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「子どもの貧困」。最近よく聞かれるようになった言葉だが、一定基準を下回る所得の家庭で育つ子どもについて使用される。厚生労働省によれば、日本の子どもの貧困率は13.9%(2015年)で、17歳以下の子どもの約7人に1人が経済的に困難な状況にある。世界的に見ても日本の子どもの貧困率は高いという現実を前に、2013年に「子どもの貧困対策の推進に関する法律」が成立したものの、具体的な対策は始まったばかりだ。

そんななか、調査・提言や中間・直接支援を通じて子どもの貧困解決を目指しているのが、公益財団法人あすのばだ。2017年には、子どもの貧困の実態を「見える化」し、対策をさらに前へすすめるため、2017年3月にあすのばが「入学・新生活応援給付金」を届けた子どもたちと保護者に初めて「子どもの生活と声1500人アンケート」を実施。アンケート結果から浮き彫りになった子どもの貧困の現状や今後求められる対策について、同団体の理事を務める末冨芳氏と、事務局長の村尾政樹氏に話を伺った。

所得だけではなく、多元的に貧困をとらえるべき

――「子どもの貧困」の具体的な定義について教えてください。

末冨 厚生労働省の定義で子どもの貧困に該当するとされるのは、17歳以下の子どものうち、一定基準を下回る手取り所得の家庭で育つ子どもです。線引きとなる金額は相対的貧困率(所得の一定割合『貧困線』を下回る所得しか得ていない者の割合)から導き出され、2人家族の貧困線は172万円で、3人家族は211万円。それを下回る世帯が相対的貧困と言われ、そこで育つ子どもが現在13.9%、7人に1人という現状です。

現状、「子どもの貧困」について日本では所得を基準に考えていますが、ヨーロッパなどの先進国は所得だけではなく、物質的剥奪を貧困指標にする動きがあります。これは、三食の食事や学習必需品など、子どもが必要とする物や生活が与えられないことも貧困と捉える考え方です。

末冨氏

――所得以外の貧困の指標として物質的剥奪のほかにどんな要素がありますか?

末冨 例えば日本で言うなら、小学校高学年で自転車を持っていない、学校外の塾(学習活動)に通えないことも該当する可能性があります。ベネッセ「学校外教育活動に関する調査2017」によれば、学習活動の経験率は小学5年生以降で5割を超えています。過半数の子どもが通う塾や習い事などに通えないことは体験の剥奪と考えられる。他の子どもと同じ生活ができないことも貧困の判断基準の一つです。

また、日々の食事も重要です。所得を基準にした貧困家庭でも朝食や夕食をしっかり食べられている家庭もありますが、所得としては貧困と見なされていなくても、毎日の食事をきちんと食べられない子どももいます。児童虐待や育児放棄などのネグレクトなど、物や経験、食事を含めて子どもらしい生活が剥奪されていないかという目線が重要です。このように、所得だけでなく物や体験の剥奪で子どもの貧困を捉えることを「剥奪(deprivation)」と呼んでいます。

法律ができても具体的な対策は進まない

――それでは、公益財団法人あすのば設立に至った背景について教えてください。

村尾 2009年、日本政府が初めて子どもの貧困率を発表しました。公表を受けて、市民団体や学生が法整備の必要性を訴え、2013年6月に「子どもの貧困対策の推進に関する法律(以下、子どもの貧困対策法)」が成立しました。もともと、私自身もひとり親家庭で育ち、生活の苦しさや進学できない問題を身近に感じていて、危機感を覚えていました。

対策法成立当時は、法律ができれば国や自治体も動くだろうし、今まで光が当たらなかった子どもたちの道が開けると考えていました。しかし、法律ができただけで、具体的な対策はもとより、子どもたちの支援として何が必要とされているのかも分からない状態でした。その時に、現在あすのばの代表理事を務める小河光治や全国で活動している市民団体や学生たちと具体的なアクションが必要だという話になり、2015年に「あすのば」を立ち上げました。

――どのような活動を行っているのでしょうか?

村尾 中心となる3つの活動があります。1つ目は「調査・提言」で、貧困状態に悩む子どもたちがどんなことに困っているのか、その実態を見える化して国や行政に具体的・建設的な提言を行います。2つ目が「中間支援」。地域で子どもたちを支える組織や人を支える活動で、ワークショップや交流会、研修会を開催しています。3つ目が「直接支援」で、子どもたちを物心両面で支えるため、入学の際に一時給付金などを支給しています。あくまでも「子どもがど真ん中」になる活動を進めていくため、団体内に学生世代の理事も在籍しています。

村尾氏

――「あすのば入学・新生活応援給付金」は、活動の中でも効果が見えやすいですね

村尾 給付金を受けた方から、「初めて自分が欲しい靴を選べました」という感謝の声をいただきました。ずっと他人のお下がりだったのに、新しい靴を買うことができたこと、自分で選ぶことができたことを喜んでくれた。経済的に厳しい状況に慣れてしまっている子どもは、自分が欲しい物や体験などでさまざまなことを諦めてしまい、貧困が自分で選択する経験を制限しているとあらためて感じました。この給付金によって得られた経験が、自分で人生を選択するという人生設計の積み重ねにつながっていって欲しいと考えています。

末冨 実は学用品費や通学費、修学旅行費、学校給食費などについて、市区町村から補助が受けられる「就学援助制度」もあります。しかし、申請しても最初の支給時期が夏前になってしまい、入学準備時には自ら立替払いをして、自治体からの給付金支払いを待つ必要がありました。制度も現状の実態に即しておらず、入学時に親がカードローンに手を出してしまうといったことも起こっています。

そんな家庭の存在を世間が知るようになったのは、「子どもの貧困対策法」が成立した後です。「就学援助制度」の支給時期のギャップは、学校事務職員の世界で問題になっていましたが、改善できずにいました。それが子どもの貧困問題で知られるようになり、「あすのば」やさまざまな団体が活動することで、国会議員や関連官庁が対応して前倒し支給する自治体が増えてきています。

――少しずつ成果が出てきているということですね。

末冨 対策法は成立しましたが、都道府県に対しては努力義務なので、担当部署も教育委員会や子育て支援の部署など、自治体によって取り組みのレベルに差があります。現状調査すら行っていない自治体もありますが、現状を把握した上で地域の団体と協力してきめ細やかな支援をする自治体に関しては、成果をあげつつあります。

貧困家庭の現状から見えた今後

――2017年に「あすのば」が実施した「子どもの生活と声 1500人アンケート(以下、アンケート)」結果からは、何が見えたのでしょうか?

末冨 例えば、「経済的に何を諦めたか」という質問では、1位が洋服や靴、おしゃれ用品(52%)、2位がスマートフォンや携帯を持つこと(30%)でした。貧困家庭の学生がスマートフォンを欲しがることを贅沢と批判する大人がいますが、女子高生などは同世代とのコミュニケーションツールとして欠かせません。物品単体について批判するのではなく、それが学校や社会生活を送る上でどんな役割を担っているのかを考えるべきではないでしょうか。

末冨氏と村尾氏

村尾 海外では、国民に生活でどういう物が必要か社会的必需品調査を行っている国もあります。そこで50%以上必要と回答された物について、子どもの所持率を調べています。現状、日本ではそこまでの調査はできていませんが、子どもたちがどんなことを必要としているか。それがスマホなのか部活なのか塾なのか、実感や実体験ではなく今回のアンケートで見えてきた子どもたちの実態を多くの人に知ってもらうことが重要だと考えています。

――経験則や印象論で語られていたことが、エビデンスとして数値化されたことに意義があるということでしょうか?

村尾 今回のアンケートでは、日本アイ・ビー・エム株式会社の社会貢献の助成による、分析協力を得ました。そこでは、互いに似た性質を持つものを集め、対象を分類するクラスター分析を行うことで、貧困状態のパターンとその多様性を解明することができました。これまでは一人親、生活保護家庭、児童養護施設で暮らす子どもへの対策がメインでしたが、二人親でも非正規雇用や父親が病気で大変な家庭なども含まれていて、世帯所得だけで判断すると支援の対象外になっているパターンも明らかになりました。二人親の家庭や多子家庭の困窮を見える化できたことで、法改正や大綱に盛り込む課題を示せたと思います。

子どもたちが希望を持って生きることができる社会に向けて

――子どもの貧困対策は、子育て世代全体に及ぶ話ですね。

末冨 非正規雇用で低賃金のため、安心して暮らすことができないワーキングプアが増加しています。日本は、所得再分配による貧困の改善が先進国で最悪の状態にあります。さらに住宅政策も手薄で、公営住宅になかなか入れない。そこが失敗している上に制服や学用品、受験費用などの教育に関するお金がかかり過ぎます。アンケート調査でも、給付金を何に使いましたかという自由記述の回答のメインは制服、学用品や部活動です。教育の無償化で解決できる問題と、そうではない問題があると思います。

村尾 貧困対策を考えるときは、「貧軸(経済的な状況)」「困軸(困りごと)」両面で捉えることが大事です。所得があっても子どもが困っている状態はあるし、今は困っていなくても所得が低く離婚や病気などで貧困状態に転じるリスクもあります。制度から漏れ落ちる人を出さないためには「困」の対策と予防も必要です。

――「あすのば」の今後の活動について教えてください。

村尾 「あすのば」は「明日の場」であるとともに、英語表記のUSNOVAには「US(私たち)」と「NOVA(新しい・新星)」という意味があります。子どもたちと一緒に活動し、その子どもたちの描く明日が実現する新しい社会に向かっていきたいです。

