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見えざる教育格差を顕在化し、そこに情熱あふれる教育のリーダーを派遣してきた認定NPO法人Teach For Japan。日本におけるその活動の創設者で、現在は株式会社CRAZYの取締役やCrimson Education 日本法人代表取締役社長を務める松田悠介氏に、社会課題を解決するリーダーの育成についてお話を伺った。

置かれた環境によって子どもたちの未来が左右されるのを変えたかった

――日本の教育格差の問題を解決する団体Teach For Japanを創設された経緯を教えていただけますか。

松田 私自身、中学生の時にひどいいじめにあった経験があります。誰も救ってくれない苦しい日々が続く中、幸いなことにそんな私に気づき、向き合ってくれる恩師に出会えたのです。教員が真剣に向き合ってくれることで、子どもの人生は変わるのだと実感しました。いじめにしろ、貧困にしろ、置かれた環境によって子どもたちの未来が左右されることがあってはなりません。私は大人になったら困難な状況にある子どもたちを救いたいと、強く思うようになりました。
大学を卒業すると、私を救ってくれた恩師と同じ体育の教員として、都内の中高一貫校に赴任しました。子どもたちはそれぞれが素晴らしい可能性を持っています。それを引き出せた時、また、子どもたちが変わっていく瞬間に立ち会えた時、大きな達成感を感じました。全力で向き合った子どもたちには、きっと何かを残せたのではないかと思います。子どもたちも私の情熱をしっかりと受け止めて、情熱を持って接してくれました。

しかし、どんなにがんばっても自分の影響力の及ぶ範囲は、自分の教室でしかありません。隣の教室をみれば学級崩壊をしている。疲れた教員は、生徒に背を向けて、ただひたすら教科書の内容を黒板に書いているだけ。他にもさまざまな課題に直面しました。それらをどうにかしたい。

そこでいったん、学校の現場を離れて考えを深める必要があると思うようになり、政策的な立場から教育を考えるため、千葉県市川市の教育委員会で分析官として活動させていただきました。

松田氏

Teach For Americaとの出会い

松田 このような経験を通じ次第に私の教育観も固まって行き、いっそのことそれを具現化できるような学校を創りたいと思うようになりました。学校を創るには、リーダーシップとマネージメントを学ぶ必要があります。それで海外の大学院に留学しようと決意し、ハーバード大学の教育大学院に進学しました。

そこで出会ったのがTeach For America(以下、TFA)です。アメリカ国内の一流大学の学部卒業生たちを、教員免許の有無にかかわらず大学卒業から2年間、国内各地の教育困難地域にある学校に常勤講師として赴任させるプログラムです。教える人が変わることで、子どもたちも変わっていく。派遣された教員は、子どもたちに接している2年間に、教育現場が抱える課題の構造を理解していきます。そして現場とは違う観点で解決する必要があると気づきます。
2年間が終了すると、引き続き教員を続ける者、教育委員会に入る者、政治家になる者、ビジネスマンに転身する者などそれぞれの場に進みます。ビジネスの観点で何をすればいいか、政策の観点で政治をどう変えていかねばならないか。社会全体を巻き込みながら、経験を生かして教育格差の問題を考え、変えていきます。私が学校単位にやっていたことを、社会全体の問題としてとらえている仕組みに感銘を受けました。

例えば、ルイジアナ州ニューオリンズ。以前は教育格差が大変深刻な地域でした。貧困率は約70%です。この数字は、アメリカ全体の貧困率が22%であることと比べると、いかに高いかが分かります。そこに2005年、ハリケーン・カトリーナによる大災害が起こったため、さらに状況が深刻になり、TFAが入りました。
その後13年がたって、環境は劇的に変わりました。学力も高くなり、「教育で何かやるならニューオリンズだよね」とか、「教育のシリコンバレー」とも言われるほどになったのです。
現在ニューオリンズでは、教員の約30%がTFAから派遣され、校長先生の半数がTFAの卒業生です。さらに数十の教育関係のNPOが立ち上がりました。常勤講師としての2年間を経験した人が、社会全体のリーダーとして育っているのです。ちなみにTFAは、2010年には全米文系学生の就職先人気ランキングで、GoogleやAppleを抑えてなんと1位となっています。

私はそれを日本に創ろうと7年前にTeach For Japan(以下、TFJ)の活動を開始し、2012年に正式にNPO法人として創設しました。日本にも深刻な教育格差があります。厳しい状況に置かれている子どもたちが放置されているのです。

松田氏

――米国と比較して日本特有の課題はありますか?

松田 一番の課題は、貧困の分かりにくさだと思います。例えば、アメリカの場合は、ニューオリンズ、ニューヨーク市のハーレムなど、そこに行けば貧困というものがはっきり感じられます。感じられると取り組む人たちが出てきます。

ところが日本の場合は、貧困層が分散していて分かりにくいのです。しかし、現状は7人に1人が貧困状態と言われています。日本の貧困率は、OECD加盟国で4番目に高い17%です。にもかかわらず感じ方が違うのは、日本ではどの地域にも、どの自治体にも貧困が存在していますが、分散され埋もれていて気づきにくいため、取り組みが進展しにくい状況にあるのです。また、日本にはそうしたネガティブな状況を隠す文化もあります。
そのような環境にTFJから先生を派遣します。TFAと同じように2年間、子どもたちと向き合うことで課題の構造を理解し、自分がどういう役割を果たしていくべきなのかをイメージし、その後社会の中に配置されていきます。このように教育の現場を体験し理解することで、変革に取り組むリーダーが育っていくことが重要です。

松田氏

教育に対する情熱と、学び続ける力を持つ

――教育の変革に取り組むリーダーに求められる資質とは、どのようなものでしょうか?

松田 まず大前提として、教育に対する情熱です。何事もそうですが、課題解決に対する当事者意識を持ち、情熱を持って課題と対峙する姿勢です。
2つ目は、学び続ける力。大人が学習し続けることで、いろんなフィードバックを吸収して自ら改善していくからこそ、子どもたちが学べる環境をつくることができます。学び方を教えるのが学校です。それを自らの行動で示す人材が必要です。
3つ目がコミュニケーション力。関係性を構築する力です。1人の教員にできることは限られており、周りの人たちのサポートが絶対に必要です。サポートを得るためには、コミュニケーション力を駆使して信頼関係を築かなければなりません。

そして、最も重要なのがリーダーシップです。物事を前に推進する力がないと意味がありません。他人だけではなく、自分自身をも主体的に導いていく力が重要です。
TFJでは、これまで80名を教育の現場に派遣してきました。外部の人たちを派遣して現場で摩擦はないのか、と聞かれることがあります。彼らは子どもたちが学ぶ教育現場を良くするために来ているのです。そこに摩擦は生まれません。謙虚に自分の役割を認識し、子どもに対する思いを大切にしながら、情熱を持って接しているので、周りの先生たちからも賛同が得られます。コミュニケーション力、関係構築する力、リーダーシップが発揮されています。

――これまでにどんな成果がありましたか?

松田 外部の知見が入ってきますので、さまざまな観点から教育者に求められているコーディネーション能力を磨き、活動することができました。ビジネスの世界もそうだと思いますが、どれだけ社内外のリソースを活用して成果を出すか、コーディネーターであることが重要です。TFJはさまざまな組織とコラボレーションした授業を行っています。
例えば、青年海外協力隊の先生と協業しアフリカの学校とSkypeを経由して国際交流をしたり、表現教育を推進しているNPOと連携をしてダンスの表現教育プログラムを実施したりして、そこから違った学びを生み出した先生もいました。コンセプトは、「今まで教育界にいなかった人を巻き込むこと」。世界47カ国のチームメンバーとも毎年情報交換を行い、グッドプラクティスの共有をしてさらなる新しい風や知見を取り入れています。

松田氏

教育現場の次は、「大人の改革」

――松田さんは、2017年に「株式会社CRAZY」(以下、CRAZY)の取締役に就任されました。新たな分野ではどのような活動をされるのですか?

松田 7年間のTFJでの経験を通して、課題解決をし続けるには1人では限界があると感じました。私と同じような理想を掲げて行動する人が世の中にたくさん増えていかねばなりません。TFJのスタッフや、教育現場に派遣されている仲間がそうです。私は、社会の課題解決をするための水脈を見つけ、そこに土台を築き、スキームを作りました。そこをこれから伸ばしていってくれる仲間も増えました。

では自分の次の役割は何かと思い、それを見つけるためにスタンフォード大学のビジネススクールに入り、これまで7年間の軌跡を振り返りました。気づいたことは、子どもは何1つ悪くないということです。子どもの課題を解決するためにどこに課題があるかと考えたら、それは全て大人にあります。多様性が重要だと言っている大人に限って多様性に対して保守的だったり、夢を持てと言っている大人に限って夢も志も持っていなかったりする。教育的メッセージを伝えたとしても、「あなた、夢ないじゃん。多様性受け止めてないじゃん」と子どもから言われてしまいます。大人が変わらなければいけないと実感しました。

松田氏

――具体的にどのような事業で「大人の変革」を行うのですか?

松田 どうすれば大人は、変革するのだろうと、ずっと考えてきました。私自身は、ビジネススクールや研修で変わったのだろうかと。
どこで変わったか? それは、入学、就職、転職、結婚、出産、人の死などのライフイベントでした。パートナーとどういう人生を歩んでいきたいのか、自分が一番大切にしている価値観は何か、就職の時に何を目指してキャリアを積んでいきたいのか、自分の志は何か、などを真剣に考えるタイミング、そこがすごく重要なのではと気づきました。

CRAZYの主力事業は、「人生を変える結婚式」のオーダーメードウェディングです。それは2人の人生を聞くところから始まります。喜怒哀楽、一番悔しかった瞬間、なぜ2人は一緒になったのか? これからどういう人生を共に歩んでいきたいのか? 2人の間の約束ごとは? 共有ビジョンをつくり、それをコンセプトに落とし込んだ上で、結婚式をデザインします。会場選び、演出、ドレスコード、食事など全て一貫してビジョンに沿ったものをお届けします。メッセージに一貫性が生まれれば心に残ります。1つたりとも同じ結婚式はありません。
もう1つ、お祝い事業も実施しています。表参道に専用の施設を造りました。例えば、誕生日会。年齢の数のロウソクを吹き消すだけでいいのですか? 手紙、感謝の思いを伝える場、改めて人生を見つめる場にしてはどうですか? こうした考え方を社員総会などにも活用してサービスを提供しています。

松田氏

人呼んで“教育界の松岡修造”。そう言えば熱き気持ちも雰囲気も、似ている。

自分のバウンダリー(境界線)を超えて行こう!

――松田さんはCrimson Education日本法人の代表取締役社長もなさっていますが、どういった活動をする会社ですか。

松田 留学支援をしています。海外留学、進学をオンラインでコンサルティングします。
志望校選択の支援だけでなく、今後の人生を考えた時に国外で勉強する可能性についての相談を受けています。日本人は、有名な海外のトップスクールしか調べません。そういった有名校だけではなくても、あなたのやりたいこと、自分の可能性を最大化するための進学先を一緒に考えます。目標が決まれば、テスト対策や小論文・インタビュー対策の支援も行います。完全オンラインでサービスを提供しているので、地方にいようがどこにいようが弊社のサービスを受けることができます。留学支援情報をYouTubeに無料で100本以上アップロードしていますので、そちらも自由にご活用いただけます。
例えば、ハーバード大学。年収1500万円以下の家庭は学費が無料になるケースもあります。経済的に厳しくても、能力がある人には可能性が開けているのです。今、世の中が欲しているのは、海外進学に対する正しい情報と合格を手にするための適切なサポートです。弊社のアメリカやイギリスのトップスクールの合格実績は世界トップクラスです。

――留学支援の目的はなんですか?

松田 将来的にはリーダーの育成です。1人でどれだけがんばっても、日本の教育問題を根本的に解決することは難しいと先に述べました。しかし、問題意識を持った人が100人、1000人と増えれば解決できる可能性が高まります。社会起業家をたくさん生むためには、日本だけの教育では限界があると感じています。海外に飛び出して、自分の思いや、自分の考えを見つめ直す。さまざまな環境や文化で育った多くの優秀な同級生との出会いは、圧倒的な視野の広さを得るとともに人生を変えるきっかけとなります。触れる情報が変わっていきます。また、客観的に外から日本を見つめることで、日本の良いところも再発見できます。私自身、日本の教育に限界を感じて日本を飛び出しましたが、日本の教育にも素晴らしいところがたくさんあると気づきました。算数(数学)、国語などといった学科だけでなく、給食、掃除当番など身近な1つひとつの学校生活が、子どもの教育にとって大切な意味を持っていると思います。視座が高い状態で、日本の可能性や社会課題に気が付く経験をしているからこそ、社会起業家が生まれてくると思うのです。

自分のバウンダリー(境界線)を超えて行く。会社という組織、日本という国、その境界線の内側にいると、自分の価値にも日本の良さにも気づきません。境界を超えて、多くの人と出会って、それぞれをつないでいき、新しい価値の創造に挑戦する大人や子どもたち。そうした人材の育成を支援していきたいと思っています。

松田氏

――多くのことを実現されてきましたが、これからの夢はなんですか?

松田 将来は、やっぱり学校を創りたいです。中学校か高等学校がいいですね。
これからまだまだいろんな経験を積んでいきながら、社会課題に取り組む人、子どもの課題を解決するリーダーをどんどん増やしていきたいです。
「最近の若者は…」などと言う大人にこそ、「あなたは、今、何にチャレンジしているんですか」と問いただしたいですね。「いや昔は、これだけがんばっていたよ」ではなく、60歳、70歳、80歳になっても自分の理想を追求する大人が増えてくれば、子どもは変わります。細かい教育の各論はどうでもいいんです。子どもは大人を見ていますよ。
子どもに対して「どうして言うこときかないの!」と思っている大人は、自分がそういう立ち居振る舞いを見せていませんか。つまらなそうな表情をしながら帰宅していないですか? そんな姿を見ていたら、子どものやる気が引き出されるはずありません。親が毎日、何かを学んでいたり、夢に向かってチャレンジしていたら、それに勝る教育はありません。生き方を示すのが究極の教育だと思っています。

TEXT: 栗原 進

松田悠介(まつだ・ゆうすけ)

Crimson Education 日本法人 代表取締役社長、 株式会社CRAZY 取締役、前・認定NPO法人Teach For Japan 代表理事兼CEO
1983年千葉県生まれ。2006年日本大学文理学部体育学科卒業。2009年にハーバード教育大学院、2018年にスタンフォードビジネススクールにて修士号取得。
中学校体育教員、千葉県市川市教育委員会 教育政策課分析官、PwC Japanを経て、2012年に認定NPO法人Teach For Japan を創設、代表理事に就任。2017年、株式会社CRAZYに参画。2018年にCrimson Education 日本法人の社長に就任し、スタンフォード大学客員研究員を兼任。 日経ビジネス「今年の主役100人」(2014年)に選出。世界経済会議(ダボス会議) Global Shapers Community 選出。
著書に『グーグル、ディズニーよりも働きたい「教室」』(ダイヤモンド社)」がある。

深層学習(Deep Learning)の登場をきっかけとして第三次AIブームが訪れて以来、様々なシーンでAIが活用され始めています。AIは試験的な利用の領域を超え、完全に実用化のフェーズに突入したと言って差し支えないでしょう。

しかし、AIの導入に踏み切れない企業が一定数残っているのも事実です。そうした企業、組織が抱く懸念の一つとして、「AIにおける意思決定プロセスのブラックボックス化」があることが指摘されています。

AIに期待はあるが、導入できない企業は60%

AIを活用すれば、かつてないスピードと精度で大量のデータを解析し、そこから様々な洞察を引き出すことが可能となります。グローバル化や消費者ニーズの多様化、産業機器の高度化――年々複雑化していく環境でビジネスを推進していく上で、AIが強力な武器となりうるのはもはや疑いのないところです。

