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有名シェフたちも絶賛する「バーミキュラ」とは?――素材本来の味を楽しむ鋳物ホーロー鍋、いよいよ海外進出へ

誰にでも簡単に素材本来の味を生かした美味しい料理が作れる――と大ヒットとなった鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」。それを生んだのは倒産寸前の町工場だった。
難しい鋳物ホーロー鍋の製造にチャレンジし、苦闘の末に見事成功した高度な技術と、革新的なアイデアから生まれたバーミキュラは、単なる調理器具を超え、人々のライフスタイルをより豊かにする鍋となった。
愛知ドビー株式会社代表取締役副社長の土方智晴氏に、バーミキュラの誕生秘話とそれがもたらす豊かな食生活についてお話を伺った。

超一流企業を辞め、倒産寸前の町工場を継いだ兄と弟

――鋳物ホーロー鍋の「バーミキュラ」が大ヒットし知名度が高まっていますが、社名は今もドビー織りの機械を製作していた当時の愛知ドビー株式会社(以下、愛知ドビー)のままですね。社名にどのような思いをお持ちですか?

土方 私自身はそれほど社名へのこだわりはないですね(笑)。ただ、祖父が創業した会社への愛着、愛知ドビーのお客様への思いというものは、引き継いでいきたいと思っています。
父が引き継いだドビー織機のメーカーですが、時代が移り全然売れなくなったのに、アフターサービスだけは絶対にやめませんでした。私も兄も「全く売れない機械部品の在庫をなぜ抱え続けるのだ、他のビジネスをやるべきだ」とずっと訴えていました。今になって思うと、愛情を持って作った製品だし、それをお客様にお届けした以上、最後までしっかりと活躍させてほしいという思いが父にあったのだと思います。

――智晴さんは、トヨタ自動車を辞めて愛知ドビーに入社されました。その5年前に商社を辞して会社を継いでいたお兄さんに、「一緒にビジネスをやらないか」と声をかけられた時は、どう思いましたか?

土方 正直に言うと、最初は絶対に嫌だって思いましたね(笑)。小さい頃からよく喧嘩をしましたし、兄弟でビジネスをやるのは難しいと思いました。
ただ、大学では会計や経営学の勉強をしていたので、会計士や経営コンサルタントになって、外から愛知ドビーを変えて行きたいという気持ちがあったのかもしれません。社会経験を積んでいく中で、企業を外から変えるには限界がある、やはり中に入り込まないと変えることができないと考えるようになりました。

兄から声をかけられて、ふと子どもの頃の光景が頭をよぎりました。その頃、家はこの工場の敷地内にあって、いつも職人さんとキャッチボールをしたり一緒に遊んでもらっていました。
そんな時「うちのドビー機は世界一なの?」と聞くと、職人さんはいつも笑顔で「うちのドビー機は世界一だ!」と誇らしげに返してきたのです。
ところが私が中学、高校へと進むにつれて、職人さんたちから笑顔が消え、挨拶しても返してくれないほどに落ち込んでしまったのです。それを悔しいと思う気持ちがやはりあったんですね。もう一度、職人さんたちを元気にして、彼らの誇りを取り戻したい。そういう思いもあって、兄の申し出を受ける決意をしました。

――その時、会社の経営はどのような状況だったのですか?

土方 祖父の時代には80人規模の会社でしたが、父の時代に15人になり、債務超過2億円という状況でした。工場はすっかり寂れてゴミだらけ、これは立て直すというより、ベンチャー・ビジネスを新たに始めねばと思うほどでした。
もともとは布のドビー織りの機械を製造するメーカーとして最終完成品まで製造していたのですが、繊維産業は中国をはじめ東南アジア等へと移ってしまい、その頃には鋳物を精密加工して納品する産業機械部品の下請け工場になっていました。きちんと大企業と結びついてそのプロセスの中に入っている下請けではなく、新興の下請けですから、ビジネスとして安定するはずがありません。そのような会社が活路を見い出すには、直接お客様に製品をお届けできるBtoCの企業にならねばならない、部品ではなく最終完成品を作り出すメーカーとなる必要があったのです。

土方氏

――お兄さんから声がかかった時、確固たるビジネス・モデルがあったのでしょうか?

土方 いやあ、これが全くなかったんですよ(笑)。漠然とBtoCビジネスでないと生き抜けないとは思っていました。しかし、では何を作ればいいのか、アイデアがあったわけではありませんでした。
まずは良い下請け会社になるために、兄が鋳造の職人に、私が精密加工の職人になるべく修行と勉強を始めました。
ところが、これがまた大変でした。技術は見て盗めという育てられ方をした昔気質の職人たちですから、教えたくてもそれをどう教えていいのか分からないのです。私より5年先に入社していた兄は鋳物の学校に通い、鋳造の責任者から技術を教わり、鋳造の職人として腕を磨いていました。私も精密加工の職人たちの仕事を見て技術を盗みながら、書籍やインターネットで勉強をしました。すると職人が言っていたことはこのことかと後でつながっていく。そうやって兄弟で技術を身につけていきました。そうすると職人たちの態度も変わってきました。良い時代も知っているので、私たちに期待し始めてくれたのです。何かが変わるかもしれないと。

鋳造技術と精密加工技術を生かし、世界一の鋳物ホーロー鍋を作る!

――どういう経緯で鋳物ホーロー鍋を作ることになったのでしょうか? 

土方 入社して、まず立てたのが「22世紀も社会から選ばれる会社になる」という経営方針でした。社会には、お客様、従業員も含まれます。お客様だけでなく、従業員からも選ばれる会社にしたかったのです。私が入社して、油圧部品の鋳造と精密加工ができるようになり、だんだんと発注も増え、業績も上向きになってきました。それでもまだ職人の顔は明るくなりませんでした。図面通りの部品を納期通りに作って当たり前、次に来るのは、「来年から何パーセント安くできるの?」という、まさに下請けの悲哀を感じるものでした。

そんなある日、書店でフランス製の鋳物ホーロー鍋で作る料理のレシピ本がたくさん並んでいるのを見ました。鋳物は、わが社が扱う機械部品の原料です。それが若い世代に支持される製品になっている。驚きでした。
実際に鋳物ホーロー鍋をいくつか買って来て、料理をしてみました。ステンレスやその他の鍋とも比べてみましたが、鋳物ホーロー鍋で作った料理が一番美味しく、味にすごく深みが出るのです。それまで鍋で味がこんなに変わるなんて想像もしていませんでした。
ただ1つ、ふたと鍋本体の間の密閉性に難点がありました。

鋳物は、1500度で溶かした鉄を砂でできた型に流し込み、常温まで冷やして固めます。その過程でどうしてもふたも、本体もわずかな歪みができてしまいます。そうすると、ふたと本体の重なり合わさる部分に隙間が生じて密閉性が損なわれてしまい、素材の旨味、栄養素、水分が出て行ってしまうのです。
調べてみると、海外メーカーでも数社しか製造ができるところはありませんでした。日本企業も挑戦したけど、鋳物ホーロー鍋はできなかったのです。

そこで思ったんです。うちの強みは何かと。それは、鋳造技術と精密加工技術です。その両方の技術を生かして密閉性を高められたら、フランス製を超える世界一の鍋ができるのではないか。
そこに、挑戦してみる価値があるのではと思いました。

バーミキュラ

バーミキュラ最大の特長は、ふたと鍋本体の間の密閉性

――開発には、どのような工夫と苦労があったのでしょうか。

土方 鍋本体とふたの密閉性には、とことん手間をかけて精密加工を行いました。ふた・本体とも30分以上かけて丁寧に削ります。鋳物はどんなに上手に作っても0.5ミリほどの歪みができてしまいます。そこを削っては測定し、削っては測定しを繰り返し、時には叩いて音を聞きながら、また指先に伝わる振動を感じながら、0.01ミリ単位の精度で微調整を繰り返していくのです。鋳物にホーローを焼き付けるのでさえ難しく、それをできる会社が日本になかったのですが、私たちはこれまでに無い密閉性の高い新しい鋳物ホーロー鍋を目指しました。

また、食材の味を引き出すこととは何かを考えました。熱源から発する熱をいかに食材に伝えるか、そこを深掘りしました。
熱の伝わり方には3つあります。熱伝導、放射、対流です。これをいかにコントロールするか、それを形にしたのがバーミキュラです。私たちは、トリプルサーモテクノロジーと呼んでいます。
熱源の熱は、ガスでもIHでも下から来ます。フライパンでものを焼く時、底面に直接熱伝導が起こり、下だけ焦げて上は生焼けということになったことはありませんか。それを回避するために、バーミキュラには底面にリブと呼ばれる突起を施し、食材を熱い鍋底から浮かせて接地面積を減らしています。そうすると過剰な熱が食材に伝わらず、鍋の方が先に熱くなってきます。鋳物ホーロー鍋の表面はセラミックなので、遠赤外線が全体から出てきます。この遠赤外線が食材の組織を壊さずに、中からじわりと温めるのです。これが放射です。

土方氏

すると食材から水分が出てきます。水分は、熱い鍋底で蒸発して蒸気となります。この時に鍋が密閉されていれば、鍋の中で激しい蒸気の対流が起きます。熱伝導でできるだけ食材に火を通さず、遠赤外線の放射と食材そのものが持つ水分の対流で均一に熱を入れれば、食材はより美味しくなるだろうという仮説を立てて開発に臨みました。
こうして3年の試行錯誤を重ね、1万もの試作品作りを繰り返し、途中でくじけそうになりながらも、最終的に私たちの仮説が正しいことが証明されました。

――バーミキュラは本体だけではなく、ふた側にも取っ手があって独特なデザインですね。

土方 調理器具は機能的で使いやすいものでなくてはなりません。
人間の手は、細くて重いものを持つのがとても苦手です。手のひらでしっかり握ってもらうことで、鋳物の重さを軽減できます。本体にふたをするとちょうど取っ手がダブルハンドルとなり、食卓へ鍋ごと運んでいただく際の重さを見違えるほど軽減することができます。
さらにふたのつまみは、本体の取っ手に立てかけることができます。鍋底のリブも、女性の指の太さに合わせて洗いやすい設計にしてあります。このように調理性能と使いやすさを両立させました。

料理ブロガーの料理写真など、ネットを利用した広報活動で大ヒット商品に

――そうして工夫と試行錯誤を重ね、バーミキュラが世に出てきたわけですが、どういう経緯で大ヒット商品になったのでしょうか?

土方 良いものを作ることが最大のマーケテイングだと思い、自分たちが納得いくまで試行錯誤を重ねてきましたので、製品には絶対の自信がありました。
そこで、インターネットで直接町工場とお客様をつなぐことにしました。とは言え、当時私たちのことを知っている人は誰もいません。料理ブロガーにバーミキュラを使って調理してもらい、お金をかけずに、ネットを利用した広報に注力したのです。実際に作られた美味しそうな料理の写真は、雑誌やテレビからの取材を呼び、発売前から3カ月待ちの商品になりました。

――御社自身もバーミキュラを使った料理レシピをサイトで公開されていますが、実際に購入されたお客様からもたくさんのレシピの投稿があるそうですね。

土方 当社の専属シェフがレシピを考え、またレシピ本の出版にも注力しています。バーミキュラを販売して終わりでなく、そこから始まる豊かな食生活を一緒に作っていけたら素晴らしいと考えています。
お客様からも多くのレシピをネットに投稿いただき、料理の写真とともに「美味しかった」の声が私たちに届くようになりました。
そうすると、これまで下を向いていた職人たちが、顔をあげるようになりました。そこには笑顔と誇りと喜びが戻ってきていました。「会社の制服を着て家に帰りたい」「制服の帽子にバーミキュラと刺繍しました」など多くの社員から明るい声が返ってくるようになりました。お客様にじかにお届けできる商品が作れ、実際に使っていただいた方々の喜びの声が届くことで、社員全員が誇りを取り戻したのです。
兄が2001年に入社した当時はわずか15人になっていた社員も、今では250人を超えました。若い社員たちがどんどん技術を身に付け磨いて、熟練工としてバーミキュラの品質をさらに向上するために活躍してくれています。

愛知ドビーにて

美味しいご飯も炊けて、無水調理も得意な「バーミキュラ ライスポット」

――鋳物ホーロー鍋バーミキュラで大成功を収め、家電へと広げられましたね。

土方 私たちが目指すのは世界一の鍋です。そのためには世界中にこの美味しさを伝えたいと考えました。アメリカやヨーロッパでテスト・マーケティングをした際に感じたことがありました。それは火加減に対する認識の違いです。弱火と一言で言いますが、日本人には伝わるこの「火加減」が、海外では随分個人差があったのです。また、火加減を間違えて料理が失敗したという事例も多く耳にしました。
最適な火加減も製品として一緒にお客様に提供できれば、絶対に失敗せずに誰もが想像を超えた味に出会えるのではないか。そんな調理器ができたら、海外でも世界最高の鍋と認められるのではと考え始めていました。

そんな折、ネットの投稿に「バーミキュラで炊いたご飯がすごく美味しい」というものをたくさん目にするようになりました。これには正直驚きました。私は、無水調理のことしか考えていなかったのに、水を入れて炊くご飯が美味しいというのです。火加減が難しい調理の代表が炊飯です。そして、今や10万円以上する電子炊飯器が売れている。そこに商機があると確信しました。
市場調査をしたところ、味にこだわる人はご飯を保温していないということも分かりました。それならばと、保温の機能を切り捨てて、美味しいご飯が炊ける電機炊飯器を「バーミキュラ ライスポット」として開発し、販売しました。

