素晴らしい技術で日本のものづくりの技を磨いてください。私は、財務、ITの導入、オンライン・ショップの運営、ブランディング、マーケティング、企業経営など長年携わってきた分野を担いますので、安心してそこを全部お任せください。一緒に世界に誇る日本の伝統を守り抜いていきましょう」と。そういう仕組みを作っていきたいです。

そのためには、成功事例をたくさん作っていかねばなりません。まずは、自社の「ちん里う本店」の改革に取り組んでいます。創業者は、小田原城の料理長でした。下級武士でしたが、家紋を使うことが許されていました。その家紋をデザインしたロゴにCHINRIUとローマ字表記にする新しいブランディング、ITインフラを刷新し、より広範な製品の取り扱いやオンライン取引の増加、少なくとも英語と日本語を話す社員の採用増と海外のお客様に向けた体制も充実させていきます。

ちん里うの商品

NIHON ICHIBANの実店舗

老舗を変えることはとても難しいです。でも変わらなければ将来も存続できるか分かりません。例えば、手作りは変えない、ITの活用や組織づくりは現代風にするなどです。
海外の展示会などでよく起こることは、日本の老舗メーカーは、まず自社の歴史や会社概要から話を始めます。でも、海外のバイヤーは、そんなことに興味はありません。今、目の前にある製品のこだわりは? セールスポイントは? その技術の優れているところは? 値段は? 最小ロットは? 納期は? 知りたいのはそういうことなのです。
「老舗ホールディング」は、日本の伝統品を海外マーケットにつなぐことができます。このまま同じことをし続けていたら消えてしまう老舗に、差別化できるストーリーを共に考え、時には新しい商品開発を行って、日本が誇る伝統工芸品や老舗の逸品に新たな息吹を与え、若い人たちに将来ずっと継承してもらえるように貢献できればと思っています。

――そうしたチャレンジ精神は、どこで培われたのですか?

ニコラ 私の母はフランス人、父はドイツ人ですから、2つの文化の間に生まれました。母方の家族は1人しかフランスに残らず、みな海外で活躍しています。私も漠然といつかは海外へ行きたい、それも家族がまだ誰も行っていないアジアへという憧憬がありました。
学生時代は、日本企業のドイツ支社でアルバイトをしていました。そこで一所懸命頑張っていたら、卒業時に「他の会社へは行きませんよね」と言われ、そのまま就職することになりました。それからイギリス企業のドイツ支社のスタートアップを手伝うことになり、表向きは財務担当マネージャーだったのですが、非公式な肩書きは、All the Rest Manager(その他全部担当マネージャー)で(笑)、ここでさまざまな経験を積むことができました。
その後、ドイツ企業の日本支社で財務担当が必要とのことでそちらに転職して、初めて日本に来ました。車通勤もできたのですが、あえて電車通勤にして、行き帰りの電車の中で日本語を猛勉強しました。
最後に移ったのは、同じくドイツ企業の関連グループのシステム会社で、CFOとして着任しました。大きな商談の最終プレゼンで、「頭数が足りないから財務担当も来てください」と言われ、一緒に臨みました。先方からは、「あなたがうちの営業担当になるなら契約しましょう」ということになり、私、営業も担当することになりました(笑)。スタートアップの立ち上げから、財務、営業も担当し、では次は社長をやりなさいと。最終的にはアジア統括社長もやらせていただきました。チャンスがあったら何にでも挑戦したいとずっと思ってきました。ダメだったらまたやり直せばいい。チャンスを逃さないのが自身を成長させる鍵です。

ジグソー・パズルのピースを1つずつ

――これから、どんなことにチャレンジしていきたいですか?

ニコラ 先ほどお話したように「老舗ホールディング」の設立にチャレンジします。成功事例をたくさん作り、その中で組織や人を育てていきたいです。ドイツには、中小企業が大変多く、それを支援するファンドが大きな成果を出しています。それと同じことが日本でできればと思っています。
会社は、新しい時代に合わせて変革していかねばなりません。私は、いつもジグソー・パズルを考えています。外枠から作っていき、だんだんと絵が見えてきます。まずは、外枠となる方針、目的を思い描いて、その中にIT、財務、人事など必要なピースを1つずつ当てはめて完成させていきます。
さまざまな企業と取引していると、後継者がいなくて困っているという情報も入ってきます。新しい商品を開発して売り上げを伸ばしませんかと、まずは比較的小規模な企業で成功事例を作っていきたいと思っています。リスクの高いことをいきなり始めることはしません。あくまでもパズルの外枠をきちんと固め、確実にピースをはめ込んでいきます。

――最後に、ニコラさんにとって日本の伝統品の魅力はなんでしょうか?

ニコラ 日本の伝統品は、品質はとても良いですが、値段が高いです。それだけでは売れません。
しかし、そこには長い歴史を生き抜いてきたストーリーがあります。それを上手にパッケージにして、お客様にお届けする必要があります。
3Dプリンターなどの登場で、誰でも低コストで均一な製品を大量生産できるようになってくるでしょう。そんな時代だからこそ、手作りの価値が生まれると思います。それが日本の伝統品の魅力です。「NIHON ICHIBAN」は、海外のお客様向けのサイトですが、日本のお客様にとっても本当に良いものを発見できる、日本再発見のサイトだと自負しています。そしてぜひ、自国の伝統品の素晴らしいストーリーの語り部になってください。日本の伝統がこれからもずっと続いて行くために…。

ニコラ・ゾェルゲル氏

TEXT:栗原 進

ニコラ・ゾェルゲル(Nicolas Soergel)

株式会社ちん里う本店 常務取締役
1969年 ドイツ生まれ。
1994年 ソニー ドイツに入社。財務会計監査部門においてキャリアを積む。
1998年 ダイソン ドイツ社に入社。ファイナンス・オペレーションマネージャとして欧州におけるビジネス展開のため、財務、人事、情報システム、物流等広範囲に事業の基盤を構築。
2001年 日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社に入社。企業監査マネージャとして財務全般、会計監査などの運用・管理などに従事。
2002年 T-Systemsジャパン株式会社副社長兼CFOに就任。その後、代表取締役社長およびアジア太平洋地域統括社長を歴任。
2009年より、株式会社ちん里う本店の常務取締役。
2011年 「NIHON ICHIBAN(日本一番)」プロジェクトを開始。
日本IBM有識者会議「富士会議」のメンバー。