近赤外光線を照射してがんを死滅させる「がん光免疫療法」の臨床試験のフェーズ1が、日本でも国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)で3月から始まった。この治療法を開発したのは米国立保健研究所(NIH)の一部である米国立がん研究所(NCI)の主任研究員・小林久隆医師。2016年11月に本サイトで下記の記事を紹介したところ、全国から大反響を呼び、日本での1日も早い治療開始を望む声が高まっている。

近赤外線でがん細胞が1日で消滅、転移したがんも治す ――米国立がん研究所(NCI)の日本人研究者が開発した驚きの治療とは

先行する米国ではすでにフェーズ2が終わっており、今年中には米・日・その他地域でフェーズ3に進む予定だ。米食品医薬品局(FDA)は承認審査を迅速に進める方針を発表しており、2年以内に実用化される見通しも出てきた。
現在の治験対象は、日米とも再発頭頸部がん(喉、口、耳、鼻、顎など)だが、いずれは肺がん、大腸がん、乳がん、すい臓がん、前立腺がんなどにも広げたいという。
小林氏は今、光免疫療法をさらに発展させ、1カ所のがんを1回治療するだけで全身の転移がんも治療し、ワクチン効果によって再発もさせない、という画期的な研究開発に取り組んでいる。一時帰国した小林医師に、がん光免疫療法の現状と将来の展望を伺った。

米国での治験は再発頭頸部がんで奏効率93%、完全奏効功率47%の好成績

――いよいよ日本でもがん光免疫療法(近赤外光線免疫治療法:NIR-PIT)(注1)の治験が始まりました。一歩先を行く米国ではどのような成果が得られているのでしょうか。

小林 米国のフェーズ2は、再発頭頸部がんを対象に複数の病院で計30例の治験が行われました。現在公表されているのはトマス・ジェファーソン大学の7例だけですが、フェーズ1の8例が欧州の学会で公表されており、計15例のデータを見ることができます。(Gleysteenら、2017年アメリカ頭頸部学会より)
15例のうち14例はがんが30%以上縮小し(奏効率93%)、うち7例は完全奏効しました(完全奏効率47%)。近赤外光線を複数回当てましたが、1回で奏効を示す例もあります。他の治療法で効果がなかった患者さんのデータとしては良い成績だったと思います。これを評価したFDAからは、「米国の早期承認制度であるファストトラックに指定する」とのアナウンスがありました。

これを受けて、今年中には米国・日本・その他地域でフェーズ3に進むものと思います。フェーズ3でも先の15例と同じような成果が出れば、優位性があると認められて早めにフェーズ3を終了し、FDAの承認が出る可能性があります。

(注1)がん光免疫療法:がん細胞に結合する抗体に、近赤外光線の光で化学反応を起こす物質(IR700)を付け、注射で体内に入れる。抗体は血流に乗ってがん細胞に付着するので、そこにランプや内視鏡で近赤外光線を当てると、物質が熱を発してがんの細胞膜を破壊する。正常細胞に害を与えず、がん細胞だけを死滅させる選択性が極めて高い。

近赤外線を使った新しいがん治療法のイメージ

図1:近赤外線を使った新しいがん治療法のイメージ

――最初の治験の対象として頭頸部がんを選んだ理由は何でしょうか。

小林 頭頸部がんは、口の中、舌、歯茎、頰、咽頭部、鼻など食道より上に発生するがんです。内視鏡などを使わなくても身体の外から光を当てればよいというのが主な理由です。かつて「光動態治療」という、外部から光をがんに当てる治療法がありました。がんの選択性が低かったために成功しませんでしたが、その治療経験のあるお医者さんが多くおられる点も考慮しました。

小林久隆医師

頭頚部がんの次は肺がん、大腸がん、乳がん、すい臓がん、前立腺がんなども検討

――先生は「理論的には全身のがんの8~9割はこの治療法でカバーできるはず」と述べておられます。この先、どのようながんを対象にされるのか、今後の展開についてお聞かせください。