形はIHヒーターの上にバーミキュラが乗っているように見えますが、鍋も炊飯用に進化しています。ライスポットの鍋のふたは普段はしっかり密閉していながらも、ふたの縁に溝があり、中の気圧が高まってくるとそこだけ軽いのでちょっと浮き、吹きこぼれない工夫がされています。鍋底のリブもご飯が返しやすいよう直線から水紋状に変更してあります。

土方氏

一番苦労したのはIHヒーターの部分です。IHは平面加熱ですが、ガスは立体加熱なので、周りの空気も温めるため熱の対流がスムーズで美味しく炊けます。一方で換気扇などからくる風による揺れや火加減の調整が難しい。バーミキュラ ライスポットは、ガス以上に熱の対流をスムーズにするよう、側面にもヒーターを入れ、熱分布も非常に計算されています。直火の熱分布をIHで再現するため、IHコイルの巻き方、サイドヒーターの位置、強さを何百通りも試しました。今ではガスよりずっと美味しくご飯が炊けると自負しています。

ライスポットという名称ですが、お買い上げいただいたお客様の半分が炊飯器として、半分が調理器として両方で利用されているんですよ。

――バーミキュラもライスポットも、料理が得意な人が味にこだわって使っているという印象が強かったのですが、料理が苦手な人にとっても簡単に使いこなせそうですね。

土方 どんな人でも簡単に料理ができるように、と開発したバーミキュラです。ところが、有名レストランのシェフや料理研究家の方々が愛用してくださっているためか、どうも鋳物ホーロー鍋には料理が得意な人が使う調理器具というイメージがついてしまっています。
ライスポットは、火加減の調節が簡単にできるので、料理が苦手と思っている方にぜひ使っていただきたいですね。温度管理が細かくできるので、難しい料理も簡単にでき、ローストビーフなどの低温調理や高火力で炒めるパラパラのチャーハン、蒸し料理なども得意です。

一方で、世界中のトップ・シェフにもおすすめしたいのです。ライスポットは、30度から95度までは、1度刻みで温度設定ができるので、さまざまな調理を可能にします。ニューヨークでイベントを開催した際に、現地の著名なシェフに温度管理機能や低温調理機能を使ってもらったところ、「綿密に温度設定ができ、素晴らしい!」とお褒めの言葉をいただきました。またそのシェフがインスタグラムにバーミキュラ ライスポットで作った料理の写真を投稿されたので、世界中のシェフから次々とお問い合わせをいただいています。

土方氏

Made in Japanのバーミキュラ、いよいよ海外展開開始!

――バーミキュラの海外展開も始まりましたね。

土方 2017年9月にロサンゼルス支店を開設し、2019年1月末からアメリカでの販売を開始しました。英語のレシピ本も完成しました。アメリカ版のレシピ本は、現地でよく使われる食材を使った料理で構成されています。その土地に根ざした食材を利用してどんな料理がバーミキュラでできるのか、その提案ができないと喜んで使っていただけません。私たちは、ただ販売数量の拡大を目指しているわけではなく、その国のお客様のライフスタイルに寄り添い、愛され続けるMade in Japanのブランドにしていきたいと考えています。

バーミキュラ

アメリカのレシピ本

――土方さんにとって、バーミキュラとは何でしょうか?

土方 世界一食材を美味しくし、素材本来の味を楽しむライフスタイルを提供するものです。味付けではなく、人間の知恵と工夫の火の入れ方で素材を美味しくする、そこにロマンを感じます。余計な人工調味料を入れずに料理ができれば、健康と美味しさの両立ができます。
バーミキュラは、簡単にそれができることで、料理が楽しくなり、家庭が楽しくなり、それによって人を家に呼びたくなりますので、人間関係やその人のライフスタイルまで変える製品だと思っています。
これからも世界中の人々に楽しんでいただけるよう、工夫を重ねていきます。
それと同時に、祖父や父が大切にしていた日本のモノづくりを誇りとする精神、アフターサービスを含めお客様を大切にする精神を、ずっと引き継いでいきたいと思っています。

TEXT: 栗原 進

土方 智晴 (ひじかた・ともはる) 

愛知ドビー株式会社 代表取締役副社長
1977年、名古屋市生まれ。神戸大学を卒業後、トヨタ自動車入社。経理部や原価改善部で新車種・新工場での採算管理などを担当。2006年に兄の邦裕氏に声をかけられ、愛知ドビーに入社。
2007年より、自社の技術を最大限に活かした「鋳物ホーロー鍋バーミキュラ」の開発に着手。素材の旨味を損なうことなく無水調理を可能とする画期的な同製品には、2010年の発売以来たちまち注文が殺到し、見事ヒット商品化に成功した。
2013年12月には、経済産業省「がんばる中小企業・小規模事業者300社」に愛知ドビー社が選定された。

最先端技術で日常の“壁”を超える!――「サイバスロン車いすシリーズ日本2019」、いよいよ5月5日(日)川崎で開催

Team RT-Movers JPN (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

今、「サイバスロン」という国際競技会が注目を浴びている。障がい者が、ロボット工学はじめ先端技術を応用した車いすや義肢などの補助装置を用い、日常生活で直面するさまざまな困難をクリアする国際的な大会だ。
サイバスロンは、2016年スイスのチューリヒで初めて開催。競技種目は6つ。その種目の1つである車いすシリーズが2019年5月、神奈川県川崎市で開催される。
障がい者のみならず、高齢者や介護する人たちにも役立つ技術の開発促進が期待されるサイバスロン。その意義や目的、今後の展望など、開催を後援する在日スイス大使館科学技術部次長の鈴木恭子氏にお話を伺った。

スイスで産声をあげたサイバスロン、障がい者の日常生活を先端技術でアシスト

――サイバスロンは、2016年にスイスで第1回が開催されたそうですが、どういう経緯で開始されたのでしょうか?

鈴木 サイバスロンは、スイス連邦工科大学チューリヒ(ETH Zurich)のロバート・リーナー教授によって発案されました。リーナー教授は、リハビリ器具や義手・義足などの補装具の研究をされていて、その中で世界には素晴らしい技術がたくさんあるのに、十分に活用されていないと感じていました。なんとかして、多くの人に新しい技術を知ってもらい、日常生活に役立ててもらうことができないだろうかと。そこで競技大会形式でやってみたらどうか、レース形式にすれば、開発者や障がい者のモチベーションが上がるのはもとより、技術を敬遠しがちな人や、障がいのある人と接点のない人々などさらに多くの人々も関心を持ってくれるだろうと考えたのです。

障がい者の競技ということで、パラリンピックとの違いをよく聞かれます。パラリンピックが「人は、肉体と精神をどこまで突き詰められるか」を競い合うものであるのに対し、サイバスロンは「技術と人が協力し合い、いかにして、日常の課題を克服するか」を競い合うものです。
競技では、機械や装置を操縦する「パイロット」と呼ばれる障がいのある方だけが、あるいは技術者だけが、がんばってもダメで、チームワーク、協働がそこになくてはならないのです。ですから、表彰台では必ず両者に登壇してもらいます。
サイバスロン(Cybathlon)は、コンピューターを意味するサイバー(cyber)またはサイボーグ(cyborg)と、競技を意味するアスロン(athlon)の合成語といわれており、「日常生活に役立つ、人をアシストする技術の開発を、障害のある人たちとともに促進し、幅広い社会の理解を促す」ことを目指しています。

サイバスロン

Kloten, 08.10.2016 (ETH Zürich / Nicola Pitaro)

――サイバスロンの競技種目について教えていただけますか?どの種目にも日常生活に必要な動作が組み込まれているのでしょうか。

鈴木 サイバスロンの種目は全部で6種目あります。すべて、日常生活で必要な動作ばかりで競います。電球を回しながらねじ込んだり、缶切りで缶のふたを開けたりと、私たちが通常何げなくやっている動作は、実は機械で行うには大変難しいものなのです。割れやすい電球を絶妙な力加減で握って回す、缶切りに適度な力を入れ、また抜きながらふたを開けていくなど、人間は多くの動作を同時に、微妙に力や角度の加減を変えながらやっていることに驚かされます。
6種目をご紹介します。

サイバスロン6つの種目

(サイバスロン車いすシリーズ日本2019実行委員会の資料より)

1. 脳コンピューター・インターフェース(BCI)
2. 機能的電気刺激(FES)バイク
3. パワード義手(ARM)
4. パワード義足(LEG)
5. パワード外骨格(EXO:エクソスケルトン)
6. パワード車いす(WHL)

1の脳コンピューター・インターフェースは、脳からの信号である脳波を読み取って、ビデオゲームのアバターを動かす競技です。例えば首から下が動かせなくなったとしても、脳波で車いすを動かしたり、パソコンを操作するための技術発展を目指しています。

脳コンピューター・インターフェース

Team Athena-Minerva GER (ETH Zürich / Nicola Pitaro)

2の機能的電気刺激バイクは、脳から筋肉への信号がうまく届かなくなってしまっている状態で、筋肉に直接電気刺激を与えると動く原理を利用して、自転車レースを行うものです。リハビリなどで活用されている技術で精度を上げることを目指します。

機能的電気刺激バイク

Team BerkelBike UK (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

3と4の義手、義足については、日常生活で必要な動きを行います。

義手

Team M.A.S.S Impact CAN (ETH Zürich / Nicola Pitaro)

義足

Team OssurRunLeg ISL (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

5の電動外骨格は、下肢障害のある方がパワースーツを付けて立ち上がって歩く動作を行います。

電動外骨格

IHMC USA (ETH Zürich / Nicola Pitaro)

6の電動車いすでは、階段の昇り降りや、テーブルに着くなどの動作を行います。

電動車いす

Team HSR Enhanced (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

サイバスロンが他のレースと違うところは、安全・確実にクリアすることが第一で、タイムは二の次ということです。点数が同じ場合のみ時間判定となります。日常生活では、早く立ち上がることよりも、間違いなく立ち上がれることのほうが、大切だからです。

――これまでの大会やリハーサルをご覧になって、驚かれたことや気づきはありましたか?

鈴木 車いすレースの課題に「テーブルに着く」というものがあり、そもそもそれが難しいのだということに気づかされ驚きました。テーブルの高さや足のデザインは多種多様で、車いす側では調整できないのです。そうした気づきを増やすことも、サイバスロンの目標です。
また、2015年の車いす競技のリハーサルでは、課題の3段の階段を昇り降りできた電動車いすは1台だけでした。それが、本戦の2016年には新たに6台がクリアしたのです。課題が与えられると人間は、それに向かってチャレンジし、そして克服できるのだと実感しました。

サイバスロン

Team Avalanche SLO (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

サイバスロンの競技会では、技術者の開発するテクノロジーのみならず、操縦するパイロットのスキルも勝敗に大きく関係します。
パイロットが開発陣に要求を伝えられるかどうかが、器具の優劣を左右します。さらにパイロットがどこまで技術を使いこなすか、その力量もカギとなります。
2016年の車いす部門で優勝したチームとパイロットの話を聞いて、互いに意見をぶつけあえる信頼関係があると、より良いものができあがってくるのだと感じました。

――技術者と障がい者に開発から共同で取り組んでもらうのは、どのような意義がありますか?

鈴木 例えば、下肢障害がある人が立ちあがるために使うパワースーツのデモを行った際に、技術者から必ず出た質問が、「電池の寿命はどれくらいですか?」というものでした。あまり短いと使えないのではないか、また、電池のせいでパワースーツが大きく重くなると負担になってしまうのでは、という心配からです。しかしサイバスロンに出場したチームの答えはこうでした。「2~3時間もあれば十分なのです。それまでに人間の方が疲れてしまいますから」

技術開発の世界では、一般的に小型軽量長寿命化の優先度が高いと考えます。でも、使う人間にとって必要のない要件であることが事前に分かれば、そこには時間とお金をかけなくてすみます。
ですから、早い段階から技術者と障がい者が一緒に議論しながら開発していくことが重要です。無駄に高機能なものを作るのではなく、役立つものをできるだけ早く、入手しやすい価格で、1人でも多くの人々に使っていただきたいのですから。
一般の方と、開発エンジニアやパイロットの皆さんが交流できる場を設けることも、サイバスロンでは重要視しています。技術者、研究者、障がい者、一般の方を結び付けることが、目指す社会の実現に大事だと考えるからです。

鈴木恭子氏

在日スイス大使館科学技術部 次長 鈴木恭子氏。スイス発の競技「サイバスロン」の本部と連携して、生活で使える技術の促進を目指している。

――サイバスロンで披露された技術は、どの程度製品化やサービス化されるのでしょうか?