IBMビジネス・バリュー・インスティテュート(IBM Institute for Business Value)が世界の5,000人の経営幹部を対象に実施した最新の調査(『Shifting toward Enterprise-grade AI』, 2018年)でも、82%の企業がAIの導入を検討しているという結果が明らかになりました。しかし一方で、60%の回答者が、AIが起こしうるトラブルの「責任問題」を懸念していると答えています。

従来のコンピュータ・プログラムは、基本的には人間のプログラマーが作成したアルゴリズムに従って動くものでした。しかし深層学習の登場以降は、与えられたデータを読み込むことでプログラムが自ら特徴を発見し、独自の判断基準に従って処理を行うことができるようになりました。

このように、深層学習は高度で効率的な分析を可能にしますが、AIがデータを学習してモデルを作り出す過程はAIの中にあり可視化されていないため、抽出された結果に対して「なぜ、そうなるのか」を明確に説明できないという問題があります。つまり、AIを利用したシステムは一種のブラックボックスとなり、「責任問題」の懸念につながっているのです。

どんな場面でどう動くのかを管理できないシステムに、安心して自社のビジネスを委ねることなどできません。AIの判定の精度が低かったり、誤った判定を行っていたりしても、それを認識できずにAIの判定を鵜呑みにすることは企業にとって大きなリスクになります。また、AIの判定は学習データに大きく依存するため、誤った学習データによってモデルにバイアス(偏り)が混入し、不適切な意思決定が行われてしまう恐れが常に伴います。

AIの意思決定を「見える化」し、「公平性を保つ」サービス

IBMが提供する「AI OpenScale」は、こうした問題の解消に大きく貢献するソフトウェアサービスです。

このサービスは、社内の業務アプリケーションに展開しているAIモデルを統合して管理、監視することができるツールです。各AIモデルのパフォーマンスを測定するのに加え、AIモデルがバイアスのある判定をしている場合にアラートを検出します。また、検出したバイアスを軽減したAIモデルを作成し、判断の公平性を保つ助けまでしてくれるのです。さらに、AIの意思決定プロセスを「見える化」し、AIが意思決定を行うタイミングで、どの因子がどの方向で、どの程度決定に影響したのか、提案の信頼度やその要因を示します。

サービスにはグラフィックを用いた視覚的なダッシュボードからアクセスすることができ、検出結果も分かりやすい用語で提供されるため、AIモデルの開発者だけでなく、実際にAIモデルを展開した業務アプリケーションを使うビジネスユーザーでも、AIモデルの性能やバイアスの内容を理解し、AIによる判定の結果を業務に活用することができます。

また、Watsonはもちろん、TensorFlow、Spark ML、Amazon SageMaker、Azure MLなどの、さまざまな機械学習フレームワークやAI構築環境で設計されたモデルに対応しているため、既存のAIとの連携も容易に行えるでしょう。

IBMでは上記と並行して、AIのバイアス検出を支援するライブラリーである「AI Fairness 360ツールキット」をオープンソースコミュニティーに提供します。これにより、AIにバイアス検出を組み込むためのツールと知識を得ることができるため、2つのサービスを併用することで、AIの意思決定における透明性を容易に担保することができるでしょう。

人とAIが協働する世界の実現に向けて、高い信頼性と透明性を持ったAIの構築はとても重要なテーマの一つです。この新しいサービスが、人間とAIを隔てる「壁」を取り除く大きな一歩となることを期待してやみません。

photo:Getty Images

ナッツの香ばしさ、果実のような酸味、さらにはスパイスやハーブのような香り――カカオ豆の仕入れから自社工房でチョコレートにするまでの全工程を担った、Bean to Bar(ビーン・トゥ・バー)チョコレートの登場は、私たちにカカオ豆1つ1つに豊かな表情があることを教えてくれた。それはある意味、思いがけないサプライズだった。

新たな味覚との出会いは、時に人の行動力に火をつける。ひとかけらのチョコレートの美味しさが、甘いものが得意ではなかったイノベーターの心を揺り動かした。「まさか自分がチョコレートブランドのオーナーになるとは、10年前には想像できませんでしたね」。2014年に「Minimal-Bean to Bar Chocolate-」を立ち上げた山下貴嗣氏は、そう照れ笑いする。

山下氏は、なぜBean to Bar文化に着目したのか。そして今、その文化を日本でどのように進化させようとしているのか。アフリカ、中南米、東南アジアをはじめとしたカカオ豆生産者を巻き込んでのエコシステムの構築も含め、チョコレートの未来に懸ける思いに迫った。

Bean to Barチョコレートは、こうして誕生した

――まずは、Bean to Barの潮流が、どのように起こったのか教えていただけますか?

山下 大きく分けて、2つの源があったと見ています。1つ目は、2008年頃、アメリカでチョコレート業界以外の人々から生まれました。IT業界関係者や芸術家などが、カカオ豆(bean)を生産者から直接仕入れ、タブレット状の板チョコレート(bar)に完成させるまでの小規模なチョコレート製造を始めたのです。ガレージに小型のコンチングマシン(攪拌機)などを持ち込み、自宅を手づくりチョコレートの工房に様変わりさせました。

もう1つの潮流は、ヨーロッパのショコラティエたちが、素材の豆そのものに目を向け始めたことから起こりました。当時、チョコレートの製造は、原料のカカオ豆を仕入れてクーベルチュール(生地)化する一次加工メーカーと、大手のチョコレートブランドやショコラティエなど、生地を仕入れて製品化する二次加工メーカーによる分業システムで成り立っていました。その第一段階にショコラティエが参入し始めた。みずからカカオ豆の生産地に足を運び、豆を買いつけ、生地を作る過程にも情熱を注ぐようになったんです。この2つの流れが合流したことで、欧米を中心に2010年頃、Bean to Barブームが一気に加速したように思います。

――原料であるカカオそのものにも注目が集まりました。カカオについても教えていただけますか?

山下 カカオの樹は、赤道直下(南北緯度20度以内、年間平均気温27℃以上)の国々で栽培される、いわゆる熱帯植物です。産地としては、カカオ文化の発祥地である、メキシコからベネズエラ、コロンビア、エクアドルにまたがる中南米とアフリカ、東南アジアなどが有名です。

皆さんあまりご存知ないのは、チョコレートは発酵食品だということ。カカオ豆を発酵させ、その後乾燥させることで、多くの人が一番にイメージする、チョコレート色の豆になります。発酵前の豆は、カカオパルプと呼ばれる、白いねばっとした果肉が覆っています。そのカカオパルプをジュースにして飲むと、ライチのような甘い味がします。

収穫直後のカカオの実

収穫直後のカカオの実。豆は白い果肉に覆われている


カカオ豆

発酵後、乾燥させたカカオ豆

味覚の新たな扉を開いたオレンジの香り

――山下さんは、2014年にMinimalを立ち上げられました。そもそもなぜ、Bean to Barに着目されたのでしょう。

山下 前職のコンサルティング・ファームに在籍していた当時、僕はグローバリゼーションの進展が勢いを増す一方で、成熟期にさしかかった日本の内需が縮小していくことに危機感を覚えていました。30歳の誕生日を目前に、「これから働き盛りの世代を迎える僕らができることは何だろう」「世界各国と肩を並べながら、日本の存在感を示し内需を拡大していくためには、どんなビジネスが有効なのだろう」と思案する日々でした。そんな中で、やはり国内でプロダクトをきちんとつくり、海外に輸出することで外貨を取れる仕組みを生み、なおかつ、日本製品の素晴らしさを世界に示していくことが一番理想的なのではないかと考えました。

一方で、僕は20代をずっと分析や論理優先の左脳型人間として仕事をしてきたので、元々興味を持っていたデザインやものづくりのようなクリエイティブな領域にチャレンジしたくなってきた。そこで、思い切って前職のコンサルティング・ファームを29歳で退社しました。

――その時点では、具体的なプランをお持ちではなかったと?

山下 そうですね。それに僕は本来、甘いものが好きという訳ではありませんでした。ですから、チョコレートをつくるために、世界各地のカカオ産地を飛び回るようになる日が来るとは夢にも思っていなかった (笑)。今でもふと、不思議な気持ちになりますよ。きっかけは、現在、Minimalのチョコレートの製造責任者を務めている朝日との出会いです。彼は当時コーヒーショップを経営していたので、僕はよくその店に顔を出していました。ある日、自家製のチョコレートを作ったからと、テイスティングを依頼されて。香りを嗅いでみるとオレンジのような香りがする。口に含んでみると、甘くないのに深みがあり、さらには果実味がある。「本当にカカオと砂糖だけしか入ってないの?」。大袈裟かもしれませんが、衝撃的に美味しかったんです。

市販のチョコレートやショコラティエのつくるボンボンショコラには、カカオ豆と砂糖以外に生クリームやバター・香料・乳化剤などが入っています。言うなれば「足し算」の製法によるチョコレートな訳ですが、僕には少し濃厚すぎたんですね。一方、彼のチョコレートは「引き算」の発想からつくられたチョコレートでした。シンプルな素材のみでつくられたチョコレートを味わった瞬間、僕の中でカチッと新たな味覚の扉が開いたんです。「これは面白いぞ。日本の職人の繊細なものづくりの手法で、日本ならではのチョコレートをつくり、新たなチョコレート文化を創出できるかもしれない」。直感が走りました。

そこからは一気呵成に動きました。大学時代の友人4人と力を合わせ、世界中のBean to Barチョコレートの製造者やカカオ農園とコンタクトを取り、カカオ産地にも足を運びました。もちろん、ネットワークなんてありません。インターネットから得た情報を頼りに、手探り状態で新規開拓を重ね、約4カ月後の2014年の年末にはMinimalを立ち上げました。翌年のバレンタインシーズン前に、どうしてもお店をオープンしたかったんです。

山下氏

――見事な行動力ですね。Minimalのチョコレートは男性客に人気があると聞きますが、どのような特徴があるのでしょう?

山下 原材料は、カカオ豆と甜菜(てんさい)由来の砂糖のみですが、テイストの違いは、豆の「煎り方」「挽き方」「カカオ豆と砂糖の配合パーセンテージ」を調整することから生まれます。また、カカオ豆を摩砕(ペースト化)する際に、豆の粒子を潰しすぎないようにすることで、あえてザクザクとした食感を残しています。そのほうが、チョコレートを噛むほどに、口の中に個々のカカオ豆特有の香りが広がるんです。

油分が少なく甘さも控えめなので、男性のお客様からは、そのスッキリとした味わいが好まれているように思います。最小限の素材だけを主役に、手間ひまをかけ、最大限の味わいを引きだしたい。店名の「Minimal(最小限)」には、そんな思いを託しました。「足し算」のチョコレートが、材料を掛け合わせていく、多重的なハーモニーを構築するフレンチだとすると、Minimalの「引き算」的な製法は、和食の考え方に近い。「チョコレート=甘く濃厚」というイメージを覆した点で、ワインやコーヒーなどの嗜好品にこだわりを持つ、一定の男性層にも受け入れられたのだと思います。

――2017年にはタブレットおよびパッケージのデザインで『グッドデザイン特別賞』を受賞され、ベスト100にも選出されています。

山下 Minimalの起業前に、海外視察で欧米を巡っていた体験から、アイデアが湧きました。リュックサックいっぱいに、さまざまな種類のチョコレートタブレットを詰め込んで移動していたのですが、欧米の板チョコはどれも分厚く、少量食べたくても割りづらい。日本人の胃のサイズに合っていないなと(笑)。そこで、日本人の繊細な視点から、タブレットのデザインを捉え直してみました。Minimalのタブレットの厚さはわずか6㎜。「一口食べたい」の気分に合わせて、大きくも小さくも好みのサイズに割ることができる。つまり、食品にUX(ユーザーエクスペリエンス:物やサービスに触れた時に得られる体験)を取り入れたのだと思っています。

食品パッケージが特別賞をいただき、さらにベスト100にも選出されることは珍しいケースだったそうですが、パッケージのデザインのみならず、カカオ産地と消費者を結ぶエコシステムを構築したことに対しても高い評価を頂きました。素直に嬉しかったですね。

Minimalのチョコレートタブレット

Minimalオリジナルデザインのチョコレートタブレット。割り方によって異なる味わい方ができる


Minimalのパッケージデザイン

パッケージデザイン

カカオ豆でつなぐMinimal独自のエコシステム

――Minimal立ち上げから約4年が経ちます。世界各地のカカオ生産農家とはどのように信頼関係を築いてきたのですか?

山下 Bean to Barの作り手が登場する以前、カカオ豆の生産農家の多くは、大手商社や大手メーカーとのみ取引をしていました。彼らは規格品に加工するため、ある一定の製法ルールに従って、均一的な個性のカカオ豆づくりを行っていたように思います。ところが、僕のような個人の輸入者が増えることで、個性豊かなカカオ豆が世の中に流通するようになったんですね。

僕は、今でも毎年4カ月以上は赤道直下の国々のカカオ豆生産者の元に足を運び、発酵や乾燥のプロセスについて話し合います。ただ、そのやりとりは僕自身が発酵と乾燥についての知識を持たないため、非常につたないものに留まっていました。どうしても感覚的、抽象的な伝え方になってしまわざるを得ない。

そこで、大学で発酵化学について学び始めました。僕がつくりたい味覚を実現するためには、どのような発酵や乾燥のスタイル、製造プロセスが最適なのかロジカルに理解していく中で、カカオ豆の生産者にも的確なサジェスチョンを行えるようになってきました。

――生産者自身にも、モチベーションに変化が起きるように思われます。

山下 そのとおりです。その他にも、現地の生産者と共にカカオ豆を石うすですりつぶすところから始める、チョコレートづくりのワークショップも行ってきました。なぜなら、カカオ豆の生産者の多くは、チョコレートを味わったことがないからです。

「美味しい」にロジカルな説明って不要じゃないですか。チョコレートを初めて口にした瞬間、彼らの表情はほころびます。驚きの声さえあがる。自分たちが手塩にかけて作った豆の到達点を知ることで、彼らのモチベーションは確実に変わります。なぜ、僕がしつこく、発酵や乾燥のプロセスに口を出すのか、その訳を理解してくれるのです。

Minimalワークショップのカレンダー

Minimalでは、カカオからチョコレートづくりを体験できるワークショップを頻繁に開催している

――逆にBean to Bar文化の発展における課題についてはどのようにお考えでしょう?

山下 カカオ豆の生産者にとっても、僕らのような輸入者にとっても、「量の経済」から「質の経済」への移行はなかなか難しいと感じています。Minimalではようやく、トン単位での豆の買いつけが可能になってきましたが、4年前、僕が1人で生産者の元を一軒一軒訪ね歩いた時には、相手にされないケースも多かったんです。10トン単位の「量」で仕入れてくれる大手輸入者と取引をしていた彼らにしてみれば、市場価格より3~4倍高く仕入れ値を交渉したところで、キロ単位の「量」には魅力を感じてもらえなかった。

それでも、「質」に興味を持ってくれた生産者と地道に絆を深めたことによって、今のMinimalがある訳ですが、断られることで、フェアトレードの本来の意味を考えさせられたんです。安価で大量に売ることと、高価で少量に売ることが同価値にならないと、彼らにとってはメリットがない。輸入者側にとっても、輸送時に少量であるがために、輸送コストが割高になるというデメリットも生じます。

つまり、逆説的ではありますが、「質の経済」を成立させるためには、量の確保が必要不可欠なのかもしれません。そのためには、Bean to Barの作り手同士が協力し、業界を底上げしていくことも大切なのではないかと感じています。そのため、今年11月に、30ほどのBean to barのメーカーに声をかけ、Farmer’s Marketと共に『Craft Chocolate Festival』を主催しました。

チョコレートづくりの未来

――Bean to Barのチョコレートづくりに有効な最新テクノロジーはあるのでしょうか?

