日米を舞台に、再生医療の最先端を走る―― iPS細胞から「ミニ肝臓」を創った32歳の武部貴則教授の次なる挑戦は、「多臓器再生」

培養皿の中でモコモコと立体的に成長する5ミリほどの細胞のかたまり――それはiPS細胞から「ミニ肝臓」が誕生した瞬間だった。開発した武部貴則氏は当時24歳、横浜市立大学医学部の助手だった。2年間の審査を経て論文が2013年に英国の科学誌『ネイチャー』に発表され、世界で大反響を呼んだ。
それから5年後、武部氏は31歳の若さで東京医科歯科大学と横浜市大の教授に就任。ミニ肝臓の増殖技術にも磨きがかかり、肝臓機能が欠けている新生児や、急性肝不全患者への再生医療の道筋が見えてきた。
武部教授が次に挑むのは、肝臓に加えて、連続する胆管、膵臓(すいぞう)、腸という4つの臓器を一体で再生する「多臓器再生」である。「体が本来持っている力を借り、秩序立てて成長してもらうという考え方」で、その基盤技術はすでにほぼ完成したという。
武部教授は現在、日米両国でこうした世界が注目する基礎研究を主導している。一方、生活習慣病を抱える現代人が楽しみながら生活習慣を改善したくなる「広告医学」という新領域も切り開いている。再生医療研究の展望と広告医学について伺った。

立体構造の臓器を創り、再生医療の第一段階を突破

――先生が2013年に発表されたミニ肝臓の論文は世界に大反響を呼びましたが、どういう点が画期的なのか、また今後の再生医療に対してどのようなインパクトを持つのか、あらためて解説をお願いします。

武部 iPS細胞は万能細胞と言われていて、体のどんな組織の成分にも変換することができます。ただ、これまで細胞を平面的なパーツとして増やすことはできても、立体的な形を持つ臓器の形で創れないことが課題でした。臓器はいろいろな種類の細胞が集まってはじめて機能します。ですから1種類の細胞だけ移植しても再生治療にはなかなか到達できなかったのです。
ミニ肝臓の創出は、この壁を突破する第一段階としての意味があります。具体的には、肝細胞になる前の前駆細胞と、血管になる前駆細胞、組織をサポートする間葉系前駆細胞の3種類の細胞を混ぜ合わせて、立体的な構造体(ミニ肝臓)を創ることに成功したのです。

こうした構造体をオルガノイドと呼びます。大きさはミリ単位以下と小さいですが、代謝など肝臓の機能をきちんと発揮します。これまで細胞移植だけでは治療できなかった病気に対して、オルガノイドを移植して治療するという新しい概念を示すことができたと思います。

ミニ肝臓作製法の確立

図1 All-ipsc ミニ肝臓作製法の確立 画像提供: 武部貴則教授

今の技術でも新生児や急性肝不全患者への適用は可能

――このミニ肝臓の登場によって、肝臓の再生医療は可能になるのでしょうか。

武部 まだ研究すべき課題はたくさんありますが、現状のミニ肝臓でも助けられる患者さんはいます。簡単に言うと、ミニ肝臓を移植して比較的短い期間だけ肝臓機能を補い、その後に肝臓移植手術につなぐという方法です。
例えば、生まれて間もない新生児で肝臓機能に異常がある場合、生後6カ月までは手術の負担に耐えられないので肝臓移植手術ができません。そうした新生児に直径0.1~0.2ミリのミニ肝臓を数億個移植(注射)して生着・成長させ、6カ月まで生きることができれば、今は助からない新生児もその後に肝臓移植手術を受けることができます。
この再生医療は、横浜市大医学部の谷口英樹教授を中心とする研究グループが、数年内に実施する計画を進めておられます。6カ月未満の新生児にミニ肝臓を移植して肝臓機能を補った後、それを取り出して肝臓移植手術に移行することになるでしょう。この再生医療は最初の臨床研究なので、まず安全性を確認することが最優先の目的です。

もう1つの例は、急性肝不全や亜急性肝不全の大人の患者さんの場合です。発症してから1カ月弱ぐらいで急に病状が悪化し、1~2週間で亡くなられる方がいます。特に欧米に多く、臓器移植が間に合いません。こうした患者さんの腹部にミニ肝臓を移植し、生着させて1~2週間持ちこたえることができれば、その間に本来の肝臓の機能が回復して治癒することが期待できます。
この場合は、他人のiPS細胞から創ったミニ肝臓を入れるので、拒絶反応が起きないよう免疫抑制剤を投与します。患者さんの肝臓が回復してきたら免疫抑制剤を切る。すると移植したミニ肝臓は消えていきます。まさに一時的に患者の体内で生着して機能して消えるのです。