鈴木 実は、そうした統計はとっていないそうなのです。ただ、サイバスロンのために開発された多くの技術が違うかたちで、あるいは別の製品・サービスに組み込まれて、世の中に出て行くケースがあるのは、知っています。
2016年のサイバスロンで義手の競技に参加いただいた株式会社メルティンMMIさんは、その技術を利用し宇宙空間で作業をするアバターロボットの開発を行っています。

障がい者のための技術をすべての人へ

――もともとは障がい者向けに開発された技術が、より広く、多くの人に役立つことが考えられますね。

鈴木 サイバスロンの出場者の多くが、そのように語っています。メルティンMMIさんはまさに、有言実行です。これまでは指先の感覚が要るもの、細かい手作業は人間がやらねばならず、リスクの高い船外活動でも宇宙飛行士が行ってきました。これをテクノロジーが代替することによって宇宙開発の安全性向上やコスト低減が進むでしょう。翻って、宇宙での作業に耐えるよう、さらに洗練された義手が再び地上に戻ってきて、日常に役立つようになると期待しています。
また、車いすで走行できる場所が増えることで、障がいのある人の活躍の場が広がるかもしれません。サイバスロンは日常生活に役立つ技術の研究・開発促進を目指していますので、日本が世界に先駆けて突入した超高齢社会においても、自分で生活に必要なことができる社会に寄与できればと思っています。

サイバスロン

Team HSR Enhanced SUI  (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

――手動の車いすは、押してくれる家族に迷惑をかけるからと家に閉じこもっていた高齢者が、電動車いすをプレゼントされ自分で楽に操作できるようになって、外出するのが楽しくなり、お洒落をするようになったという話を聞いたことがあります。

鈴木 たった1段の段差を越えられず、行動範囲が限られてしまうことがあるそうです。でも、デザイン性に優れて、気軽に外出できる機能の高い車いすがあれば、心身ともに健康な長寿社会の実現に貢献できるかもしれません。技術が進化することで可能性は広がります。サイバスロンも、その牽引役の1つになれれば、という思いです。

サイバスロンは、参加者が同じゴールに向かっているので、前回の大会でも、1つのチームで何かうまくいかないことがあると、「どうしたの?この技術使ってみない?」というキャッチボールが研究者の間に起こり、それが画期的だった、と当事者が言っていたのが印象的でした。
インフラ側の整備、サイバスロンなどがもたらすモビリティー、それらが互いに歩み寄ることでバリアフリーが実現する。でもそれだけでも十分ではなくて、それを周りの人が自然に受け入れてくれる世の中こそが、本当の意味でのバリアフリーなのだと、多くの人々の取り組みを通じて教わりました。

サイバスロン

Team HKUSTwheels HKG (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

スイスの興奮と感動が、いよいよ日本へ

――今回、日本で車いすシリーズが開催されるようになった経緯を教えてください。

鈴木 発案者のリーナー教授は、そもそも2回目以降はぜひスイス以外の国で実施したいと考えていました。サイバスロンを真の意味で国際大会にしたい、世界の人に自分の問題として考えてもらいたいという思いからです。ただ、最初の大会が大成功したため、もう1度だけ、スイスで実施してほしいという声が高まり、2020年もチューリヒでの開催となります。その後は、スイス以外の国で実施する予定です。

とはいえ、すでに開催したいと手を挙げた国がいくつかあったので、いくつかの国々でプレ大会のようなかたちで、2019年に1種目ずつ行うことになりました。
技術大国である日本も、次回の開催国候補にあがっていましたが、スイスで実施されることになったため、車いすシリーズを2019年に開催、ということになりました。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開催に向けて、国内でダイバーシティーや共生社会への関心が高まる機運があることも、世界で初めてとなるサイバスロン・シリーズの日本開催実現に大きな役割を果たしています。

特に神奈川県川崎市では、人々の意識や社会環境のバリアを取り除き、誰もが社会参加できる環境を創出する「かわさきパラムーブメント」という取り組みが展開されています。現在第2期目に入っているのですが、インフラのバリアフリーだけでなく、教育や体験としてのバリアフリーを目指していらっしゃいます。あるイベントで川崎市のご担当者の方にお会いした時に、サイバスロンについて非常に理解を示してくださり、「市の施策とも親和性があり、開催する際はぜひ」とお声がけいただいたのが、ご縁となりました。
会場となるカルッツかわさきは、2017年10月にできたばかりの完全バリアフリー施設で、車いすで使えるシャワールームもあります。

――5月に開催される車いすシリーズ競技会の内容を教えてください。

鈴木 サイバスロン2020大会と同じルールで行われます。
日常生活に必要な動作ばかりなのは変わりませんが、第1回大会から難易度が上がっています。テーブルは、1つのテーブルに着くだけでなく、隣のテーブルに触れない精緻な動きが求められるようになりました。スラロームは棒状のポールではなく、コートラックやハイテーブルの間を抜ける、現実の環境に即した設定となっています。傾斜地は平面ではなく芝や砂地となり、階段は3段ではなく6段に、ドアはロボットアームで開けなければならなくなりました。
現在、参加に興味を示しているのは、日本、スイス、イギリス、韓国、ロシア、ポーランド、香港、ギリシアの8カ国です。
器具の仕様や重量などの問題もあり、調整を行っているのですが、日本から参加の5チームを含めて8から12チームの参加が見込まれます。
入場は無料ですが、事前登録が必要です。近日中にホームページより登録が可能になります。競技会は2019年5月5日、展示は前日から行われ、6日は学術シンポジウムが開催されます。

サイバスロン

Team RT-Movers JPN  (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

――昨年10月に開催されたワールド・ロボット・サミットでのデモも盛況だったようですね。

鈴木 はい、電動車いすで、階段を昇り降りするデモを行いました。「階段を車いすで昇る必要があるのか、危険ではないか」という意見もあります。その意識は、とても大切だと思います。
一方で、サイバスロン2016にも出場したパイロットの方に、デモ実施後に感想を聞くと、「機能が1つ増えたことで、自由をまた1つ取り戻した」と言っていました。ご提案しているのは、技術の可能性です。エスカレーターと併走したいという人もいれば、新しい技術は使いたくないという方もいらっしゃるでしょう。長い階段はお断りだけれど、シーンを限定してなら使いたい、という人もいるかもしれません。利用者の選択肢が広がるのは、悪くないことではないでしょうか。
デモに「将来は人の役に立つロボットを作りたい」という小学生のお子さんが何度も見に来てくれて、スイス人の技術者やパイロットに質問してくれたのも、嬉しかったです。

ワールド・ロボット・サミット

©HSR Rapperswil, Claudia Troger

――5月のサイバスロン車いすシリーズをどのように観戦してほしいですか。

鈴木 10月にデモをしてくれたパイロットがこう言っていました。「自分が障害を持つようになって、今まで必要でなかったことが必要になった。そのようなニーズがあることを、自分も以前は知らなかったので、周りの人が分からないのは、構わない。ただ、新しいニーズを伝えようとすると悲しい話になってしまい、気の毒な人と見られてしまうのが嫌だった。でも、サイバスロンは、それをかっこいい話として伝えられるのが、いいんだ」と。

スイスの主催者にも、大会を開催してみて、新しい発見がありました。車いすレースのドアを開けるという課題で、工具を使わないとうまく開けられないパイロットがいたのです。車いすの方は、必ずしも、上半身が自由な方ばかりではなかったのです。そこで、サイバスロン2020ではロボットアームが要件となったのです。たとえ腕が自由でも、たとえば赤ちゃんを抱えていたりしたら、車いすにドアを開ける機能がついていた方が、いいですよね。

次は、出場者の、あるいは来場者の気づきの中から、新しい課題が生まれて、それを克服する技術が登場するかもしれません。技術者も、障がいのある方も、そのどちらでもない方も、全員がアイデアや意見を出し合って、サイバスロンがより良いプロジェクトになればと思います。

サイバスロンは、まだ新しい取り組みです。昨年10月にシンポジウムを開催した際に、参加者から発達障害などがあるので、なんらかのサポートが欲しいとリクエストがありました。そこでベンチャー企業の文字認識ソフトを使ってテキストデータを用意しました。一般の方からは、「正しい用語への変換が不十分で、有効ではなかった」と言われたのですが、リクエストされた方からは、「情報保障があって、とてもわかりやすかった」とのお言葉をいただきました。
技術は皆さんに使っていただいてご指摘を受け、磨かれていくところがあります。「まだ不完全な技術でも多くの方に知ってもらい、皆さまの知見をいただくことで、より良くしていくことができる」というアプローチは、サイバスロンの理念に通じると考えています。最初から完璧を求めない、それを含めてサイバスロンを楽しんでいただければと思います。ぜひ、5月5日(日)に、各国のパイロット、技術者、スタッフ一同とともに、会場でたくさんの皆さんにお会いできることを楽しみにしています。

鈴木氏

「サイバスロン車いすシリーズ日本2019」詳細

TEXT: 栗原 進

鈴木恭子 (すずき・きょうこ) 

在日スイス大使館科学技術部 次長
東京都出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。米系通信社の日本支局でエレクトロニクス業界担当などを経て、2008年からスイス大使館科学技術部に在籍。

火星や月、小惑星を目指す宇宙開発競争が激しくなっている。人類はこれまでに200を超える探査機を約70個の天体に送り込み、膨大な探査データを集めてきた。その結果、宇宙には有用な鉱物資源が大量にあることが明らかになり、その採取や運搬手段の検討が始まっている。「宇宙大航海時代」の幕開けである。
比較惑星学の第一人者である東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻の宮本英昭教授は、地球資源がいつか枯渇する日に備えて、鉄やプラチナなどを大量に含む小惑星の利用を提言する。
火星は、35億~40億年昔は地球と同じように水が豊富に存在しており、現在も微生物などの生命が存在している可能性がある。宮本教授は、火星の衛星フォボスに探査機を着陸させ、岩石のサンプルを持ち帰る計画を推進している。
「人類が地球に誕生したことに必然性は存在するか、という究極の問題に迫りたい」という宮本教授に、宇宙の資源利用と生命の存在について、最新の知見を基に語っていただいた。

地球外にある物質をその場で使う――それが宇宙資源

――昨今、宇宙の資源利用に注目が集まっています。太陽系ではどの天体にどのような資源が存在しているのでしょうか。

宮本 宇宙にはさまざまな物質があり、その中のどれが資源なのかを、きちんと定義しておく必要があります。現在の宇宙探査は地球にある資源を用いて行っていますが、近い将来、人類の活動は地球外にもっと広がると考えられます。そうなると地球にある資源だけでは不十分で、地球外にある物質をその場で使う方が経済的に有利となるでしょう。その場合、その利用できる物質を宇宙資源と呼びます。
なぜ経済的に有利かというと、エネルギーの問題があるからです。地球は太陽系の岩石質の天体としては、最も大きい天体です。重力が大きいので、地球からモノを搬出するには大変なエネルギーを消費します。これはとても非効率なので、なるべく現地にある物質を使いたくなるわけです。

太陽系惑星。 (1930年に発見された冥王星は、2006年に国際天文学連合(IAU)により、惑星の定義から外されている)

太陽系惑星。 (1930年に発見された冥王星は、2006年に国際天文学連合(IAU)により、惑星の定義から外されている)

例えば、人間が月へ行って活動する場合、身を守るには宇宙放射線を遮へいすることが絶対必要です。それには月にある土砂を遮へい物として使う方が、地球から土砂を持ち込むより効率がよいでしょう。その場合、土砂を宇宙資源と呼ぶかもしれません。

――そういう定義を踏まえた上で宇宙空間で活動する際、経済的に有用な資源にはどんな物質があるのでしょうか。

宮本 これはどのような活動を宇宙空間で行うかにより、大きく異なるので、現段階でどれが有用資源であるとは、言いにくいところです。ただし使いやすそうな物質はあります。筆頭は小惑星です。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)の探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワから持ち帰った資料を分析したところ、イトカワは地球に降ってきたある種の隕石(いんせき)と同じ組成であることが分かりました。つまり隕石を調べれば、小惑星の成分を予想できることがわかったのです。
隕石の中には、鉄、ニッケル、プラチナ(白金)などの金属を多く含むものがあります。このことは、小惑星にも同じ成分の有用な鉱物があることを示しています。
地球表面にある鉱物はたいてい酸化しています。これは地球上に高濃度の酸素が存在しているためで、酸化鉄などが代表例です。人類は酸化鉄を一度還元して金属鉄に戻して利用しているわけですが、これには大きなエネルギーが必要です。
しかし、宇宙空間には地球ほどふんだんには酸素がないので、鉱物はそう簡単には酸化しません。ですから小惑星には、酸化鉄ではなく、金属鉄として存在しているものも多いのです。これらを獲得できれば、宇宙空間で活動をする際に経済的なメリットがあるかもしれません。

宮本先生

東京ドームシティの宇宙ミュージアムTeNQ(テンキュウ:東京都文京区)にて

直径3kmのM型小惑星には金属鉄が200億トン、プラチナも1億トン

――その小惑星は太陽系のどのあたりにあり、どのようにして生まれたのでしょうか。

宮本 太陽系が形成された時、残されたガスやチリが冷却・凝縮したものが小惑星で、ほとんどは火星と木星の間に小惑星帯として存在しています。地球の近くにもあり、少なくとも300万個はあると想像されています。そのうち約80万個は軌道も分かっています。

太陽系の小惑星は、ほとんど火星と木星の間に小惑星帯としてリング状に分布している

太陽系の小惑星は、ほとんど火星と木星の間に小惑星帯としてリング状に分布している

種類別では、地球近傍にはシリカと鉄やマグネシウムの酸化物でほぼ構成されるS型が多く、火星以遠では炭素、水、有機物などを含む黒色のC型が大半です。他に鉄やニッケルを多く含むと想定されるM型などがあります。