末冨 「あすのば」の若いメンバーが、「貧困に悩む子どもたちは、かわいそうじゃなければいけないのか」と言っていましたが、そうは思いません。「あすのば」で関わる子どもたちは、自分や他の子たちの「困っている」を解決して、普通の生活をしたいと考える前向きな子どもたちです。「かわいそう」というレッテルを貼るのではなく、当時者の「声」をなるべく同じ目線で受け止めていき、大人の責任として子どもたちの「困っている」の原因を解決していくことが役割ではないでしょうか。

TEXT:小林純子

末冨芳(すえとみ・かおり)

京都大学教育学部、同大学院教育学研究科修了。教育行政学、教育財政学を専門とする。教育費の公私負担関係の在り方、子供の貧困対策における教育支援が近年の主たる研究テーマ。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房,2010年)。文部科学省・教育再生の実行に向けた教職員等指導体制の在り方に関する検討会議委員(2014年)、内閣府・子供の貧困対策に関する検討会構成員(2014年~)、内閣府・子供の貧困対策に関する有識者会議(2016年)等の政府委員を歴任。子どもの貧困対策における学校プラットフォーム化を提言。参議院文教科学調査室客員研究員(2014年~)。

村尾政樹(むらお・まさき)

1990年、兵庫県神戸市生まれ。北海道大学大学院教育学院修士課程。社会福祉士。母親を自殺で亡くした経験から、自殺対策や子どもの貧困対策の推進に従事。進まない子どもの貧困対策への危機感から2015年に上京。全国で先駆的な取組みを行う支援者や研究者、学生たちと「公益財団法人あすのば」を設立し事務局長に就任。札幌市子ども・子育て会議委員(2016~2018)。NHKスペシャル「見えない“貧困”~未来を奪われる子どもたち~」など出演。新聞掲載、講演登壇多数。

公共インフラの老朽化が全国で深刻な事態になっている。1960~70年代の高度成長期までに建設された多くの道路や橋、上下水道、建築物(公共施設)などが、いま一斉に更新の時期を迎えており、地震などがきっかけで危険視される市庁舎や橋が使用停止になる事例が多発している。
『朽ちるインフラ』の著者・東洋大学大学院の根本祐二教授(公民連携専攻)は、更新費用は今後50年間で総額450兆円、年額9兆円と試算する。
公共事業の予算が減る中で、国や自治体は更新費用の増加にどう対応すればよいのか――この「待ったなし」の難問の解決策として根本教授が提唱するのが「省インフラ」という新しい発想だ。小中学校を統廃合し多機能化して町づくりの拠点に変える、公営住宅は廃止し民間の空き住宅を利用する、庁舎や各種施設はリースにするなどの方策により、インフラの量を競う従来行政からの脱却を図る。公と民の連携を重視する根本教授に、インフラ老朽化の現状や処方箋を伺った。

米国のインフラ老朽化を30~40年遅れで追う日本

――公共インフラの安全性が問われています。老朽化の現状と、その背景や原因について説明していただけますか。

根本 橋を例にとって説明しましょう。日本では1950年代に大量の建設ラッシュが始まり(表1参照)、ピークの60~70年代には年間1万本近い橋を建設しました。第2次世界大戦後の復興から高度成長期に向かう時期であり、社会経済活動の基盤として次々と整備されたのです。この公共投資はわが国の高度成長の源になり、大きな意義があったと思います。

表1: 米国・日本の年次別橋りょう建設数の推移

表1: 米国・日本の年次別橋りょう建設数の推移
(資料:平成18年度国土交通白書を編集部で一部編集)

しかし現在、これらの橋が老朽化しています。老朽化すると、使用停止や通行規制になる橋が増えます。2013年のデータでは、全国で使用停止が232本、通行規制が1149本あります。このままでは、崩壊に近づいていきます。高度成長期に集中投資した結果、老朽化も集中して起きているのです。

米国では日本より30~40年早い1930年代に橋の大量建設が始まりました。世界恐慌で落ち込んだ経済と雇用を下支えするため、ニューディール政策の一環として大量のインフラを建設したのです。80年代になると一斉に老朽化し、あちこちで事故が起きました。それと同じ状況が30~40年遅れて今日本で起きているのです。

日本全土に73万本の橋がありますが、日常的に管理されているのは比較的大規模な少数の橋だけです。予算がないために実態調査ができず、実態が把握できないために更新や維持補修の予算要求ができない、という悪循環に陥っています。
老朽化自体は当然起きることなので仕方ありません。問題は、むしろ老朽化を放置せざるを得ない、つまり十分な対策を取るための財源がない、あらかじめ準備していなかったという点が問題なのです。

米国のインフラ老朽化を30~40年遅れで追う日本

市庁舎が地震で使用停止に、根本原因は老朽化

――橋以外のインフラは、どんな状況なのでしょうか。

根本 建築物(公共施設)の破損や上下水道に起因する道路の陥没などが問題です。建築物の事例としては、病院や学校、図書館などでコンクリートが剥げ落ちる事故が起きています。内部の鉄筋がさびて膨張する爆裂現象が主な原因です。

2016年の熊本地震では、宇土市役所が崩壊寸前となり、東日本大震災では震度6以下だった福島県庁や水戸市役所、郡山市役所などの庁舎が使用停止になりました。地震がきっかけでしたが、根本的な原因は老朽化にあります。
1981年の建築基準法改正で震度7での耐震性が求められるようになりましたので、多くの施設は耐震補強されましたが、耐震補強だけでは寿命が延びるわけではありません。大規模改修や更新をしなければ安全性を維持できないということです。
建築物の老朽化は首都圏と近畿圏で特に顕著です。東京五輪(1964年)や大阪万博(1970年)など、公共投資を集中的に実施するタイミングが、他地域より早かったためと考えられます。

下水道管の損傷に起因する道路の陥没は現在、全国で年間3000件以上起きています。上水道管は水圧がかかっているので管に若干の亀裂が生じただけで破裂し、地面から噴き出します。下水道管は、圧力はかかっていませんが、一度穴が開くと下水がじわじわ流出して空洞を広げ、道路の陥没を引き起こします。

このままでは日本の最大のセールスポイント「安全」が損なわれる

――先生の試算では、老朽化したインフラの更新費用は今後50年間で459兆円、年平均9.17兆円という膨大な数字が示されています。この試算の根拠を説明していただけますか。

根本 これは2017年3月時点で「個別積み上げ方式」によって計算した数字です。この方式は公共インフラの種類別(建築物、道路、橋、上下水道管、浄水場、下水処理場、空港、港湾、病院、ごみ処理場、機器類)の物理量にそれぞれの更新単価をかけて算出した金額です。物理量とは建築物なら延べ床面積、道路は舗装面積、橋は本数、上下水道管は距離などです。

最も金額が大きい建築物は年額4.63兆円、道路1.32兆円、橋0.42兆円、上下水道3.03兆円で、その合計が9.17兆円です。これが永遠に続きます。50年間であれば459兆円となります。

市庁舎が地震で使用停止に、根本原因は老朽化

――9兆円は毎年の国家予算の約1割にも相当する大きな金額です。もしインフラの補修や更新が財源不足のために進まない場合、どのような事態が予想されますか。

根本 2011年に上梓した『朽ちるインフラ』冒頭の「崩壊のシナリオ」で、私は最悪時を想定した未来図を書きました。予想されるのはインフラの故障や使用停止です。橋やトンネルは崩壊の危険が高まって通行禁止になり、交通や物流がマヒします。庁舎や公民館、ホールなど多くの公共施設も使えなくなり、住民サービスは機能不全に陥ります。いたるところで赤さびた歩道橋、でこぼこの道路といった光景を目にすることになります。上下水道や公共施設の使用料は大幅に値上げされるでしょう。
こんなふうに都市機能が損なわれると、日本の最大のセールスポイントである「安全」が脅かされます。海外からの観光客は激減し、外資系企業などが日本から撤退する事態も起こりかねません。

――「崩壊のシナリオ」では、国債金利の急上昇による国家財政の破綻や、その影響にも触れておられます。

根本 国の予算は税金で足りない分を大量の国債発行でまかなっています。今は金融緩和による低金利で発行できますが、国内投資家が保有できる臨界点を突破すれば、国債金利が急上昇を始めます。よく言われる「日本の負債残高は大きくても、国内投資家が大半を保有しているので心配ない」という話が崩壊するのです。国債金利の急上昇は国の財政を破綻させ、経済に打撃を与え、地方債を発行する自治体財政にも波及します。

インフラ老朽化による膨大な更新費用は、これまで「隠れ負債」として先送りされてきましたが、その財源を国債発行で捻出することは不可能になります。言うまでもなくこの未来図はフィクションですが、何もしなければノンフィクションになってしまいます。

このままでは日本の最大のセールスポイント「安全」が損なわれる

更新費用が必要になることをみんなが失念していた

――たくさん公共投資をすれば、いずれ多額の更新費用が発生することは自明の理ですが、なぜこんなことになったのでしょうか。

根本 公共事業予算は、増大する社会保障予算に押されて削減され続けてきました。その結果、減少する予算の中で増大する更新費用を捻出しなければならない、というジレンマに陥ってしまったのです。

行政の会計は企業会計原則とは異なっており、減価償却が終わった資産があっても、次の予算の準備がありません。これを予見できなかった責任は、公共事業を推進した官庁、分捕り合戦を演じた政治家、われわれ経済学者、受益者である住民にもあると思います。

政治家は、新しい公共施設や道路などを造ることは選挙に役立つので熱心ですが、今あるものを造り替えるだけの仕事にはあまり関心がありません。住民も、今あるものをしっかり残すことがいかに大変であるかを認識し、それに取り組む政治家を応援していれば、政治家の行動は変わったでしょう。また経済学者が書く教科書は、いまだに公共事業の波及効果など需要面だけを見ているものが大半です。「更新投資は当たり前だから、学者が言うまでもない」という考え方なのです。