武部貴則氏

多臓器再生では時間軸に沿ったコントロールが必要

――ミニ肝臓をもっと本格的な再生医療に役立てるには、どのような課題があるのでしょうか。

武部 実際の肝臓には免疫細胞や造血細胞が存在しているので、ミニ肝臓にそれらを加えなければいけません。免疫細胞を加えることはすでに成功しており、この5月末に記者発表したばかりです。この技術は治療というより、脂肪肝という病気のモデルとして薬の開発に役立ちます。

その次の大きな課題として「多臓器再生」があります。肝臓は胆管という隣の臓器につながり、胆管はその先で膵臓の管と合流し、胆汁が腸に流れ込みます。もし胆管が閉塞する病気になると、肝臓も機能不全に陥ってしまう。ですから肝臓を創るだけではなく、4つの臓器を一体として再生する必要があります。
また肝臓などの臓器や細胞は、時間軸に沿って再生をコントロールすることが必要です。例えば造血細胞であれば、胎児期だけに必要になるので、成長の途中で消えてほしいのです。

武部貴則氏

培養した臓器の「芽」は新生児の力を借りて成長させる

――臓器や細胞の再生を、人為的にどのようにコントロールするのですか。

武部 私たちはiPS細胞だけでなく、ES細胞(受精卵から作成)も使っています。ES細胞はきちんと培養すれば、体のあらゆる臓器になります。問題は、必要とする部分(肝臓、胆管、膵臓、腸)だけをどうやって選択して再現するかということです。

私たちはES細胞が肝臓、胆管、膵臓、腸に分れる瞬間に着目しています。具体的に言うと、最初に腸が3つ(前腸・中腸・後腸)に分かれた後、前腸と中腸の間から肝臓、胆管、膵臓が出てきます。そこで前腸と中腸が分れたところまで再生してやれば、肝臓・胆管・膵臓は自律的に分化するのではないかと仮説を立てて検証したところ、その通りになることが確認できました。
これは胎児の2カ月目あたりに相当します。受精から出産までおよそ10カ月かかりますが、最初の2カ月分の臓器の「芽」ができるところまで培養し、残りの8カ月分は新生児の体が本来持っている力を借りて成長してもらうという考え方です。体の邪魔をしないようにきちんと初期設定をし、秩序立てて再現することを目指しています。
最初のミニ肝臓は、あらかじめ準備した3種類の細胞を混ぜ合わせて創りましたが、多臓器再生では、もともと均一の細胞を自律的に多様に分化させています。

その基盤技術はすでに出来上がっており、1~2カ月のうちに論文を発表できると思います。これはここ数年で一番大きな成果になります。これまでの進展を整理すると、以下のようになります。(カッコ内は編集部注)

① ミニ肝臓1.0 肝細胞・血管・サポート細胞を組み込んだミニ肝臓(2013年に発表。これから臨床応用へ)
② ミニ肝臓2.0 免疫細胞を加えたミニ肝臓(今年5月末に記者発表済み)
③ ミニ肝臓3.0 多臓器(肝臓・膵臓・胆管・腸)を一体再生したミニ肝臓(近く論文を発表予定)
④ ミニ肝臓4.0 更に造血細胞を組み込んだミニ肝臓(研究開発中)

武部貴則氏

ふだん使わない培養皿を偶然使ったことが奏功

――研究の進展は急ピッチですね。ミニ肝臓を初めて創られた時は、培養皿の偶然も味方してくれたと述べておられます。どのような実験の経緯があったのでしょうか。

武部 肝臓が働くにはどんな細胞が必要なのかは、以前から分かっていましたが、細胞を培養するテクノロジーにボトルネックがありました。どうすれば3種類の細胞の機能を保ったまま臓器を3次元の立体に再生できるのかが非常に難しかったのです。
最初のころは普通の細胞培養用のプレートを使っていましたが、3種類の細胞をどのように混ぜても2次元の平面にしかなりません。隙間のあるスポンジも使いましたが、うまく行きませんでした。