先ほど言いましたように、現時点では宇宙資源は宇宙で使うというのが大前提です。ただ、何百年先になるか分かりませんが、科学技術が進歩して、仮に直径3kmのM型の小惑星を地球に持ち帰ることができれば、200億トンの金属鉄と1億トン以上のプラチナを手に入れることができます。これは産業革命以来200年をかけて人類が利用した金属鉄の総生産量を上回り、プラチナも総生産量の2倍以上に匹敵する量です。

地球外でしか見つからない特殊な物質を地球に持ち帰る時代が来るかというと、これは考えにくいです。というのも、小惑星は300種類程度、月や火星でも1000種類程度の鉱物でできていると考えられていますが、地球には5000種類ほどの鉱物があると考えられているからです。これは地球の歴史が原因です。
小惑星イトカワはS型、つい先日の2月22日に「はやぶさ2」が着陸した小惑星リュウグウはC型ですが、地球はこのS型とC型の小惑星が集まって出来たようなものと考えられております。すると46億年前に誕生した直後の地球には、こうした隕石に含まれる程度の鉱物しかなかったでしょう。
ところが、地球形成後に中心核の形成やプレートテクニクスの影響でもみくちゃになり、火山噴火、熱水、放射線、生命活動などの影響を受けて変性し、その過程で多くの鉱物が生まれました。そのため太陽系の固体天体の表面に見つかる鉱物のほとんどは、地球でも見つけることができると考えられています。

宮本先生

地球中心部の鉄に溶け込んだプラチナやニッケル

――プラチナやニッケルはレアメタルと呼ばれ、地球上では希少な物質です。宇宙にはたくさんあるのでしょうか。

宮本 プラチナやニッケルは鉄に溶けやすい性質を持ち、地球形成の際に、中心部にある鉄の中にたくさん溶けてしまったのです。鉄に溶けずに残ったごく少量のプラチナやニッケルが地殻に存在し、レア扱いされているのです。
コンドライト隕石という、地球形成時の平均的な成分組成を持つと考えられる隕石を調べてみると、プラチナ族の元素や金が、地殻の数十倍から数千倍も多く含まれる場合があります。といっても、他の構成元素と比べると遥かに含有量は少ないのですが、地球ほど極端にレアでない場合もあります。
ただしレアかレアでないか、という議論は不毛です。太陽系全体の質量のうち、99.86%は太陽の水素とヘリウムが占めています。残りの0.14%が太陽以外に存在する質量であり、そのほとんどが水素とヘリウムです。つまり私たちは太陽系でみれば、ごくレアな元素を使って生きていると言えます。

――先生は「人間が宇宙へ行って、最も必要とする資源は水だ」と述べておられます。水はどのように確保するのですか。

宮本 水に限らず、揮発性成分を確保することは、宇宙で活動する上で必須の推進剤という意味で重要です。もちろん生命の維持にも必要となりますが。宇宙は真空でごく低温でないと氷であっても昇華して消えてしまいますが、例えば月の極域(地球の南極・北極に相当)には太陽光がほとんど当たらない低温領域があるので、氷が揮発せずに貯まっている可能性があります。
彗星のしっぽの部分に探査機を入れて調べたところ、彗星が有機物などを含む汚れた氷でできていることが分かりました。もし、過去にすい星が月に衝突していれば、これが極域に水をもたらした可能性があります。
火星は探査がまだ十分ではありませんが、過去に水が流れた痕跡があり、現在も地下に水があってもおかしくありません。
また水は電気分解すれば水素と酸素に分かれます。ロケット燃料だけでなく酸化剤として使えるので、資源として重要なのです。

宮本先生

地球の資源を産業革命以降の短期間で採りつくした人類

――先生はいずれ枯渇する可能性のある地球資源対策としての、宇宙資源の活用を挙げておられます。地球の持続可能性についてはどのように考えておられますか。

宮本 資源量と人口との適切なバランスが重要であることは、古くから議論されています。例えばイースター島の話が有名です。モアイ像で知られる暮らしやすい島で、とても繁栄しましたが、人が増えすぎたこともあって資源が足りなくなり、文明が滅びてしまったとする説があります。

地球でこれと同じことが生じてはいけません。地球の一生を1年と仮定すると、人類が生まれたのは12月31日の午前10時40分、産業革命は午後11時59分58秒ごろの出来事です。それからたった2秒のうちに、人類は使いやすい資源、例えば銅の硫化物などをかなり採りだしてしまった。それまで地球が粛々と蓄えてきた資源を、このように使うのが良いことか、難しいところかと思います。

地球上に生まれた人類の総数の7%は、今生きている人々と言われています。つまり地球では急速に人口が増えている。しかもぜいたくです。食物連鎖の頂点にいる人間がウシを食べるためには、大量の草とそれを育てる太陽光が必要です。太陽から地球に届くエネルギーの3分の1は人間が食べていると計算した専門家もいます。
さらに環境問題はもっと複雑です。試験管で飼っているバクテリアに栄養液を与えると、バクテリアは一気に繁殖しますが、やがてフンで水が汚れて死んでしまいます。地球の人類がこれと同じになってはいけません。工業生産による汚染を除去するには、汚染するよりはるかに多くのエネルギーや資源が必要になります。
つまり使いやすい資源を環境破壊しながら利用することは、将来に対する借金をしているようなもので、大変だと気付いた時は、地球を元に戻すにはもう手遅れなのかもしれません。

持続可能な社会を作るために必要な資源とエネルギーの確保が、地球のみで賄えるかまだわかりません。私は究極的には地球外の資源やエネルギーを使うほうが、結果的に循環型社会に近づくのではないかと思います。ただし、人類はこれを可能にする技術力を持っているわけではありません。そのため広く議論されている二酸化炭素の削減やリサイクル技術の発展、さらにそうした危機意識を持つことなどが、やはり重要であると考えます。

――小惑星や月などの宇宙資源は、将来、どのような方法で採取・利用すればよいのでしょうか。

宮本 月面での活動を支える重要なものは、原料とエネルギーです。インフラ建設に役立つ素材は月にある金属やシリカ、エネルギー源は太陽光、氷、場合によっては放射性元素です。月で重要なのはプラチナや金ではありません。小惑星には鉄やニッケル、揮発性成分が豊富に含まれるものがあるので、これを月や月周辺に持って来ることも考えられます。

いま、月の周回軌道に有人ステーションを建設する計画があります。2024年から米国が中心になって、26年までに完成させようとしています。それを建設したら、資源やエネルギーを自ら供給することが必要になるので、小惑星を持って来るアイデアがあります。
太陽光発電、原子力、イオンエンジンなどのエネルギーを駆使して小惑星を移動させ、月の周回軌道に投入します。有人ステーションとドッキングし、月の表面で精錬することもあり得ます。このブレイクスルーのためのキーテクノロジーは、原子力発電や超巨大な太陽電池などのエネルギーです。

火星の表面すれすれで飛ぶユニークな衛星フォボス

――先生は「火星衛星探査計画」を立案され、火星の衛星フォボスに着陸して岩石のサンプルを持ち帰る計画を進めておられます。NASA(米航空宇宙局)や欧州、ロシアも火星探査を計画して競争になっています。探査の目的や見通しについてお聞かせください。

火星の衛星フォボス Credit:G. Neukum (FU Berlin) et al., Mars Express, DLR, ESA

火星の衛星フォボス Credit:G. Neukum (FU Berlin) et al., Mars Express, DLR, ESA

宮本 もともとは2018年に火星に着陸し、鉱物だけでなく生命の痕跡も調べることを計画していました。しかし、技術的な課題もありました。その課題は、火星の重力が地球の3分の1と大きいことに起因します。日本は重力の大きい天体の周回軌道に探査機を投入した経験が、当時はありませんでした。安全に着陸し、さらにその表面を調査するには高レベルの技術が要求されます。

そこで火星の衛星フォボスを探査する計画を提案しました。フォボスは直径が約20kmの小さな衛星です。イトカワは300m、リュウグウは1kmですから、1桁ずつ増えており、フォボス探査は「はやぶさ3」のような位置付けに見えるかもしれません。それでもフォボスの重力はイトカワの50倍、リュウグウの5倍あり、やはり高度な技術と費用を必要とします。

フォボスは過去の探査では、あまりよく調べられていませんが、直径6000kmある火星を高度6000km、つまり軌道的には表面すれすれのところを、完全な円軌道で回っている面白い衛星です。もともと小惑星であったものが火星の重力に捕獲されて衛星になったのか、それとも別の天体が火星に衝突して無数の岩石が飛び散り、それが軌道上で1つに集まったものなのか、議論が分かれています。
このためフォボスの岩石サンプルを採って来て調べれば、どちらが正しいのか、結論がはっきりします。地球の衛星である月は別の天体の衝突によって出来たことが分かっていますが、それとも関係する興味深いテーマです。

宮本先生

火星ではバクテリアが隠れるように生きている可能性も

――ところで火星といえば、生命の有無が議論になります。生命は地球だけに存在しているのでしょうか。どのように考えておられますか。

宮本 火星の大気中にメタンが見つかっていますが、これは比較的短時間で分解してしまうはずなので、メタンがいまもどこかで作られていることを意味します。生命によるかどうかはわかりませんが。
ところでかつて火星は現在と大きく異なり、宇宙放射線から生命を守る磁場、火山、熱源のほか、水も大量にあったと考えられています。つまり35億~40億年昔の火星は、地球とかなり近い環境にあったわけで、生命が誕生した可能性があると思います。いったん誕生すると、完全に死滅するのは逆に難しいでしょう。
もし、今も生命がいるとすれば、バクテリアのようなものではないでしょうか。環境の厳しい変化に対応して突然変異しながら、地下にある帯水層などのごく限られた場所で隠れるように生きている可能性はあると思います。死滅していても化石のように何か痕跡が残っているかもしれません。

太陽系外の惑星でも、生命の可能性があり、火星より早く見つかる可能性はあります。太陽系外惑星はすでに4000個以上見つかっています。一番近いのは数光年先です。電磁波のシグナルを分析すれば、生命の存在を確認できる可能性があります。
宇宙で生命が生まれる普遍性はあると思います。地球で生命がこれほど進化したのは何らかの理由があったからでしょうが、これはよくわかっていません。

太陽系に惑星は8個あります。太陽に匹敵する恒星が1千億個集まったのが銀河であり、その銀河が1千億~2千億個集まったのが宇宙です。広大な宇宙のどこかに知的生物がいたとしても全く不思議ではありません。

コストがかかる太陽系探査には一般市民の広い支持が必要

――今日は東京ドームシティの宇宙ミュージアムTeNQ(テンキュウ)で先生にインタビューしましたが、先生は小学生などの子どもたちにも太陽系探査の意義や成果を広く紹介するための活動を続けておられます。

宮本 今、太陽系の研究は進展が目覚ましく、「宇宙大航海時代」と言われています。15世紀以降の大航海時代には、新大陸からさまざまな知識や動植物などがヨーロッパにもたらされ、それらを体系化する「博物学」が誕生しました。
それになぞらえて「太陽系博物学」と呼ぶ新しい学問体系の構築を進めています。物理、化学、地学、生物学等を広く網羅する学問です。

それを広報するために最初に始めたのがスクール・モバイルミュージアムという、最先端の成果を子どもたちに分かりやすくビジュアルにみてもらう展示です。東京の湯島小学校を皮切りに、これまでに全国の約30校で展示しましたが、展示期間中に100回も見た児童がいるなど好評です。2012年度のキッズデザイン賞を受賞しました。

宮本先生

そこに興味を持たれた(株)東京ドームの方からお誘いをいただき、私たちが科学監修を務める形で2014年に宇宙ミュージアムTeNQを東京ドームシティに開設しました。費用がかかる太陽系探査を推進するには、一般市民から広く支持されなければいけません。今後もこうした活動に力を入れていきたいと思います。

TEXT:木代泰之

宮本英昭(みやもと・ひであき) 

東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 教授 (東京大学総合研究博物館・兼任)、宇宙ミュージアムTeNQリサーチセンター長。
1970年、千葉県出身。1995年東京大学理学部を卒業し、2000年に博士(理学)取得。アリゾナ大学月惑星研究所客員研究員など経て2016年より現職。専門は惑星科学、特に探査機のデータ解析や探査計画の立案。
最先端の研究成果を社会に広める活動として、小学校に先端科学を展示するスクール・モバイルミュージアム事業(2012年度キッズデザイン賞受賞)を主催。東京ドーム内の宇宙ミュージアムTeNQを監修し、東京大学総合研究博物館との連携プロジェクトとして研究室を移設。主な著書編書に『宇宙のふしぎ なぜ?どうして?』(高橋書店)、『 鉄学 137億年の宇宙誌』(岩波科学ライブラリー、共著) 、『惑星地質学』(東京大学出版会)。

AIと「爪センサー」がパーキンソン病治療を加速する

AI、IoT、ビッグデータは現代における新たな「三種の神器」と言ってもよいほど、私たちの生活に欠かせないテクノロジーになりつつあります。これらの技術により、スマートファクトリーや自動運転、スマートホーム――と、さまざまな領域で多彩なイノベーションが次々に生みだされつつある中で、特に注目されているのが「ヘルスケア分野」への応用です。