山下 実は、カカオ豆生産者とのお金のやりとりは大変なんです。Minimalの取引先のほとんどは開発途上国の生産者です。僕はまず、各々の現地の銀行に信用をつくるところから始めなければなりません。現地の銀行に口座を開けたとしても、今度は送金するのに苦労します。なぜなら、生産者の7~8割は銀行口座を持っていないからです。とはいえ、交渉成立後のまだカカオ豆が日本に届いていない時点で現金払いするにも、やはりリスクが伴います。

では、なにか有効な手立てはないのか。僕が期待するのは、ブロックチェーンによるお金のやりとりです。テクノロジーは、既存のインフラが整備されていない更地を一気に進化させる力を持っています。開発途上国では、金融システムが先進国ほど整備されていないからこそ、キャッシュレスのシステムを迅速に構築しやすいのではないかと想像します。

山下氏

――最後に、今後の展望についてもお聞かせください。

山下 現在私たちが目にする固形のチョコレートは、まだまだ歴史が浅い。19世紀の半ばにイギリスで製造法が誕生してから、たかだか150年くらいしか経っていないんです。ましてや、Bean to Barとしてのチョコレート文化の歴史はわずか10年です。文化として根付かせていくためには、ここからが成長期です。僕としては、個人的に東南アジアに関心を向けています。

東南アジアの赤道直下の国々は、今、カカオの生産地として非常に面白い。古くからの生産地として歴史を持つインドネシアを筆頭に、新興産地のフィリピン、ベトナムなどでも、多種多様な個性のカカオ豆が栽培されています。

一方、生産量は増加しているにもかかわらず、各々自国内での消費量が圧倒的に少ない。高温多湿の土地柄なので、暑さに弱いチョコレートは国内であまり嗜好されてこなかった。つまり、生産国としても消費国としても可能性を秘めている。僕はそこに大きなのびしろがあると感じています。Minimalのチョコレートは油分が少なく暑さに強いので、東南アジアの気候とも相性がいいはずなんです。

南米やアフリカなどの2大産地ではなく、「アジア産のカカオで、アジア独自のBean to Bar文化をつくりたい」。目下のところ、それがMinimalの新たなビジョンです。例えばですよ。何年後かに、ベトナムのある生産者のカカオ豆から日本で作られたチョコレートが素晴らしく美味しいと、巷で話題になったりしたら……。想像するだけでも、ちょっとワクワクするじゃないですか(笑)。

TEXT:岸上雅由子

山下貴嗣(やました・たかつぐ)

1984年岐阜県生まれ。 チョコレートを豆から製造するBean to Bar(ビーントゥバー)との出合いをきっかけに、世の中に新しい価値を提供できる可能性(新しいチョコレート体験の提案や農家を巻き込んだエコシステム創り)を見出し、2014年に渋谷区・富ヶ谷にクラフトチョコレートブランドの「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」を立ち上げる。 年間4ヵ月強は、赤道直下のカカオ産地に実際に足を運んでカカオ農家と交渉し、良質なカカオ豆の買付を行う一方、農家と協力して毎年の品質改善に取り組む。カカオ豆を活かす独自製法を考案し、設立から3年で、インターナショナルチョコレートアワード世界大会Plain/origin bars部門で日本初の金賞を受賞。2017年にはグッドデザイン賞ベスト100及び特別賞「ものづくり」やWIRED Audi INNOVATION AWARD 2017 30名のイノヴェイターにも選出される。モノを丁寧につくるクラフトマンシップを心から愛する。 夢は「世界中の美味しいカカオを食べること」。

モデルなき人生100年時代。 ――生活者・自治体・企業の多様な「共創」の場を広げよう

人生100年時代がやってきた。卒業、就職、結婚、定年と決まっていたライフステージは見直しを迫られ、戦後のピラミッド型人口構成に合わせて作られた教育、医療、住宅などの社会インフラは実態に合わなくなっている。活力ある長寿社会はどのように作ればいいのだろうか。
東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子・特任教授は、2年前に産学官民が知恵を出し合う「鎌倉リビング・ラボ」をスタートさせた。高齢化が進む鎌倉市の住宅地区を舞台に、長寿社会に役立つ商品開発が進む。また千葉県柏市では、高齢者の知識や経験を生かす就労支援システムの開発に取り組んでいる。両者とも生活者、自治体、企業、大学による新しい「共創」のかたちである。
個人の価値観も変化している。人生100年を生きるには、1人ひとりが自分で人生設計し、舵取りをしなければならない。秋山教授に50年先を見据えた長寿社会のあり方や課題を伺った。

長寿社会対応の産業を、日本の基幹産業に育てたい

――先生は「人生100年時代はモデルなき時代」と述べておられます。その意味するところを分かりやすく説明していただけますか。

秋山 歴史を振り返ると、日本は織田信長の頃から、「人生50年」時代が400年ほど続きました。第2次世界大戦直後も60歳未満でしたが、20世紀後半に「寿命革命」が起き、平均寿命が急速に30年ほど延びました。人生が2倍になろうとしているのです。

ひと昔前まで、人生コースは大体決まっていました。女性は25歳までに結婚して、子どもを2~3人産む。男性は就職して定年まで勤め上げる。そのコースから外れると、女性は「売れ残り」などと言われ、男性も就職後3年以内に転職すると、何か欠陥があるように言われました。
今は、そうした社会的規範によるプレッシャーは弱くなり、人生100年を自ら設計して生きる時代になりました。恐らく逆戻りはしません。ただ、自分で自由に設計しようとすると戸惑います。見本になるモデルもないし、社会自体がまだ自由に生きられるシステムになっていないからです。

住宅とか交通機関のようなインフラも、雇用、教育、医療、介護のシステムも、今の時代には合っていません。これらのインフラは、人口構成がきれいなピラミッド型だった時代、つまり子どもがたくさんいて、高齢化率(65歳以上の人口比率)が約5%だった1970年代に作られたものだからです。現在の高齢化率は28%。これから75歳以上の後期高齢者が急増します。インフラを見直して、長寿社会に対応できる社会システムに作り直すことが課題になっています。

日本は長寿社会のフロントランナーです。世界に先駆けて課題に直面するので、それを解決してモノやサービスやシステムを作れば、日本から5年、10年と遅れて長寿社会になる国々が全て市場になります。
私は、長寿社会対応の産業を日本の基幹産業に育てるのが、成長の鍵だと考えています。

長寿社会対応の産業を、日本の基幹産業に育てたい

生涯現役の意識で無理なく働き、社会と関わることが大切

――高齢であることはネガティブなイメージでしたが、最近はずいぶん変わってきたように感じます。

秋山 そうです。私が若いころは、60代の方は身も心も枯れて見え、いかにもお年寄りという感じでした。テレビに出てくるサザエさんの両親の波平さんとフネさん、私は70歳代だと思っていたら、本当は54歳と52歳でした。波平さんは定年(当時は55歳)直前で、隠居に入る直前の“お年寄り”だったのです。
しかし、今の60代の人は昔で言えば中年並みで、イタリアンファッションに身を包み、ハイヒールで歩いています。

人が歩く速さは老化の指標だと言われます。東京都の健康長寿医療センターが、5000人を対象に歩行スピードを調べたところ、2002年に75歳の人が歩くスピードは、1992年に64歳の人が歩いていたスピードと同じでした。つまり10年間で11歳も若返り、体力があるのです。
高齢者は単に長生きしているだけでなく、元気で長生きしている。にもかかわらず、意識は本人も周りも以前とあまり変わっていない場合が多い。定年退職したら、もう社会との関わりは終わったみたいに受け止めている人が多いのです。これからは生涯現役という意識で、無理のない範囲で働いて、社会と関わっていくことが大切。今は労働力不足が大問題になっていて、外国からわざわざ就労者を迎え入れなくてはならない時代です。働くと若い人の仕事を奪うので申し訳ない、などと思わないことです。

――今、政府は年金支給との関係で、定年を70歳まで引き上げる方針を示しています。これはどう受け止めておられますか。

秋山 私は賛成できません。70歳までずっと同じ会社にいて同じ仕事をするのはどうでしょうか。65歳を過ぎたら、ハーフタイムで働いてもいいし、違う仕事をしてもいい。セカンドライフと考えて、働き方をもっと柔軟にしたいですね。
日本の雇用制度は無限定雇用です。どんな仕事をどこで何時間するということは何も決めないで、大卒の働き手を雇う。その代り定年までの長期雇用を保障してきました。

でも、10年以上前から、この制度には無理があることが言われてきました。シニアだけでなく、子育て中の人、介護する人、障がいのある人、病気の人など、みんながもっと柔軟に、例えば週3日勤務などを活用して、働ける範囲で生涯働けるようにする方がいい。これからはAIやロボットを上手く使えば、やっていけるでしょう。元気な高齢者が生き生きと働くようになれば、消費が増え、生きがいを持った健康な人が増えて、医療費が削減できるでしょう。

生涯現役の意識で無理なく働き、社会と関わることが大切

高齢化したまちが、テレワークで若い人を呼び戻す

――先生は鎌倉市に「鎌倉リビング・ラボ」を創設されました。どんな活動をするのでしょうか。

秋山 リビング・ラボはオープン・イノベーションの場で、ユーザーである生活者を主体に、産学官民で構成します。今どこにどんな不便なことがあるか、どんな生き方をしたいかなどの課題を解決していきます。リビング・ラボは欧州では1000ぐらい活動しています。盛んになったのはこの10年ほどです。

高齢化したまちが、テレワークで若い人を呼び戻す

出典) 東京大学高齢社会総合研究機構 秋山弘子教授

鎌倉リビング・ラボは2017年1月に発足し、JST(科学技術振興機構)戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)に選ばれました。
官は鎌倉市役所、民は同市今泉台に住む住民の皆さん、学は東京大学、産は大手企業だけでなく地方の中小企業も含めオールジャパンの産業の活性化を目指して、そのデータを40万件持っているメガバンクの法人戦略部に加わってもらいました。

高齢化したまちが、テレワークで若い人を呼び戻す

2016年、リビング・ラボ発足の記者発表
出典)鎌倉市のHP https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kisya/data/2016/20170131.html

このリビング・ラボは、3タイプのプロジェクト(住民課題を解決する、行政課題を解決する、企業課題を解決する)で、スキームとビジネスモデルを作ることを目的にしています。
住民課題を例にご紹介しましょう。何が課題になっているかを、子育て世代、現役世代、リタイア世代に聞くと、共通して「若い人が暮らしたいと思うまちにしたい」がトップでした。
今泉台は大船駅からバスで約20分。東京への通勤は厳しいので、若い共働き世帯は東京近郊に出て行ってしまい、高齢化率は45%を超えます。そこで若い人たちがまちに居着くように、「テレワークが理想的にできるコミュニティを作ろう」がテーマになりました。

高齢化したまちが、テレワークで若い人を呼び戻す

出典) 東京大学高齢社会総合研究機構 秋山弘子教授

住民の意見を反映し、ホームオフィスやサテライトオフィスを設計

――テレワークのプロジェクトは、どんなことをしたのか、具体的に説明していただけますか。

秋山 2つあります。1つはどの家もホームオフィスがある住宅にしよう、もう1つはまちにサテライトオフィスを作ろうという活動です。サテライトオフィスには保育所やカフェ、会議室も併設します。子どもを預けてテレワークができ、まちの課題を仲間で話し合うことができます。

この指とまれで参加企業を募ったところ、オフィス家具メーカーが手を挙げました。この会社はこれまで企業向けのオフィス家具を主に作ってきましたが、今後はオフィス街以外でも働く環境が必要になると判断したのです。他に住宅メーカーとIT企業3社も手を挙げ、異業種のチームを結成しました。
オフィス家具メーカーは、住民のアイディアを取り入れて試作品を作り、それを住民が生活の場で徹底的にテストして改善を重ね、ホームオフィス家具を2タイプ作って製品化しました。小さなテーマでしたが、とりあえずPDCAサイクル(Plan・Do・Check・Action)を回してみました。
今泉台は山に囲まれた素敵な土地で、子育てをするのにも恵まれた環境です。テレワークでワークスタイルが変わるとライフスタイルも変わり、まちの夢が膨らみ、実現に近づきます。
この他、米国の薬品メーカーが、シニア向け医薬品のパッケージを世界的に作り直すことになり、商品テストに協力しました。また、シニア向けの3輪車をテストしたこともあります。
最近では、証券会社の依頼で、シニアの個人資産をどうしたら流動化できるかをテーマに取り上げました。実際に高齢者の意見を聞き、金融商品の開発につなげるのが目的です。

住民の意見を反映し、ホームオフィスやサテライトオフィスを設計

1人ひとり個人の違いを尊重し、無理なく働ける柔軟な仕組みを考える

――千葉県柏市では、高齢者が安心して就労できる仕事を研究されてきました。成果をお聞かせください。

秋山 私たちは柏市、UR都市機構と組んで「長寿社会のまちづくり」を進め、私はセカンドライフの就労支援を担当しました。人生100年、私は「人生多毛作」と言いますが、会社で同じ仕事をずっとやるなんて考えない方がいい。100年あれば、全く違うキャリアを経験することが可能です。

柏市は典型的なベッドタウンです。長年、東京に通勤して働き、定年になった方が多い。皆さん元気だし、知識やスキルもあるのに、何をしたらいいか分からない。「することがない、行く所がない、話す人がいない」とおっしゃる。
ボランティア、生涯学習、スポーツなどの機会はあるのに、9割ぐらいの人は出て行かないで、家でテレビを見ている。川柳に「定年後、犬も閉口、5度目の散歩」というのがありますが、奥さんだけでなく、ペットにも迷惑です。

「働く場所があれば外へ出やすい」とおっしゃるのですが、今さら現役時代のように満員電車に乗って東京に通勤する気はしない。そこで近場でいろいろな仕事を考えました。柏市はもともと利根川流域の農村だったので、まずは農業関係の仕事。それから夫婦で東京に働きに行く家庭が多いので、学童保育など子育てのニーズがたくさんあります。
なるべく多くの仕事を作ると同時に、セカンドライフにふさわしい柔軟な働き方を考えました。セカンドライフはマラソンの後半戦と同じで、体力面でばらつきが大きい。経済状態も価値観も違う。介護などで時間に制約のある人もいる。その違いを尊重して、無理なく働ける柔軟な仕組みを考えました。

1人ひとり個人の違いを尊重し、無理なく働ける柔軟な仕組みを考える

ワークシェアリングやモザイク就労など、AIで仕事をマッチング

――具体的にはどのような働き方をするのですか。

秋山 1つはワークシェアリングです。フルタイムなら2人分の仕事を5人のチームで分担する。モザイク就労は、違う能力を持っている3人が集まって1人の超能力者になり、それぞれ得意分野の仕事をします。
ただ、条件が異なる人を仕事にマッチングするのは大変なので、データベースに経験、能力、希望条件、体力などを入力しておきます。仕事の中身についても、例えば「経理」でひとくくりにしないで、細かく分解してタスクのレベルにまで落とし、アウトソーシングできるかたちにします。
そのマッチングについては、AIを使って熟練したジョブ・コンサルタントの方の暗黙知を形式知に変え、クラウド上で行うシステムを開発中です。このように高齢者も障がい者も週3日程度働く柔軟な仕組みを作れば、いま無限定雇用で維持している日本社会を、生産性を落とさずに変えることができます。

福井市でも同じような取り組みをしています。柏市は首都近郊の人口集積都市ですが、福井市は限界集落を抱えていて医療や介護のサービスを届けるのが大変です。ソリューションは異なりますが、抱える課題は同じです。

人付き合いが減り、孤独が深刻な問題に

――東大高齢社会総合研究機構の調査では、75歳前後から心身の自律を失って行く人が増えるそうですが、何が原因なのでしょうか。

秋山 私たちは30年間、6000人を継続して調査しています。7割の男性と9割の女性は70代半ばまでは元気ですが、その後徐々に心身の自律を失っていきます。
原因は身体の虚弱化です。病気だけでなく骨や筋肉が弱って歩行困難になるのです。人生100年を生きるためには、若い時のコンニャクダイエットなどは止め、骨や筋肉を丈夫にする栄養をしっかり摂ること。初等中等教育できちんと教えてほしいです。