その結果、自分の家の建築であれば先々のことを考えるのに、国全体の話となると誰も考えていなかった。今思うと、子どもでも分かるような単純な理屈を、みんなが失念していたのです。
私は更新費用の試算を、内閣府PFI推進委員会(PFI:民間資金を公共施設の整備に活用する手法)の場で発表しました。PFIの手法を公共施設の新設だけでなく、インフラの更新投資にも適用すべきであると考えたからです。
PFIは理念として客観主義や透明性、競争原理、リスク、契約を重視します。これまで更新投資の実現を妨げてきたのは官尊民卑の発想、政官財の癒着、リスクの無視、馴れ合いなど、戦後の日本経済の構造そのものです。これらの阻害要因を取り除くことができるシステムとして、PFIに期待しています。

更新費用が必要になることをみんなが失念していた

「省インフラ」こそ、これからの方向

――先生は更新に必要な年額9兆円を削減して危機から脱出するための多彩な処方箋を示しておられます。分かりやすく解説していただけますか。

根本 簡単に言うと「省インフラ」です。国債発行に頼ってインフラの規模を維持するのではなく、できるだけインフラを造らないで幸せになれる新しい道を探っていくという発想です。
9兆円の内訳は、「建築物(公共施設)」と「土木インフラ」がおおむね半分ずつです。このうち前者の公共施設については、基本的に役所と学校だけ残して後は全部やめる、というのが将来のあるべき方向です(表2参照)。

表2: 省インフラはこうして実現する

表2: 省インフラはこうして実現する(インフラ老朽化対策・・・東洋大学PPP研究センター標準モデル)
(資料提供:根本祐二教授)

その手法としては、広域化、ソフト化(民営化・リースなど)、集約化(統廃合)、共用化、多機能化の5つを駆使します。
具体的には、学校を統廃合し多機能化する、子育て支援や市民文化事業をソフト化する、公営住宅は民間の空き住宅を利用する、図書館は移動図書館や電子図書館に変える、過疎地の上水道は給水車や地下水専用水道にする、などいろいろな「省インフラ」が考えられます。長年の「省エネルギー」で培った発想を、インフラ分野で生かします。

公共施設の場合、従来の発想では1つの施設が1つの機能に対応します。しかし、どの施設も駐車場や玄関ホール、受付、給湯室、階段、トイレのように共通するスペースが半分ぐらいあり、施設を1つにまとめれば無駄がなくなります。用途を決めない部屋を造り、地域の事情に応じて教室、保育室、集会場、図書室、高齢者のいこいの家などに変更できるようにしておくのです。

「モビリティインフラ」という方法もあります。中山間地の集落に図書館やスーパー、診療所などを建設すると維持費がかかりますが、車を移動図書館や移動スーパー、お医者さんの往診車にして走らせれば、財政負担が大きく減ります。これが「モビリティインフラ」で、固定費を変動費に変える工夫でもあります。

東洋大学PPP研究センターは民間企業27社の参加を得て「省インフラ研究会」を立上げました。各社の持つ多種多様な技術を生かして、新しいインフラの在り方を検討・提言しています。

小中学校は町づくりの拠点として建て替える

――表2を見ると、教育の場である学校の統廃合や他施設との共用化・多機能化が重視されています。学校の位置付けも変わるのでしょうか。

根本 小学生の人数はピーク時に全国で1300万人いましたが、今は50%減の650万人です。しかし、小学校数はこの間25%しか減っていません。つまり数をあまり減らさずに小規模校化しているのです。小規模校の良くない点は、クラス替えができない、先生の専門性が低くなる、部活の選択肢が狭いなどいろいろあります。本来、子どもたちは1学年2学級以上の環境が望ましく、学校教育法上もそうなっているのですが、実際には下回っている小学校が増えているのが現実です。

公立の小中学校は現在3万校あります。学校数を維持しようとすると、生徒数の中途半端な学校が増え、財政は苦しくなります。私たちはこれを2万校減らして1万校に統廃合することを提言しています。法律にかなう人数できちんとした教育ができるよう、必要な学校を絞り込んでしっかり残します。
同時に学校の講堂は町のホールとしても使い、図書室は地域と共用にするなど、地域に不可欠な機能を学校の中に取り込んでいく。つまり学校を町づくりの拠点として大胆に整備し、老朽化による災害のない建物として活用をするのです。

小中学校は町づくりの拠点として建て替える

土木インフラの費用も劇的に削減できる

――残り半分(4.5兆円)の土木インフラも省インフラが可能なのでしょうか。

根本 公共施設と異なり単純に減らしにくい土木インフラは特に省インフラが必要です。センサーやドローンを使った新しい点検技術の導入で障害を未然に防いでコストを減らす工夫が始まっています。
また、先の話になりますが、あちこちの集落に住んでいる人々が1カ所に移住して集まれば、そこにインフラを効率的に集中投資できます。人の移住なのでハードルは高いですが、実現できれば、これまで削減できなかった土木インフラの費用を劇的に削減できます。先ほどの公立小中学校を統廃合して残した1万拠点が、人々が移住する町になります。
将来は、自動運転にも期待しています。道路や上下水道などの補修にあたっては、自動運転に必要なインフラを道路に設置できるよう一斉改修するのが合理的です。老朽化対策を未来への投資として生かす発想です。その際には、将来の技術進歩に備えて容易に取り換えられるようにしておくことが肝要です。

行政に求められる情報公開、市民も議論に参加を

――先生は「質の高いスマートなインフラ」の構築を提唱しておられます。その実現のためには行政と住民はそれぞれどのような心構えで臨むべきでしょうか。

根本 インフラの老朽化に取り組むには、何より客観的な情報の把握が大切です。大きな変革に対しては、たいてい反対意見が出てくるので、正確なデータが重要なのです。住民には自分の生命や財産に影響を及ぼすことを知る権利がありますから、行政は情報公開を徹底すると同時に、計画策定の段階から住民に会議に参加してもらって意見を聞くことが欠かせません。これは海外では日常化しています。
高齢化は、知識や経験の豊富な人材が会社をリタイアして地域に戻るという効果を生み出しています。こうした人材はぜひ自分の町の「省インフラ」実現のために活躍してほしいと思います。

TEXT:木代泰之

根本祐二(ねもと・ゆうじ)

東洋大学経済学部教授。1954年鹿児島県生まれ。1978年東京大学経済学部卒、日本開発銀行(現・日本政策投資銀行) に入行。
関西支店企画調査課長、プロジェクト・ファイナンス部次長、首都圏企画室長、地域企画部長を経て2006年から東洋大学経済学部教授。現在、同大学院経済学研究科公民連携専攻長、PPP研究センター長兼務。専門は公民連携、地域再生。
著書:『朽ちるインフラ』 (日本経済新聞出版社)、『地域再生に金融を活かす』 (学芸出版社)、『「豊かな地域」はどこがちがうのか―地域間競争の時代』(ちくま新書)他。 

AI、クラウド、ビッグデータ活用――テクノロジーの進化によって、世界は劇的な変化を遂げつつあります。産業や金融、医療などの分野ではもちろんのこと、日々私たちを楽しませてくれるスポーツの領域でも、ドラマチックな変化が起こり始めています。

全米オープンを支えるIBMのテクノロジー

世界中のテニスファンが注目するイベント、全米オープン。ここでも、IBMの最新テクノロジーによって劇的な変化が生まれています。

全米オープンは、毎年8月、米国ニューヨークのUSTAビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニス・センターで開催されるグランドスラム4大大会の一つ。今年、大坂なおみ選手が優勝したことも大きな話題となりました。

IBMは25年にわたって、USTA(United States Tennis Association:全米テニス協会)のデジタル戦略パートナーとして全米オープンを支えてきました。公式Webサイトの制作・運用から始まった両者の取り組みは、IBM Cloud やIBM Watsonを始めとした最新のテクノロジーの活用を経て、さらにエキサイティングな局面を迎えています。

テニスコートの臨場感を自宅で楽しめるテクノロジー

たとえば、SlamTracker。これは、スコアデータやサーブの深さ、選手が置かれている状況、プレイスタイルなど試合に関するあらゆる情報を用いてリアルタイムに戦況を分析するシステムです。このシステムは、IBMの予測分析技術を使用しており、12年間におよぶグランドスラムの情報を参照しながら、分析結果を一目で分かるビジュアルにまとめ、「試合に勝つためにこの選手が何をしなければならないか」といった情報までファンの手元に届けます。

Virtual Conciergeは、Facebookのメッセンジャーや全米オープンなどのプラットフォーム上で動作するWatsonベースのチャットボット。スコア情報から大会会場周辺の交通情報や飲食店の場所案内、公式グッズ購入の手助けまでしてくれます。

IBM Cognitive Highlightsは、世界各国のファンに臨場感あふれる試合映像をリアルタイムで配信します。かつて、大量の試合情報とビデオデータを照らし合わせてシーンを編集するのは大変な作業でした。しかし、IBM Cognitive Highlightsは、AI技術を活用することによって試合のデータや観客の声援などを分析して試合の重要ポイントを特定し、自動的にハイライトシーンを抽出します。

さらに、これらのサービスをバックグラウンドで支えるのは、IBM Cloud。大会開催期間中のアクセスの状況に応じて柔軟にシステムの規模を調整し、動作遅延やフリーズなどを回避して、快適なブラウジング体験をファンに提供します。

AIが選手のパフォーマンス向上に貢献!