マイケル・J・フォックス財団とIBMが提携

IBMは、マイケル・J・フォックス財団(Michel・J・Fox Foundation/以下、MJF)と連携してパーキンソン病の研究に乗り出すことを発表しました。MJFは、自身もパーキンソン病を患う俳優のマイケル・J・フォックスが立ち上げた財団。MJFはPPMI(パーキンソン進行マーカーイニシアチブ)という、病状を細かく検査・経過観察することで治療および予防につなげる団体を支援しています。このパートナーシップにより、PPMIが保有するパーキンソン病患者の病状に関する膨大なデータをIBMの強力なシステム基盤上で解析し、治療法に向けて一歩進んだ取り組みが行えるようになるのです。

「爪センサー」でパーキンソン病の病状を分析

パーキンソン病は脳の神経細胞の異常により引き起こされる病気で、60歳以上の100人に1人、全世界では実に500万人以上が罹患していると推定されています。近年は投薬により症状の緩和が可能となってきているものの、完全な治療法は未だ見つかっていません。手足の震え、動作が緩慢になる、認知に異常が出るといった自覚症状が知られていますが、こうした自覚症状が現れる頃には既に病気がかなり進行してしまっているケースが少なくありません。

そのため、AIによるデータ分析を病状の観察に役立てようという取り組みがこれまでも積極的に行われてきました。具体的には、パーキンソン病患者から収集したセンシングデータをAIで分析し、動作のパターンなどから病気の状況や進行度合いを探ります。

IBMは先日、手指の爪に装着して使うセンサーのプロトタイプを開発したことを発表しました。皮膚に直接貼るタイプのセンサーからデータを得る方法もありますが、パーキンソン病患者の多くは高齢者であり、皮膚装着型のセンサーには感染症のリスクも伴います。しかし、爪は肌より丈夫であり、微妙な指の動きも爪の曲がり具合や加速度計のデータから細かく測定できるため、病状の変化を安全かつ早期に察知することが可能となります。

※記事初出時、一部に英文翻訳の誤りにより、誤解を招く記述がありました。訂正してお詫びいたします(2019年2月28日)。

投薬効果の測定にも機械学習が活躍

また、同様の技術を利用して、投薬の効果を高精度で計測する研究も進んでいます。IBMは、投薬により現れる微妙な発話の変化を長期的に分析し、効果測定の精度を高めるための機械学習アルゴリズムの構築にチャレンジしています。

これらの試みが成功すれば、患者のセンシングデータから病状のステージを正確に特定したり、今後の病気の進行を予測したりすることが可能となるでしょう。また、病気の進行度合いによって患者をグループ化し、よりパーソナライズされた治療や投薬のプランを検討することも可能になると期待されています。

近年のテクノロジーの進化は、あらゆる側面から私たちの生活を変えようとしています。治療困難な難病にテクノロジーという武器で立ち向かう。この取り組みが一日も早く実を結び、パーキンソン病に悩む患者やその家族の方に笑顔をもたらす日が訪れることを心から祈っています。

photo:Getty Images

海外でも圧倒的な人気を誇る日本の漫画・アニメ文化。インターネットによって世界がひとつにつながる現在、漫画やアニメの影響力は日本人の想像をはるかに超えている。その一方で、違法な海賊版サイトによって作者や出版社が損害を被っているという事実もある。こうした現状を打破し、イノベーティブな試みで日本の漫画文化を世界に発信しようと活動している漫画家がいる。『ラブひな』『魔法先生ネギま!』『UQ HOLDER!』といった大ヒット作を持つ赤松健氏だ。

ここでは現役の人気漫画家であると同時に、『マンガ図書館Z』(※)の運営者であり、さらに日本漫画家協会常任理事でもあり――と、実に三足のワラジを履く赤松氏に、日本の漫画文化の未来と『マンガ図書館Z』のめざすものについて聞いてみた。

※『マンガ図書館Z』:2010年にスタートした(当時の名称は『Jコミ』)漫画の過去作品や単行本未収録作品を作者許諾のもとに無料公開(一部は有料)している電子書籍サイト。

公開されている作品に付帯している広告から入る利益は100%作者に支払われる。主に過去作品を取り扱っているため既存の出版社との競合がなく、また合法サイトとして海賊版サイトへの対抗策にもなるという点などで、読者、作者、出版社の三者にメリットをもたらす新しいビジネスモデルをつくった。

運営は赤松氏が取締役会長を務める株式会社Jコミックテラスが行なっている。2019年現在、登録作品は新人の投稿作を含めて約1万点。

横行する海賊版サイトへの対抗措置として

――赤松さんが『マンガ図書館Z』の前身である『Jコミ』で、実験的にご自身の作品を公開されてから9年目を迎えました。当時と現在とでは電子書籍をとりまく環境も変わってきたのではないでしょうか。

赤松 ことコミックに関して言うと、いちばん大きく変わったのは売上ですね。『Jコミ』を始めた2010年当時、まわりはみんな「電子書籍なんて売れないよ」と言っていたし、実際、売れていませんでした。それが2年くらい前から売上が紙と逆転するくらいになってきた。たとえば私の作品を見ても、利益の3割は電子から入るようになりました。読みが当たったといえば当たったんですけど、正直、これほど急成長するとは思っていませんでした。

――『マンガ図書館Z』の特徴は、現役の人気漫画家が始めたサイトであるという点です。起業に際して、連載していた雑誌を持つ出版社をはじめ、各出版社との間に問題が起きたりしませんでしたか。

赤松 まだどの出版社も電子書籍については試行錯誤していた時代ですからね。敵対行為なのではないかと不安視されたりもしました。だから連載を持っている出版社にも説明に行ったんですよ。重役の方々がずらっと並んでいる部屋で、「『Jコミ』で扱うのはあくまでも出版社が権利を持っていない作品で、もしそこで人気が再燃したら出版社でまた新たに契約を結んで刊行すればいいのでは」といったことを話したら、皆さん「それなら確かに作者も出版社も読者もみんなWin-Winだね」とすぐに理解してくださいました。

赤松健氏

――漫画の電子書籍というと、近年は海賊版サイトがメディアでも大きく取り上げられたことが想起されます。

赤松 海賊版自体はネットが普及し始めた頃からあって、2003年くらいにはかなり大規模になっていました。当時はサイバーロッカー(オンラインストレージサービスの一種)が中心で、ダウンロードされるとアップローダーにインセンティブが入るといった仕組みでした。だからどんどん海賊版が増えて、私の漫画もファイル交換ソフトで読まれるようになっていました。実質、海賊版サイトが世界最高の品揃えを誇っていたと言ってもいいほどではないでしょうか。私の作品も雑誌に掲載された翌日にはもうネットにアップされていました。読者から「海賊版サイトで読みました」と言われたりして。これは漫画家としては嬉しくないですよね。「何とかしなければ」とずっと思っていました。

『マンガ図書館Z』は私自身の「過去の作品が無料で読めたら嬉しいな」というオタク的な願望からスタートしたものですが、作者公認の無料サイトとすることで海賊版への対抗措置になり得たと自負しています。

――それにしても、現役の人気漫画家がこのような活動をされるのは珍しいと思うのですが。

赤松 私は高校時代からコンピューターゲームを開発していたくらいでデジタルに詳しかったし、もともと漫画家ではなく編集者志望だったというのも背景としてあります。就職活動もして、漫画専門の編集プロダクションから内定をもらっていました。応募していた漫画の新人賞に入選したから漫画家を選んだのですが、やはり漫画業界全体に貢献したいという気持ちもあって、それがこうした活動につながったのではないかと思います。

――起業当時は『魔法先生ネギま!』を連載中でした。ご多忙な中で、ものすごいバイタリティーとモチベーションですね。

赤松 いま振り返ると、週刊連載をしながらの起業なんて異常ですね(笑)。あの頃はあまりの忙しさに熱が出たくらいでした。ただ、やりがいはあった。まずは広告つきの電子書籍サービスを立ち上げるのに、自分で広告営業もしていました。当時は、「うまくいかなかったら恥ずかしい」という気持ちもあって、アシスタントにも秘密で動いていたので、「最近先生がスーツを着てどこかに行くよね」と言われたりして(笑)。ハードやソフトを扱う企業や広告代理店を訪ねたのですが、ありがたいことに「漫画家の赤松です」と言うと、どこの会社さんでも会って話を聞いてくれるんです。忙しくて大変だったけれど、知り合いがどんどんできていく感じで楽しかったですね。

赤松健氏

現役の漫画家が発信してこそ!

――『マンガ図書館Z』に話を戻しますと、2018年には出版社と提携して過去作品無料公開の実証実験(※)を開始されました。

※出版社と提携し、作家本人もしくは第三者がアップロードした作品を、作家本人の許諾を経て公開。利益は作者に80%、出版社に10%、素材提供者に10%支払われる。

赤松 目標は、過去に出版されて現在は入手できない、コミックを含む、すべての書籍の電子書籍化です。この取り組みで初めて、文芸作品も扱うことになりましたが、正直なところ、コミックに比べると文芸作品は電子ではあまり読まれていません。しかし、そこをあえて電子化して、後世に残すということに意義を感じています。海賊版の横行を許さないという意味でも、作者許諾の上でデジタル化するといった取り組みは不可欠です。

出版社にとってもこれまで1円にもならなかった過去作品がお金を生み出すのですからメリット以外何もないですよね。それから、一度関係が途絶えてしまった巨匠の先生方とこれを機にまたつながることできる点なども、出版社側としてはおもしろいと感じてくださっているようです。この取り組みはおかげさまで高評価をいただいていまして、現在は他の出版社と第二弾を計画中です。

――赤松さんは国会図書館が所蔵している書籍をデジタルで公開するプロジェクトについても提言されていますね。

赤松 国会図書館にはスキャンしたデータが大量にあり、その中にはもちろん過去作品もあります。ただ、公立の図書館は利益を求めてはいけないので、新しく著作権管理団体を設立した上でそれを広く国民に公開し、広告利益を作者に還元しようというのがプランです。私の意見はまったく新しいというわけではなく、以前、国会図書館の館長をされていた長尾真先生の「長尾構想」というプランにも似ている部分があるそうです。

国内の書籍を網羅している国会図書館のデータを著作権管理できるシステムをつくれたら最強ですよね。難しいかもしれませんが、ITの力を使えば実現できるのではないでしょうか。

赤松健氏

――赤松さんはさらに日本漫画家協会の常務理事も務められています。

赤松 日本漫画家協会は日本で唯一の漫画系の公益社団法人ということもあって、政府関連の仕事にも携わっています。文化庁のイベントに有識者として意見したり、作者不明になった創作物の扱いについて検討したり、いろいろな相談を受けています。

個人的には、それまでアナログだった協会への入会手続きを電子化させたことで貢献できたかなと思っています。ネットで入会できるようになったことで、以前は500人くらいだった会員が1,700人を超えるまでに増えました。これには会長のちばてつや先生や理事長の里中満智子先生も喜んでくださっています。パワーのある若い漫画家さんたちが大勢入ってくれば協会ももっと活気づくし、そうしようとしているところです。

いろいろな活動をしていますが、やはり現役の漫画家でいつづける、それもある程度売れている作品を描きつづけている、ということもとても重要だと感じます。『マンガ図書館Z』にしても、ただのアイデアマンの言葉だったら誰も耳を傾けてはくれなかったでしょう。私の場合は幸いにして作品が売れていたし、読んでくれている人が多かったからみんなに話を聞いてもらえた。漫画家さんたちも、同じ漫画家の言っていることだから心を許してくれたのではないでしょうか。

常に進化を続け、日本の漫画文化を世界へ

――『マンガ図書館Z』ではアマチュアの投稿も募集しています。

赤松 最近は投稿を受け付けるサイトはいっぱいあって、うちに送ってくれる人たちもだいたい他のサイトと掛け持ちで活動しています。PDF化して読めるとか、漫画を動画にしてYouTubeに上げるとか、プロ以外の方々にも読まれればちゃんと広告の売上を還元するとか、いまは他のサイトもやっていることですが、私たちが最初に作ったそういうシステムを気に入って投稿してくださっているみたいです。いずれはこうしたアマチュアの方を対象に、新人育成システムを立ち上げたいですね。現在は描いていないベテランの作家さんにネーム指導をしてもらうとか、アイデアはいくつか持っています。

赤松健氏

――日本の漫画やアニメは海外でも非常に人気が高いですよね。

赤松 以前の日本は科学技術の国でしたが、いまの日本のイメージは漫画やアニメ文化の国です。安倍(晋三)首相ですらマリオのコスプレをするし、小池(百合子)東京都知事もサリーちゃんに扮したりしている。本当に日本の漫画・アニメの影響は大きくて、フランスのジャパンエキスポは毎年約25万人もの来場者を数えるほどです。『マンガ図書館Z』でも海外進出や翻訳に力を入れていて、いまはオリジナルのビューアーを通して51カ国語で漫画を配信しています。

――51カ国語というのは驚きです。具体的にはどのような形で翻訳されているのですか。

赤松 ふきだしのセリフをOCR(光学的文字認識)で読み取って、それを自動翻訳しています。翻訳の専門家から見たら精度はまだまだですが、技術の進歩は早いのでこの先に期待しています。校閲部があり、厳重なチェックが必要な出版社ではなかなかできない取り組みだと思います。

直近の試みとしては、漫画をYouTubeで見られる動画にしてみました。ページをめくる速度についても、セリフが少なければすぐめくり、多ければゆっくりめくるというシステムを開発しています。YouTubeのいいところは自動翻訳が100ヶ国語もある点ですね。まだ実験段階で一部のジャンルのみの公開ですが、今後はもっと広げていきたいと考えています。