ある日、細胞培養には不向きだと思えるような培養皿を使って実験しました。普通の培養皿は表面に細胞が付着しやすいようにコーティングしてありますが、その日使った培養皿には何のコーティングもしてありませんでした。私は研究キャリアが短いので、人と同じことをしても仕方がないと思ったのです。
すると皿の表面に置いた3種類の細胞は、自律的に形を作ろうとする力を引き出されて集まり、モコモコとかたまりを形成したのです。大きさは5ミリほど。普通の培養皿では細胞は顕微鏡でないとよく見えないし、境界も分からないのですが、この時はピンセットでつまんでそのまま移植できそうなほどでした。
試しにマウスに移植したところ、すぐ血液が流れ出し、肝臓機能も動き出しました。結局このことによって、「スポンジなどに入れて無理やり立体にするのではなく、細胞を自由に動けるようにしておく。そうすれば自ら立体になる力を活用してかたまりになる」、ということが分かったのです。

24歳の助手が成し遂げた成果、周囲は否定的だった

――周囲の受け止め方は、当初、皆さん否定的だったと聞きました。

武部 教授にも先輩にも叱られました。「カビじゃないのか」とか「ゴミみたいなものを持って来ないでくれ」とか(笑)、みんな冷ややかでした。確かに培養皿の細胞のかたまりはカビの菌糸が生えたようにも見えたのです。
私は当時、横浜市大医学部を卒業して間もない24歳の助手でした。その後2年かけてミニ肝臓の代謝能力、たんぱく質を作る能力、アンモニアなどの解毒力を確かめ、2013年『ネイチャー』誌に論文が載ったのです。
2014年にはミニ肝臓の量産に最適な培養法も確立しました。簡単に言うと、ゴルフボールの表面にあるような直径0.1~0.2ミリのU字状の小さな穴(ディンプル)が2万個ほどある培養皿を使うのです。そこに3種類の細胞をまとめて入れると、タコ焼きみたいに2万個のミニ肝臓ができるのです。U字状だと、細胞自身の結合する力だけでなく重力も使えるので、より簡単にボール状になります。新生児の再生医療には数十万個のミニ肝臓が必要ですが、この方法なら効率よく量産できるのです。

武部貴則氏

基礎研究費が削られる日本に危機感

――先生は日米両国で活躍されていますが、研究開発はどちらの国を中心に進めておられるのでしょうか。

武部 全体の活動としては、年間だいたい日本と米国で半々です。
この分野の日本の研究は、私が手掛ける基礎研究より応用研究の方に偏っている感じがします。ただ、優れた応用研究は、優れた基礎研究があってこそ。
ところが、日本では基礎研究費が年々削られてやせ細り、この先どうなるのか大変心配です。私も先ほど言ったミニ肝臓2.0~4.0の研究は、日本ではなく、基礎研究費が潤沢な米国で行っているのが実情です。できれば日本で基礎研究を行い、アクセルの役目を果たせればいいなと思っています。

私は米国オハイオ州にあるシンシナティ小児病院准教授も務めていますが、チームの研究者たちのバックグラウンドは化学、医学、工学、薬学、生物学と多彩です。異分野の交流が大切なので、同じ専門性の人はあまり入れないようになっています。異分野の人が別の観点から見ることで、新しい発見があり、画期的な研究成果も生まれるのです。

――そもそも肝臓再生に取り組むことになったのは、何がきっかけだったのですか。

武部 高校時代に後輩の父親が肝臓移植手術を受けた後に亡くなるという出来事があり、医学部の学生時代に肝臓移植手術に実績がある米コロンビア大学で研修を受けました。その間には、携わった移植手術で患者さんの命を救えたという大きな喜びがありました。
ただ、臓器移植を受けて元気になる患者さんの背後には、10万人以上の患者さんがドナーを待つ間に亡くなっているという現実がありました。1人の命を救う陰には、多くの救えない命がある。それが、自分の志していた移植医療というものだということにあらためて気づいたのです。
大学2年の時には、再生医療の専門家である東大の中内啓光教授(現スタンフォード大学教授)から、「これからは、新しい研究に基づいた再生医療が重要性を増していく」とアドバイスを受けました。
そこで悩んだ末に、臓器移植の医者から再生医療の研究の道に進むことに決めました。勉強するうちに、移植手術や人工臓器に代わって近い将来に実現しそうなiPS細胞にひかれたのです。

武部貴則氏

当初、ミニ肝臓は「きたない研究」と言われた

――ミニ肝臓の研究について当初は「きたない研究」と言われたそうですね。

武部 はい。「きたない」というのは、「説明が合理的でない部分が含まれている」「論理を詰め切れていない部分がある」というニュアンスです。日本の科学研究は主に要素還元主義(リダクショニズム)と言って、研究対象を細分化してミクロ的に理論化することが評価されてきました。
しかし、臓器の機能や連携は複雑です。ミニ肝臓も1種類の細胞のことだけ考えていたら成果は得られませんでした。常識的な発想ではないからこそ、問題解決の糸口が見つかる。ですから「きたない研究」と言われると、やる気が出てすごく燃えます(笑)。