そして、これらのテクノロジーはテニスファンだけでなく、出場選手やコーチ陣にも革命をもたらしました。彼らにもIBM Cognitive Highlightsのサービスが提供されたのです。これまで手作業で行われていた試合映像の解析作業は劇的に軽減され、AIがはじき出した数々の洞察が今後の選手のパフォーマンス向上にとって有意義なヒントとなるに違いありません。

「スポーツは生で観戦してこそ」――その意見にも一理ありますが、テクノロジーの力によって、会場に足を運ぶことができなくても、リアルに近いエキサイティングな体験が可能になってきました。日本のテニスファンの皆さんもぜひ、「リアルに迫るバーチャル」のパワーに触れてみてください。

photo:Getty Images

AIやIoT、ブロックチェーン、量子コンピュータなどの最新テクノロジーにより、私たちを取り巻く世界は目まぐるしく変わり始めています。しかしその一方で、貧困や飢餓、環境汚染など、さまざまな問題が残されているのもまた事実です。

では、テクノロジーの力で、そうした問題を解決することはできないのでしょうか? 「プラスチックバンク」は、この問いに答えを与えてくれるかもしれません。

人類がこれまでに生産したプラスチック80億トン、そのほとんどが「廃棄」に

プラスチックの発明は、私たちの暮らしを飛躍的に便利にしました。ペットボトルのドリンクやプラスチック容器に入ったシャンプーなど、生活のさまざまなところで使用されています。しかし、便利な反面でプラスチックは高い耐久性ゆえに分解されにくいという性質があり、海洋ごみの問題をはじめとした環境汚染の原因ともなっています。

プラスチックが実用化されたのは1800年代のことですが、それからわずか200年余りの間に、人類は80億トンを超える大量のプラスチックを生産してきました。そして驚くべきことに、そのほとんどがいまだにリサイクルされない「廃棄ごみ」の形で、世界中のあらゆる場所に放置されているというのです。

世界中に放置されたプラスチックをすべて回収してリサイクルすることができれば、その価値はなんと4兆ドルにものぼるといいます。しかし、これを実現するのは口で言うほど簡単ではありません。

眠れる資源で世界の海と貧困層を救え!

現在、世界中の海には1.5億トンにのぼるプラスチックが投棄され、年間800万トンのペースで増え続けているとされています。海を汚染する廃棄プラスチックの約8割は、廃棄物管理のインフラが整っていない後進国から流出していると言われ、そうした問題の根源を改善しなければ真の解決にはつながらないでしょう。しかし、衣食住も満足に確保できず、日々の安全すらおぼつかない、貧困にあえぐ人たちに、環境美化のためのリサイクル活動に取り組む余裕などあるでしょうか?

そこで、「プラスチックによる海洋汚染と貧困層の救済の2つの問題を一気に解決する」というコンセプトのもとに生まれたのが、デビッド・カッツ氏が率いる「プラスチックバンク(Plastic Bank)」です。

プラスチックごみが「通貨」に替わる

プラスチックバンクは、使用済みのプラスチックを回収してリサイクルし、製造業者や大手小売業者などに販売するビジネスを展開しています。画期的なのはその回収の仕組みで、回収されたプラスチックを現金ではなく一種の仮想通貨で買い取るとともに、その仮想通貨を使って食料や水、日用品などを購入できる仕組みをつくり上げたのです。

既にいくつかの途上国で取り組みが開始され、現地の回収員が日々たくさんのプラスチック廃棄ごみを回収して、生活の糧を得ています。廃棄プラスチックを再利用するエコシステムを構築したことにより、プラスチックバンクは海洋汚染と貧困層の救済の2つの問題解決に活路を見出したのです。

基盤を支えるブロックチェーン・テクノロジー

このプラスチックバンクの取り組みを水面下で支えているのが、ブロックチェーンです。ブロックチェーンは、取引の記録をいくつものコンピュータに分散して管理して、データの改ざんを防ぐことができます。ブロックチェーンを応用することで、取引の内容を高い信頼性で保証することが可能となります。

プラスチックバンクは、回収員に対してブロックチェーン上で発行されたデジタルトークンとして報酬を支払い、回収員はこのトークンを使って加盟店で商品を購入します。トークンの発行や管理、商品購入時の決済には専用のアプリを利用しますが、IBMはこれらのシステムの構築にIBM Blockchain、Hyperledger Fabric、IBM LinuxONEサーバーなどの技術で貢献しています。

プラスチックバンクの現在の活動拠点はハイチやフィリピンといった途上国がメインですが、同じ仕組みを世界中のどこでも展開することができるとカッツ氏は語っています。プラスチックバンクのエコシステムが世界規模に張り巡らされ、プラスチックの廃棄ごみが信頼性の高い世界共通の「通貨」に生まれ変わる日が、いつかやってくるかもしれません。

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Ad CouncilがGE、IBMなど複数の企業と行うキャンペーン「She Can STEM」

「STEM」という言葉を聞いたことはありますか? STEMはScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字を並べたもので、これらの教育分野を総称してSTEM教育と呼んでいます。

近年になり、世界各地でSTEM教育の重要性が再認識されており、IBM、Google、Microsoftなどのテクノロジー企業が中心となって、10~12歳前後の少女とSTEMをつなぐ意欲的な取り組みが始まりました。

なぜ、いまSTEM教育なのか?

科学技術の進化や情報技術の発展により、人類を取り巻く環境は大きく変わりました。AIやロボットの実用化、宇宙開発に関する取り組みの活発化などを受け、新たな産業分野が次々と開拓され始めています。

このような背景もあり、国家が経済的に成長を遂げていくために重要な鍵を握ると考えられているのが、科学・技術・工学・数学などに長けた「STEMな人材」です。「STEM教育」という言葉が初めに使われ始めたアメリカのみならず、現在では、世界中の多くの国がSTEM教育に注目しています。

Women in STEM 

アメリカのSTEM教育政策のなかでも、昨今とりわけ重視されているのが女子学生に対するSTEM教育の強化です。

Microsoftが行った調査では、女の子は11歳前後でSTEM系科目に関して関心を示し始めるものの、15歳頃を境として次第に興味を失ってしまうという結果が明らかになりました。その原因はさまざまで、「女の子は理数系の科目が苦手である」という根強い固定観念もその一つでしょうし、STEM分野で活躍する女性がまだまだ少ないことも影響しているのかもしれません。

She Can STEM, So Can You.

このような背景のもと、Ad Council(米国の公共広告の協議会)はGE、Google、IBM、Microsoft、ベライゾン・コミュニケーションズといったテクノロジー企業と共同で「She Can STEM」と題したキャンペーンを開始しました。

このキャンペーンの主な趣旨は、STEM系科目に関心を抱き始める10~12歳前後の女子学生を対象に、ロールモデルを示しながら、STEMに親しむチャンスを広げようというものです。She Can STEMのWebサイトには、ボーイングの構造解析技師であるティエラ・フレッチャー氏、アドラー・プラネタリウム(シカゴにある西半球最古の天文ミュージアム)に勤務する天文学者のルシアンヌ・ワルコウィッチ氏など、STEM分野で活躍する女性と女子生徒とのインタビュー動画とともに、彼女たちのソーシャル・メディアアカウントへのリンクが掲載されています。

ティエラ・フレッチャー氏はロケット部品の設計や開発に関わるエンジニアで、動画では子どもたちをGEの工場内へ案内し、人類を火星へと運ぶ世界初のロケットを披露しています。また、「将来、宇宙飛行士になりたい人は?」という彼女の問いかけに、はにかみつつ手を挙げる女の子たちの表情がとても印象的です。

ルシアンヌ・ワルコウィッチ氏は少女たちをプラネタリウムに招き、広大な宇宙のひとかけらを披露しています。「ただ星に魅せられていた少女だった私が今、こうして宇宙の秘密を探ることを仕事としている――この中に科学者になりたい子はいる?」と彼女が聞くと、何人かの女の子が「はい」と答えています。

さらに、IBMからは社内でもっとも優秀なエンジニアの一人であり、400件にのぼる特許を持つ発明家でもあるリサ・シーキャット・デルーカ氏が登場。最新のテクノロジーを学びながら新たな発明を模索する楽しさを、少女に向けて生き生きと語っています。

幼いころにSTEM分野で活躍する女性との接点を持つことができた女子学生は、自身も同じ分野へと進む傾向があるのだとか。日本でも女性の理系人材“リケジョ”が不足していますから、「She Can STEM」の活動を通じて、未来の世界を支えるクールなSTEM女性のロールモデルが、一人でも多く生まれることを願ってやみません。

 

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3年前から女性の服を着るようになり「女性装の東大教授」としてメディアにも登場している東京大学東洋文化研究所教授・安冨歩氏。「女性装」に注目が集まりがちだが、『「満洲国」の金融』で第40回日経・経済図書文化賞を受賞している気鋭の経済学者だ。

自らの体験に基づき、日本社会の生きづらさを著した数々の著書は、現代に息苦しさを感じる人々の共感を呼んでいる。著書、講演、メディア出演など多忙を極めながら、日本の将来のため、未来を担う子どもたちのために世の中を変える必要性を訴えている安冨氏に、独自の男女論や「本来の自分で生きる」ことの尊さについて話を聞いた。

自分らしくあるための「女性装」

――3年前から「女性装」をされていますが、どんなきっかけがあったのでしょうか?