他にテクノロジーとしてぜひ活用したいのは、文字列検索です。作品内で頻用されている言葉や文字を抜き出してビックデータ化していけば学術的な研究になるし、経済的にも有効利用できるはずです。

将来的には、たとえば漫画の中で主人公がカメラを持っていたとして、そこから実際にそのカメラを購入できるようにして、購入されたら作者にいくらかお金がバックされるといったシステムが作れたらいいなと思っています。

赤松健氏

――日本の漫画文化について、どのような未来や可能性を描いていらっしゃいますか。

赤松 日本の漫画・アニメ文化を介して世界が平和になってくれればいいですね。以前、イラクのサマワで贈呈した給水車に『キャプテン翼』の大きなステッカーを貼っていたら、現地の子どもたちに大喜びされたという話がありました。世界には日本の漫画やアニメが大好きだという人たちがたくさんいる。日本はこれを最大限に活用して世界に存在感を示していくべきです。

いまは韓国や中国にも絵が上手な人はすごく多いけれど、国によっては規制が厳しいし、漫画そのものをつくるとなるとやはり日本が秀でている。この点に関しては、少なくとももうしばらくは日本がトップでいられるはずです。

では、その中で自分が何をやるかというと、私は同人誌出身の漫画家ですし、最終的には二次創作や同人誌などのコミケ文化、オタク文化をマネタイズして海外に輸出したいと考えています。

あとはやはり、『マンガ図書館Z』ならではの取り組みを広げていけたらと願っています。たとえばこれまでも脳梗塞などで倒れた作家さんへの支援ファンディングキャンペーンをやってきたのですが、そういった他でやっていない取り組みを進めていきたいですね。

TEXT:中野渡淳一

赤松健(あかまつ・けん)

漫画家、株式会社Jコミックテラス 取締役会長、公益社団法人日本漫画家協会常務理事
1968年、愛知県生まれ。中央大学文学部文学科卒業。1993年、『ひと夏のKIDSゲーム』で第50回週刊少年マガジン新人賞審査員特別賞を受賞しデビュー。代表作に『ラブひな(第25回講談社漫画賞受賞)』『魔法先生ネギま!』などがある。2010年より、主に過去の漫画作品を無料公開し、利益を作家に還元する『Jコミ(現・『マンガ図書館Z』)の運営をスタート。現在『UQ HOLDER!』を連載しながら、『マンガ図書館Z』の運営、日本漫画家協会 常務理事の活動を行なっている。

callforcode

人類は科学を発展させることで高度な社会を築き上げましたが、今なお自然災害の猛威から完全に逃れることはできずにいます。一昨年2017年は、全世界規模で自然災害による甚大な被害が目立った年となりました。日本国内では、2018年にも豪雨による水害や地震などが発生しました。そうした中、自然災害という強大な敵を打ち破り、人々が安心して暮らせる社会を築き上げるため、グローバル規模の取り組み「Call for Code」が産声を上げました。

世界中の開発者が参加する「Call for Code」とは?

IBMは2018年5月24日、Linux Foundationを始めとするパートナー団体とともに、「Call for Code」という取り組みを発表しました。

Call for Codeとは、世界中の開発者が一堂に会し、さまざまな社会問題の解決に挑む試みです。2018年から5年間にわたって継続される予定で、この間、IBMが投資する年間3,000万ドルの資金は、開発者向けに提供されるツールやテクノロジー、無償で利用できるソフトウェアのソースコード、専門家による起業トレーニングなどの原資となります。つまりこの取り組みは、社会問題をテーマにした開発を促し、さらにそれを直接ビジネスにつなげることができるため、最新テクノロジーを活用した社会問題解決の気運を高めることがねらいなのです。

バーチャル・ハッカソン「Call for Code Challenge 2018」

2018年に開催された「Call for Code」の試み「Call for Code Challenge」のテーマは「自然災害」で、自然災害に立ち向かうためのソリューションの構築を目的として、グローバル規模のコンペティションをバーチャル・ハッカソン形式で行いました。

地震や台風、猛暑、酷寒といった自然災害そのものを人間が自在にコントロールすることは残念ながら不可能ですが、AIやブロックチェーン、ビッグデータ解析、IoTといった最新のテクノロジーや手法をうまく活用することで、災害に備え、被害から迅速に復帰する一助となるようなソリューションを開発することは可能です。

例えば、ブロックチェーンを利用して柔軟性のある金融ネットワークを構築すれば、有事に際して迅速かつ安全な取引を行えるようになるかもしれません。交通機関や気象情報に基づいて物流を改善するソリューションは、災害の影響を軽減するのに大いに役立つことでしょう。

開発者たちはこのコンペティションにインターネット経由で参加し、IBMの提供するさまざまなツールを駆使してアイデアを形にすることができます。独自のアイデアをゼロから形にすることも、IBMの提供する雛形をベースにソリューションを開発することも可能です。コンペティションで最優秀に輝いたチームには20万ドルの賞金が送られるほか、開発したソリューションを実現するための長期的なサポートが提供されます。

コンペティションへの参加費用はもちろん無料。18歳以上のデベロッパーやデザイナー、起業家などが1名から最大5名までのチームで参加でき、使用するプログラミング言語やオープンソースライブラリーに制限はありません。

初代優勝者が生み出したソリューションは、情報収集ネットワーク

2018年10月29日、「Call for Code Challenge」の初代優勝チームが発表されました。優勝したのは、災害発生時に第一対応者と被災者とをつなぐためのソリューションを構築した、Project OWL。彼らは、ハードウェア/ソフトウェアの2つの部分からなるソリューションを提供しました。

まず、ゴムのアヒルのように水に浮かぶことのできる小さな端末による「clusterduck」というネットワークを使い、音声ベースのコミュニケーション網を構築します。とても感覚的なインターフェースを使っているため、被災者は第一対応者にコンタクトしやすくなります。そして、ネットワークで得たデータはOWLの災害管理システムソフトウェアに集められ、さまざまなデータと予測分析をもとにしたダッシュボードが第一対応者に提供されます。第一対応者はその分析から、災害状況の把握、物資の調整、気象パターンの学習を行うことができます。このソリューションはIBM Cloud上に構築されたIBM Watson Studio、Watson Cloud APIs、Weather Company APIsで成り立っています。

「最悪の災害においては、混乱と誤報が広がるものだ。よりよい情報とよりよい分析によって、最もその物資を必要としている人に届けることができる。このような効率性が、救うことのできる人数に影響する」――Project OWLのリーダーであるブライアン・ノースはそう語りました。

地震や台風の発生自体を防ぐことはできなくても、世界中に2,200万人存在するといわれるソフトウェア開発者の力を集めて、社会に意義ある変化をもたらすことはできるはずです。自然災害に限らず、今後もあらゆる社会的な問題を打破する、あるいはそれとうまく共存していくための有意義なソリューションが、Call for Codeから生み出されるかもしれません。

photo:Getty Images

臼井隆志氏

ワークショップデザイナー。聞きなれない職業ではあるが、臼井隆志氏は、認知科学や発達心理学の研究を参照しながら、主に子ども・親子向けのワークショップを企画している。彼はこの仕事を通じて、現代の子育て世代の生きづらさや、ダイバーシティをはじめとする社会課題の解消に取り組んでいる。

臼井氏は、著書『意外と知らない赤ちゃんのきもち』(ピースオブケイク刊)で「『赤ちゃんのきもち』を想像することは『わからないこと』に寄り添うこと」と記しているが、これは、子育てに限らず、社会におけるさまざまな場面で生かすことができる考え方である。そこに行きつくために必要だった認知科学や発達心理学の考え方について、また、ご自身も現在育児休業を取りながら生後4ヵ月の我が子を育てている立場として、お話を伺った。

ワークショップとは、アイデアの作り方そのものを学ぶ場所

――ワークショップデザイナーとは、どんなお仕事なのでしょうか。

臼井 そもそも、「ワークショップ」というものに対する捉え方も人それぞれだと思うのですが、語源は“作業場”“工房”から来ていて、そこに学びや自己表現という文脈が加わってきました。だから、「作ることで学ぶ」場所をしつらえることが、ワークショップデザイナーの仕事です。

作るだけではなく、作り方そのものを学ぶというか。たとえば服を作るワークショップだとしたら、服作りを体験するだけでなく、服を作りながら体や暮らし、流通や消費についても学ぶことができます。そうやって、「作る」と「学ぶ」をパラレルに進行できるように作業と知識をコーディネートしていき、いろいろなものをひもづけて、「そういうことだったのか!」と発見してもらう。それが、ワークショップデザイナーとして僕がやっていることですね。僕は子ども向けのワークショップを手がけることが多いのですが、子どもに関わりたい大人向けの研修やワークショップも行なっています。

ワークショップの様子

臼井氏が手がけたワークショップ「地面の起伏に対応する運動プログラム『でこぼこの森』」
提供:伊勢丹新宿店 cocoiku

ワークショップの様子

臼井氏が手がけたワークショップ「日用品を使った微細運動のプログラム『カチッとピタッとの森』」
提供:伊勢丹新宿店 cocoiku

子どもの学びの過程は、大人の教材になる

――子どもに関わりたい大人向けのワークショップも手がけられるとのことですが、そういった場所で大人が子どもの気持ちになることによって、どんな利点があるとお考えでしょうか。

臼井 赤ちゃんにとって親は「安全基地」だと言われています。帰ってこられる場所があるから、冒険に出かけられる。安心できる場所があるからこそ、冒険心が生まれるんですよね。それは、大人も同じだと思います。たとえば上司が安心できる雰囲気を作ってくれて「とにかくやってごらん」と言ってくれれば勇気が湧いてくるけれど、「あの上司に怒られる」と思っていたら行動する勇気をくじかれてしまうじゃないですか。だから、我が子に対してやっていることは、部下に対してやっていることと同じだし、自分がいい上司にやってもらっていたことと同じかもしれない。そうやって類推で考えられるようになると、子どもの学びの過程は、大人同士でコミュニケーションする時に役立つ豊かな教材にもなると思います。

“赤ちゃんに与える”“子どもに教える”という考え方もありますけど、僕自身、赤ちゃんや子どもから与えてもらったり、学んだりしてきましたし、何より純粋に面白いんですよね。たとえば、おもちゃを「ただなめているだけ」だと思うのではなく、なめ方や手の角度を調整している様子を観察すると、いろんなことを知ろうとしていることが伝わってくる。赤ちゃんが、今なめているものが何なのかを注意深く知ろうとしている過程は、陶芸家が粘土をこねる過程や、画家が絵の具を混ぜる過程と似ている。つまり、クリエイティブなことをしていると思うんです。そして、そういう見方ができると、「赤ちゃんは何をしているかわからなくて不安」に思っている人は、その悩みから解放されるのではないでしょうか。

子どもがどこに好奇心の目を向けているかを観察する余裕があると、コミュニケーションのきっかけにもなります。たとえば、「どうしてスライムはぷるぷるになるの?」とか「どうして音が鳴るの?」とか、大人もよく分かっていないことを子どもに訊かれてタジタジになるシーンってよくあると思うんですが、そこで「知らないよ」とか「どうしてだろうね」と突っぱねたりごまかしたりするのではなく、「じゃあ一緒に勉強してみよう」と目線を合わせて会話できる。ただ、そうやって子どもを見て楽しんだり学んだりするには、大人自身に余裕がないといけないと思います。これは、そういう余裕を作るために、育児休業をはじめとして、社会の仕組みをどう整えていくかという課題にもつながってくると思います。

臼井氏

――常にそのような余裕を持つことができる状況より、育児書や上の世代の発言などが醸成する「べき論(一般論)」に縛られて、親が子育てについて悩み、息苦しさを感じてしまうというような状況のほうが多いと感じます。

臼井 たとえば、僕の知り合いの研究者の先生が、風船を持つと子どもの歩行が安定するという実験※をしました。立っている時に人差し指だけ何かに触れていると、体のバランスが安定する、「ライトタッチコンタクト」という効果があり、これまでは固定物でなければならないと思われていたのですが、風船を持つことでも同じ結果が得られるという研究でした。この話を知っていれば、「風船を持っていると子どもは嬉しい」というだけではなく、「この子の体の中で今何が起こっているんだろう」というふうにも考えられる。つまり、物事に対する想像力のかたちが変わっていくと思います。

育児書の中には、エビデンスを含んだものと経験則から語られているものがあります。ただ、経験則だと、書いた人とライフスタイルが近い人は共感できるけど、そうでない人には転用できないことが多い。そうすると「私はできない」と思ってしまう。そんな時に、親御さんが何かの学術書に触れて、そこに書かれていることから、お子さんの姿がこれまでと違って見えてきて、自分のお子さんや子育てに対する理解が深まるーーというような気づきを促す場があればいいのですが、やはりなかなかないですよね。こういった研究成果を、僕の活動を通して一般の人に伝える、いわば「翻訳」をしたいと思っています。

※風船把持が歩行獲得を促す-初期歩行遅延に対する新しい歩行支援システムの提案-(代表:島谷康司、分担:島圭介、2013-2015)

育児休業を研修と捉えれば、職場復帰後の効率アップが図れる!?

――日本では未だに母親だけが育児休業を取得している家庭が多く、父親が取得しにくい、または取得する意識が低いという現実があります。臼井さんは、育児休業をどのような経緯で取得されたのですか?

