敏感肌で乾燥しやすい、化粧品やスキンケア商品で肌荒れを起こしてしまう。そこには、肌に棲む細菌のバランスが影響しているかもしれない――。そこに着目したのは、東京大学大学院在学中にたった1人で起業した株式会社ラボ・リアンテ 代表取締役の藤本 舞氏だ。
自身も敏感肌だった藤本社長は、専門分野のゲノム解析研究の知見を生かして肌の環境DNAをチェックするキット『はだしらべ』を開発し、肌の細菌バランスを調査する新しいアプローチのスキンケアを提案している。肌の細菌バランスから見えてくるものは何か。目指すビジネスの現在と将来について、お話を伺った。

たった1人で起業した「ラボ・リアンテ」

――東京大学大学院で分子生物学の研究により博士号を取得されましたが、在学中はどのような研究をされていたのですか?

藤本 主にがんのゲノム解析の研究をしていました。塩基配列を読んで、がんの事象を見る研究です。創薬に結びつけるというよりは、がんそのもの、メカニズムなどの基礎研究を行っていました。正常な細胞とがん細胞の遺伝子を比較して、その違いを明確にするものです。

――卒業後、企業に就職する、大学に残って研究を続けるなど、いくつか選択肢があったと思いますが、起業という道を選ばれたのはなぜですか。

藤本 企業への就職は、あまり考えていませんでした。大学に残って研究を続けようと思っていたのですが、その一方で何か違った道があるのではとも思っていました。大学でさまざまな実験をしていると、論文にはならないけど面白いデータがたくさん出てきます。業界ではすでに一般的であまり多くの人が取り上げないものの中にも、応用の仕方次第で新しい形に発展し、社会に貢献できるものもいろいろあるのでは、と思ったのが起業するきっかけです。大学で研究したことは、論文を書いたり、特許を取らないと世の中には出ていかない。でもそうすること以外にも、興味深い研究の種を上手に芽生えさせ、育てていくことができるのではと思いました。

藤本舞氏

また、研究者と一般の方との考え方には随分と隔たりがあるなと日々感じていました。ゲノムを読み解けばなんでも分かる、と誤解されていることもありますね。最近は、肌の一部の組織を採取してしかるべき機関に送れば、ゲノム解析をしてくれるサービスも増えてきました。かかりやすい病気は何か、どういう体質なのか、などを解析してくれます。

でも、遺伝子はとても複雑です。例え全塩基配列を読んだとしても、こうだと断言することはできません。ハリウッドの有名な女優さんが、自分のある遺伝子を調べて、乳がんを発症する確率が高いからそうなる前に乳房を切除したということがありました。がんの中には、ある程度発症率が特定できる種類のものが確かにあります。しかし、それはすべてのがんが同様に特定できているわけではありません。また生活習慣など外的要因もあります。ゲノムを読めばすべてが分かると思われがちですが、実は分からないことの方がずっと多いのです。だからこそ、研究者の探求が続くのであり、そこにもビジネスの機会があるのではと思いました。ちょうど大学に残るかどうか決めなければならない頃、コンサルティングの依頼が来て、「費用を払いたいから法人化してほしい」と言われていました。じゃあ、在学中に法人化しちゃおうと起業しました(笑)。

――1人で起業されたのですか?

藤本 はい。5期目が終わるまで、社員は私1人でした。私が全てコントロールできる範囲の中で今も事業をしています。出資のお話もよく頂くのですが、お金や人を集めてからビジネスを展開するのではなく、小さい規模から事業を育て、徐々に拡大させていこうと考えています。

――株式会社ラボ・リアンテの事業内容について、あらためて教えてください。

藤本 創業当初から行っているのはコンサルティング事業です。バイオ・ベンチャーの設立時におけるアドバイスや、バイオ・ベンチャー企業へ出資を考えている投資家・投資企業への提言を行っています。特に出資する企業や投資家がどの企業に投資すべきか、その事業内容やプランを聞いてきて評価してほしいというものが多いですね。バイオ関連は専門性が高い内容ですので、それを私が聞いて分かりやすく咀嚼し依頼者に再プレゼンします。現状は実現性のあるベンチャーから、まだ研究段階でまずは明日の資金がほしいというものまで、さまざまです。ビジネス内容や事業プランの判別を行っています。

会社を設立して間もない頃は、大学からの受託実験を行うラボも設けていましたが、現在は肌の状態をチェックするキット『はだしらべ』と化粧品の開発・販売にシフトしています。

藤本舞氏

肌の細菌バランスで見えてくる正しいスキンケア

――『はだしらべ』とはどのようなものですか?

