音楽、アート、テクノロジーで医療福祉を自分ゴト化する「架け橋」を作る

「医療福祉業界への理解促進活動の不足」「医療福祉従事者の人手不足」「医療福祉サービスの利用者・その家族への理解不足」――今の日本の医療福祉業界にはさまざまな課題があるが、その中でも最大の課題は人々の「無関心」だという。高齢者や障がい者がいかに社会に参加し、幸せに生きていくか。NPO法人Ubdobe(ウブドベ)代表理事の岡勇樹氏は、そのためには両者をつなぐ「橋」が必要だと語る。音楽やアートなど、エンターテインメントの力で医療福祉業界のブランディングを行い、業界の課題解決を目指している岡氏にお話を伺った。

当事者以外のつながりを増やし、世界を広げる

――現在Ubdobeでは、「医療福祉業界のブランディングとイメージアップ」「医療福祉従事者を増やし、質とモチベーションを高め続ける」「医療福祉サービス利用者とその家族の積極的社会参加を推進」というミッションを掲げておられますが、具体的にはどのような活動をされているのでしょうか。

 メインの活動として、「イベント事業部」「ローカル事業部」「デジリハ事業部」の3つの軸で事業展開しています。この他、サブの活動としてセレクトしたグッズを販売するセレクトショップ(実店舗・Web)を運営したり、医療福祉情報をカジュアルに伝えるWebマガジンを発行したりもしています。

イベント事業には、「自主イベント」と、行政や社会福祉法人から依頼される「受託事業」としてのイベントの2種類があります。自主イベントはクラブイベントが中心で、いちばん長くやっているのが2010年から年1回開催している「SOCiAL FUNK!」になります。

「SOCiAL FUNK!」は「踊るだけでなく学べるクラブイベント」として、毎年、認知症や臓器移植といったテーマのもとに、いろんなフェスやクラブで活躍しているDJやミュージシャンを招いて開催しています。参加者は、音楽やアートのファンである一般の人はもちろん、障がいがある子どもたちやその家族、友人、障がいの当事者であると同時にアーティストやDJとして活動している高齢者の方々などです。

ほかにも、隔月で開催している実験的クラブイベント「UNIVERSAL CHAOS」、障がい者や医療福祉従事者がメンバーになったダンスチームの公演「THE UNIVERSE」などを行っています。

行政からの委託事業では、街や商業施設を舞台に、親子で楽しめる「Mystic Minds」という謎解きイベントをやっています。家族が認知症や障がいを負ったときにどうすればいいのか、ゲームを通して医療や福祉のさまざまな機材やソフト、専門職の仕事を学ぶイベントで、多いときは1日500人くらいの方々に参加してもらっています。

岡勇樹氏

――一口に「イベント」と言っても、非常に多彩ですね。イベント事業は、どのようなきっかけで始められたのでしょうか。

 Ubdobeを設立する前、僕は認知症になった祖父に何かできないかと思い、勤めていた会社をやめて音楽療法を学んでいました。その当時、たまたま離島にある障がい児施設を訪問する機会があったのです。そこの入所者の多くは本土から来ていて、施設長さんによると、半分くらいの家族が一度預けたら預けっぱなしでなかなか面会に来ないというんです――とても悲しいことですよね。とはいえ自分なりに考えてみると、一概に家族だけを責めていては解決しないことに気がつきました。

施設にいる障がいの当事者は、「当事者である本人」「家族」「支援者」という、それだけの関係性の中でのみ生活していて、社会とつながっていないことが多い。もし、もっと他の世界との関係性を持っていれば孤立せずに済むはずです。だったら、その関係性を持つきっかけ、社会とつながる機会を作ればいい。そう考え、障がい児と健常児を一箇所に集めて音楽やアートで遊ぶ、「Kodomo Music & Art Festival」というイベントを開催しました。同時にUbdobeを結成して、現在へとつながる活動を始めたわけです。

――先ほどご紹介いただいた中でも、医療福祉をテーマにしたクラブイベントというのはたいへんユニークな試みです。来場されるのはどんな方々なのでしょうか。

 「SOCiAL FUNK!」の場合、スタートして4、5年はお客さんの7割くらいが僕たちや出演するミュージシャンと何らかのつながりがある人たちで、残り3割が純粋にクラブやフェスが好きな人たちだったのですが、現在はその割合が5:5くらいになっています。イベントの目的のひとつは、普段はそれと縁遠い人たちに医療や福祉に触れてもらうことですから、この割合はどんどん逆転させいきたいですね。とりあえずあと2割、7:3くらいにもっていくのが当面の目標です。