※平成27年10月1日〜平成28年9月30日までの1年間に、在職中に出産した女性がいた事業所に占める女性の育児休業者がいた事業所の割合は88.5%であるのに対し、同期間に配偶者が出産した男性がいた事業所に占める男性の育児休業者がいた事業所の割合は7.5%(厚生労働省,「平成29年度雇用均等基本調査」の結果概要より)

臼井 ずっと赤ちゃん向けのワークショップをやってきましたが、そこでは赤ちゃんが遊んでいるところしか見ていなかった。夜泣きしているところや、ミルクを飲みたがらないところなど、親が日々直面する大変な場面は見ていなかったわけです。そんな中で、自分の家庭に子どもが生まれることになり、そうした瞬間を見ないのはもったいないなと。赤ちゃんをじっくり観察する機会ですし、育休という権利があるなら取るべきだろうと思いました。それから、妻は里帰り出産をしなかったので、育休をとらないと妻がワンオペ育児(ひとりで育児を行うこと)状態になってしまう。また、父親の育児のスタートが出遅れると、育児スキルに差が開きすぎて男性が自信を失ってしまったり、子どもとの信頼関係が築けなかったりするという体験談も聞きますし、それでは寂しいですよね。

僕は、子どもが生まれてからまず1ヵ月半育児休業を取ったのですが、法律上、男性は出産後8週間以内に職場復帰すると、1回目と合計して1年まで、もう一度育児休業を取れます。今は2回目の育休を長期で取っているところです。というのも、子どもが生まれてみないと分からないことがたくさんあったんです。だいたい寝ているだろうと思ったのにそんなことはなくて、こんなに大変なのか!と。僕の場合、仕事としても、家族のライフプランとしても総じてプラスだと思ったから、育児休業を取りました。だから「やりたいことを犠牲にして育児に従事している」というような自己犠牲の気持ちは全くないです。

臼井氏

――なかなか父親が育児休業を取れない日本の現状については、どう思われますか?

臼井 その人個人は育休を取りたくても上司や仲間に言い出せないという状況があると思います。さらに、休みを取れても、職場に戻ってくると席がないような空気になっているというような話もよく聞きますよね。だから、男性が育休を取るなら、転職とセットで考えるか、あるいは出世をあきらめるか、その二択だとも言われています。いやいやいや、それは辛くない?と。

ただ、企業単位でできることもあると思っていて、育児休業を研修と捉えるのはどうだろうと考えています。僕が育児をしてみて感じたのは、何かをやる/やらないの優先順位を決める能力が上がるということです。たとえば、洗濯物を干す時間がもったいないから乾燥機を買おう、そうして休む時間や子どもと関わる時間を作ろうとか。それから、生活の中で無駄な部分も見えてきます。毎日食事メニューを考えるのは大変だから、週7日分のルーティンにしようとか。そうやって、育児を「生活を合理化していくゲーム」だと思ってやっていたら、仕事に復帰した時に仕事の中の無駄も見えてきて。限られた資源をどう有効に使ってアウトプットしていくかという視点は、経営にも生かせますよね。

そして、我が子のために長く生きることが自分たちの幸せにも繋がるから、健康についても考え直すし、この子の学費はどうしようって考えると、お金の使い方も変わっていく。そうやっていろいろな物事を見る時の解像度や、予測の精度が上がるんです。育児休業中は自分の家でありながら、まるで別の企業で働いているみたいだなと思いました。これは楽しい学びですよ。

育児休業を企業の研修と定めて、たとえば定期的にレポートを提出することで学習の過程が見えれば、育児休業は出向していることと同じになるじゃないですか。また、同時期に育休を取っている人と集まって悩みを共有することで、お互いのケアにもなります。育児も俯瞰することが必要なので、それを助けることにもなりますよね。

臼井氏

社会課題解決の鍵を握るのは「大人の遊び心」

――ダイバーシティをはじめとする今の世の中の社会課題は、「べき論」に囚われて、多様な価値観を受容できないことも原因だと思うのですが、子どもの気持ちを考えることは、こういった課題の解決に寄与できそうですよね。

臼井 赤ちゃんの気持ちは、結局分からない。でも、赤ちゃんだけではなく、他者の気持ちって分からないし、自分の気持ちだって分かっているかあやしいと思うんです。未知なるものに対してどう見通しを立てて、どう自分の中に受け入れていくのかという過程には、イマジネーションとクリエイティビティが必要です。そういう能力を身につけてもらうことは、僕のワークショップのひとつの使命だと思っています。赤ちゃんを教材として、未知なるものと向き合う力を身につけていくというか。

それから、「他者の気持ちになろう」と言いすぎて疲れた結果、社会が寛容じゃないほうに向かっているとも言えると思います。これは、『ゲンロン0 観光客の哲学』(株式会社ゲンロン,2017)の冒頭で東浩紀さんが書かれていたことですけど、確かにそうだなと。そこでは、「『ふまじめ』だと言われてきたものから考えてもよいのでは」とも書かれていて。僕も、赤ちゃんの気持ちを真剣な方向だけに考えすぎると、分からなくなってくるんですよね。でも、ふざけ半分で見ている時に、「そういうことだったのか!」と思えたりもする。つまり、こっちの遊び心がないと、未知なるものに踏み出す勇気も湧いてこない。

臼井氏

――親の遊び心が必要であるというのは、仰るとおりだと思います。親と子どもが遊ぶという過程にも多くの気づきがあるのではないでしょうか。

臼井 遊びを赤ちゃんがどう解釈していくかというところに「発達」という考え方もあって。1歳くらいまでは、赤ちゃんが「遊ぼう!」と声をかけることはないので、退屈そうな赤ちゃんの様子を察して、親がプレイフルに働きかける。いわば遊んでいるのは親であって、赤ちゃんは「遊ばれている」とも言えます。

――たとえば私は、自分の子どもが赤ちゃんの頃からアテレコ遊びをしていて。子どもの動きを見ながらその気持ちになりきって、「お腹が空いたなあ」とか、私がしゃべるんですが、今は子どもからその遊びをやろうと誘ってきます。

臼井 アテレコ遊びもそうだと思います。その時の親の声色って、普段とはトーンが違うと思うんですけど、それは子どもにとっては「これは遊びだよ」というシグナルになります。それを受信する力を身につけると、今度は子どもから、遊びのシグナルをママに対して仕掛けていって、乗ってくれるか様子を見るようになる。この時、お互いの気持ちを察し合うという高度なことをやっています。子どもはそういうところから、コミュニケーションや関係性の作り方を学んでいきます。

やはり遊び心や余裕から、相手の気持ちに寄り添えるようになる……逆に言うと、そこしかないのかなとも思いますね。「他者の気持ちになりなさい」と言われても、無理して想像するのもちょっと違うなと思うじゃないですか。だから、問題の本質は、大人の遊び心をどう生み出すかというところにあると思います。

TEXT:高橋美穂

臼井隆志(うすい・たかし)

ワークショップデザイナー。 1987年東京都生まれ。2011年慶應義塾大学総合政策学部卒業。 質的調査、ワークショップデザインの手法を用い、子ども・親子向け教育サービスの開発を行っている。子どもの居場所である児童館にアーティストを招聘するプログラム「アーティスト・イン・児童館」の企画・運営(2008〜2015)、ワークショップを通して服をつくるファッションブランド「FORM ON WORDS」の企画(2011〜2015)などを手がける。2015年から現在まで伊勢丹新宿店の教育事業「cocoiku」に従事し、販売員へのファシリテーション教育、0〜6歳の親子教室「ここちの森」の企画開発、体験型販売フロア「cocoiku park」の企画開発などを行う。

見えざる教育格差を顕在化し、そこに情熱あふれる教育のリーダーを派遣してきた認定NPO法人Teach For Japan。日本におけるその活動の創設者で、現在は株式会社CRAZYの取締役やCrimson Education 日本法人代表取締役社長を務める松田悠介氏に、社会課題を解決するリーダーの育成についてお話を伺った。

置かれた環境によって子どもたちの未来が左右されるのを変えたかった

――日本の教育格差の問題を解決する団体Teach For Japanを創設された経緯を教えていただけますか。

松田 私自身、中学生の時にひどいいじめにあった経験があります。誰も救ってくれない苦しい日々が続く中、幸いなことにそんな私に気づき、向き合ってくれる恩師に出会えたのです。教員が真剣に向き合ってくれることで、子どもの人生は変わるのだと実感しました。いじめにしろ、貧困にしろ、置かれた環境によって子どもたちの未来が左右されることがあってはなりません。私は大人になったら困難な状況にある子どもたちを救いたいと、強く思うようになりました。
大学を卒業すると、私を救ってくれた恩師と同じ体育の教員として、都内の中高一貫校に赴任しました。子どもたちはそれぞれが素晴らしい可能性を持っています。それを引き出せた時、また、子どもたちが変わっていく瞬間に立ち会えた時、大きな達成感を感じました。全力で向き合った子どもたちには、きっと何かを残せたのではないかと思います。子どもたちも私の情熱をしっかりと受け止めて、情熱を持って接してくれました。

しかし、どんなにがんばっても自分の影響力の及ぶ範囲は、自分の教室でしかありません。隣の教室をみれば学級崩壊をしている。疲れた教員は、生徒に背を向けて、ただひたすら教科書の内容を黒板に書いているだけ。他にもさまざまな課題に直面しました。それらをどうにかしたい。

そこでいったん、学校の現場を離れて考えを深める必要があると思うようになり、政策的な立場から教育を考えるため、千葉県市川市の教育委員会で分析官として活動させていただきました。

松田氏

Teach For Americaとの出会い

松田 このような経験を通じ次第に私の教育観も固まって行き、いっそのことそれを具現化できるような学校を創りたいと思うようになりました。学校を創るには、リーダーシップとマネージメントを学ぶ必要があります。それで海外の大学院に留学しようと決意し、ハーバード大学の教育大学院に進学しました。

そこで出会ったのがTeach For America(以下、TFA)です。アメリカ国内の一流大学の学部卒業生たちを、教員免許の有無にかかわらず大学卒業から2年間、国内各地の教育困難地域にある学校に常勤講師として赴任させるプログラムです。教える人が変わることで、子どもたちも変わっていく。派遣された教員は、子どもたちに接している2年間に、教育現場が抱える課題の構造を理解していきます。そして現場とは違う観点で解決する必要があると気づきます。
2年間が終了すると、引き続き教員を続ける者、教育委員会に入る者、政治家になる者、ビジネスマンに転身する者などそれぞれの場に進みます。ビジネスの観点で何をすればいいか、政策の観点で政治をどう変えていかねばならないか。社会全体を巻き込みながら、経験を生かして教育格差の問題を考え、変えていきます。私が学校単位にやっていたことを、社会全体の問題としてとらえている仕組みに感銘を受けました。

例えば、ルイジアナ州ニューオリンズ。以前は教育格差が大変深刻な地域でした。貧困率は約70%です。この数字は、アメリカ全体の貧困率が22%であることと比べると、いかに高いかが分かります。そこに2005年、ハリケーン・カトリーナによる大災害が起こったため、さらに状況が深刻になり、TFAが入りました。
その後13年がたって、環境は劇的に変わりました。学力も高くなり、「教育で何かやるならニューオリンズだよね」とか、「教育のシリコンバレー」とも言われるほどになったのです。
現在ニューオリンズでは、教員の約30%がTFAから派遣され、校長先生の半数がTFAの卒業生です。さらに数十の教育関係のNPOが立ち上がりました。常勤講師としての2年間を経験した人が、社会全体のリーダーとして育っているのです。ちなみにTFAは、2010年には全米文系学生の就職先人気ランキングで、GoogleやAppleを抑えてなんと1位となっています。

私はそれを日本に創ろうと7年前にTeach For Japan(以下、TFJ)の活動を開始し、2012年に正式にNPO法人として創設しました。日本にも深刻な教育格差があります。厳しい状況に置かれている子どもたちが放置されているのです。

松田氏

――米国と比較して日本特有の課題はありますか?

松田 一番の課題は、貧困の分かりにくさだと思います。例えば、アメリカの場合は、ニューオリンズ、ニューヨーク市のハーレムなど、そこに行けば貧困というものがはっきり感じられます。感じられると取り組む人たちが出てきます。

ところが日本の場合は、貧困層が分散していて分かりにくいのです。しかし、現状は7人に1人が貧困状態と言われています。日本の貧困率は、OECD加盟国で4番目に高い17%です。にもかかわらず感じ方が違うのは、日本ではどの地域にも、どの自治体にも貧困が存在していますが、分散され埋もれていて気づきにくいため、取り組みが進展しにくい状況にあるのです。また、日本にはそうしたネガティブな状況を隠す文化もあります。
そのような環境にTFJから先生を派遣します。TFAと同じように2年間、子どもたちと向き合うことで課題の構造を理解し、自分がどういう役割を果たしていくべきなのかをイメージし、その後社会の中に配置されていきます。このように教育の現場を体験し理解することで、変革に取り組むリーダーが育っていくことが重要です。

松田氏

教育に対する情熱と、学び続ける力を持つ

――教育の変革に取り組むリーダーに求められる資質とは、どのようなものでしょうか?