男性は後続の世代の人ほど、特に都市部で人付き合いが減るというデータがあります。とりわけ男性は奥さんに先立たれると、人付き合いがなくなります。いま「孤独」がどの国でも深刻な問題になっていて、英国は「孤独担当大臣」を新設したほどです。そこで柏市のような取り組みが必要になるのです。

人付き合いが減り、孤独が深刻な問題に

出典) 秋山弘子 長寿時代の科学と社会の構想 『科学』 岩波書店, 2010

――ところで先生は、「研究の過程で縦割り組織の壁に直面した」と嘆いておられます。どんな具合だったのですか。

秋山 縦割りは本当に困った問題です。行政だけでなく大学もそうです。総合研究機構には10学部から80数名の研究者が集まりましたが、当初は学部の壁が大変でした。同じ用語を使っても意味が違ったりします。研究フィールドを共通にして、みんなで解決する態勢になってから、良くなりました。

柏市役所には何回も相談に行きました。たらい回しされ、何度も同じ説明をさせられました。UR都市機構もそうでした。URの集合住宅の屋上に農園を作る話を持ち掛けたら、URの研究所は「イネや大根も作っているので大丈夫」と言ってくれましたが、管理部門は「とんでもない。土が飛ぶ、雨どいが腐る、エレベーターに知らない人が乗る、何かあったら誰が責任取るのか」と、出来ない理由を20ぐらい並べるのです。
市役所もURも分野横断的な組織を作ってから改善が進み、うまくいくようになりました。

人付き合いが減り、孤独が深刻な問題に

50年先の社会を念頭に置いたビジョンにしてほしい

――高齢化はアジアでも大問題です。柏市の事例などは国内外に広く伝えることが大切だと思います。

秋山 柏市には海外からも視察団がたくさんやってきます。日本は戦後、経済成長した後に高齢化が顕著になりましたが、アジア諸国は経済成長と高齢化が同時に来ていて、経済成長を優先せざるを得ません。
ですから日本は、アジアの国々が「将来はあんな国になりたいね」というモデルを示し、そのモデルやサービスを輸出していくのがいいと思います。国際学会で柏市のまちづくりを講演すると、質問が多くて、関心の高さを痛感します。

人生100年時代は、高齢者だけでなく、現役世代も含めたみんなが100年をいかに健康で働ける社会にするかが問題なのです。
若い人にとって副業や兼業は自然なこと。同じ企業にずっと忠誠を尽そうなんて考えていません。50年先の社会を念頭に置いて、100年の人生設計に資するビジョンを、考えていきたいと思います。

TEXT: 木代泰之

秋山弘子(あきやま・ひろこ)
東京大学高齢社会総合研究機構 特任教授

1978年、米イリノイ大学Ph.D(心理学)取得。
米国の国立老化研究機構(National Institute on Aging) フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所研究教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授(社会心理学)などを経て、2006年より東京大学高齢社会総合研究機構特任教授。
専門はジェロントロジー(老年学)。高齢者の心身の健康や経済、人間関係の加齢に伴う変化を20年にわたる全国高齢者調査で追跡研究。近年は超高齢社会のニーズに対応する街づくりにも取り組むなど、超高齢社会におけるよりよい生の在り方を追求している。
著書: 『高齢社会のアクションリサーチ: 新たなコミュニティ創りをめざして』 (JST社会技術研究開発センター)、『新老年学 第3版』(東京大学出版会)他。

最近、都市部のスーパーマーケットの一角でよく見かける「農家の直売所」。特に宣伝しているわけではないのに、新鮮でおいしい野菜や果物等が購入できると口コミで広がり、売り上げを伸ばしている。そこには注目すべきイノベーションがあった。農作物を生産するだけの「農家」から、経営ビジョンを持つ「農業経営者」への転換を促す株式会社農業総合研究所代表取締役社長の及川智正氏に、ITと感謝の思いで生産者と消費者をつなぐ、流通改革について伺った。

新鮮でおいしいものを低価格で消費者に届ける「農家の直売所」とは?

――都会のスーパーマーケットで展開されている「農家の直売所」が評判ですね。

及川 ありがとうございます。これまでの市場流通だと、市場や卸問屋を経て消費者に届くまで3、4日かかっていましたが、街のスーパーマーケットの「農家の直売所」では、出荷から原則中一日で野菜や果物が並びます。仲介コストが低いので、お求めやすい価格で購入できるとご好評をいただいています。
例えば、トマト。これまでの流通期間だと青いうちに摘み取り、3、4日の流通過程の中で熟して赤くなる、というものもありました。しかし、一番おいしいのは完熟してから摘み取るものです。
「農家の直売所」の場合は出荷した翌日に店頭に並ぶので、取れたての熟した果物や野菜を召し上がっていただけます。休日に遠くの道の駅へわざわざ出かけなくても、近所のスーパーマーケットで新鮮な野菜や果物が毎日手に入りますよ。

農家の直売所、売り場の様子

写真提供:株式会社農業総合研究所

及川氏

――その流通システムは、どのような仕組みで実現されているのですか。

及川 生産者は、収穫した農作物をパッケージングし、自分で値札シールを貼り、最寄りの当社の集荷拠点に持ち込みます。その後、当社と契約している全国約1200店舗のスーパーマーケットの店頭に原則中一日で並びます。

――これまでの流通とどのように異なるのでしょうか。

及川 一番大きい違いが市場流通です。私たちが参入するまでは2種類の方法がありました。まずは、農協に出荷する方法。大量に手間なく販売できます。その半面、末端価格を生産者が決められず、生産者にしてみればあまりにも安い価格で買い取られたり、作る野菜や果物を農協から指定されたりすることもあります。
もう1つは、生産地近隣の道の駅で販売するという方法もあります。こちらは生産者が販売価格を決められるので、全部売れるのであれば物流コストもそれほどかかりませんし、最も効率的です。しかし、直接現地に生産者が持ち込む必要があるので、大量に複数箇所で販売することは難しい。また道の駅まで運ぶだけでなく、陳列し、売れ残ったものは回収しなければならないので、農家にとってはとても手間がかかります。

弊社はその中間。市場流通ほど大量ではないけれど、道の駅よりは手間もかからず、生産者の決めた値段で全国約1200店舗から販売先を選択できます。
農業の形態も、野菜、果物、穀物、花とさまざまです。野菜だけでも、いろんな種類がありますよね。流通形態も複数あり、選択肢があるということが重要だと考えています。生産者も消費者も、それぞれ自由に好きなものを選べるのが良いと思います。

及川氏

農業の産業化。がんばった人は伸びていく!

――コスト、販売実績や相場などを考慮し、各自が値段を付けるのは大変ではないですか。

及川 がんばった人は、がんばっただけ伸びていく、という農業の産業化を目指しています。農業はなぜか独特な産業と思われがちですが、他の業界同様ビジネスです。儲けるためにはがんばらなくてはなりません。そのためのプラットフォームを構築して、生産者に提供しています。

そのプラットフォームはパソコンやスマートフォンからも利用できますが、お持ちでない生産者の方へは携帯用タブレットを貸し出しています。このプラットフォームを利用すると、出荷したい商品に自分で値段を付け、自分が販売したいスーパーマーケットの店舗を選択するだけで、自宅で値札シールを発券できます。あとは、商品にそのシールを貼って、最寄りの当社の拠点に持ち込むだけです。シールには、POSレジで読み込むためのバーコード、値段、生産者の名前がプリントされています。実はこのバーコード、スーパーマーケットごとに仕様が異なるのですが、当社の発券機では1台で世界中のスーパーマーケットのバーコードシールが発券可能です。これまではお店ごとにシール発券機が分かれていたのですが、1つにすることで生産者の利便性は格段に良くなり、農家の方々から大好評です。これが当社成長の土台となったことは間違いありません。 

バーコード発券

バーコード発券  画像提供:(株)農業総合研究所

――農家はどのように生産物の価格を決めているのですか?

及川 通常の商品と同様、かかったコストにどれくらい利益をのせるかが1つ。そして青果物の場合、市場流通のセリによる相場というものがあり、毎日価格が変わりますので市場価格として参考にする方法。また、毎日店舗のPOSレジ情報から届けられるデータを、農家の方々が参考にしていただけるよう、当社で分かりやすく加工して送っています。昨日搬入した商品がどこでどれだけ売れたのか、また同業者が同じ商品にいくらの値付けをしているのか、他店舗での値段などを端末から参照することができます。そのデータを参考にして、翌日の出荷数、値段、出荷先を決めるのです。単に農作物を作って納める農家ではなく、農業経営者としての力量がものを言います。これが、がんばった人はがんばっただけ伸びていく仕組みです。当社の契約生産者の中には、売上1億円プレーヤーもいらっしゃいますよ。

画像提供:(株)農業総合研究所

及川氏

売れずに廃棄されると、生産者にもスーパーマーケットにも当社にもお金が入りません。売れなかったのは、味なのか、形が悪かったのか、パッケージの仕方だったのか、原因は何かと考えます。どんなビジネスでもそうですよね。
他にも期間別の売り上げデータの集計、店舗ごと、生産物ごと、販売率(どれだけロスが出ているかなど)、売り上げランキングなどさまざまなデータを提供しています。生産地から遠い都市部のスーパーマーケットの店舗情報も、店内写真や客層、立地条件、売れ筋商品などが端末から閲覧できます。

売上情報画面

画像提供:(株)農業総合研究所

こうした生きたデータを提供することで、生産者がメーカーとしてのポジションでリスクを背負いながら仕事をし、収益を増やしています。現在は、販売データのみですが、今後は生産データも取り込む予定です。「農家」の方々が「農業経営者」としてやりがいを持って活躍してもらえるよう、簡単に青色申告できる仕組みや、クラウド上でFinTech活用なども検証していこうと考えています。 

及川氏

農業の構造改革。「ありがとう」でつなげよう!

――消費者と生産者をつなぐことも、考えていらっしゃいますね。

及川 生産者から買って食べてくださる人に「ありがとう、また買ってね」、そして、買って食べた人から生産者へ「いつもおいしいものを作ってくれて、ありがとう。また作ってね」。こういう声が双方に届く農業の構造改革が必要と思っていました。
先ほど紹介したシールのバーコードですが、スマートフォンでスキャンすると、生産者の写真などの情報を知ることができます。いわゆるトレーサビリティを可能にしています。
また、店舗によっては、生産者の紹介動画を見ることもできます。生産者の生の声や、1つひとつ丁寧に愛情を持って育てている姿をご覧いただき、ファンになってくださる方も増えています。「おいしいいね!」ボタンを押すと、生産者に「いいね」が届きます。コメントも送ることができますよ。これは、生産者にとって、大変嬉しいモチベーションにつながります。アプリをダウンロードしていただければ、動画をご自宅でも視聴可能です。ぜひ、家族だんらんの食事の際に、「この人がこうやって大切に作った野菜だよ。残さず食べようね」と、お子さんに伝えてください(笑)。

生産者情報

画像提供:(株)農業総合研究所

また、生産者やよく立ち寄るスーパーを「お気に入り」登録すると、その生産者の出荷について、お知らせメールが届くシステムも始めています。生産者と消費者を、お互いへの感謝の気持ちでつなげたいと思って始めました。
農業は何か違う産業と思われがちですが、他の製造業やサービス業と変わらないんですよ。お客様の「ありがとう」が聞けたらモチベーションが上がりますし、そういう業界にしていきたいです。

――取引先のスーパーマーケットの店舗はたくさんありますが、生産者はどのように出荷先を決めるのですか。

及川 私どもが日々提供している売り上げデータを見て、自分たちの生産物が一番売れそうな店舗に出荷します。
しかし、それだけではないんです。とある生産者、高齢の方でしたが、ずっと同じ店舗に出荷していました。「他の店舗に出しても売れますよ」とお声がけしたところ、「この店舗の近くに孫が住んでいるので、宅配便で送るよりその店舗に置いた方が孫が安く野菜を買えるんです」と言うのです。他にも、以前その街に住んでいて友人がたくさんいるから食べてもらいたいなど、それぞれに愛着のある場所があって、そこに自分たちの生産物を置きたいという方もたくさんいらっしゃいます。

――経済だけでなく、人と人のつながりがあるのがすてきですね。

及川 こんなこともありました。和歌山県のミカン生産者の方が、大阪市内のスーパーマーケットに出荷したミカンのパッケージの中に、「うちのミカン農園に遊びにいらしてください。ミカンを3キロプレゼントします」というカードを入れました。まさか、わざわざ出向いてみかん3キロだけもらって帰る人はいないと思います。必ず他にもたくさん購入し、仲良くなって帰ることになります。そうすると、今後もスーパーマーケットでその生産者のみかんを買うという繋がりができるようになるのです。
私はそれで思いつきました。都会の人を田舎に連れて来るプラットフォームが作れるのではと。
例えば震災の被害にあった地域の復興に生かせないか。地震の影響がいまだに残る熊本市の野菜が売れたら、売り上げの一部を寄付するという取り組みは、すでにおこなっておりますが、生産物のパッケージに、熊本の観光施設の入場券を挿入したとします。すると、せっかくだから熊本に行こう、またはちょうど熊本に行く予定があったのでこのチケットを使おうと、観光PRや地域の情報発信にも使えます。弊社はITプラットフォームを提供しつつ、こうしたアナログなアイデアもどんどん展開していきたいと思っています。

及川氏

野菜と果物は毎日食べるもの。だからより安くしたい、そのための物流

――なぜネット販売ではなくて、スーパーマーケットなのでしょうか?

及川 野菜と果物は毎日食べるもの。だから、新鮮でおいしいものをより安く提供したい。でも生産者の手取りは高くしたかったのです。そのために重要なことは物流です。
スーパーマーケットで1玉100円の白菜を見かけたことはありませんか。大きくてかさばる白菜をその値段で売るには、大量に流通させねばなりません。ネット注文での流通が増えているという印象をお持ちかもしれませんが、実は青果流通の70%弱がスーパーマーケット向けなのです。大量流通しない限り、物流コストは安くなりません。そこでスーパーマーケット向けにプラットフォームを作ることで、物流コストを下げているのです。

また、当社が受発注していないことも、コストを抑えています。受発注の手間やシステム、パッケージ作りを排除し、生産者が作ってパッケージしたものをただ納めるだけなのです。
90カ所の拠点に8000人の契約生産者さんが持ってきた作物を、弊社は1200店のスーパーマーケットの物流センターに納めます。ICTを駆使し、生産者にとって使いやすくて有益な情報を提供するとともに、拠点運営に注力し自社の物流コストを抑えることで消費者に安く提供できるのです。

及川氏

――90カ所すべて自社運営なのですか?

及川 22カ所は自社運営で、残りは業務提携です。提携先はさまざまで、バス会社、鉄道会社、郵便局、そして農協もあります。各社とも空いている倉庫や人員の有効活用ができ、また生産者にも身近で使いやすいというメリットがあります。

――御社の関連会社では、日本の野菜や果物を香港で流通させていますね。今後、広く海外への展開もお考えですか?

及川 日本の人口が減っていくなか、国内だけで需給バランスを取ることが難しい時代になってきています。例えば、レタスがたくさんできてしまった。廃棄した際の補助金をもらっても捨てるのは忍びない。ただ、日本で余った時だけ海外で売るのでは安定しないので、最初から海外へ販売するプラットフォームを作ろうと考えました。海外での販売となると富裕層に高いものを売るというケースが多いと思いますが、私は日本の野菜と果物が毎日買えるような輸出の仕方をしたいと考えています。輸入だからちょっと高いけれど、おいしくて安心安全な日本産の農産物。それを毎日買えるような価格で提供する。香港ではアッパーミドル層をターゲットにしています。富裕層ターゲットだと少量なので高くなります。大量流通させることで末端価格が安くできるのです。
今後、生産者の自宅で発券できる値札のバーコード付きシールのリストに、海外店舗もどんどん入ってくるでしょう。そうすれば、生産者は近くの拠点に持ち込むだけで世界中が市場になります。自分で価格を決めるので、為替情報も考慮しなくちゃいけなくなりますね(笑)。

――御社のビジネスの鍵が、流通にあることが分かります。

及川 現在多くの企業や農業従事者は、生産技術を上げるところにIT、IoT、AIを使っています。これまでは良い物がたくさんできるのはいいことなのに、大量に作りすぎると豊作貧乏となり儲かりません。私は生産ではなく流通を改革することで、生産の安定を図りたいと思っています。 

――生産者が御社と契約したいとなった場合、何か条件はありますか。

及川 PCまたはタブレットを操作でき、どんな農薬をいつ、どれくらい使っているかシステムに入力できることだけです。この情報を入れないと値札シールが発券できません。これは、商品を置いていただくスーパーマーケットに対して、安心安全の重要なアピールとなります。 

及川氏

情熱を持って、打たれよう!