安冨 もともと、太腿や骨盤が広くウエストが細いため、男物のズボンが合わずに苦労していました。また、男物の服は素材が厚いため私のように皮膚が敏感だと痛く、スーツはまるで蒸し風呂のような不快感がありました。

そんな中、たまたま女物の服を試してみたところ、体型だけでなく、自分の精神にフィットしていることに気付きました。女性の服を着るようになったのではなく、「男物の服が着られなくなった」というのが正確な表現かもしれません。そのため、男性が女性の格好をする「女装」と区別するため、敢えて「女性装」と主張しています。最初にテレビに取り上げてくださった『アウト・デラックス』では、「男装をやめた東大教授」と紹介してくださいましたが、正確な表現だったと思います。

以前は女物の服の心地よさを知らず、不快感を覚えながら男物の服を着ていましたが、実はこれと同じことが社会や会社でも起きています。日本社会やそれに準ずる企業という枠組みの中では、「男性や女性らしさについて、こうあるべきだ」という基本のマインドセットを前提に、その枠から外れてはいけないという「秩序」が存在します。誰もが感じていることでも、感じないようにコントロールされている。「女性装」はそうした枠組みから脱する手段であり、自分はそれにたまたま気付くことができましたが、多くの人は疑問すら感じないまま見過ごしていると思います。

自分らしくあるための「女性装」

――そうした違和感は、幼少期の頃から持っていたのでしょうか?

安冨 そうですね。3才くらいから1日に100回くらい「何で?」と聞く子どもだったそうです。小学生の時は授業を全く聞かず違うことを考えていましたが、テストはいつも100点。外から見ると優等生だったかもしれませんが、学校に行くのが嫌で常に不愉快さがあり、まるで鉛色の空の下で学校に通っているようなイメージを持っていました。

そんな幼少期から虫歯のようにあった不快感を、「女性装」によって解消することができました。男物の服を着ていた時は性格も攻撃的だったと思いますが、今は精神状態が安定して顔つきも違う。自分に合わない服を着て、自分らしくない行動をすることがストレスになっていたと思います。

男性も女性も立場に縛られる

――著書の中で、日本社会について「立場主義」「ホモマゾ」という主張をされていますが、それぞれどのようなお考えでしょうか?

安冨 「立場主義」は、自分の立場を守るために必死で「役」を果たそうとする行動パターンです。第二次世界大戦で日本社会に浸透し、戦後は高度成長を実現したことで日本社会のエートス(習慣、気風)になったと考えています。「立場主義」の社会で働く人は、みんな一緒に辛い環境を耐え忍んでいる――、「ホモソーシャル」で「マゾヒスティック」な「ホモマゾ」なんです。

日本人は立場を守るために必死で働いて生きるのが人生だと、メディアや教育によって植え付けられ、立場の詰物として養成されて消費されていきます。幸せとか幸せじゃないとか考える暇がないのは、ある意味幸せだったかもしれません。

――そんな「立場主義」は現代でも根強く残っているのでしょうか?

安冨 1970、80年代は「立場主義」の人たちが命懸けで工場の歯車となり、自動車や家電製品を製造して世界を席巻しました。日本全体が巨大な工場になることで、大成功を収めるため必死に走ってきたんです。しかし、コンピューターとセンサーとが生産過程に導入され、命懸けで機械を回す人が不要になってきた。根本的な仕事の方法が変わったにもかかわらず、巨大装置を運転し続けることを前提とした「立場主義」だけが残存しているのです。

男性も女性も立場に縛られる

この日の安冨氏の衣装は、松村智世さんが展開するアパレルブランド「blurorange(ブローレンヂ)」」が提供。同ブランドはメンズサイズながら女性らしい服装を制作・販売している。

本来、企業も転換期を迎えているはずですが、「立場主義」の人はいまだ数多く存在しています。また、20年ほど前に雇用という概念が成り立たなくなっているにも関わらず、企業で働く人々のマインドセットは終身雇用という大成功した経験から抜け出せない。もはや、マインドセットを変えることができないんです。

――「立場主義」の中で生きてきた人が変わるのは、それほど難しいのでしょうか?

安冨 何しろ、戦争の敗戦国が30年足らずで経済的に急成長した。「立場主義」によって得られた成功が大きすぎたのです。それを突然やめろと言われても、すぐには転換できないのが現状ではないか思います。最近はグローバル化が進んでいますが、少し前までの日本は排他的で外国人が入ってこないように拒否していました。

同じように、いまだ男性中心のシステムも強く、女性が社会や企業の中に入ってこないようにしています。もし、外国人や女性が一斉に入ってくれば、自分たちが守ってきたシステムが壊れてしまう。だから、一生懸命に排除しているのです。

――日本はジェンダーギャップ指数が2017年に世界144カ国中114位で、「男性優位社会」と言われています。

安冨 確かに女性の平均所得は低く、国会議員の数も少ない。でも、日本人女性は男性よりも5年長生きです。ジェンダーギャップ指数の内訳を見ると、健康1位、教育74位、経済参画114位、政治参画123位なんです。もし「命の長さ」を何より重視するなら、女性の方が上手く立場主義社会に適応している、と言えるかもしれません。極端な主張かもしれませんが、男性は何も考えずに突っ走り、思考停止状態で女性より3倍自殺し、5倍家出して早死にしています。

政治経済への参画だけ見ると、女性だけ差別されているように感じるかもしれませんが、実は日本では同様に男性も差別されているんです。両方が等しく社会のシステムから暴力にさらされていますが、暴力の種類がそれぞれ違うだけです。

社会システムは、突然変わる

――「立場主義」からしばらく抜け出せない日本社会で、私たちはどのように生きるべきでしょうか?

安冨 もはや時すでに遅く、あきらめるしかないです(笑)。学校教育を通じて立場主義に適応した人間を製造している現在のシステムを根本的に変える必要があるんですが、誰もその必要を感じていないわけですから。

さまざまなタイプの人が集まり、異なるシステムを5〜10年継続すれば日本社会にも変化が表れるかもしれません。しかし現実的には、毎日スーツを着て満員電車では大人しくスマホを見ながら耐え、出社すればパソコンをたたき、また満員電車に乗って帰宅し、家ではテレビを見ながらビールを飲んで寝るという生活をして、社会システムを一生懸命に回している。これでは何も変わりません。

社会システムは、突然変わる

――では、社会システムを変えるためにできることはありますか?

安冨 例えば、長野県の山村の医師で、なぜか東大を受験して合格し、私の授業をとった人がいます。彼には4人の子どもがいますが、そのうち3人が不登校です。この夫婦は、子どもを学校に行かせない方が良いと判断し、代わりに、4人のために貯めていた学費を取り崩して牧場をつくり、子どもたちが活き活きと暮らせる環境をつくっています。

子どもの教育について、現代の親は真面目に考える必要に迫られています。田舎に移住したり、異なる社会に逃げたり、そうした行動を取る人が一定の割合を超え、他の方法のあることが人々の意識に入った瞬間、既存のシステムはストップし、急激に世の中が変わっていくんです。

――既存の社会システムに違和感を覚えない人がほとんどですが、どうすれば脱却の必要性に気付くことができますか?

安冨 私のように、東大教授でも好きなことをやっている人の存在が一つの答えになるかもしれません。考え方次第で、システムの中にいても、システムの言いなりにならない生き方を貫徹することはできます。

国民の税金を給料としていただく国立大学の教員は、忙しい皆さんに代わって、深く考え、自分の信念に基づき発言し、行動しなくてはいけません。それが、公費で養われ、高い社会的地位を与えられることを正当化できる唯一の道だと信じます。加えて私の「女性装」が、人々が他のあり方について考える糸口になれば、と思っています。

今までと異なる動きをする人が増えていけば、現在のシステムはやがて停止し、違う方向に動き出します。「本当に自分が正しいと感じることをやる」と考える人が増えれば、日本は変わると思います。

 

TEXT:小林 純子

安冨歩

1963年、大阪府生まれ。京都大学経済学部を卒業後、住友銀行に2年間勤務。97年、京大大学院経済学研究科から博士号(経済学)を取得した。2000年、東京大学大学院総合文化研究科助教授を経て09年に同大東洋文化研究所教授。14年から女性装を始める。著書に「生きる技法」「ありのままの私」、「マイケル・ジャクソンの思想」など。

IBMのAI「Project Debater」が人間相手のディベートで魅せた

人工知能(AI)開発の究極の目的の一つは、人間と同様の知能を獲得することにあります。現在、その境地に辿り着くことはできていないものの、IBMのAIシステム「Project Debater」が成し遂げた快挙は、AI開発において重要な前進となりそうです。

AIがディベートで人間のチャンピオンに勝利

2018年6月、サンフランシスコで開催されたイベント「Watson West」において、IBMのAIシステム「Project Debater」が、ディベートチャンピオンである人間相手に勝利を収めました。

ディベートの論題は「政府は宇宙開発に助成金を出すべきか」。両者それぞれ4分の持ち時間でオープニングスピーチを行い、相手の主張に対する反論を行った上で最後に2分間の要約を述べるという形式で進められました。Project Debaterは、議題に対して賛成の立場で主張を展開。最終的に両者のスピーチについて簡単な投票を実施したところ、聴衆の大半がProject Debaterを支持すると回答したのです。

これは、1996年にチェスのチャンピオンに勝利したディープ・ブルー、2011年にクイズ番組「Jopady!」でクイズ王を打ち負かしたIBM Watsonに続くAI界の快挙です。

Project Debaterとは?