小林 現在治験中の抗体を使ってがんの種類を拡大する方向と、別の新たな抗体を使う方向の2本立てで行きたいと考えています。前者のほうで臨床応用を狙っているのは頭頸部がんの他に肺がん、大腸がん、乳がん、すい臓がんなどで、それぞれ治験に向けた検討を始めています。

しかし、従来の規則に従えば、がんを臓器別に1つずつ治験することになり、とても時間がかかります。もともと、がんを臓器別に分けるのは外科でどこを切るかを示すのが目的であって、がんの性質を全く考慮していない分類です。
光免疫療法は現在、がん細胞の膜上にあるEGFR(上皮成長因子受容体)に結び付く抗体を使っていますが、EGFRは頭頸部がん、肺がん、乳がん等に存在していることが分かっています。治験を主宰するのは、NIHからライセンス供与されたアスピリアン・セラピューティクス社という米国のベンチャー企業ですが、おそらく臓器別に各個撃破しなくてもよい道を模索すると思います。FDAも「がんは発生する臓器別ではなく性質で分類するほうがよい」というように変わってきています。

もう1つの別の抗体を使う方向は、NIHでは患者さんが多い前立腺がんを当面の対象に考えています。前立腺がんにはPSMA(前立腺特異的膜抗原)という抗原があるので、これに結び付く抗体を選んで使うことになります。

小林久隆医師

1カ所のがんを1回治療するだけで全身の転移がんも治療し、再発もさせない

――光免疫療法には、がん細胞を直接攻撃する方法の他に、がん細胞を守る制御性T細胞をたたく方法(注2)があり、先生は「これを同時に併用する方法が効果的」と述べておられます。具体的に説明していただけますか。

小林 2つの方法は別個の治療法としても成り立ちますが、最終的には表裏一体で同時に行なうことを目標にしています。がん細胞を直接攻撃する方法は、奏効率は高いのですが、完全奏効率は3~4割程度にとどまります。一方、制御性T細胞をたたく方法は、転移がんに対してもかなりの効果を発揮しますが、なかなか完治させることができませんでした。

私の研究室では、マウス実験でこの2つを同時併用する方法を確立しました。1カ所のがんを1回治療するだけで全身の転移がんも治療し、しかも治療したがん細胞に対するワクチン効果で2度と再発させない方法に仕上げるつもりです。

図2:がん光免疫療法(NIR-PIT)が、がんを治療して再発や転移をなくすステップ

上の図2で説明しましょう。まずがん細胞に直接光を当てる方法でがん細胞を壊すと、いろいろながんの抗原が一斉に露出します。すぐ近くにいる樹状細胞(免疫細胞の1種)がこの抗原を食べて成熟し、抗原情報をリンパ球(T細胞)に伝えます。このリンパ球は活性化して分裂し、その抗原を持つ、他の場所にあるがん(転移がん)を攻撃しに行きます。
この一連の仕組みの中で、制御性T細胞は免疫細胞ががんを攻撃するのを邪魔するだけでなく、樹状細胞の活性化も妨げています。ですから制御性T細胞をたたけば、一連の仕組みがスムーズに機能するようになります。2つの方法を同時併用するのはそのためです。

(注2):制御性T細胞をたたく方法:がん細胞の近くにいて、がん細胞への攻撃を邪魔している制御性T細胞をたたく。近赤外線で発熱する物質(IR700)を付けた抗体を体内に入れて制御性T細胞に結合させ、近赤外光線を当てて死滅させる。すると、がん細胞の近くにいる免疫細胞は「OFF」から「ON」に切り替わり、がん細胞を攻撃。さらに血流に乗って全身を巡り、転移がんを攻撃する。