藤本 綿棒で頬やおでこから肌細菌を採取して、肌環境を調べるキットです。肌に棲む細菌のバランスを円グラフで表示したレポートにして提出します。細菌は2000種類ほど確認されていて、多い人で数百種類検出できますが、少ない人だとその半数以下に減少してしまいます。そのうちで善玉菌・悪玉菌や日和見菌として分かっているのは、今のところ4種類。日々、新しい菌が発見され、名前が付いているような状況で、まだまだ多くのことを解明していかねばなりません。

『はだしらべ』検査キット

この検査キットで分かる確かなことは、肌の状態が良い人からは多くの種類の菌がバランス良く均一的に検出されることです。決して善玉菌だけ多いのが良いという訳ではなく、多種多様な菌が均一に検出されるほうが、健康的で肌状態が良いのです。
一方、例えばニキビに悩んでいる人は、検出される菌の8割がアクネ菌というように非常に大きい偏りが見られることがあります。このように肌に棲む細菌が特定のものに偏っている人には、肌トラブルが起きていることが分かってきました。

『はだしらべ』の検査で分かる肌細菌のバランス例

図表:細菌叢解析結果。『はだしらべ』の検査で分かる肌細菌のバランス例 
(図表提供:藤本舞社長)

病院や美容エステなどでこの検査が受けられますので、結果を基にその人に合ったスキンケア商品・化粧品の選定や、食事や運動など日常生活のアドバイスが得られるようになっています。

藤本舞氏

――どうして肌の細菌を調べてみようと思われたのですか?

藤本 私自身が大変な敏感肌で、市販の化粧品で肌荒れが起きたり、乾燥しがちだったからです。化粧品店の店頭では、肌の肌理(キメ)や水分量・油分量などをチェックしてくれますが、もしかしたら肌荒れには、他の要因があるのではと思いました。大学でゲノムの研究をしていましたので、肌表面のメタゲノム(特定の微生物を分離・培養をせず、直接収集・抽出する遺伝情報) 、環境のDNAを解析することで別の原因が見えてくるのではと考えました。自分自身のDNAは変えられません。変わったら大変なことになってしまいます(笑)が、環境DNAは変えられるのです。そこに解決策があり、ビジネス・チャンスもあると思いました。

――肌の細菌について、これまでどのようなことが分かってきましたか?

藤本 実は、まだまだ分からないことが多いのですが、いくつか見えてきていることがあります。
人によって肌細菌のバランスは違いますので一概には言えませんが、例えば、ある化粧品成分は悪玉菌の餌になってしまい、悪玉菌を増やしてしまう可能性があります。また、殺菌作用の高い成分が含まれた化粧品を使用すると、悪玉菌も除去できるけれど、同時に善玉菌はじめ他の菌も殺してしまい、肌のバランスを崩してしまいます。また重ね塗りのしすぎは肌への負担や摩擦を増やし悪影響を与えることもあります。

――洗顔後の基礎化粧品のステップもいろいろありますね。

藤本 化粧水、乳液、美容液、保湿クリーム、ファンデーションなどそれぞれに防腐剤が入っているとすると、重ね塗りすることで肌上で添加物の濃度が上がり肌トラブルになることもあります。

藤本舞氏

――肌の環境を良くするために心がけるべきことはありますか?

藤本 『はだしらべ』のレポートでも言及しますが、まずバランスのとれた食生活が重要です。これを食べると肌に良いとか悪いとかではなく、何でもバランス良く食べることが大切です。

今日からできる簡単なアドバイスを1つ。枕カバーとしてタオルなどを使っている方がいらしたら、凹凸のない布生地のものに変えるだけで肌の状態が良くなりますよ。これまでたくさんの人の肌を見てきましたが、肌理(キメ)が乱れている人に共通していたのが、枕カバーとしてタオルを巻いていることでした。これでは寝ている間、寝返りで肌への摩擦が繰り返し起きてしまいます。すべすべした優しい生地の枕カバーに替える、これだけで肌の状態が良くなります。ぜひ試してみてください。

細菌バランスの取れた肌環境を、多くの人に届けたい

――今、課題と感じていることは何かありますか?