Project DebaterはIBMリサーチが開発したAIで、複雑な議題について人間と討論を交わすことのできる世界初のシステムです。

近年、AIは目覚ましいスピードで進化を遂げていますが、一方では人間の言語を理解したり、自ら論理を構築したりするといった領域においては、まだまだ未成熟な部分が多く残されていると言われています。Project Debaterはそうした領域に対する果敢なチャレンジであり、AIに人間の言葉を学ばせるという観点でも、非常に意義深い試みです。

Project Debaterが論理を構築する方法

Project Debaterはディベートのテーマを与えられると、インターネット上などにある関連情報を参考に賛成・反対両サイドの主張を構築します。

Project Debaterの特筆すべき点は、事前に準備学習を行わない点にあります。議題に対してどんな情報を集めるべきか、どのような主張をすべきかについて人間が事前に指示を与えたり教育したりするのではなく、AI自らが情報のなかから最も説得力のある情報をピックアップし、「自分の主張」を組み立てます。もちろん、討論相手の主張を聞き取って論旨を理解し、それに対する反論を組み立てる作業もProject Debaterが自力で行います。

現在、Project Debaterの性能はまだ完璧とは言えず、確度の低い情報を誤ってピックアップして主張を構築してしまうこともあるようですが、今後徐々に改善されていくことでしょう。

Project Debaterが目指すもの

Project Debaterの目的の一つは、人の意思決定を支援することだといいます。

高度情報化社会に暮らす私たちの周囲にはさまざまな情報が溢れていますが、なかには明らかに間違ったものもあれば、曖昧なもの、内容の薄いものなども含まれています。今後、Project Debaterのように自ら情報を探して解釈し、賛成・反対両サイドの意見をまとめられるシステムが発達していけば、人間が正確な判断を下すためのサポートが可能になります。

AIが人間に迫る能力を持つことについて、「AIが人の仕事を奪う」といった意見をしばしば耳にしますが、AIは人間と敵対する存在ではありません。むしろ私たちを支援し、能力を拡張してくれる頼もしいパートナーだと考える方が、ずっと理に適っているのではないでしょうか。

 

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「東京カフェブームの草分け」が語る、流行に左右されない価値観の作り方

たくさんカフェが集まる街、東京。なかでも1990年代後半から、駒沢に「Bowery Kitchen」、表参道に「Lotus」や「montoak」などをオープンし、東京カフェブームの草分けとされる人物がいる。空間プロデューサー・山本宇一氏だ。宇一氏が手がけたカフェはいずれも人気店に成長し、流行に左右されない確かな価値で多くの人々が集っている。

しかし、それは簡単にできることではない。情報があふれる時代において、自分の直感や感性を信じるのは非常に難しいからだ。だからこそ宇一氏は「じかに体験すること」の大切さを説く。見知らぬ街、地図には載らない路地裏、初めて訪れる店――そういった未知との出会いが、多くの人々を魅了するセンスを構築するという。

宇一氏はどのような道のりを経て、現在の場所へとたどり着いたのだろうか。その過去、現在、未来への軌跡を追った。

さまざまな世界に触れて育った子ども時代

――山本さんは東京のカフェブームの草分け的存在として知られています。

山本 そう言われることも多いんですが、飲食業に携わるようになったのが29歳で、1店舗目の『Bowery Kitchen』(東京・駒沢)をオープンしたのが34歳の時だったので、キャリアのスタート自体は遅かったんですよ。

山本宇一氏

空間プロデューサーの宇一氏

――それまでは何をされていたんですか?

山本 都市計画や地域開発に関わる仕事をしていました。そこに至るまでも、流れに任せて生きてきたような感じです(笑)。

――意外です、飲食に関わる専門的な勉強をされてきたのかと思いました。

山本 いいえ、やりたいことが見つからなかったから大学には進学しなかったんです。振り返ると、自由な気風の家に生まれ育ったと思います。祖父は医師、父はカメラマンと家族でまったく異なる生き方をしていましたから、僕の人生も尊重してくれていたのかもしれません。

父がファッション誌の仕事をしていた関係で海外ロケに行くことも多く、たびたび僕を一緒に連れて行ってくれました。一方、祖父は浅草や銀座が大好きな “粋”にうるさい人で、僕が蕎麦を食べるのを見て「そんなにつゆに浸して食べると、蕎麦の味がわからなくなるだろう!」とよく怒られていました(笑)。幼いころから特異な体験ばかりさせてもらったので、同級生たちよりも少しませていたように思います。

――個性あるお祖父様、お父様に連れられ、さまざまな世界に触れてきたのですね。

山本 そんな風に大きくなってきたので、昔から友だちは多かった。高校を卒業してプラプラしていると、そのうち知り合いに誘われて、ある都市計画の研究所に入ることになったんです。当時はまだバブル景気の前でリゾート開発なども盛んだったから、たくさんの都市を実際に訪れて企画を考えました。祖父や父に連れられてさまざまな街を見てきた経験が活かされました。

山本宇一氏

未経験ながら、一心に飛び込んだ飲食業界

――では、どのようにして飲食業界に足を踏み入れたのですか。

山本 前述した都市計画は非常に大きな事業で、実際に工事が始まるころには僕の手を離れてしまうことも多く、当然ですが一つひとつの店づくりにまで関わることはなかなかできませんでした。しかし、次第にお店のコンセプトや席数など具体的なことを考えるほうが面白いのではないかとなり、それならば飲食業に挑戦しようと考えたのです。

ただ、まったくの未経験でした。だから西麻布にある「SARA」というレストランで、飲食業について勉強することにしたんです。当時は24時間営業で、朝7時に満席になるような人気店でした。そこで働くうち、お店をどうプロデュースすればいいのか次々にアイデアが湧いてきたので、社長がいないときを見計らって内装も制服も料理も盛り付けも、すべて自分でアレンジしていたんです。

――それはなかなか大胆ですね!

山本 基本的に遅番で入っており、シフトをあがるときにはすべて元に戻していましたから、他の人に知られることはありませんでした。

ある日、お店の改装をすることになったんですが、そのときに初めて自分の意見を言いました。「ビストロはちょっと古い」「世界中のビールを置いて、それに合う料理も用意したらどうか」など、当時、誰に頼まれたわけでもないのに、内装やコンセプトに関することまでお店の改善案をノート1冊にまとめていたんです。それを社長に見せたら、「その通りにしよう!」となって。業界未経験だったから生意気に思った人もいたと思いますが、最終的にはお店の名前も「インターナショナルカフェ SARA」に変更してもらったんです。

――大変良いセンスをお持ちだったんですね。

山本 センスというよりも、やる気がありました。飲食業界で生きていくために店に入ったので、他のスタッフとモチベーションが違ったと思いました。

どんな職場にもよくある話ですが、みんなお給料についての不満を言うんですよ。だけど、愚痴ってばかりでは意味がない。だから、お店の仕入れや家賃、光熱費を計算したうえで人件費を算出して、他のスタッフたちに説明してあげたんです。「これで嫌だったら、もう自分で(店を)やるしかないですよ」って。さっきの改修アイデアもそうですが、本当に生意気な奴ですよね(笑)。

特に勉強をしたわけではなかったけれど、このように経営者感覚を持っていつも現場に立っていました。そうした経験を経て、34歳の時、「Bowery Kitchen」を出店し、独立しました。

山本宇一氏

一本道ではなく、“公園”のように開かれた人生

――山本様は幼いころからの経験と社会で学んだことを掛け合わせながら、やりたいことを仕事にされたのですね。

山本 僕の人生は「公園」のようだと感じています。公園って入口がいくつか存在して、どこからでも入れますよね。公園には花壇や、池や、小山があって、僕はそれをぐるぐる回って寄り道しなら、お気に入りの場所を見つけると立ち止まって。そのようにして、やりたいことを仕事にしました。

でも、いまの若い人は「人生は一本道の王道」と思い込んでいる。例えばカフェを出したいと思ったら、すぐに飲食関連の学校に入学するでしょう? そこで同じことを学んでいるクラスメイトはある意味ライバルですから、みんながみんな成功できるわけではありません。ならば視点を変えて、違う世界に飛び込んでみる。そこで友だちをたくさんつくるのも、将来につながるのではないでしょうか。

――若い方が一本道の人生を歩みたがるのは、間違うことを極端に恐れるからかもしれません。

山本 その気持ちは理解できます。しかし、通っている学校の先生が「良い」とか「正しい」とか教えてくれるものを疑問もなく取り入れるだけでは、道は開けません。それよりも、迷ったり寄り道したりしながら得た発見から、本当に良いもの、価値のあるものを自分で見出すべきです。

だから僕は、確固とした目標があってそのための学校に通っている人には、逆に「すぐ辞めてしまいなさい」と言います(笑)。それにコーヒーの入れ方なんて、努力したら自分で勉強できますから。

山本宇一氏

30度を超える真夏日にもかかわらず、宇一氏がチョイスしたのは「アメリカーノ」

――自分の感性を信じることが一番大切ということですか?

山本 その通りです。幼少期に海外文化に触れたことがきっかけになっているのですが、僕は昔から「流行り」には絶対乗らないですね。アメリカと日本で流行っているものがまったく異なる様子を目の当たりにして、流行を鵜呑みにしてはいけないと悟りました。国だけでなく、年代によっても何が受容されるか当然変わってきますから、信じられるのは結局自分の感性なんです。

――このお話は飲食業だけでなく、企画職のビジネスマンにも通じるものがありそうです。

山本 20代で都市計画に携わっていたとき、何度も「その企画、つまらないね」と言われたことがあります。たぶん誰でも思いつくような企画だったのでしょう。自分の知っていることとみんなの知っていることが一緒だから、面白い企画が生まれない。それを脱却するには、やはり回り道をしながらでも「他の人が見ていない景色」を目に焼き付けるべきです。

そうした習慣づけは、何歳になっても始められます。街のなかを見渡せば、すでに流行しているモノやサービスには、ものすごい行列ができています。だからといってそれが「良い」ものだと安易に考えず、自分が本当に「良い」と信じるものをひたすら突き詰めていくプロセスが大切です。

そうすることで、やがて自分が心から「良い」と信じるものが、多くの人に受け入れられる“出番”が巡ってくるのだと思います。

――自分が「良い」と信じるものを見つけるには、どうしたらいいでしょうか?