制御性T細胞をたたく方法

図3:制御性T細胞をたたく方法

メモリーT細胞が何種類ものがん抗原を記憶し、ワクチン効果を生む

――がんを1回治療する方法で、なぜワクチン効果が体内に生じるのでしょうか。

小林 先ほどの図2でリンパ球(T細胞)が活性化して分裂する際、がん細胞を攻撃するリンパ球とは別に、メモリーT細胞という抗原を記憶するリンパ球が作られます。これが体内で長く生き続け、がんが再発しようとすると、それを見つけて攻撃しに行くのです。つまり感染症におけるワクチン接種と同じ効果を示すのです。
マウスの動物実験では、すでに成果が得られています。光免疫療法で1カ所のがんを1回治療すると、転移がんも消失し、そのがんはどの部位も再発しないことが確かめられました。この治療でいったん治癒したマウスには、治療したがん細胞に対するワクチン効果が生じているので、500万個もの治療したものと同じがん細胞を打ち込んでもがんは再発しないのです。これはふつうのマウスであれば3週間で確実に死ぬ数のがん細胞です。
むろんマウスと人間では免疫の仕組みが少し違うので、人間にはどのように当てはめて行けば良いのか、これからNIHでの臨床治験で詳しく調整法を確かめるつもりです。

小林久隆医師

――がんの再発は多くの患者さんが一番不安に思う点です。それを予防できるのは驚くべき成果だと思います。

小林 NIHはすでに人の臨床試験に入る準備を始めています。目の前にあるがんを治療するだけでなく、転移がんや再発も全てなくすというのが、私が当初から目指してきた最終ゴールでした。
従来も「がんワクチン」はありましたが、がんの1つのたんぱく質(抗原)を体内に入れてメモリーT細胞を作るやり方です。しかし、がん細胞はそのたんぱく質を巧みにすぐ隠してしまうので、効果が継続して出なかったのです。

それに対して今開発中の方法は、がん細胞の破壊で一斉に露出した何種類ものたんぱく質に対応するメモリーT細胞を作るので、確実に再発を予防できるのです。免疫の効きすぎが原因になる自己免疫疾患のような副作用が起きる心配もほぼありません。

まず非侵襲の治療法から始めることが理にかなっている

――光免疫療法と既存の外科、放射線、化学療法との組み合わせやすみ分けは、どのように考えておられますか。

小林 それは光免疫療法がどの程度の効果を発揮できるかで決まると思いますが、原則論で言えば、非侵襲で患者さんの身体的負担が少なく、コスト面でも医療費抑制に効果的な光免疫療法から始めることが理にかなっているのではないかと思います。
ただ、外科療法は開いた部位に光を届けるという点で、光免疫療法とは相性がいいと思います。特にがん細胞と正常細胞が混ざっている脳腫瘍や体の奥にあるすい臓がんの場合などはそうです。縮小手術で患者さんの負担を減らしつつ、この治療法と組み合わせるのが良いかと思います。

一方、患者さんの免疫に影響を与えることが多い放射線療法や化学療法は、私はできれば光免疫療法を先に行なうのが適切ではないかと思います。ただ、光免疫療法も全てのがんを直しきれるわけではないので、やはり個々のケースに応じて考えていくことになるかと思います。

――前回のインタビューでは、脳腫瘍をドイツのフライブルク大学やケルン大学と、すい臓がんをオランダのフローニンゲン大学と共同研究中とのことでしたが、その後の進展はありましたか。

小林 研究は順調に進んでおり、特にオランダは意欲的です。しかし、ヨーロッパでは治験や承認プロセスに各国とEUの2つの基準があり、とても複雑で米国や日本のように治験は進んでいません。

小林久隆医師

楽天・三木谷会長が初期段階からアスピリアン社に多額出資して支援

――ところで、楽天の三木谷浩史会長はアスピリアン社に出資し、取締役会長にも就任して指揮しておられます。支援にはどのような経緯があったのでしょうか。

小林 三木谷さんには2013年に初めてお会いしました。当時三木谷さんのお父上ががんを患っておられ、三木谷さんは何とか治したいと良い治療法を探すために世界中で最新のがん治療を調べておられました。