――こうした仕組みを考えられたのは、ご自身が農業および青果販売に従事された経験が活かされていますか。

及川 現場を知ることは重要です。おっしゃるとおり、その経験がとても活きています。私は農大を卒業してから、6年間企業に勤務しましたが、日本の農業についてずっと危機感を抱いていました。そこで会社を辞めて農家として農業生産者の現場に3年、青果販売の現場に1年飛び込みました。
ところが農家を経験してみると、「つまらないな、この仕事」と思いました。仕事やお金の面ではなく、お客様や上司から「がんばったね、ありがとう」という声が届かなかったのです。若者は、その言葉で、働くモチベーションが上がるのに、もっとやる気が出るのに、とずっと思っていました。

また、青果販売店をやっている時は、商品を1円でも高く売りたい、利益を上げたいという思いが強くなり、生産者に対して価格を安くするように要求していました。生産者の立場もよく分かっているはずなのに、立場が変わると考え方が変わってきます。これは両方やったことがある人間しか身にしみて分かりません。生産と販売が交わるところ、そこは流通です。農業という産業は、流通をコーディネートしないと良くならないと実感しました。

そこで、今から11年前に青果販売店を辞めて和歌山に戻り、現金50万円で起業したのがスタートです。
実は、起業の前にハローワークに行きました。農業の流通を変えようとしている会社があればそこに就職しようと思ったのです。でもなかった。じゃあ自分でやるしかないと。ビジネスモデルもなかったので、消去法からのまさかの起業でした。(笑)

及川氏

――これから農業または起業を目指す若い世代にメッセージをお願いします。

及川 農業は、「野菜や果物を作る仕事」だけではありません。それを食べてもらって初めて成果となります。生産から流通、販売そして飲食までをコーディネートすることを大切にし、すべての農業の過程を総合的に研究したい、その思いを「農業総合研究所」という社名に込めました。
「農業ってこんなにすてきな仕事ですよ」「すごく収益が上がり、ビジネスとしてとっても魅力的ですよ」「農業やっていると、かっこいい大人になれますよ」「人間として成長が得られる仕事ですよ」、こういうことを若い人に示したいです。

農業は、本来とってもクリエイティブな仕事です。想像力を発揮することでいろんなことができ、自分の力を試すことができる。とっても面白い業界だと思います。
どの業界でもそうだと思いますが、新しいアイデアや新参者は最初なかなか受け入れられません。出る杭(くい)は打たれます。だって出ていれば打ちやすい、打ちたくなるものでしょう(笑)。
でも、杭は打たれるとだんだん強くなり、しっかり地盤に食い込むことができます。ぜひ、そうした思いで農業界に入ってきてほしいです。

私は資本50万円、ビジネスモデル無しで起業し、8年で上場(東証マザーズ)できました。諸先輩方ががんばってくれたおかげで、今はとっても良い時代だと思います。がんばれば自分のやりたいことができる。そうした時代に生まれたことに感謝して、情熱を持って取り組んでいただきたいですね。当社も会社のスローガンを「Passion for Agriculture」としています。情熱さえあればなんでもできる時代です。若い人にはリスクを恐れず、どんどんチャレンジしていただきたい。

当社は今、契約店舗国内1200店、海外12店舗。これをどんどん拡大しサービス内容もさらに充実させていきます。日本の農業が衰退しないように、食料自給率がもっと向上するようにと願っています。
そして、17年後の2035年に流通総額1兆円の会社を目指します。そこまでできたら、農業を変えられた会社になったのではと思います。そこから若い世代に引き継いでいただければと思っています。

TEXT: 栗原 進

及川 智正(おいかわ ともまさ)

株式会社農業総合研究所 代表取締役社長、東京農業大学非常勤講師 1975年、埼玉県生まれ 1997年 東京農業大学農学部農業経済学科卒業 1997年 株式会社巴商会入社 宇都宮営業所勤務 2003年 和歌山県にて新規就農 2006年 エフ・アグリシステムズ株式会社 関西支社長に就任 2007年 株式会社農業総合研究所を設立、代表取締役就任 2016年 農業ベンチャー初、東証マザーズ上場 【受賞歴】 Entrepreneur Of The Year 2013 Japan ファイナリスト フードアクションニッポンアワード2014 優秀賞 Japan Venture Awards 2016 経済産業大臣賞 東京ニュービジネス協議会 第11回IPO大賞 ルーキー部門 東京IPO2016年 IPO大賞 第19回企業家賞 ベンチャー賞 東京農大経営者フォーラム2017 東京農大経営者大賞

AIによる画像解析技術は、情報処理テクノロジーの進化によって精度が向上し、社会のあらゆる分野で活用が拡大している。そんな中、ライフサイエンスの領域で、画像解析技術によって新たな知見を生み出しているのがバイオイメージング/バイオイメージインフォマティクス技術だ。エルピクセル株式会社は、日本のみならず、世界のバイオイメージング技術を牽引している東大発のベンチャー企業。同社のCEOである島原佑基さんに、会社設立のきっかけ、バイオイメージインフォマティクス技術への想いや、その発展が切り開くライフサイエンス分野の展望について聞いた。

生物学に存在する膨大なデータを解析する「バイオイメージインフォマティクス」技術

――バイオイメージングとは具体的にどのような技術なのでしょう。

島原 バイオイメージングは2000年頃から盛り上がってきた新しい研究分野で、名前の通り、生物学の分野において、細胞や組織などの画像を取得し、解析する技術です。顕微鏡を覗き、そこで起きていることを画像として記録しようというのが最初の動きで、30年ほど前から盛んになりました。「バイオイメージング」とは、「画像を撮ること」自体を意味することが多いです。一方、画像を撮り、それを解析・研究することは、「バイオイメージインフォマティクス」と呼ばれます。近年、デジタル技術が発達して画像のデータ化とその解析が容易になりました。さらに3Dデータも構成できるようになり、指数関数的にデータ量が増えている中で、様々な研究でニーズが高まってきました。

物理学や化学と比べても、生物学は複雑な遺伝子やタンパク質、組織など、人間が処理しきれないほどの膨大な情報を扱います。かつて、生物学の研究に数学や情報科学を用いるケースは稀でしたが、近年の計算機器の進化により、膨大なデータの情報処理が可能になり、研究の質を向上させられる可能性があるのです。バイオイメージインフォマティクスの活用例としては、ガン化した細胞の判別、植物の成長過程からの病変の検出、粒子の解析など多岐に渡り、多くの研究者に必要とされている技術と言えます。

――島原さんが東京大学で行っていた研究と、取り組むことになったきっかけを教えてください。

島原 大学に入る以前はエンジニアリングに興味があり、次世代の自動車をつくりたいと考えていました。しかし、そんな時にiPS細胞のニュースを見て、「21世紀は生物学をエンジニアリングする時代だ」と感じ、生物学の専門に進みました。もともとエンジニア志向であったことが、現在、「生物×IT」の事業に取り組んでいる背景にあると言えます。

生物学を勉強していく中で感じたのが、すぐにエンジニアリングすることは簡単ではないということでした。そこで、「生物×IT」において比較的実用化に近い分野を探し、バイオイメージインフォマティクスに出会います。私が大学に入学した頃は、その領域に関する研究室は多くありませんでした。そこで、いち早くその研究に取り組めば、この分野のパイオニアになれるということも考えました。所属した研究室は生物学における画像解析技術に取り組んでいて、私は細胞小器官の画像解析とシミュレーションをテーマに研究していました。そこで得た知見を活かし、事業化したのがエルピクセルです。

島原氏

エルピクセル株式会社CEOの島原佑基氏

ライフサイエンスに、画像解析技術によるソリューションを

――エルピクセルは、島原さんを含めた、東京大学の研究室の3名で立ち上げたベンチャー企業だと聞きました。設立の経緯について教えてください。

島原 エルピクセルは、私とCTO(当時助教授)の朽名夏麿、博士研究員の湖城恵の3人で立ち上げました。設立時はそれぞれが別の仕事もしていて、エルピクセルの事業には副業のように取り組んでいました。スモールスタートでリスクが少ないため、「自分たちのワクワクすることを事業にしていこう」というスタンスが根幹にあります。週末に趣味でキャンプに行く人がいるように、私達の場合は趣味が起業だったという感覚です。

また、会社を設立した2013年頃は東大発ベンチャーという言葉が流行っていて、何か認定のようなものが必要なのかと思い大学に問い合わせたところ、特にそのような制度はなかったのですが、インキュベーションプログラムを紹介され、起業に対してアドバイスをしていただきました。実は、その時のメンターの一人が、現在、社外取締役を務めている鎌田富久です。また、CTOの朽名は、私の学生時代の指導者で、研究者としてのロールモデルにしています。尊敬する二人と一緒に会社をやることができて幸せだと思っています。

社外取締役の鎌田氏と島原氏

社外取締役の鎌田氏と島原氏

――エルピクセルが現在取り組まれている事業はどのようなものでしょうか。

島原 ライフサイエンス領域において、画像解析によるソリューションを提供することを軸としています。ライフサイエンスと一言で言っても幅が広く、医療や製薬、農業といった応用技術だけでなく、それらを支える基礎研究までカバーしています。

特に力を入れている分野は2つ。1つが医療の診断支援です。画像や映像をAIに読み込み病気の可能性を明示することで、人的なミスをフォローし、膨大なデータの処理が間に合わなくなっている医療現場の業務効率化と負担軽減を目指しています。医療機関ではCTやMRIといった検査機器が発達したことで、ここ20年程で扱うデータ量が100倍以上に増えています。しかし、医師個人の情報処理能力はそれほど変わっていません。放射線画像データを取り扱う放射線科医は、全国で7,000人程度しかいないため、常に人手不足です。そこにエルピクセルの画像解析技術を提供することで、状況を変えることができればと考えています。

医療画像診断支援のデモムービー

医療画像診断支援のデモムービー。AIに症例画像データを学習させることで、肉眼では見つけにくいポリープも検知しやすくなる

もう1つが製薬。今、製薬分野ではオペレーショナル・エクセレンス(オペレーションが磨き上げられ、競争上の優位性を持つほどになっている状態)が経営課題になっている企業も多いです。例えば現場では、数万の化合物を見つけて、その中から1つ薬にできるかどうかという研究が行われています。そのように膨大な時間と労力が必要とされる場面に、画像解析やビッグデータを活用することで研究が加速し、オペレーションが洗練されていく可能性があります。

私たちが会社を設立した時期は、まだライフサイエンス領域において、積極的に画像解析技術を活用している企業は多くありませんでした。ニーズはあったのですが、そこにソリューションを提供できるサービスや企業がなかったのです。よく競合はどこですかと聞かれますが、ドメインを絞ればいくつか挙げられるものの、バイオイメージインフォマティクス全般という大きな視点で見れば、今もほとんどありません。

医療現場で高まる、AI技術への期待

――バイオイメージインフォマティクスのニーズが高まってきた理由は何でしょうか。

島原 一番大きいのはここ数年のAIブームによって、企業の現場だけでなく、経営側など多くの人が興味を持ったことでしょう。2年前は医師に「機械学習」と言っても理解してくれなかったのですが、今は医療業界でもAIを使っていく時代だという風潮が生まれ、「もっとこんなこともできないか?」というような話をされることもあります。そのニーズに対して、使命感のようなものが生まれ、2016年に初めて7億円の資金調達をするに至りました。この資金は、体制強化のために使用し、当時は14人だった社員も今では60人ほどになり、それぞれの知見を生かして事業を進めています。

――バイオイメージインフォマティクスが多く活用されている医療の分野は、どのような具体例があるでしょう。

島原 肺がんやマンモグラフィーは、20年ほど前からAIを使った支援は長く行われてきました。AIによる肺がんの検知技術も既にその頃から使われています。世の中に製品として出ているバイオイメージインフォマティクスは、この2つが主ですが、もちろん他の医療にも生かせます。

――AIの活用はどの程度進展しているのでしょうか。

島原 一部では進んではいるものの、バイオイメージング分野全体では、まだまだこれからです。理由の1つが、利用者のニーズがとても多く、それぞれの課題を解決するシステムを構築するのに時間を要するということ。その課題解決のために、AIを用いた画像解析サービスの「IMACEL(イマセル)」を開発しました。IMACELは、画像解析の知識やスキルがなくても、視覚的な操作で解析を可能にするシステムです。

研究者がクラウド上に解析したい画像をアップロードして、研究内容や画像の内容を入力するだけで、IMACELが解析候補を複数提示し、そこから候補を何度か選ぶと、スピーディーに解析ができます。解析のアルゴリズムは常にアップデートされ、使う度に精度が向上していくのも特徴です。

島原氏

機械学習のためには症例画像のデータが不可欠ですが、肺ガンやマンモグラフィーの画像は、アメリカの機関が公開しているデータが多くあります。しかし、それらのデータも質にばらつきがあり、そのまま利用はできません。一方日本では、CTやMRIの導入率が世界トップクラスであり、肺や乳腺の他、脳、肝臓、大腸などの部位、多様な病理に関連する画像が豊富です。

これらの症例画像は秘匿性が高い個人情報ですが、20以上の医療機関と提携することで、使用可能なデータを多く確保しています。エルピクセルでは、医療機関に個人情報を外した状態のデータを提供してもらっているため、個人情報は扱っていません。

技術革新によって、医療の在り方が変わる?