山本 実際に体験してみるの一言に尽きます。例えば、初めて訪れた街の路地をさまよって、偶然見つけたお店からインスピレーションを受けることだってあります。そういう運命的な出会いを求めるならば、やはり「現場」に出かけてみてほしい。

いまはインターネットを使えば、誰でも等しく情報を手にできる時代です。しかし、それが弊害になる側面もあります。何かを検索しても、結局行き着く先はみんな一緒。「自分が知っていること」は「すでにみんなが知っていること」ですから、ネットで得られる情報は増えれば増えるほど、本質的にはゼロになるんですよ。

もちろん、ネットを入口にするのは構いません。ただ、そこで得た情報だけで満足せず、執着心を持って、他の人がしていない体験をしてほしい。そこからやがて自分の「良い」と信じられるものや、自分だけの強みが見つかるはずです。

山本宇一氏

人は、矛盾のない空間に集まるもの

――街の飲食店は入れ替わりが激しい印象ですが、山本様が経営するカフェの人気は衰え知らずです。なぜでしょうか。

山本 人が集まる空間というのは、そこに「矛盾」がないことが何より重要だと考えています。

例えば、古くてボロボロのお店なのに焼き鳥が一本500円もする。あるいは、高級な店構えなのにスタッフの対応が下品。いずれのケースもお客さん目線で捉えると、そこに矛盾が生じていますよね。結果として「理由はうまく説明できないけれど、あのお店にはもう行かない」という評価につながってしまうんです。
逆に、ボロボロのお店でもスタッフの愛想が良くて、おいしい焼き鳥が一本70円で食べられる店なら、きっとお客さんは支持するのではないかと思います。なぜなら、そこには一貫したコンセプトが存在し、矛盾がないからです。

お客さんが入店し、飲食を楽しみ、退店するまで、どのような体験を提供できるか明確になっているか。僕がお店をプロデュースするときは、お店の内装やメニューに一つひとつストーリーを宿すよう心がけています。

――スタッフの接客についてはどうお考えですか?

山本 接客ももちろん重要な要素です。

ただ、「少々お待ちください」「失礼します」といったマニュアル用語を正確に言えるかどうかは、大した問題ではありません。それよりも、接客するなかで労いの声がけをいただいたら、自分の言葉で感謝の気持ちを伝える。お客さん一人一人と向かいあって自分の言葉でお話をする。そうした「心ある接客」をすべきだと、僕は自分の店のスタッフに伝えています。

以前、カフェ店員が「10年後に消える職業」に入っているのをネットの記事で読んだことがあります。ロボットなどの最新テクノロジーの発達に伴い、仕事が取って代わられてしまうといった趣旨でしたが、先述したように心ある接客ができるスタッフはその限りではないでしょう。

山本宇一氏

――例外はもちろんあると思いますが、飲食店とテクノロジーは基本的に相容れないのでしょうか?

山本 そんなことは決してないと思いますよ。海外の飲食店では、お客さんの電話番号を登録することで来店履歴を管理してきめ細やかなサービスにつなげるなど、ITをうまく取り入れるケースが増えてきています。

僕がお店に立っていたころは、そうした作業を一つひとつ人力でこなしていたりもしましたが、それを他の人に強制するのは無理な話でしょう。今後AIなどのテクノロジーがカフェの業務に浸透し、矛盾のない空間演出をサポートしてくれるようになれば、大きなメリットになると思います。

――最後に今後の展望をお聞かせください。

山本 カフェをはじめ、日本のフードビジネス市場は自分たちを「売る」時代を迎えつつあるのではないかと考えています。僕自身も「DEAN&DELUCA」(アメリカの高級食材店)の日本進出に携わるなど、海外の人気店を日本に出店させるビジネスモデルが主流でしたが、これからは接客を含めた日本独自の飲食文化を海外に売る時代です。実際、先見性のある若いオーナーたちは、海外にラーメン屋や蕎麦屋を出店して成功を収めています。それとはまた違った視点で、僕たちも海外進出を狙っていくべきだと思っているんです。

そして、いつかは何度も足を運び刺激を受けたニューヨークに、自分の店を出店したい。自分が「良い」と信じるものを持ったニューヨーカーから「この店クールだね」って言われたら、最高じゃないかと。とても楽しみですね。

 

TEXT:五十嵐 大

山本宇一(やまもと・ういち)

1963年生まれ、東京都出身。有限会社ヘッズ 代表取締役社長。空間プロデューサー。都市計画、地域開発事業に携わった後、1997年、駒沢に「Bowery Kitchen」をオープン。その後、表参道に「Lotus」(2000年)、「montoak」(2001年)、駒沢に「PRETTY THINGS」(2014年)など、人気店を続々と出店。2003年には「DEAN&DELUCA」の日本への海外初出店を総合プロデュースするなど、多岐にわたり活躍。

脊椎を持った動物は魚類へと進化し、魚類の一部から四足動物へ。さらに、四足動物は両生類・哺乳類・爬虫類へと枝分かれし、そのうち爬虫類(カメ、トカゲ、ヘビ、ワニなど)の一部のグループが「二足歩行のできる爬虫類」——「恐竜」へと進化した。恐竜は太古の昔に地球上を支配していたものの、隕石の衝突とその後に訪れた「長い冬」によって絶滅した。

そんな恐竜の生態解明に挑む研究家がいる。アラスカなどをメインフィールドに発掘調査を繰り返し、“恐竜博士”として数々のメディアにも登場する古生物学者・小林快次さんだ。小林さんの研究におけるポリシー、そして恐竜研究の先には一体何が見えてくるのか、話を伺った。

恐竜研究の魅力とは?——その「不安定さ」が面白い

――古生物学者を志したのはいつ頃のことでしょうか?

小林 恐竜研究が盛んな福井県の生まれですが、いわゆる「恐竜マニア」の少年ではありませんでした。ただ、中学生のときに子ども向けのイベントでアンモナイトの化石発掘を体験してから、徐々に恐竜の世界にのめり込んでいきました。

――当時、恐竜のどんな点に心惹かれたのでしょうか?

小林 発掘作業では、見た目はただの石なのに、割ってみると中から数千万年〜1億数千万年前の生物が現れる。タイムマシンに乗ったような気分になり、子どもながらに感動を覚えました。しかも、初めての化石発掘では自分だけ化石を見つけることができなかったんです。元来負けず嫌いな性格でもあり、なぜ発掘できなかったのかを子どもなりに真剣に考えていました。当時、仮に見つけられていたら、この仕事をしていなかったかもしれません。

――高校卒業後に渡米され、ワイオミング大学地質学地球物理学科へ進学。さらにサザンメソジスト大学地球科学科では博士号を取得し、日本に帰国されています。アメリカに残ることは考えていませんでしたか?

小林 もちろん、1つの選択肢ではありました。周りの仲間も私がアメリカに残ると思っていました。ただ、渡米前に古生物学者・冨田幸光先生(現・国立科学博物館名誉研究員)に「留学してもいつか日本に帰ってきて、日本の恐竜研究をレベルアップさせてほしい」との言葉をいただき、渡米中もずっとその言葉が頭の中にありました。当時の自分が本当にそれを実現できるかどうかはともかく、アメリカで研究者としての礎を築いたのならば、活動拠点を日本に移すことはずっと考えていました。

――あらためてお伺いします。「恐竜研究」という領域では、具体的にどのような研究を行うものなのでしょうか?

小林 一般的な「動物学」と根本的な違いはありません。違いがあるとすれば、獲得できるデータ量です。現生動物なら野生の中で観察でき、獲得できるデータ量も膨大です。しかし、今は存在しない恐竜が研究対象になると、発掘した化石を丹念に調査し、生態学や生理学の見地から恐竜の“痕跡”を復元していかなければいけません。

恐竜研究の魅力とは?——その「不安定さ」が面白い

――やはり、その痕跡を探すには「全身骨格」が必要なのでしょうか?

小林 必ずしも全身骨格が必要というわけではありません。発掘から復元までの作業は、現場にある痕跡から謎を解明していくサスペンスドラマのクライムシーンに似ていると感じます。「全身骨格」の発掘は、殺されたその人が誰なのかを突き止めていくようなケースです。

でも、歯や指の骨などの「部分骨格」が見つかっても、そこから「さまざまな種類の恐竜が同じ場所・同じ時代に棲んでいた」といったことが判明することもあります。「生痕化石」(地層中に見つける足跡などの化石)にしても、「どんな恐竜が、どんな環境下で、どんな様子で歩いていたか」を再現できます。いずれも貴重な研究対象です。

――どれかに優劣があるわけではなく、それぞれに独自のアプローチがあるのですね。

小林 だからこそ、獲得できるデータが少ないという理由で「恐竜研究はダメ」だと短絡的に考えてほしくないんです。少ない痕跡からいかに最大限の情報を引き出し、よりコンプロマイズできる(歩み寄れる)仮説を組み立てられるか——。そんなことに挑んでいて、実はその“不安定さ”が恐竜研究の面白さでもあるんです。データが少ないからこそ、より詳しい分析、あるいは今までなかったような分析が必要となる。そう考えると、恐竜研究の進歩が現生動物の研究にもつながっていくかもしれません。

「ない」が繰り返されれば「ある」の可能性が高まる

――現場での発掘調査は、どのように行われているのですか?