セレクトショップ「HALU」

Ubdobeが運営するセレクトショップ「HALU」

音楽の力で「考えるきっかけ」を作る

――実際にイベントに参加された方はその場でどんな体験ができるのでしょうか。

 先日開催した「UNIVERSAL CHAOS」では「失禁テキーラ」というコンテンツを体験してもらいました。これはテキーラを飲んで、そのあと失禁体験装置を装着して尿意や排尿感を味わってもらおうという企画です。30名限定のところ、イベント参加者90名のうちの50名が希望するという人気ぶりでした。

以前開催した臓器移植がテーマのイベントでは、参加者の方から「臓器移植という世界を初めて知った」と感想をもらいました。その人は医療や福祉とは接点のなさそうな雰囲気の方だったのですが、「今日は好きなアーティストが出ているから来たんだけど、どういう臓器が手に入りにくいとか、どういう人が困っているかということを聞いて、ちょっといろいろ考えちゃったよ」と。そして、「なぜだか母ちゃんのことを思い出した。家に帰ったら、母ちゃん、体の調子はどうって声をかけようと思う」と言われたんですね。

この話を聞いたとき、「これだよ!」って思いました。僕たちが目指していたのは、まさにそういう「つながりのある世界」だったからです。

――自分の身近な人の健康について考えたり、その人のことを気遣ったりということが、医療や福祉について考えることにつながるということですか。

 そうです。僕の母はガンであることを隠して、2年間、家族の誰にも言わずに闘病をつづけていました。当時の僕は音楽や遊びに夢中で、母の思いや健康にまで気がまわらなかった。それを知ったときにはすでに手遅れで、半年後に母は亡くなってしまいました。もし母がはじめて病院に行ったときに異変に気がついていたら、家族としてもっと寄り添うことができたかもしれません。

僕が味わったような思いは他の人にはしてほしくない。そのためにも、もっと医療や福祉が日常的な会話の中で話題になるように、カジュアルなものになる必要があると思います。そうすれば、医療福祉業界を志す人も増えるかもしれない。「SOCiAL FUNK!」も「UNIVERSAL CHAOS」もそのきっかけになればいいと願っています。

岡勇樹氏

――若い世代が医療福祉を自分ゴトとしてとらえる、その入口として音楽があるんですね。岡さんご自身は音楽にはどんな力があるとお考えでしょうか。

 僕の場合、むしろ音楽の力しか知らないといった感じです。ヒップホップを好きになったのはアメリカに住んでいた小学生の頃で、11歳で日本に戻ってからはそれがますます強くなっていきました。中学時代の僕は人とのコミュニケーションがうまくとれなくて、家で音楽ばかり聴いていました。高校からはハードコアにはまり、ライブハウスやクラブに通い始めて、そこではじめて同じ趣味を持つ仲間に出会えた。音楽によって人とつながれるということを知ったのはそのときでしたね。大学では自分で楽器を演奏するにようになって、仲間たちとパフォーマンス集団を結成しました。

その中で、音楽には社会を変えるだけの力があることも知りました。レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンだったり、ビースティ・ボーイズだったり、N.W.Aだったり、社会に対して影響力を持つアーティストは少なくありません。僕はそういうカルチャーに育てられてきた人間ですから、医療や福祉を変えたいと思ったときも音楽を使う以外の方法が思い浮かばないんです。

もちろん、絶対に音楽でなければいけないということはなくて、漫画でも何でも人によって好きなものは違うから、みんなそれぞれのジャンルで活動すればいいと思います。それが架け橋となって、普段は縁遠い、向こう岸にある医療や福祉が社会とつながればいいんです。僕らの場合は音楽やアートという自分たちが好きなツールを使って、共通の趣味を持つ人たちが渡れる橋を建設している。だから、他のジャンルの人たちも同じような行動を起こしてくれれば、社会全体に医療や福祉に対する理解がもっと広まっていくはずだと思います。

岡勇樹氏

テクノロジーとアートが育む、ユニバーサルの概念

――ローカル事業部、デジリハ事業部ではどういった取り組みをされているのでしょうか。

 ローカル事業は、離島や山間部といった医療福祉人材が足りない地域に、都市部から若手の人材に移住してもらおうという事業です。昨今は、UターンやIターンなどで地方の暮らしを選択する人が増えていますが、この業界には浸透していると言い難い。医療福祉に従事しつつ、田舎暮らしなど地方のライフスタイルが体験できるツアーを実施しています。

デジリハ事業は、2017年に日本財団が主催した「ソーシャルイノベーションアワード2017優秀賞」に選出された事業で、デジタルアートとリハビリテーションを融合させたシステム開発とプラットフォームの構築を行っています。