――医療現場において、AIを活用したバイオイメージインフォマティクス技術が進展することで、具体的にどのようなメリットが生まれるのでしょうか。

島原 まずは人間のミスをチェックする役割が挙げられます。人が見逃している、もしくは見逃しやすいところをAIが解析して示すことで、ダブルチェックの役割を果たし、誤診のリスクが低減します。次が効率化です。AIによるミスの指摘は、誤診を減らすことにはつながりますが、今は人間の確認なしでAIに診断を任せることはできないため、AIが所見を書いてくれても、それをチェックするという手間が増えます。アメリカでは、目の解析についてはAIにより医師のチェックが一部不要になったようなものも米国で出てきましたが、これが今年の話です。AIで自動化できる内容はAIに任せるというシステムをつくることができれば、業務の効率化を図れるようになりますが、この部分については徐々に進んでいくでしょう。さらにその先にあるのが、今の医療を超えるような価値の提供です。AIの高度な情報処理能力により、人間が思いつかなかったような医療の新しい基準を見つけられる日が来るかもしれませんね。

島原氏

――今後の医療分野でのAIを用いた支援について、島原さんの考えを教えてください。

島原 医療関係者は、先ほど述べたようにむしろ積極的にAIについて勉強している医師も多く、既に現場ではその重要性が理解されているため、私たちが取り組むべき課題は、医療関係者が負担なくシステムを使えるようにすることだと考えています。例えば、文章作成ソフトに間違った文章を指摘してくれる機能がいつの間にか導入されていたように、医療の画像を撮影する機器メーカーや、ビューワーソフトのメーカーと連携し、既存の医師のワークフローにAIを組み込むことで、機能的な面を向上させていければと考えています。

一方、患者側の視点で言えば、これからは患者個人が自分の医療データを管理する時代が来るのではないかと考えています。現在の診療や治療のデータは基本的に、それぞれの医療機関にストレージされていますが、それらをクラウド管理することで複数の医療機関を利用しても、時系列で患者の状態を管理できるようになります。そして、その医療データを患者自身が使用して、AIによる画像診断を直接求めるようになるかもしれません。もちろん、診断に近い行為に患者が近づいて良いのかといった課題もありますが、医療データの活用やAIの導入が、医療関係者にとっても患者側にとっても、より便利でストレスの少ない医療環境をつくることに貢献すると思います。

――今後、バイオイメージインフォマティクスやAIをはじめとするテクノロジーが世の中に浸透し、拡大していくために、どのような取り組み、考え方が必要だと考えますか。

島原 私たちが取り組むべきことは、気づいたらQOLが向上しているようなシステムの提供です。例えば、エルピクセルの技術で病気の早期発見を支援できれば、早期治療ができ、患者の社会復帰が早くなります。そうすれば個人の健康寿命や労働寿命が長くなり、税収も増えるかもしれません。AIを導入することにコストはかかっても、長い目でみると、早期発見・治療・復帰できるので、医療費を削減する効果もあると思います。そういったメリットや、AIやデータ活用のリテラシーを社会全体で向上させていくことが重要だと思います。

島原氏

21世紀は、バイオ研究がエンジニアリングによって飛躍する時代になると感じています。そのためには社会や行政の理解、協力が必要です。FDA(Food and Drug Administration:アメリカ食品医薬品局)のアメリカ医療機器認証では、一部の企業を優先して認証する代わりに、市場における情報をFDAにフィードバックさせる仕組みをつくって、次の施策に活かしていこうという動きがあります。また、日本でも医療系スタートアップを支援するプログラムが始まっています。平等であることを優先しすぎて業界全体の動きが鈍くなってしまうよりも、熱意を持って頑張ろうとしている人たちを応援していくことで全体的に利益が還元される「公平」な環境ができていけばいいですね。

弊社の提供するシステムをはじめ、AIやデータ活用が、医療従事者の負担を軽減し、医療の質が向上していくことで、医師は患者とのコミュニケーションに多く時間を割けるようになると思います。医療の進歩により治療の選択肢が増えてきている中で、一人一人が納得して医療を享受できるような未来にも期待しています。

TEXT:高柳圭

島原 佑基(しまはら・ゆうき)

エルピクセル株式会社CEO & Founder。東京大学大学院修士(生命科学)。大学ではMITで行われる合成生物学の大会iGEMに出場(銅賞)。研究テーマは人工光合成、のちに細胞小器官の画像解析とシミュレーション。グリー株式会社に入社し、事業戦略本部、のちに人事戦略部門に従事。他IT企業では海外事業開発部にて欧米・アジアの各社との業務提携契約等を推進。2014年3月に研究室のメンバー3名でエルピクセル株式会社創業。”始動 Next Innovator 2015(経済産業省)”シリコンバレー派遣選抜。”Forbes 30 Under 30 Asia(2017)”Healthcare & Science部門のTopに選ばれる。

神奈川県鎌倉市に本拠地を置く“面白法人カヤック”こと「株式会社カヤック」は、その社名の表すとおり、世の中を面白く楽しくすることで急成長を遂げている。上場企業として売り上げや利益を伸ばしながらも、世の中や社員の「人としての豊かさ」を追求する新たな指標づくりを目指し、独自の地域資本主義ともいえる「鎌倉資本主義」を提唱する。地方創生の1つの鍵となるその仕組みと理念について、同社代表取締役CEOの柳澤大輔氏にお話を伺った。

幸せになるために会社をつくった

――鎌倉市に本社を置いた理由は何ですか。この街のどういったところに魅力をお感じになりましたか。

柳澤 起業したら、住みたい街に会社を置こうと決めていました。それはもちろん自分が住みたい街でもありますし、世間一般の人が住みたい街でもあります。鎌倉市は、さまざまな調査で住みたい街の上位に常にランキングされています。住みたいからには何か理由がある、そこにはきっと幸せになるための条件がそろっている、と思ったのです。
学生時代、大学が比較的鎌倉に近かったので、時折訪れていましたが、来るたびに気持ちがいい場所だなあと思っていました。海と山の自然があり、長い歴史や文化もある。なにより住民がこの街を愛しているということを感じました。日本のナショナルトラスト運動、NPO発祥の地でもあり、地域活動が活発です。そこに価値が生まれます。
住みたい街に住み、住みたい街で働く。これが「人としての豊かさ」を生み、幸せになれるのではと思い、ここに本拠地を置きました。

柳澤氏

――社員の皆さんは、みんな鎌倉にお住まいなのですか?

柳澤 市域外から通勤している社員もいますが、鎌倉に住む社員への住宅手当を出していますので、多くの社員が鎌倉に住んでいます。豊島屋さんと共同でつくった「まちの保育園 鎌倉」に、社員の子どもを預けることもできます。これにより職住近接し、より豊かな生活が送れると思っています。会社が近ければ、朝はゆっくり出勤できますし、会社の近くに子どもを預けることができます。幸せですよね。

――本社のすぐ近くに「まちの社員食堂」がありますが、とても賑わっていますね。

柳澤 「まちの社員食堂」も賛同いただいた会員企業と一緒につくりました。鎌倉市在勤の方のための社員食堂です。社員食堂って、ビル丸ごと1つの企業が入っているというケースでもなければ、設置できないですよね。たとえ社員食堂があったとしても、自社の人たちだけが利用するのでは、地域との交流もないしパターン化されたメニューなどで面白くないな、と思ったのが作ったきっかけです。
さらに鎌倉という土地柄、観光客が多いため、ランチタイムは特に混みがちだったり、安価なお店を探すのは結構大変なので、「まちの社員食堂」を利用いただいている方からの満足度は高いです。また、メニューも飽きないように鎌倉の40のお店が毎週週替わりで入店し腕を振るいます。「鎌倉のためなら」ということで、多くの鎌倉のレストランにご協力いただいて感謝しています。

柳澤氏

――毎週、違うレストランのメニューが楽しめるのは面白いですね。他にこだわっているところはありますか?

柳澤 一応社員食堂なので、鎌倉で働く人のために、すべてのレストランにお願いしたことがあります。添加物など使わない体に良いものを出してください、鎌倉で採れた食材を使ってください、美味しいものを提供してください(笑)、この3つです。

――「まちの社員食堂」は、どんな効果を生み出していますか?

柳澤 一番重要なのは、人とのつながりです。普通の社員食堂ですと自社の人にしか会えません。ここでは企業の枠を超えていろいろな会社の社員と知り合うことができます。さきほど手頃な価格でランチが食べられるメリットを挙げましたが、実は最大のメリットは夜の営業にあります。お酒も飲めますし、お昼よりゆったりとした時間を過ごせるので、多くの人と仲良くなることができます。これが重要です。ここで鎌倉在勤、在住のネットワークやコミュニティーが生まれているのです。そこから次の新しいアイデアやプロジェクトの実現のための仲間ができます。
なにより「まちの社員食堂」に行けば、あの人に会える、誰かに会えると思うと楽しいじゃないですか。

柳澤氏

「まちの社員食堂」夜の部は、18時半より営業

地域創生の鍵、「鎌倉資本主義」とは?

――企業の枠を超えたこうした活動で、苦労された点はありますか。

柳澤 「カマコン(鎌魂)」という下地があったので、どれも大変スムーズにいきました。「カマコン」とは、僕も創立メンバーの1人である地域活動のコミュニティーで、鎌倉の街を良くしようという人たちの集まりです。そこに企業メンバーもたくさん入っているので、何か面白いことをやろうとなるとトントン拍子で進みやすくなっています。

――現在、地方創生を掲げ、日本の各所でさまざまな取り組みがされていますが、柳澤さんの提唱されている「鎌倉資本主義」に解決の鍵があると思います。「鎌倉資本主義」について少し詳しく教えていただけますか。

柳澤 資本主義の仕組みは、基本的に「資本を増やし利益を上げていけば人は幸せになる」、つまり、GDPが大きくなり「経済発展すれば国民は幸せになる」という考え方に基づいています。
カヤックも資本主義の仕組みである株式上場(東証マザーズ)をしていますのでその方針に乗っ取ります。ただ、従来の物差しであるGDPだけでは測ることができない幸せもあり、むしろそれだけを指標にしていると、時に不幸せな事態を招いてしまう。なのでまずは、新しい指標が必要ではないか、というのが最初の出発点です。

「そのヒントが地域にありそうだ」という着眼点が、鎌倉という地域にいてわかってきました。おそらく利便性や短期的な経済合理性を考えれば、日本では東京に本社を置くのが効率的です。しかし、自分の地域の特色を生かし、地域から始まる新たな資本主義の形を実現していく、それが「鎌倉資本主義」です。

柳澤氏

「鎌倉資本主義」を構成する3つの要素があります。「経済資本」「社会資本」「環境資本」です。
「経済資本」は、その地域に根ざして活動する企業です。私たちカヤックもその1つ。資本主義ですから、もちろん経済活動はその根幹です。まず地域を盛り上げる時は、経済活動を活性化させることが大前提です。そのためには地域の売り上げを上げるために、強い産業を地域で作らなければなりませんし、地域のコストを下げるために、域内消費を増やしたりといった従来の施策は必要です。でも、そういった経済資本を増やす活動だけではなく、それ以外に2つの資本を増やすことにも企業はコミットします。地域には、そこで働く人が集まり、働く人とその家族が周辺に住みます。集まった人の中のつながりが「社会資本」です。先ほどお話した「まちの社員食堂」は、まさにこの「社会資本」を充実するために貢献します。企業や組織の枠を超えて、人と人がつながる。それが地域の力となり価値になります。「社会資本」を増やすための仕組みがとても重要です。
そして3つ目が「環境資本」です。これは、まさにその地域の魅力ですね。自然、伝統工芸、歴史、特産物など、その地域ごとにいろいろなものがあると思います。そうした地域の魅力を新しく面白いアイデアでさらに魅力的なコンテンツに作り上げ、社会に発信していきます。この3つの資本を生かして、各地に「XX資本主義」ができていったらなと思います。

――各地のイベントなどでは一時的に盛り上がりますが、地域創生の根本的な解決にはなっていないケースが見受けられます。どのように進めることが重要とお考えですか。

柳澤 「うまくいく」の定義にもよりますが、地方創生というものが経済資本にだけフォーカスして話をすると、独自の産業がないまま何となく東京でうまくいったことを真似たり、一時的な助成金で何かをぶち上げたりしても、持続可能ではないということが1つ。そもそも経済資本だけでは大都市にどうやってもかなわないので、そもそも頑張ってもそのものさしだけではうまくいかないということではないかと思います。であれば、本当の地方創生をするには、まずは経済基盤が必要です。その地域の企業がまず中心となって経済基盤をつくらねばなりません。その上で、従来視覚化されていなかった「社会資本」「環境資本」を可視化すれば、場所によっては経済資本はそこそこでも社会資本が非常に充実した地域が出てくる。それは地域が輝くということであり、それが真の地方創生ではないかと思います。

そして、この3つの資本は並列ではなく、「経済資本」の土台の上に「社会資本」、その上に「環境資本」があり、3つのそれぞれの資本ごとに、資本を増やしていくためのコンテンツ、資本が増えているかどうか測る物差しと指標も必要となってくるでしょう。

ちなみに、鎌倉で活動をして、鎌倉の社会資本の豊かさは東京に勝るといまは思っていますが、今後は、「社会資本」の価値は意外と都会の方が早く気づくという可能性もあります。逆説的ですが都会の人の方が感度が高いので。また、そもそも人が多いので、コミュニティーがつくりやすいし、働いているビルごと、住んでいるマンションや地域ごとなど、企業や組織を超えたコミュニティーがつくりやすいのです。

ただ一方で、地方は「環境資本」において都会に勝る魅力を持っています。そこは圧倒的に強みです。その魅力をしっかりと指標にして示せれば、自信を持って地方創生につながるのではないかと思っています。

柳澤氏

とことん面白さを追求した20年、そしてこれからも!

――御社ではすべてのプロジェクトにおいて、必ずブレインストーミング(ブレスト)を行って、アイデアを出しているそうですね。

柳澤 最終的に決定を下すフローは別にありますが、まずはブレストを行います。ブレストそのものは結論を出すところでなく、とにかく発散する場。たくさんのアイデアを出すのが目的です。実はこのブレストが、地域活動にはぴったりでした。
さまざまな人が集まって地域の課題にブレストをすることで、地域の問題が他人事ではなく自分事にすることにつながります。

――ホームページには、それぞれのアウトプットのストーリーやプロセスを紹介していますね。

柳澤 しっかりとしたプロセスを見せることにこだわっています。時には失敗した場合も、その過程を見せます。それが次の成功に結びついていますね。

――漫画を使った社員紹介や社員インタビューを掲載するなど、どれもユーモアにあふれています。

柳澤 退職者インタビューもあります(笑)。 社員の90%がクリエーターやエンジニアで、独立していく人も多いです。しかし、彼らとまた別の形で協業することもありますし、互いに成長していけることは楽しいですよね。

柳澤氏

――創立20周年に際しては、Web上で「大カヤック展」を開催されています。これまでの20年を振り返り、そして今後、どのような会社にしたいとお考えですか。

柳澤 これまでの20年の成果をインタビュー記事やカヤックのテクノロジーの歴史とともに振り返っています。最近、「大」ってほどじゃないなぁということで、「小カヤック展」に名称変更しました(笑)。11月下旬の鎌倉での実展示は、新しい研究開発オフィスのお披露目も兼ねて実施しました。
「鎌倉資本主義」をキーワードとしてしっかりと根付かせ、地方を含め日本全体を面白く成長させるヒントを出していけたらと思っています。鎌倉では保育園と社員食堂の次は、「まちの人事部」や「まちの映画館」もつくっていきます。「まちの映画館」というのは、街全体を映画館にするというアイデアのもと、地元のカフェやコミュニティー・スペースなどで映画を上映して、見終わった後にみんなで感想を語り合ったり親睦を深め合ったりしようというものです。その他にも、順次「まちのシリーズ」となるものをオープンしていく予定です。
このように、これからも社内外に面白いものを提供して、人々の生活の豊かさに貢献できればと思います。

TEXT: 栗原 進

柳澤大輔(やなさわ・だいすけ) 
株式会社カヤック 代表取締役CEO 

1974年香港生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社。1998年、学生時代の友人と「面白法人カヤック」を設立。オリジナリティあるWebサイト、スマートフォンアプリ、ソーシャルゲームなどのコンテンツを発信する。また、「面白法人」というキャッチコピーのもと、ユニークな人事制度(サイコロ給、スマイル給、ぜんいん人事部)や、ワークスタイル(旅する支社)を発信。2014年に東証マザーズ上場。地域活動として、2013年よりITの力で鎌倉を支援する「カマコン」をスタート。2017年より「鎌倉資本主義」を提唱している。2018年11月、地域から新たな資本主義を考える「鎌倉資本主義」(プレジデント社)を上梓。

超高齢社会に「福祉」ではなく「テクノロジー」で挑む――VR研究者が描く日本の未来

日本社会は今、人類史上類を見ないスピードで高齢化が進んでおり、既に「高齢化」社会から、「超高齢」社会に突入している。2050年には日本の人口は約9,500万人台にまで減少し、1.2人の働き手で1人の高齢者を支えなくてはならないといわれている。高齢者の生活や健康を保障するため、若い世代の負担増は避けられない。

こうした社会課題に対し、テクノロジーを活用して解決の道筋を探っているのが、「高齢者クラウド」の取り組みだ。このプロジェクトでは、高齢者自身が社会を支える人材として活躍できる社会を目指し、現在下記の5つの研究を柱に、さまざまな実証実験を進めている。

  • 高齢者のモバイルコミュニケーションを促進する「知識取得インターフェース」
  • 高齢者個人の場所や時間の都合に合わせた就労支援を行う「知識伝達インターフェース」
  • 獲得した情報を集約・分析し、高齢者個人のスキル把握に生かす「知識構造化プラットフォーム」
  • 「社会参加促進システム」=「GBER」
  • 「新規ビジネス創出システム」=「人材スカウター」