松田 まず大前提として、教育に対する情熱です。何事もそうですが、課題解決に対する当事者意識を持ち、情熱を持って課題と対峙する姿勢です。
2つ目は、学び続ける力。大人が学習し続けることで、いろんなフィードバックを吸収して自ら改善していくからこそ、子どもたちが学べる環境をつくることができます。学び方を教えるのが学校です。それを自らの行動で示す人材が必要です。
3つ目がコミュニケーション力。関係性を構築する力です。1人の教員にできることは限られており、周りの人たちのサポートが絶対に必要です。サポートを得るためには、コミュニケーション力を駆使して信頼関係を築かなければなりません。

そして、最も重要なのがリーダーシップです。物事を前に推進する力がないと意味がありません。他人だけではなく、自分自身をも主体的に導いていく力が重要です。
TFJでは、これまで80名を教育の現場に派遣してきました。外部の人たちを派遣して現場で摩擦はないのか、と聞かれることがあります。彼らは子どもたちが学ぶ教育現場を良くするために来ているのです。そこに摩擦は生まれません。謙虚に自分の役割を認識し、子どもに対する思いを大切にしながら、情熱を持って接しているので、周りの先生たちからも賛同が得られます。コミュニケーション力、関係構築する力、リーダーシップが発揮されています。

――これまでにどんな成果がありましたか?

松田 外部の知見が入ってきますので、さまざまな観点から教育者に求められているコーディネーション能力を磨き、活動することができました。ビジネスの世界もそうだと思いますが、どれだけ社内外のリソースを活用して成果を出すか、コーディネーターであることが重要です。TFJはさまざまな組織とコラボレーションした授業を行っています。
例えば、青年海外協力隊の先生と協業しアフリカの学校とSkypeを経由して国際交流をしたり、表現教育を推進しているNPOと連携をしてダンスの表現教育プログラムを実施したりして、そこから違った学びを生み出した先生もいました。コンセプトは、「今まで教育界にいなかった人を巻き込むこと」。世界47カ国のチームメンバーとも毎年情報交換を行い、グッドプラクティスの共有をしてさらなる新しい風や知見を取り入れています。

松田氏

教育現場の次は、「大人の改革」

――松田さんは、2017年に「株式会社CRAZY」(以下、CRAZY)の取締役に就任されました。新たな分野ではどのような活動をされるのですか?

松田 7年間のTFJでの経験を通して、課題解決をし続けるには1人では限界があると感じました。私と同じような理想を掲げて行動する人が世の中にたくさん増えていかねばなりません。TFJのスタッフや、教育現場に派遣されている仲間がそうです。私は、社会の課題解決をするための水脈を見つけ、そこに土台を築き、スキームを作りました。そこをこれから伸ばしていってくれる仲間も増えました。

では自分の次の役割は何かと思い、それを見つけるためにスタンフォード大学のビジネススクールに入り、これまで7年間の軌跡を振り返りました。気づいたことは、子どもは何1つ悪くないということです。子どもの課題を解決するためにどこに課題があるかと考えたら、それは全て大人にあります。多様性が重要だと言っている大人に限って多様性に対して保守的だったり、夢を持てと言っている大人に限って夢も志も持っていなかったりする。教育的メッセージを伝えたとしても、「あなた、夢ないじゃん。多様性受け止めてないじゃん」と子どもから言われてしまいます。大人が変わらなければいけないと実感しました。

松田氏

――具体的にどのような事業で「大人の変革」を行うのですか?

松田 どうすれば大人は、変革するのだろうと、ずっと考えてきました。私自身は、ビジネススクールや研修で変わったのだろうかと。
どこで変わったか? それは、入学、就職、転職、結婚、出産、人の死などのライフイベントでした。パートナーとどういう人生を歩んでいきたいのか、自分が一番大切にしている価値観は何か、就職の時に何を目指してキャリアを積んでいきたいのか、自分の志は何か、などを真剣に考えるタイミング、そこがすごく重要なのではと気づきました。

CRAZYの主力事業は、「人生を変える結婚式」のオーダーメードウェディングです。それは2人の人生を聞くところから始まります。喜怒哀楽、一番悔しかった瞬間、なぜ2人は一緒になったのか? これからどういう人生を共に歩んでいきたいのか? 2人の間の約束ごとは? 共有ビジョンをつくり、それをコンセプトに落とし込んだ上で、結婚式をデザインします。会場選び、演出、ドレスコード、食事など全て一貫してビジョンに沿ったものをお届けします。メッセージに一貫性が生まれれば心に残ります。1つたりとも同じ結婚式はありません。
もう1つ、お祝い事業も実施しています。表参道に専用の施設を造りました。例えば、誕生日会。年齢の数のロウソクを吹き消すだけでいいのですか? 手紙、感謝の思いを伝える場、改めて人生を見つめる場にしてはどうですか? こうした考え方を社員総会などにも活用してサービスを提供しています。

松田氏

人呼んで“教育界の松岡修造”。そう言えば熱き気持ちも雰囲気も、似ている。

自分のバウンダリー(境界線)を超えて行こう!

――松田さんはCrimson Education日本法人の代表取締役社長もなさっていますが、どういった活動をする会社ですか。

松田 留学支援をしています。海外留学、進学をオンラインでコンサルティングします。
志望校選択の支援だけでなく、今後の人生を考えた時に国外で勉強する可能性についての相談を受けています。日本人は、有名な海外のトップスクールしか調べません。そういった有名校だけではなくても、あなたのやりたいこと、自分の可能性を最大化するための進学先を一緒に考えます。目標が決まれば、テスト対策や小論文・インタビュー対策の支援も行います。完全オンラインでサービスを提供しているので、地方にいようがどこにいようが弊社のサービスを受けることができます。留学支援情報をYouTubeに無料で100本以上アップロードしていますので、そちらも自由にご活用いただけます。
例えば、ハーバード大学。年収1500万円以下の家庭は学費が無料になるケースもあります。経済的に厳しくても、能力がある人には可能性が開けているのです。今、世の中が欲しているのは、海外進学に対する正しい情報と合格を手にするための適切なサポートです。弊社のアメリカやイギリスのトップスクールの合格実績は世界トップクラスです。

――留学支援の目的はなんですか?

松田 将来的にはリーダーの育成です。1人でどれだけがんばっても、日本の教育問題を根本的に解決することは難しいと先に述べました。しかし、問題意識を持った人が100人、1000人と増えれば解決できる可能性が高まります。社会起業家をたくさん生むためには、日本だけの教育では限界があると感じています。海外に飛び出して、自分の思いや、自分の考えを見つめ直す。さまざまな環境や文化で育った多くの優秀な同級生との出会いは、圧倒的な視野の広さを得るとともに人生を変えるきっかけとなります。触れる情報が変わっていきます。また、客観的に外から日本を見つめることで、日本の良いところも再発見できます。私自身、日本の教育に限界を感じて日本を飛び出しましたが、日本の教育にも素晴らしいところがたくさんあると気づきました。算数(数学)、国語などといった学科だけでなく、給食、掃除当番など身近な1つひとつの学校生活が、子どもの教育にとって大切な意味を持っていると思います。視座が高い状態で、日本の可能性や社会課題に気が付く経験をしているからこそ、社会起業家が生まれてくると思うのです。

自分のバウンダリー(境界線)を超えて行く。会社という組織、日本という国、その境界線の内側にいると、自分の価値にも日本の良さにも気づきません。境界を超えて、多くの人と出会って、それぞれをつないでいき、新しい価値の創造に挑戦する大人や子どもたち。そうした人材の育成を支援していきたいと思っています。

松田氏

――多くのことを実現されてきましたが、これからの夢はなんですか?

松田 将来は、やっぱり学校を創りたいです。中学校か高等学校がいいですね。
これからまだまだいろんな経験を積んでいきながら、社会課題に取り組む人、子どもの課題を解決するリーダーをどんどん増やしていきたいです。
「最近の若者は…」などと言う大人にこそ、「あなたは、今、何にチャレンジしているんですか」と問いただしたいですね。「いや昔は、これだけがんばっていたよ」ではなく、60歳、70歳、80歳になっても自分の理想を追求する大人が増えてくれば、子どもは変わります。細かい教育の各論はどうでもいいんです。子どもは大人を見ていますよ。
子どもに対して「どうして言うこときかないの!」と思っている大人は、自分がそういう立ち居振る舞いを見せていませんか。つまらなそうな表情をしながら帰宅していないですか? そんな姿を見ていたら、子どものやる気が引き出されるはずありません。親が毎日、何かを学んでいたり、夢に向かってチャレンジしていたら、それに勝る教育はありません。生き方を示すのが究極の教育だと思っています。

TEXT: 栗原 進

松田悠介(まつだ・ゆうすけ)

Crimson Education 日本法人 代表取締役社長、 株式会社CRAZY 取締役、前・認定NPO法人Teach For Japan 代表理事兼CEO
1983年千葉県生まれ。2006年日本大学文理学部体育学科卒業。2009年にハーバード教育大学院、2018年にスタンフォードビジネススクールにて修士号取得。
中学校体育教員、千葉県市川市教育委員会 教育政策課分析官、PwC Japanを経て、2012年に認定NPO法人Teach For Japan を創設、代表理事に就任。2017年、株式会社CRAZYに参画。2018年にCrimson Education 日本法人の社長に就任し、スタンフォード大学客員研究員を兼任。 日経ビジネス「今年の主役100人」(2014年)に選出。世界経済会議(ダボス会議) Global Shapers Community 選出。
著書に『グーグル、ディズニーよりも働きたい「教室」』(ダイヤモンド社)」がある。

深層学習(Deep Learning)の登場をきっかけとして第三次AIブームが訪れて以来、様々なシーンでAIが活用され始めています。AIは試験的な利用の領域を超え、完全に実用化のフェーズに突入したと言って差し支えないでしょう。

しかし、AIの導入に踏み切れない企業が一定数残っているのも事実です。そうした企業、組織が抱く懸念の一つとして、「AIにおける意思決定プロセスのブラックボックス化」があることが指摘されています。

AIに期待はあるが、導入できない企業は60%

AIを活用すれば、かつてないスピードと精度で大量のデータを解析し、そこから様々な洞察を引き出すことが可能となります。グローバル化や消費者ニーズの多様化、産業機器の高度化――年々複雑化していく環境でビジネスを推進していく上で、AIが強力な武器となりうるのはもはや疑いのないところです。

IBMビジネス・バリュー・インスティテュート(IBM Institute for Business Value)が世界の5,000人の経営幹部を対象に実施した最新の調査(『Shifting toward Enterprise-grade AI』, 2018年)でも、82%の企業がAIの導入を検討しているという結果が明らかになりました。しかし一方で、60%の回答者が、AIが起こしうるトラブルの「責任問題」を懸念していると答えています。

従来のコンピュータ・プログラムは、基本的には人間のプログラマーが作成したアルゴリズムに従って動くものでした。しかし深層学習の登場以降は、与えられたデータを読み込むことでプログラムが自ら特徴を発見し、独自の判断基準に従って処理を行うことができるようになりました。

このように、深層学習は高度で効率的な分析を可能にしますが、AIがデータを学習してモデルを作り出す過程はAIの中にあり可視化されていないため、抽出された結果に対して「なぜ、そうなるのか」を明確に説明できないという問題があります。つまり、AIを利用したシステムは一種のブラックボックスとなり、「責任問題」の懸念につながっているのです。

どんな場面でどう動くのかを管理できないシステムに、安心して自社のビジネスを委ねることなどできません。AIの判定の精度が低かったり、誤った判定を行っていたりしても、それを認識できずにAIの判定を鵜呑みにすることは企業にとって大きなリスクになります。また、AIの判定は学習データに大きく依存するため、誤った学習データによってモデルにバイアス(偏り)が混入し、不適切な意思決定が行われてしまう恐れが常に伴います。

AIの意思決定を「見える化」し、「公平性を保つ」サービス

IBMが提供する「AI OpenScale」は、こうした問題の解消に大きく貢献するソフトウェアサービスです。

このサービスは、社内の業務アプリケーションに展開しているAIモデルを統合して管理、監視することができるツールです。各AIモデルのパフォーマンスを測定するのに加え、AIモデルがバイアスのある判定をしている場合にアラートを検出します。また、検出したバイアスを軽減したAIモデルを作成し、判断の公平性を保つ助けまでしてくれるのです。さらに、AIの意思決定プロセスを「見える化」し、AIが意思決定を行うタイミングで、どの因子がどの方向で、どの程度決定に影響したのか、提案の信頼度やその要因を示します。

サービスにはグラフィックを用いた視覚的なダッシュボードからアクセスすることができ、検出結果も分かりやすい用語で提供されるため、AIモデルの開発者だけでなく、実際にAIモデルを展開した業務アプリケーションを使うビジネスユーザーでも、AIモデルの性能やバイアスの内容を理解し、AIによる判定の結果を業務に活用することができます。

また、Watsonはもちろん、TensorFlow、Spark ML、Amazon SageMaker、Azure MLなどの、さまざまな機械学習フレームワークやAI構築環境で設計されたモデルに対応しているため、既存のAIとの連携も容易に行えるでしょう。

IBMでは上記と並行して、AIのバイアス検出を支援するライブラリーである「AI Fairness 360ツールキット」をオープンソースコミュニティーに提供します。これにより、AIにバイアス検出を組み込むためのツールと知識を得ることができるため、2つのサービスを併用することで、AIの意思決定における透明性を容易に担保することができるでしょう。

人とAIが協働する世界の実現に向けて、高い信頼性と透明性を持ったAIの構築はとても重要なテーマの一つです。この新しいサービスが、人間とAIを隔てる「壁」を取り除く大きな一歩となることを期待してやみません。

photo:Getty Images