小林 対象フィールドは環太平洋に面するアメリカ本土、アラスカ、中国、モンゴル、日本などを主としています。広いエリアで発掘調査を続けることで、アメリカとアジアの恐竜の違いや、中緯度と高緯度の環境での適応の仕方の違いなどがわかっていきます。とはいえ、エリアをそこだけに限定しているわけでもなく、アフリカだって南極だって行きたいところはたくさんある。あとはお金次第ですね(笑)。

アラスカでの発掘作業風景

アラスカでの発掘作業風景

――発掘では特にどんな部分にお金がかかるのですか?

小林 アラスカでの調査はヘリコプターをチャーターする必要があり、それだけで1,000万円ほどの費用がかかることもあります。大規模な発掘作業になれば、壊れやすい化石標本を保護する石膏のジャケットが大量に必要になり、そうした材料にもお金がかかる。発掘後のクリーニング等にも人件費がかかります。

――「ここに化石がある」という確信はどこから?

小林 恐竜の化石は「地層」の中に埋まっています。それらの地層を丹念に観察すると、深い湖からもう少し浅い湖になり、さらにそれが川になり、その次には氾濫が起きて……といったように、本のページをめくるように1枚1枚のストーリーが見えてくる。だから、一見ただの砂漠と思える場所でも、歩いてみると当時の環境が頭の中で描き出すことができます。そうした時間軸も照らし合わせながら地層を見ていくと、化石がありそうな場所がわかってくるんです。

――お話を聞けば聞くほど、非常に根気のいることのようにお見受けします。発掘調査における原動力とは?

小林 見つからないことも成果だと信じることです。もし、その場所に化石が「ない」となれば、他のところに「ある」確率が上がる。「ない」ことが繰り返されるほど、その後に「ある」の確率が上がるわけです。この話は、子どもの頃のアンモナイト化石発掘で化石を見つけられない私に、先生が教えてくれたことです。「出るまでたたけ」と。

実際にこれまでの経験を通してそう感じましたし、これが私の最大のモチベーションです。失敗なんかあり得ない、と考えています。さまざまな人の助言も、研究の原動力になっていると思います。

――恐竜化石をきちんとした許可を得ずに搾取し、裏ルートで売買する「盗掘」という世界もあると聞きました。

小林 恐竜マニアやコレクターの人に売りさばくのを目的にしているケースがほとんどです。盗掘者にも生活があるのはわかりますが、その価値がわからないままどこかへ流通するだけでなく、歯や爪などのお金になるそうな部分だけを持っていかれるので発掘現場が荒らされてしまいます……。あれはもう怒りでしかないですね。

わかっているのは氷山の一角。何十万のうちのたった1,000種類

――小林さんも新種の恐竜を複数発見されています。現在、世界で何種類くらいの恐竜が発見されているのでしょう?

小林 だいたい1,000種類くらいでしょうか。ある研究者は2億3000万円前〜6600万年の間に「およそ2,000種類の恐竜がいた」という論文を発表していますが、今この時代を生きている哺乳類が5,000種類、鳥類は1万種類くらい存在しています。1億7000万年の間、どの時代にも数千種の恐竜がいたと考えて“かけ算”していけば、何十万という種類がいてもおかしくはありません。

現在、解明されている恐竜は氷山の一角に過ぎないんです。だからわかっていることも少なく、研究が進んでそれまでの仮説が覆されることもたびたびあります。

――最近は子どもたちに人気のティラノサウルスにしても、その姿や形にさまざまな諸説があります。

小林 かつては「ウロコに覆われていた」という説が一般的でした。しかし、あるとき「ユウティラヌス」というティラノサウルスの仲間の化石が見つかり、彼らに羽毛が生えていたことがわかった。それによって「ティラノサウルスも……」と考えられるようになったのです。でも、最近になってまた別のティラノサウルスの仲間の化石が見つかると、そこにウロコの化石が残っていて、再び「羽毛はなかった」と考えられるようになりました。

先ほどの「不安定さ」の話にもつながりますが、こうした「ある」「ない」の議論が僕ら研究者の間で過熱していくことで、恐竜研究は進歩します。それぞれに根拠があれば、どちらが正しいかはまったく問題ではない。少ない証拠から研究者各々がいかに解明していくかが重要なんです。

――最近は恐竜の「肌の色」も解明されていますよね。ビジュアライズされた恐竜図鑑も人気です。

小林 もちろん、すべての恐竜の肌の色が解明されているわけではありませんが、化石から色を再現できるケースもあります。ある研究者が頭足類(イカやタコなど)の墨の化石を研究していて、その研究のなかでメラニン色素を作る細胞小器官「メラノソーム」を見つけました。別の研究で恐竜の羽毛の化石にそのメラノソームが見つかり、どのような色をしていたのかが推測されました。現生鳥類の祖先と言われる「始祖鳥」の羽毛も、その一部が黒色だったことが化石標本から解明されています。

わかっているのは氷山の一角。何十万のうちのたった1,000種類

――派手な色の恐竜がいたかもしれない?

小林 現生の鳥を見ていても、だいたい白、黒、茶、灰色の4色を基礎にしていますよね。どんな野生動物でも、派手な見た目をしていたら外敵に見つかりやすくなってしまうため、地味な容姿に進化した動物が多いのは当然のことです。しかし、非常に色鮮やかな花がたくさん咲いている熱帯地方では、その環境下に適応するため、派手な容姿に進化した鳥もいます。同様に考えれば、派手な容姿をした恐竜がいたとしても不思議ではありません。

恐竜研究の意義とは

――「基礎研究」と呼ばれる世界には「今すぐに役立つのかわからないけれど、将来的に何かの役に立つかもしれない」という大義名分があると思います。恐竜研究に従事する皆さんは、ご自身の研究の意義をどのようにとらえていますか?

小林 一つは教育的側面から考えることができます。恐竜が嫌い、という人に僕はあまり会ったことがありません。相手が子どもであれ大人であれ、恐竜を通じて何かを伝えることができると思いますし、科学に対する興味を持ってもらうきっかけとして「恐竜」は格好の対象だと思います。

私が研究者として在籍している北海道大学にも、恐竜研究を志した学生が殺到しますが、入学後、段々と他にも面白い分野があることを知り、別の道に歩み出す。それでいいと思います。ちょっと寂しい気持ちもありますが(笑)。

――サイエンスの面白さに気付くきっかけとして、確かに恐竜は受け入れやすいですね。

小林 もう一つ、研究的側面としての意義も常々考えています。私は化石発掘のため、北極圏に近いアラスカでたびたび調査を行いますが、当然、冬は大量の雪が降りますし、日照時間も短い。エネルギーが入ってこないから食糧も少なくなる。とてもこんなところでは生きていけません。しかし、恐竜はそうした環境下でも冬を過ごすことができた。彼らはただの「二足歩行のできる爬虫類」ではなく、極限の環境下でも生活できた、とても優秀な生命体でした。

にもかかわらず、彼らは絶滅しました。恐竜の絶滅には諸説あり、さまざまな要因が重なったと考えられますが、特に大きかったのはメキシコのユカタン半島への巨大隕石衝突に端を発するものです。隕石衝突によって大量の粉塵が大気中をただよい、日光を遮り、その結果、地球上の気候が激変。長期間に及ぶ寒冷化をもたらし、生態系を破壊した……と考えられています。

――6600万年前に起こった恐竜の大絶滅ですね。

小林 優秀と考えられた恐竜でさえ、絶滅を回避することはできなかった。これは、我々人類でも同じことがいえると思います。地球上の生命は38億年の歴史のなかで「5回」の壊滅的絶滅を経験しました。その最後が、恐竜の大絶滅です。そして今「第6の絶滅」の真っ只中です。

恐竜研究の意義とは

――「第6の絶滅」とは?

小林 “人類”が自らもたらす絶滅です。世界人口は70億人を突破しました。エネルギーや食料など消費している“コスト”を踏まえると、全人類が普通の生活を送っていくためには、地球2個半が必要だと言われています。世界人口はこれからもまだまだ増えていき、必ずや深刻なパンク状態がやってくるでしょう。

6600万年前よりも遙か昔、2億5000万年前にも地球上で大絶滅があり、そのときは地球上に存在していた9割以上の生命が失われました。「第6の絶滅」は、それ以上のとんでもない規模です。そして、人間の時間的感覚ではその危機感を把握することができません。

――そこに小林さんの研究の意義がある?

小林 常日頃から数百年、数千年、数万年のレベルではなく、数千万年、数億年というダイナミックなレベルで生命の歴史を巨視的に見つめています。化石という痕跡からタイムマシンに乗って「我々生命に何が起こってきたのか」を知ることのできる古生物学は、人類を絶滅の危機から遠ざけることのできる唯一の学問だとも思っています。

幸い、人類は恐竜と違って「考える力」と「伝える力」を持っています。“自分”という個体のための環境ではなく、次の世代、また次の世代のための環境を変えるにはどうしたらいいのか。その答えは「考える力」と「伝える力」で導き出すことができるし、恐竜の生きた時代から学ぶべき点も多いのではないかと思います。

 

TEXT:安田博勇

小林快次(こばやし よしつぐ)

1971年福井県生まれ。1995年アメリカ・ワイオミング大学地質学地球物理学科卒業。2004年アメリカ・サザンメソジスト大学地球科学科で博士号を取得。現在、北海道大学総合博物館准教授、大阪大学招聘准教授。モンゴルやアラスカ、中国、カナダなど海外での発掘調査や恐竜展の監修など、恐竜研究の最前線で活躍中。