この高齢者クラウドのプロジェクトマネージャーを務めるのが、バーチャルリアリティ(VR)研究の第一人者で、現在東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター 機構長である廣瀬通孝教授だ。上記5つの柱のうち、以下では、「GBER」と「人材スカウター」を中心に、VR技術がどのように超高齢社会の課題解決に貢献するのか、廣瀬教授に聞いた。

現実世界では難しい課題も、バーチャル世界で考えれば解決の糸口が

——廣瀬先生はVR研究の第一人者として知られていますが、ご自身の研究領域はどういった分野になるのでしょうか。

廣瀬 僕の研究室の研究テーマはVRです。VRという技術を抽象的に説明すれば、「身体と非常に親和性の高い、インタラクティブなコンピューターのインターフェース」ということになります。

VRといえば、HMD(ヘッドマウンテッドディスプレイ)を思い浮かべる人が多いでしょう。超小型のディスプレイをゴーグルの中に組み込んだもので、右を見たければ顔を右に向けるなど、身体の動きとシンクロして映像の世界を映し出します。この状態で移動するのであれば足を動かす、物をつかむ時に手を伸ばす、そんな形で、身体を忠実にトレースするインターフェースをつくっています。

——「VR」と聞くと、一般的にはHMDを着けて見るバーチャルな世界というイメージが強くなってしまいますが、よりリアルな世界と結びついたインターフェースなんですね。そんなVR技術が、高齢化社会の課題解決とどのように結びつくのでしょうか。

廣瀬 そもそもの発端は、「バーチャルな世界を作れば、高齢者もスーパーマンのようなバーチャルな身体を持つことができるのでは」と思ったからです。VR技術とは、今お話ししたように、実世界と人間との間に介在するコンピューターのインターフェースです。そしてVRの根底には、「コンピューターを介することで、現実世界と一味違った世界をつくることができる」という哲学があります。これがVR技術の基本なんですよ。

翻って高齢化問題を考えてみると、高齢化に伴うさまざまな社会課題を実世界だけで解こうとすれば、困難なハードルが多々ありますよね。たとえば「頭もしっかりしていて知見やノウハウも十分なのに、フルタイムで通勤することは体力的に難しい」という現実があります。こうした問題について、VRを活用して「物理的に移動しなくても大丈夫」という状況を作れば、活躍の場は広がります。

廣瀬通孝教授

時間・空間・スキルの労働要件を組み合わせて最適化する「Mosaic型就労モデル」

——取り組まれている「高齢者クラウド」とはどのようなプロジェクトなのでしょうか。

廣瀬 プロジェクトが本格化したのは2011年です。最初の3年間は、高齢者のバーチャル化、そして就労の実現に向けた具体的な技術の棚卸しを行いました。その過程で生まれたのが「Mosaic(モザイク)型就労モデル」という新しい就労の考え方です。

働きたい、社会に貢献したいと考えている高齢者の方はたくさんいらっしゃいますが、体力やその希望は多種多様です。たとえば「週2日なら働ける」「僕は週4日」という人がいる。さらに、「英語ができる」「経理に明るい」「海外事業の展開で実績がある」など、経験やスキルもさまざまです。これは雇う側からすれば好ましくない状況ですよね。そういう高齢者の方々を集め、言うなれば「アバター」のように1つのバーチャルな人格を形成し、その裏ではネットワークを介して複数の高齢者の方が結集しているというモデルです。こうすることで、「多様かつ高度なスキルを持つ人材」を安定して雇用したいと考えている企業のニーズに応えられますし、高齢者の方はもちろん自分の就労要件やスキルを満たすことができます。

——とても興味深いアイデアですが、実用化するのはなかなか難しそうですね。

廣瀬 このMosaic型就労モデルは、3つの軸で構成されます。1つは「時間Mosaic」で、各々が働ける日時を組み合わせるものですね。やり方としては、ちょっと細かいシフト表を組むだけなので、それほど高度なテクノロジーは必要としません。

もう1つが「空間Mosaic」です。これは仕事をする場所、仕事をしたい人の居住地域をモザイク化するものですが、実は空間要件は、VRのテレプレゼンス技術を活用すれば、かなりクリアできるのです。実際このプロジェクトでは、仙台と神戸に住む高齢者同士をテレプレゼンスで連携し、「ITに詳しい方が、初心者の方に使い方をレクチャーする」という実証実験を行い、成果を上げています。

最後に、少々ユニークなのが「スキルMosaic」です。企業が就労者に求めるスキル要件や任せたい仕事内容はさまざまですが、それを因数分解していくと、より具体的な知見やノウハウにブレイクダウンできますよね。その細分化したスキルを持つ人たちを組み合わせて、あたかも1人のようなチーム編成にするわけです。ブレイクダウンすることで、マッチングの可能性が高くなります。

Mosaic就労モデル

「高齢者クラウド」が提唱するMosaic就労モデル

——なるほど。現在どういった研究がどれくらいの成果を上げているのでしょうか。

廣瀬 現在は主に2つの実証研究を行っています。1つが「GBER」(ジーバー:Gathering Brisk Elderly in the Region)で、これは各地域に居住するシニア人材と、仕事やボランティア活動などさまざまな求人要件とのマッチングを行うWebシステムです。もう1つが「人材スカウター」です。これはGBERよりハイエンドな求人要件を扱うサービスで、登録しているシニア人材の職務経歴情報と、企業の求人情報の文言に対して自然言語処理を行い、よりマッチング精度の高い人材を検出するエンジンです。こちらはシニアエグゼクティブの就労を支援する専門の人材会社と共同で開発を行っています。

個人や仕事の特性をベクトル化する「GBER」、人材マッチングの精度を高める「人材スカウター」

——「GBER」と「人材スカウター」、それぞれの違いと成果について詳しく教えてください。

廣瀬 GBERは比較的簡単にできるマッチングプラットフォームです。GBER上では、ボランティアや趣味、生涯学習などを通して、高齢者の社会参加を促します。もちろんそれに限らず、地域の仕事に参加し、報酬を受け取ることもできるのです。GBERのマッチングで特徴的な点は「興味空間」を定義できること。ちょっと伝わりにくい用語かもしれませんが、仕事を求める人と求人中の仕事の特性をベクトルで表す仕組みです。GBERでは、仕事を求める高齢者の方が自分の情報を登録する時に、やりたい仕事や興味のある分野などをアンケートします。その回答によって、たとえば「肉体労働が得意」「事務作業より人と接するほうが好き」などの個人特性をベクトル化します。一方、求人中の仕事も「荷物の積み下ろし」や「営業」といった特性ごとに重み付けをし、ベクトル化することができます。その両者が近いときにマッチングが成立するという仕組みです。

この仕組みのもう1つユニークな点は、特性に合わせた仕事を紹介しても、求職者が断るケースが何回か続くと、その情報を基に求職者の興味ベクトルを更新することです。つまり、求職者の実際の行動を受けて、登録当初の自己申告をより現実に即した形に訂正するのです。これにより、より実現性の高い細かいマッチングが可能になります。GBERを使い続けることで、自分のプロファイルが見えてくることにもなるのです。

廣瀬通孝教授

——実際にGBERはどの程度利用されているのですか。

廣瀬 千葉県柏市に東京大学IOG(Institute of Gerontology:東京大学高齢社会総合研究機構)という組織があり、その組織を母体とした一般社団法人セカンドライフファクトリー(SLF)の協力の下、GBERの実証実験を進めています。

柏市はその地域柄、大企業で役員を務めていた方なども多く居住しており、GBERのシステム上で実際に就労支援を行うことができました。ただGBERに登録されている案件は、まだ実証段階ということもあり、たとえば「庭の木の剪定」など内容がやや単一という課題があります。先ほどのMosaic就労モデルでいえば、職務経験に基づいたスキルMosaicではなく、時間Mosaicのほうに重点を置いた案件が多い。これは今後考えていくべき課題ですね。

ただ、そういう課題がありつつも、2018年に入ってからは「高齢者クラウド」プロジェクトの外でGBERの実証研究がスタートしました。ある企業から「定年退職したOBの就労を支援するために活用したい」という要請をいただいたことに端を発しています。この問い合わせを機にGBERはApacheライセンス2.0の下でオープンソース化して、誰でも利用できる基盤として整備しました。これからもさまざまな地域で活用が進むことを願っています。

GBERのロゴ

GBERの「予定」画面

GBERの「予定」画面。予定を登録しておくと、スカウトを受けることができる。※実際の利用画面では、黒塗り部分に利用者の名前が入る

GBERの募集画面

GBERの募集画面。日付で検索すると、仕事がある場所にピンが刺さる。

——人材スカウターはいかがでしょうか。

廣瀬 人材スカウターのほうは、すでにビジネスとして成立している「シニア求職者のマッチング」の精度をより向上させるという意味で、堅実に進んでいます。案件内容も、GBERと比較すれば知的労働の割合が高いのですが、だからこそマッチングが難しい分野とも言えます。

従来、こうしたマッチングは人材会社の優秀な担当者が行っていました。これを「機械学習で解決できるのでは」ということで、いま日本IBMの東京基礎研究所と共に人材検索エンジンの研究開発を進めています。人材スカウターはGBERとは異なり、クローズドな環境で進めている取り組みです。実社会への適用という観点でいえば、GBERのほうが一歩進んでいるかもしれませんね。

多様な就労チャンスを減らしているのは「高齢者」に対する「思い込み」

——伺ったように、廣瀬先生はさまざまな形で高齢者就労支援に取り組まれていますが、そこで見えてきた課題を教えてください。

廣瀬 まず、「高齢者クラウド」の現状は、高齢者就労の中でも実生活に密着した部分GBER)と、培われてきた高い経験値や知識をフルに活用する部分(人材スカウター)の両極にとどまっていて、まだカバーできていない真ん中の部分が非常に広範囲にわたっています。そこは範囲が広いからこそ、本当にいろいろなスキル、人材、需要があり、そこをうまくすくい上げることが難しいんですよ。その状態から、有用なスキルを掘り出すには時間をかけなくてはいけません。だからこそ、GBERのように自分の興味関心や仕事の特性をベクトルで表現したり、そのプロファイリングを更新したりすることで、より複雑なマッチングを実現していきたいと考えているわけです。

ですが残念ながら現在GBERに登録されているのは、先ほど申し上げたように、草刈りのような単純作業に近い案件がほとんどで、スキルの多様性は十分ではありません。雇用者側の中で「高齢者だから簡単な作業をお願いしよう」という意識が勝ってしまうのかもしれませんが、こうした理由によってスキルMosaicの実現や実証にはなかなか結びつけていないのが現状です。

——そこは技術ではなく、社会的な課題かもしれませんね。

廣瀬 そうですね。高齢者だから弱いとか、能力に限界があるとこちらが勝手に想像してしまうのかもしれません。繰り返しになりますが、決してそんなことはありません。また、技術的な課題として、GBERと人材スカウターがそれぞれ別の技術で構築されており、運用もバラバラという状態であることがあります。しかし高齢者の就労という大きな課題観でいえば、この2つは親和性も高いので、融合していく価値は十分にあります。

廣瀬通孝教授と、超高齢化した2055年の渋谷

2055年には高齢者人口が40%を超えるという予測のもと作成された、「超高齢化した2055年の渋谷」

超高齢社会に、「福祉」ではなく「テクノロジー」の力で貢献する

——テクノロジーによって高齢社会の解決の道筋が見えてくると同時に、テクノロジーだけで解決できない社会課題も明らかになってきたわけですね。

廣瀬 このプロジェクトについて歴史的な意義があるとすれば、高齢化問題を「テクノロジーによるソリューション」という、少々特殊な視点で研究を進めたことだと思います。高齢社会の最大の課題は、労働可能人口が減り、高齢者を支える基盤が揺らいでしまうことです。この解決策として、おそらく大多数の人が思いつくのが「外国からの移民」と「女性の就労」の2つでしょう。

しかし、この高齢者クラウドのプロジェクトはテクノロジーの力で高齢者自身が社会を支えるようなモデルをつくろうというところから出発しているんです。個人的には、高齢社会の課題解決について、こうしたテクノロジー路線は、もっと声を大にして訴えてもいいと考えています。もちろんおっしゃるように、テクノロジーですべてが解決されるわけではないのですが。

廣瀬通孝教授

——高齢社会の課題解決に対し、テクノロジーが果たす役割は大きいというわけですね。

廣瀬 はい。かつて人生60年、長くても70年といわれていた時代がありましたが、当時の定年は55歳だったと思います。ところが21世紀の今日は「人生100年時代」と言われています。仮に65歳定年だったとしても、残りが35年も続くわけですよ。能力も高く、実績もあるのに、そういう方々が活躍できる環境は、残念ながら非常に少ないというのが今の状況です。

高齢者全員が「か弱くて能力がない存在か」と言えば、決してそんなことはありません。周囲を見渡すと、むしろ「元気で能力のある高齢者が多い」と感じるのではないでしょうか。そういう方々の力を生かし、これからの超高齢社会を自分たちの力で支えるイノベーションの実現に向け、VRをはじめとするテクノロジーは大いに貢献できると思います。

TEXT:岩﨑史絵

廣瀬通孝(ひろせ・みちたか)
東京大学大学院情報理工学系研究科 教授

昭和29年5月7日生まれ、神奈川県鎌倉市出身。
昭和57年3月、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。同年東京大学工学部講師、昭和58年東京大学工学部助教授、平成11年東京大学大学院工学系研究科教授、東京大学先端科学技術研究センター教授、平成18年東京大学大学院情報理工学系研究科教授、平成30年東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター長(併任)、現在に至る。専門はシステム工学、ヒューマン・インタフェース、バーチャル・リアリティ。主な著書に「バーチャル・リアリティ」(産業図書)。総務省情報化月間推進会議議長表彰、東京テクノフォーラムゴールドメダル賞、大川出版賞、など受賞。
日本バーチャルリアリティ学会会長、日本機械学会フェロー、産業技術総合研究所研究コーディネータ、情報通信研究機構プログラムコーディネータ等を歴任。

「被災地からの情報発信」と「求められる支援」をリンクさせるIT DARTの取り組み

日本列島を繰り返し襲ってくる地震、台風、豪雨などの自然災害。被災地の人々が何よりも欲しいと願っているのは正確な情報だという。一刻を争う被災地の状況をいちはやく把握、分析し、正しい情報を伝えるためにインターネットなどのICTを活用した支援を行う試みが、すでに専門家の手によって整えられ始めている。この動きをリードしているのが2015年に設立された一般社団法人「情報支援レスキュー隊(IT Disaster Assistance and Response Team 略称:IT DART)」だ。ここでは、その代表理事である慶應義塾大学の宮川祥子氏と、理事である京都大学防災研究所の畑山満則氏にIT DARTの活動と、被災地に必要な「受援力」について聞いてみた。

東日本大震災でわかった、個人支援の限界

――IT DARTは宮川さんや畑山さんのように日頃から情報分野の研究に取り組んでいる専門家の集団です。IT DART設立の動機や経緯について教えていただけますか。

宮川 IT DART設立の直接のきっかけは、2011年3月11日の東日本大震災ですね。震災発生後、多くのIT技術者が何か被災地のためにできないかと考え、いろいろな取り組みが行われましたが、全体として規模や有効性の面ではまだまだ力不足でした。

畑山 震災後、2013年の10月に震災対応でICTを使った人たちが集まった「IT×災害会議」というイベントが開催されました。その中で多かったのが「個人の活動では大きな力になりにくい」という声でした。だったらみんなで活動部隊のようなものをつくった方がいいのではという話になりました。

宮川 有志による2年ほどの検討期間を設けて、2015年に設立されたのがIT DARTです。主な目的は災害時の情報支援で、運営委員が20名、それに支援活動に協力をしてくれる「隊員」と呼ばれる方々が140名、という体制で運営しています。