リハビリテーションの現場には作業療法士や理学療法士、言語聴覚士といった専門職がいます。皆さんいろいろと工夫をされているんですけど、それでもリハビリというのはきついというのが現実です。とくに子どもは痛かったりつまらなかったりするとリハビリそのものが嫌いになってしまいます。ところが、障がい児の中には生まれてから死ぬまでずっとそのリハビリをしなきゃいけない子もいたりする。そうであるならば、嫌なリハビリを楽しいものに変えていけばいい、ということで始動したのがデジリハという事業です。

たとえば、脳性麻痺の子がずりばいや寝返りの練習をする際に、腕などにセンサーをつける。すると目の前にデジタルアートが出現して、それを操作して動かしたり、追いかけたりすることができる。そうなれば遊んでいるかのようにリハビリテーションができます。

デジリハ事業

デジリハ事業の様子

いまはそのためのアプリケーションを開発しているところですが、その開発においても、患者の子どもたちと同世代の小学生たちにプログラミングを学んでもらって、その子たちがプロトタイプをつくっていくという試みをしています。そうすることで子どもたちのユニバーサルマインドが育ってくれればと願っています。

2021年の春には本格的にリリースする予定で、その際にはWeb上にプラットフォームをつくって世界のどこからでもダウンロードできるようにしたいです。もしかしたらこれによって世界中のリハビリテーションが変わるかもしれません。

――岡さんは「東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部 ユニバーサルデザイン2020関係府省等連絡会議 心のバリアフリー分科会」の構成員も務めていました。そこではどんな活動をされていたのでしょうか。

 僕の活動の源には、いちばん届かないところに情報を届けるといった考えがあります。当事者と家族だけでなく、社会の全ての層が参画できる仕組みを作りたいのです。厚生労働省が発信する医療や福祉の情報を新聞などのメディアが書く。それを読む機会があって理解しようとする人達はいい。だけど世の中にはそういう情報が届かない人が大勢います。その人たちに伝える手法として、たとえばクラブイベントなんかを開催するんですね。

人の生死を取り扱っているのが医療や福祉です。そこで不平等が起こらないように、僕らは音楽やアートを使って情報を発信している。メジャーシーンというよりはどちらかというとアンダーグラウンドに向けた取り組みと言えるかもしれません。でも、国がやろうとすると、どうしても先生が生徒に教えるといった「教育」の形になってしまいがちじゃないですか。もっとシンプルに、障がいのある子とない子が一緒になって話したり、何かやってみたりすることの方が大事だと思うし、そういうインタラクションやそこで起きる摩擦が教育につながると思うんです。そして、それがユニバーサルという概念じゃないかと。

分科会ではそういうことを訴えさせていただきました。この分科会は満期をもって終了しましたが、いまは2025年の大阪万博に向けて、経済産業省の方々ともいろいろなお話をさせていただいています。

――Ubdobeの今後の活動予定について教えてください。

 これまでの事業を継続、発展させていきつつ、今後はビジネスベースで活動を世界に広げていきたいですね。チャリティーやボランティアだと、どうしても内向きというか業界内の関心のある人にしか届かないので、むしろ関係のないメディアやアートの担い手とか、クラブやフェスのオーナーたちと組んでイベントを開催したり、医療福祉につながるコンテンツを多国展開したりしていこうと考えています。

一昨年は、それを念頭にスウェーデンやフィンランドに行き、昨年はドイツやオーストリアに出かけました。そういう場所には音楽やアートを軸に活動するさまざまな団体があり、互いの音楽の話からはじまり文化や僕らの活動などの雑談の中で、何か一緒に取り組めることがないかを常に議論しています。これからは手元の仕事を一つ一つ丁寧に行うと共に、世界中の仲間たちと連携しながら事業展開していけたらと思っています。

TEXT:中野渡淳一

岡勇樹(おか・ゆうき)

NPO法人Ubdobe(ウブドベ)代表理事。1981年東京都生まれ。法政大学卒業。国立音楽院音楽療法学科卒業。3歳から11歳までをアメリカ合衆国で過ごす。2007年より国立音楽院で音楽療法を学びながら高齢者の訪問介護、障がい児の移動支援の仕事に従事。2008年、任意団体Ubdobeを設立。2010年に同団体をNPO法人化し代表理事に就任。2014年、厚生労働省介護人材確保地域戦略会議有識者に選出。2016年、東京オリンピック・パラリンピック競技大会推進本部ユニバーサルデザイン2020関係省庁等連絡会議構成員に選出。2017年、日本財団ソーシャルイノベーションアワード2017優秀賞に選出。