武部貴則氏

生活習慣病を改善するための「広告医学」

――先生は「広告医学」という新しい概念を提唱され、YCU – CDC(横浜市大コミュニケーション・デザイン・センター)を設立されました。その目的や、プロジェクトの具体的な内容を説明していただけますか。

武部 医学は約2000年の歴史がありますが、この10年間ぐらい非常に大きな変化が起きています。例えば私の父は猛烈に働く人で、高血圧を患っているのに生活を改善せず、医者の言うことを聞かず、薬も飲まず、39歳のとき脳卒中で倒れました。その後、父は幸いにも奇跡的な快復を遂げ社会復帰できましたが、現代はこういう生活習慣病にむしばまれた人が多い。発症して病院に来た人を治療するという今の医学では、とても対処できません。
このギャップを埋めるには、医学を再構築して日常の生活習慣や場を変えることで、病気の発症自体をなくさなければいけない。それにはデザインなど広告の手法が有効だと考えました。

例えば――、

①  「上がりたくなる階段」は階段にトリックアートが描かれていて、1歩上ると更にその先を見たくなります。
②  「アラートパンツ」はウエストが大きくなると、二重になっている布地の外側の布のメッシュが粗くなり、内側の布地の黄色が浮き出て見える。色の変化で肥満を警告します。
③ 「こころまちプロジェクト」は殺風景で気が重くなる病院の待合室を楽しくする工夫をしています。
④ 「歩きたくなる靴」は靴にタグが埋めてあり、読み取り機を設置した場所まで歩いていくと、スマホに楽しいメールなどが届きます。
この他にもいろいろあり、YCU – CDCはゲームやイベント、商品化を検討しています。

武部貴則氏

――ところで、先生は研究者の心構えとして「セレンディピティ」と「バックキャスティング」を挙げておられます。後に続く若い人たちのためにも、具体的に説明していただけますか。

武部 セレンディピティは、思いがけないものを偶然発見する能力のことです。いろいろ経験を積むうちに、偶然の産物として自分の目の前に訪れたチャンスを見逃すことなくつかむ力を身に付けてほしいということです。
バックキャスティングは、自分がやるべきことを未来から逆算する。例えば「3年後には多臓器再生医療を絶対に実現する」という課題を設定したとすると、今やるべきことは何かを考えます。
その際には「ラディアル・シンキング」が不可欠です。ラディアルは放射状のことで、異分野の人たちが縦横無尽に発想する。別の観点から見ることで新しい考えが創造しやすくなるのです。それによって課題解決が見えてきます。私の研究室でも異分野の人材交流がセレンディピティにつながることがよくあります。

武部貴則氏

TEXT:木代泰之

武部 貴則(たけべ・たかのり)

東京医科歯科大学 統合研究機構先端医歯工学創成研究部門 教授。 横浜市立大学特別教授。専門は、再生医学・広告医学。
1986 年、神奈川県横浜市出身
2009年米スクリプス研究所(化学科)研究員、2010年米コロンビア大学(移植外科)研修生
2011年 3月 横浜市立大学医学部卒業
2013 年 11月 横浜市立大学臓器再生医学准教授
2015年 12月 シンシナティ小児病院 消化器部門発生生物学部門 准教授、スタンフォード大学幹細胞生物学研究所客員准教授、独立行政法人科学技術振興機構さきがけ「細胞機能の構成的な理解と制御」領域研究者、などを兼務
2017年 4月 シンシナティ小児病院幹細胞・オルガノイド医学センター 副センター長
2018年 1月 横浜市立大学先端医科学研究センター教授
2018年 2月 東京医科歯科大学 統合研究機構 教授
2018年 6月 横浜市立大学コミュニケーション・デザイン・センター センター長
2018年 6月 東京医科歯科大学 統合研究機構先端医歯工学創成研究部門 教授
2019年 1月 横浜市立大学特別教授
 
2013年に世界で初めて、iPS細胞から血管構造を持つヒト肝臓原基(肝芽)を創り出すことに成功
2014年には、肝芽の最適な培養方法・移植方法を見いだす
2014年ベルツ賞、2016年文部科学大臣表彰若手科学賞、2017年日本医療研究開発大賞AMED理事長賞等を受賞するなど、国内外から高い評価を受けている
このほか、「広告医学」という独創的な学問領域の普及にも注力