藤本 『はだしらべ』キットで採取した肌の細菌データを解析するために利用している、次世代シーケンサーという機械のランニング・コストが高いことです。お客様のデータを迅速に解析し、レポートを作成したいのですが、現状では一定数が集まってから行うため、場合によってはお待たせすることになります。1000件単位で依頼があるとすぐに処理できるのですが、サンプル数が少ないとお待ちいただくことなってしまうのです。

藤本舞氏

――『はだしらべ』のキットを個人で購入して御社に解析依頼をすることはできますか?

藤本 現在、『はだしらべ』の解析は、病院やエステサロン経由からの利用となりますが、将来的には個人でキットを購入して郵送していただき、当方からレポートを返送するというかたちも導入していきたいと考えています。
ただ、重要なことは検査結果のレポートを見て、次のアクションに結びつけることです。病院ではその結果をもとに治療、エステサロンであれば取り扱っている製品やサービスの施術に利用することができます。レポートを基に的確なアドバイスを行うには、現状のスキームの方がお客様にとっても有益と考えています。

――御社が扱われている美容液は、『はだしらべ』のデータを活用して生まれたものでしょうか。こちらも小売りはされていませんね。

藤本 はい、『はだしらべ』で集まったデータをもとに開発・商品化しました。注目したのは細菌ですので、細菌のバランスを整える美容液です。防腐剤やアルコールなど、通常のスキンケア商品や化粧品に入っているものを排除して、善玉菌の力をサポートする成分を配合しました。

美容液

解析結果を基に、理想の細菌バランスを目指すために開発・商品化した美容液ですので、例えばアクネ菌の割合が極端に多く、ニキビでお悩みの方には向いていません。
今後、解析結果を基にそれぞれの肌環境にあった製品を販売する予定です。アクネ菌の割合が多い方のための美容液は、すでに開発にとりかかっています。この美容液は中国でも販売しようと考えています。中国ではニキビに悩んでいる人が多いそうで、とても期待されており、開発を急いでいます。

モニターとして利用していただいているお客様から、化粧水や保湿、クレンジングなどの商品を望む声も多く、従来にないトータルケアとしてのラインアップも揃えていきたいと考えています。ゆくゆくは、自社製品の店舗を出店したいと思っています。

藤本舞氏

――1人で順調にビジネスを伸ばしておられますが、現在起業を考えている学生になにかアドバイスはありますか?

藤本 自分の専門性を持ってから起業した方がいいと思います。私は、たまたま在学中に起業しましたが、就職することで学べることも大変多いですし、人脈も築くことができます。研究を進めて専門性を持っている院生であれば、起業も良いと思いますが、学部生でしたらまずは就職するか大学院に進むことをお勧めしますね。
私は大学院で研究をしていなかったら、バイオ・ベンチャーのコンサルティングの仕事もなかったでしょうし、実験の受託もありませんでした。やはり、自分に確固たる専門性を持つこと、誰にも負けない得意分野を持つことがとても重要だと思います。

――今後どのように自社をブランディングしていかれますか?

藤本 化粧品業界は、すでに業界の常識ができあがっています。クレジング、化粧水、美容液、保湿、ファンデーション、メイクアップと確固たるトータルケアのモデルがあります。それをちょっと壊してみたいですね。こういうやり方、アプローチもあるのだというものを作っていきたいです。
私のような敏感肌には、肌の水分量・油分量・肌理(キメ)だけではなく、細菌のバランスを整えることが大事だという視点です。新しい敏感肌市場というのを作っていきたいです。私のやっているメタゲノム は、比較的新しい研究分野ですし、ビジネスとの相性も良いと思います。自分の知識、経験が生かせるこの分野でこれからも挑戦をしていきます。

藤本舞氏

TEXT:栗原 進

藤本 舞 (ふじもと・まい)

株式会社ラボ・リアンテ代表取締役。2015年3月東京大学大学院工学系研究科にて博士号取得。2014年7月大学院在学中に起業し、バイオベンチャー向けのコンサルティングや、大学からの実験受託などの業務を開始。2017年にメタゲノム解析を利用した肌細菌解析キット『はだしらべ』シリーズを開発して販売を開始した。 また、2018年7月には肌細菌に注目した『スキンコントロールエッセンス』を販売開始し、最先端の研究を活かした美容商品の開発・販売を行っている。