宮川氏

IT DART代表理事の宮川祥子氏

――具体的にはどのような活動をされているのでしょうか。

宮川 災害時の「情報収集」と「情報活用」、それに「情報発信」の3つがIT DARTの活動の柱です。

具体的には、地震でも水害でも、災害が発生したらslackなどのコミュニケーションツールで連絡を取りつつ、動けるメンバーが被災地に行って、現地ではどんな情報支援が必要とされているのかのニーズを探ります。災害情報共有のためのFacebookグループの開設、各地の災害ボランティアセンターのボランティア募集状況の収集と発信、被災地で活動する支援団体向けのICT機器の貸し出しといった「定番」の支援メニュー以外にも、現地のニーズによってはデータ入力のお手伝いやGIS(地理情報システム)を使ったマッピング、支援物資整理のためのシステム開発などに取り組むケースもあります。すでに現地入りしている他の支援団体や行政機関、場合によっては被災した方々からもお話を伺いながら情報収集を行い、ニーズが判明したらそれらを持ち帰って共有し、ICTを用いた情報支援につなげていきます。また、支援団体がどこでどんな活動をしているかを見える化するためのシステムの構築・運用も行っています。

災害時の支援というと、家の片付けや炊き出しといった大勢のボランティアが行う現地での活動がイメージされやすいし、事実、そうした支援はとても重要です。一方で、こと「情報」に関してはICTを用いることで、例えば、地図情報を使って被災地の状況をマッピングしたり、避難所の情報を集計したり、支援物資の手配を支援したりと、被災地から遠く離れた場所からでもできることがたくさんあります。

こうした後方からの活動を効果的に行うには被災した方々を直接サポートしているさまざまな支援団体との連携が不可欠です。IT DARTでは、支援団体同士のネットワークであるJVOAD(全国災害ボランティア支援団体ネットワーク)に加入して平時から情報を交換しあっています。IT DART内部では、月に1回、運営委員が集まってミーティングを開いたり、研修や講演、訓練などの啓蒙活動を各地で行っています。

西日本豪雨災害支援の様子

西日本豪雨災害支援。広島坂町にて、各地区のニーズと対応状況をデータベース化し、マッピングする支援を行った

「ボランティア元年」から23年、変わる支援の形

――IT DARTの運営委員は全員が本職をお持ちのプロボノ(専門職を生かしたボランティア)だとお聞きしています。例えば、宮川さんや畑山さんは災害時以外の日常ではどんな研究や活動をされているのですか。

畑山 僕のいる京都大学防災研究所(以下、防災研)では、長年、地震はどうやって起こるのか、洪水はどのように広がるのかといった災害に関する研究を続けてきました。その中に社会心理学や情報系の部署もあって、僕はそこで情報系の研究をしています。

もともと企業の研究所勤めをしている際、1995年の阪神・淡路大震災で共同研究をしていた防災研の人たちと一緒に情報システムを使った支援活動を展開しまして、それが縁となってアカデミックの世界に入りました。

宮川 私は、現在は慶應義塾大学の看護医療学部で、ヘルスケアの意思決定に情報をどのように活用すればよりよいアウトカムにつながるか、という研究をしています。防災に関わり始めたのは畑山さんと同じく阪神・淡路大震災からです。大学のプロジェクトで、震災ボランティアを後方から支える情報支援ネットワークの構築と運用に従事していました。

日本にとってこの阪神・淡路大震災が起きた1995年という年は「ボランティア元年」と言われています。以来私も、民間の支援者が災害時に活動する際、どのように情報を活用すればよいかというテーマで研究を行ってきました。現在もその流れで、災害とヘルスケアとICTがクロスオーバーするような領域の研究をしています。

――お二人とも阪神・淡路大震災からこうした活動や研究に取り組んでこられたのですね。1995年の当時と現在を比較して、何か違いはありますか。

宮川 1995年当時はまだインターネットは学術利用がメインで、コンピュータネットワークに関心がある人はパソコン通信と呼ばれるクローズドなネットを使っていました。当時のパソコン通信は各社ばらばらで相互接続していませんでしたから、震災に関する情報を共有するネット掲示板もそれぞれのパソコン通信サービスに閉じていました。そこで、インターネットを使って各社の災害掲示板を相互接続し、一つの大きな共通の災害掲示板をつくる「インタ―Vネット」というプロジェクトが立ち上がり、私はそこに参画していました。

とても新しいコンセプトで、今のネットでの情報共有を先取りしていたように思いますが、一方で当時インターネットやパソコン通信を活用していた人たちは少数派で、インターVネットも実際の支援活動へのインパクトは大きなものではなかったと思います。今は誰でもインターネットが使えるようになって、多くの人が参加できるような社会の状況になってきたので、ネットを介した情報共有が実際の支援につながることが増えてきたと実感しています。

畑山 システムを作るにしても、最近はインターネット上のTwitterやFacebookに上がる情報や地図情報に、最新の画像解析やテキスト分析、性格分析などの技術をかけ合わせるなどして、後方にいながら被災地の状況が把握できるようになってきました。

宮川氏と畑山氏

人と人とのつながりがあってこそのICT支援

――ここ数年、日本列島にはさまざまな災害が立て続けに起きています。2015年に設立されたIT DARTが、最初に活動されたのはいつのことでしょう。

宮川 2015年の鬼怒川水害(平成27年9月関東・東北豪雨)からです。正直な話、このときはIT DARTはそれほど役に立つ活動はできませんでした。

畑山 初めての活動で、「どうするどうする」と言っているうちに終わってしまった。災害後しばらくして現地に入ったもののできることがなくて、その反省を生かして、2016年の熊本の地震以降は、災害は発生してすぐに現地入りするという初動態勢を整えました。早いうちに現地に行くと、さまざまな情報が得られて、支援につなげていけます。

宮川 ICTを活用した後方からの支援といっても、ICTだけで支援が完結するわけではなく、ICTをどう活用してもらうかというところが一番重要になってきます。そのためには現地で動く支援団体の方々や行政との連携が大切です。鬼怒川水害のときはこうした連携がまだできていなくて、これは平時からネットワークづくりをしておかなければと痛感しました。

畑山 他の支援団体のみなさんもリソースが限られていて、いろいろなジレンマを抱えていらっしゃいます。だったら連携しましょうと、2016年の熊本地震あたりから協調体制が取れるようになってきました。

宮川 現地の避難所や役所に行ったときに、いきなり「IT DARTです」と名乗っても「誰ですか?」ということになってしまいがちですが、我々の活動について知っている団体から「この人たちはICT支援をやっています」と紹介していただけると、そのあとの活動もスムーズになります。支援団体間の口コミで、直接知らない団体から支援依頼をいただくこともあります。人と人とのつながりがあってこそのICT活用なのです。

熊本地震時の先遣隊

熊本地震の発生から約2週間、先遣隊が現地に入った

AI、ドローン、地図情報――デジタル技術で被災地の「今」を知る

――災害の発生時、怪我や家屋の損壊などの他、被災地の人々はどういう困りごとに直面するのでしょうか。

畑山 熊本地震くらい大きな規模になると、住民の方は生活基盤を失い、避難所生活を余儀なくされます。ですから最初の段階で家族の安否確認をし、今度は周囲の状況がどうなっているのかが知りたくなる。人間の心理として「情報」が欲しいわけです。ところが、その情報がなかったりする。これが一番の困りごととなるようです。

宮川 情報がないなら発信すればいいかというと、それほど単純な話ではありません。東日本大震災のときは通信施設が津波でやられてしまったうえ、大規模停電が長く続いたおかげで個人の携帯もバッテリー切れを起こして通信が不可能になってしまいました。あのときはTwitterでいろいろな情報が飛び交っていたけれど、発信しているのは被災地の外にいる人たちで、現地からの情報を得たり、現地に情報を届けることはなかなかできませんでした。

畑山 いざ被災して停電になると、スマホのバッテリーが充電できなくなりますから、バッテリーをなるべく消耗したくないという思いから、情報発信も控え気味になるようです。

――被災地では、SNSなどで混乱に乗じたデマが流れたりして北海道地震(北海道胆振東部地震)でも問題になりました。

畑山 デマまでいかなくても情報の中には「期限切れ」のようなものがあったりします。例えば、Twitterで「水がありません」と発信すると、救援物資で水が届く。届いた時点で「解決しました」と発信すれば終わるやり取りが、それをせずにいるといつまでもネット上に情報が残ってしまって、次々に水が届いてしまう。こうなるともったいないですね。

Twitterといえば、実は熊本地震のとき、被災地からツイートされるテキストを分析すれば何か有効な支援ができるのではないかと、IBMの社会貢献事業として提供された「Watson Explorer」を使ったプロジェクトを立ち上げると、そこから支援における問題点が見えてきました。

――支援における問題点とは、具体的にどういったものなのでしょうか。

畑山 支援物資を届ける際、行政は指定避難所に届けますよね。ところが、Twitterを分析してみると、指定避難所以外のスーパーやパチンコ店などに人が大勢集まっていることがわかりました。あの地震のときは車で避難する人が多くて、みんな大型駐車場のある店舗に逃げていた。試しにその地域にある店の名前を入力してみたら、予想通り、その場所周辺から支援物資を求めるツイートが発信されていました。このようにテキスト分析に地図情報などを組み合わせることで発見があるのです。

宮川 他には、地図情報とドローンを使った画像解析を組み合わせて分析するのも、支援や生活再建に有効かと思います。

畑山 地震で揺れると最初に被害を受けるのは瓦屋根の家ですから、ドローンで空撮して屋根被害があるかどうかを調べれば被災範囲がすぐにわかります。行政が罹災証明を発行する際の現地視察を行う際も効果的です。今はまだ研究中ですが、ドローンに搭載したAI
(画像認識)で屋根画像を学習させておけば、より効率的な判断が可能になるでしょう。

畑山氏

IT DART理事の畑山満則氏

被災時に求められる「発信力」=「受援力」

――IT DARTは熊本地震以来、西日本豪雨(平成30年7月豪雨)、北海道地震(北海道胆振東部地震)などの災害に対応されてきました。災害発生時は、予想外のこともあったのではないでしょうか。

畑山 IT DARTにテクノロジーがあっても、現地にそのシステムを運用する人材がいないという問題にぶつかりました。後方で支援したくてもデータに個人情報が含まれているとクラウドにはアップできない。結局、現場で運用できるように使い勝手のいいシステムを作り上げるしかないのです。

宮川 災害の復興支援というのは、最終的には支援者の手を離れて現地にお渡ししていくもの。ICTの支援もそれが大前提です。ICTに詳しい人しか使えないものを現地に導入しても活用しきれないかもしれない。むしろ、現地のシステムは使いやすく、簡素化したものであっても、バックエンドでは最新のテクノロジーを使って、今まで現地では整理できなかった情報を整理し、従来対処できなかった問題を解決するお手伝いをする。IT DARTにはそういう役割を期待されていると感じています。

――日本は言わずとしれた災害大国です。自分が被災者になったときの心構えがあるとしたら、どんなものでしょうか。

畑山 被災したら情報を発信してほしいですね。Facebookで「私は大丈夫です」と一報入れるだけでも違います。

9月に発生した北海道地震(平成30年北海道胆振東部地震)でも、安否確認の電話が鳴り続け、その対応だけで一日が過ぎてしまうといった行政担当者の方がいました。デジタルに弱い高齢者は、スマホが得意な中学生や高校生に安否確認をお願いするなどして避難所内での声の掛け合いができると、世代間の連携とともに助け合いの輪が広がって行くはずです。

また、もし拡散したい情報があったら、専門的に言うと複雑系ネットワークと言われる解析の中での「弱い紐帯」――つまり、年に一回くらいの頻度で飲む仲間がたくさんいるような、異なるネットワークへの発信力を持った人に情報発信をお願いすると、セクターを越えて一気に情報が広まったりします。

宮川 「困っている」という状況を発信することで、その弱さが「力」になって情報が引き寄せられてきます。今年の9月に起きた北海道胆振東部地震のとき、私の友人が子ども連れで札幌を旅行中でした。おむつが足りなくて困っているという情報を発信してくれたので、私もすぐにFacebookで、札幌市内で開いているドラッグストアはないか呼びかけたところ、たくさんの情報をいただけました。「困っている」という情報発信が、必要な情報を引き寄せるのです。こういうことを私たちは「受援力(支援を受ける力)」と呼んでいます。個人も自治体もICTを活用すれば、こうした受援力を大きくしていけるはずです。

宮川氏と畑山氏

最新テクノロジーで日本全体の「受援力」をアップさせる

――ICTを使った避難訓練なども必要ですね。

畑山 避難訓練もみんなで小学校のグラウンドに集まって人数を数えておしまい、ではなく、これからはそこにスマホでの情報発信や避難所の開設訓練なども加えていくべきです。IT DARTではそうした避難訓練のデザインもしているところです。

宮川 いわゆるエバキュエーション(避難)のドリル(訓練)で終わるのではなく、もっと統合的な災害マネジメント訓練みたいなものがあっていいと思います。避難は災害対応の中のフェーズ1であって、そのあとに避難所での暮らし、生活再建といったフェーズ2、3と続いていくという考え方ですね。

―― IT DARTとして、これからはどんな活動を展開されていくのですか。

宮川 前述したように、テクノロジーで被災地の「受援力」を高めるお手伝いをしたいと願っています。各自治体ではそれぞれ地域防災計画を策定していますが、実際に災害が起こってみないとわからないことも多いし、起きたら起きたで、その場その場の対応で手一杯になってしまうので、記録やデータの蓄積、振り返りまではなかなかできない。しかし、現状のままにしておいてはいけません。

畑山 災害を経験した自治体は、経験したことについては防災計画にものすごく詳しく書いています。IT DARTでは、そうした全国の防災情報を集めてデータ化し、次の災害に生かしたいと考えています。

宮川 災害時に活用できるデータは実はたくさんあって、たとえば避難所を開設してしばらく経つと感染症発生のリスクが出てきます。実際に避難所で何が起こったか、何人の患者が発生したかというデータは各地に統合されないままため込まれています。こうしたデータを集めてテキストマイニング(テキストデータ分析)の技術などで情報を抽出していけば、その情報を元に自治体はそれに備えた次の一手が打てます。さらにそれが「受援力」の高まりにつながっていく。こういったことにICTを役立てることができると考えています。

被災後の長期的な復興も見据えた上で、日本全体で「受援力」を上げていく。こういった視点で最新のテクノロジーを現場に取り入れていきたいですね。

TEXT:中野渡 淳一

宮川祥子(みやがわ・しょうこ)

慶應義塾大学 看護医療学部 准教授
一般社団法人 情報支援レスキュー隊(IT DART)代表理事

1969年生まれ。一橋大学経済学部卒業、同大学院商学研究科修士課程修了。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得退学、博士(政策・メディア)。テキサス大学 スクール・オブ・バイオメディカル・インフォマティクス 健康情報学修士。慶應義塾大学看護医療学部専任講師を経て、2006年より現職。1995年の阪神・淡路大震災においてボランティア支援のためのコンピュータネットワーク「インターVネット」に参画。以降、WIDEプロジェクトでのインターネット技術に関する研究活動をベースに看護・医療・福祉などのヒューマンサービス分野におけるIT活用について研究。専門分野はヘルスケア情報学、災害情報学、ITを活用したコミュニティ形成支援。

畑山満則(はたやま・みちのり)

京都大学防災研究所 巨大災害研究センター災害情報システム研究領域 教授
一般社団法人 情報支援レスキュー隊(IT DART)理事

1968年生まれ。東京工業大学大学院総合理工学研究科 知能システム科学専攻 博士後期課程修了。日立システムテクノロジー勤務を経て、2002年より京大防災研究所へ。阪神・淡路大震災以来、ICTを活用した防災、災害対応を研究。時空間情報を効率的に処理できる地理情報システムを核に総合防災システム、総合減災システムを開発研究。1997年度消防防災科学論文賞、2001年度地理情報システム学会研究奨励賞、FIT2003論文賞、平成16年度山下記念研究賞。2006年度計測自動制御学会賞(論文賞・友田賞)、第2回競基弘賞学術業績賞、2016年Geoアクティビティコンテスト最優秀賞、同賞部門賞地域貢献賞等、学術賞受賞多数。工学博士。