私の仲の良い神戸の親戚が三木谷さんと以前からお付き合いがあり、私ががんの新しい治療をNIHで研究していることをお話ししたところ、ぜひ1度会いたいと言うことになりました。そこで、学会で日本に一時帰国した折に夕食をご一緒しました。
まだ開発しパテントを取って1年ほどの頃です。当時、所属しているNIHでは臨床応用への予算がなかなかつかず、治験の準備を進めることが難しかった時期でした。三木谷さんはがん治療に対し医師の私もびっくりするほど深い知識を持っておられて、真剣に聞いてくださいました。
日本にいた1週間ほどの間に、三木谷さんと私は、医師や医療関係の企業の方を交え会合を持ちました。そして、三木谷さんは個人的に最初の治験までの数億円にのぼる支援を、ライセンスしているアスピリアン社にしてくださることになったのです。

お父上は無念にもその年の暮れに亡くなられ、この治療法は間に合いませんでした。しかし、三木谷さんは何としてもこの治療法をがんで苦しんでいる人々に早急に届けたいと、その後も企業として治験の結果が出るのに応じて支援を増やしてくださり、さらにはアスピリアン社の代表取締役会長として直接経営にも加わっていただけるようになりました。
私とアスピリアン社は相談し、体内に入れる抗体の名前を、お父上(三木谷良一氏1929年生まれ)にちなんで「RM1929」と名付けようと提案しました。

小林久隆医師

殺到する世界からの問い合わせ、1日も早く患者さんに届けたい

――お話を聞けば聞くほど、日本での早期実用化が望まれます。国立がん研究センター東病院などで始まる治験への期待を、お聞かせください。

小林 日本でも米国と同様に治験がうまく進み、この新しい治療が多くの患者さんに届けられ、お役に立つことを心から願っています。研究を始めた当初から、日本での治療は私の夢でした。
皆さんの関心の高さをひしひしと感じています。私が日本のセミナーで講演すると、帰れなくなるぐらい質問が殺到します。勤務先であるNIHにはこれまでに世界から1100通を超えるメールが届きましたが、うち6割は日本からです。研究の合間を縫って800通ほどにご返事を出しましたが、300通はまだできていません。

小林久隆医師

治験については、主宰するのはNIHからライセンス供与されたアスピリアン社が行なっているため、私も細かな情報までは把握できず、詳細についてご対応ができない面もあります。同社には問い合わせ窓口を設けるよう要請したところです。
引き続き、「がんは治る病気」が常識になる日に向けて、光免疫療法を1日も早くお届けできるよう頑張りたいと思います。

TEXT:木代泰之

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こばやし・ひさたか 小林久隆

米国立がん研究所(NCI)主任研究員
1961年、兵庫県西宮市生まれ。1987年京都大学医学部卒。1995年同大学院修了し医学博士修得。1995年よりNIH臨床センターフェロー。2001年よりNCI/NIHシニアフェロー。2004年よりNCI分子イメージングプログラムで主任研究員として、基礎研究開発部門を主導。専門は、がんの新しい画像診断方法とがん細胞の超特異的治療(近赤外光線免疫療法)の開発。近赤外光線免疫療法の開発は、2012年にオバマ大統領の一般教書演説で紹介され、2014年にNIH長官賞を受賞した。近赤外光線免疫療法は、アスピリアン・セラピューティクスにライセンスされ、2015年より頭頸部がん患者を対象にした最初の臨床治験が開始された。これらの開発で4回のNIH Tech Transfer Awardを受賞しており、NCIでは今世紀に入って初めての日本人テニュア主任研究員となった。日本では第38回日本核医学賞等を受賞する研究者であったと同時に、11年の臨床経験がある放射線診断、核医学、消化器内視鏡の専門医でもある。これらの日米での功績によって2012年に、日本政府の国家戦略室より「世界で活躍し『日本』を発信する日本人」の表彰を受けている。現在、アメリカ化学会の雑誌など欧米の7誌で編集委員、多くの国際学会でプログラム委員をしている。