最先端技術で日常の“壁”を超える!――「サイバスロン車いすシリーズ日本2019」、いよいよ5月5日(日)川崎で開催

Team RT-Movers JPN (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

今、「サイバスロン」という国際競技会が注目を浴びている。障がい者が、ロボット工学はじめ先端技術を応用した車いすや義肢などの補助装置を用い、日常生活で直面するさまざまな困難をクリアする国際的な大会だ。
サイバスロンは、2016年スイスのチューリヒで初めて開催。競技種目は6つ。その種目の1つである車いすシリーズが2019年5月、神奈川県川崎市で開催される。
障がい者のみならず、高齢者や介護する人たちにも役立つ技術の開発促進が期待されるサイバスロン。その意義や目的、今後の展望など、開催を後援する在日スイス大使館科学技術部次長の鈴木恭子氏にお話を伺った。

スイスで産声をあげたサイバスロン、障がい者の日常生活を先端技術でアシスト

――サイバスロンは、2016年にスイスで第1回が開催されたそうですが、どういう経緯で開始されたのでしょうか?

鈴木 サイバスロンは、スイス連邦工科大学チューリヒ(ETH Zurich)のロバート・リーナー教授によって発案されました。リーナー教授は、リハビリ器具や義手・義足などの補装具の研究をされていて、その中で世界には素晴らしい技術がたくさんあるのに、十分に活用されていないと感じていました。なんとかして、多くの人に新しい技術を知ってもらい、日常生活に役立ててもらうことができないだろうかと。そこで競技大会形式でやってみたらどうか、レース形式にすれば、開発者や障がい者のモチベーションが上がるのはもとより、技術を敬遠しがちな人や、障がいのある人と接点のない人々などさらに多くの人々も関心を持ってくれるだろうと考えたのです。

障がい者の競技ということで、パラリンピックとの違いをよく聞かれます。パラリンピックが「人は、肉体と精神をどこまで突き詰められるか」を競い合うものであるのに対し、サイバスロンは「技術と人が協力し合い、いかにして、日常の課題を克服するか」を競い合うものです。
競技では、機械や装置を操縦する「パイロット」と呼ばれる障がいのある方だけが、あるいは技術者だけが、がんばってもダメで、チームワーク、協働がそこになくてはならないのです。ですから、表彰台では必ず両者に登壇してもらいます。
サイバスロン(Cybathlon)は、コンピューターを意味するサイバー(cyber)またはサイボーグ(cyborg)と、競技を意味するアスロン(athlon)の合成語といわれており、「日常生活に役立つ、人をアシストする技術の開発を、障害のある人たちとともに促進し、幅広い社会の理解を促す」ことを目指しています。

サイバスロン

Kloten, 08.10.2016 (ETH Zürich / Nicola Pitaro)

――サイバスロンの競技種目について教えていただけますか?どの種目にも日常生活に必要な動作が組み込まれているのでしょうか。

鈴木 サイバスロンの種目は全部で6種目あります。すべて、日常生活で必要な動作ばかりで競います。電球を回しながらねじ込んだり、缶切りで缶のふたを開けたりと、私たちが通常何げなくやっている動作は、実は機械で行うには大変難しいものなのです。割れやすい電球を絶妙な力加減で握って回す、缶切りに適度な力を入れ、また抜きながらふたを開けていくなど、人間は多くの動作を同時に、微妙に力や角度の加減を変えながらやっていることに驚かされます。
6種目をご紹介します。

サイバスロン6つの種目

(サイバスロン車いすシリーズ日本2019実行委員会の資料より)

1. 脳コンピューター・インターフェース(BCI)
2. 機能的電気刺激(FES)バイク
3. パワード義手(ARM)
4. パワード義足(LEG)
5. パワード外骨格(EXO:エクソスケルトン)
6. パワード車いす(WHL)

1の脳コンピューター・インターフェースは、脳からの信号である脳波を読み取って、ビデオゲームのアバターを動かす競技です。例えば首から下が動かせなくなったとしても、脳波で車いすを動かしたり、パソコンを操作するための技術発展を目指しています。

脳コンピューター・インターフェース

Team Athena-Minerva GER (ETH Zürich / Nicola Pitaro)

2の機能的電気刺激バイクは、脳から筋肉への信号がうまく届かなくなってしまっている状態で、筋肉に直接電気刺激を与えると動く原理を利用して、自転車レースを行うものです。リハビリなどで活用されている技術で精度を上げることを目指します。

機能的電気刺激バイク

Team BerkelBike UK (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

3と4の義手、義足については、日常生活で必要な動きを行います。

義手

Team M.A.S.S Impact CAN (ETH Zürich / Nicola Pitaro)

義足

Team OssurRunLeg ISL (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

5の電動外骨格は、下肢障害のある方がパワースーツを付けて立ち上がって歩く動作を行います。

電動外骨格

IHMC USA (ETH Zürich / Nicola Pitaro)

6の電動車いすでは、階段の昇り降りや、テーブルに着くなどの動作を行います。

電動車いす

Team HSR Enhanced (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

サイバスロンが他のレースと違うところは、安全・確実にクリアすることが第一で、タイムは二の次ということです。点数が同じ場合のみ時間判定となります。日常生活では、早く立ち上がることよりも、間違いなく立ち上がれることのほうが、大切だからです。

――これまでの大会やリハーサルをご覧になって、驚かれたことや気づきはありましたか?

鈴木 車いすレースの課題に「テーブルに着く」というものがあり、そもそもそれが難しいのだということに気づかされ驚きました。テーブルの高さや足のデザインは多種多様で、車いす側では調整できないのです。そうした気づきを増やすことも、サイバスロンの目標です。
また、2015年の車いす競技のリハーサルでは、課題の3段の階段を昇り降りできた電動車いすは1台だけでした。それが、本戦の2016年には新たに6台がクリアしたのです。課題が与えられると人間は、それに向かってチャレンジし、そして克服できるのだと実感しました。

サイバスロン

Team Avalanche SLO (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

サイバスロンの競技会では、技術者の開発するテクノロジーのみならず、操縦するパイロットのスキルも勝敗に大きく関係します。
パイロットが開発陣に要求を伝えられるかどうかが、器具の優劣を左右します。さらにパイロットがどこまで技術を使いこなすか、その力量もカギとなります。
2016年の車いす部門で優勝したチームとパイロットの話を聞いて、互いに意見をぶつけあえる信頼関係があると、より良いものができあがってくるのだと感じました。

――技術者と障がい者に開発から共同で取り組んでもらうのは、どのような意義がありますか?

鈴木 例えば、下肢障害がある人が立ちあがるために使うパワースーツのデモを行った際に、技術者から必ず出た質問が、「電池の寿命はどれくらいですか?」というものでした。あまり短いと使えないのではないか、また、電池のせいでパワースーツが大きく重くなると負担になってしまうのでは、という心配からです。しかしサイバスロンに出場したチームの答えはこうでした。「2~3時間もあれば十分なのです。それまでに人間の方が疲れてしまいますから」

技術開発の世界では、一般的に小型軽量長寿命化の優先度が高いと考えます。でも、使う人間にとって必要のない要件であることが事前に分かれば、そこには時間とお金をかけなくてすみます。
ですから、早い段階から技術者と障がい者が一緒に議論しながら開発していくことが重要です。無駄に高機能なものを作るのではなく、役立つものをできるだけ早く、入手しやすい価格で、1人でも多くの人々に使っていただきたいのですから。
一般の方と、開発エンジニアやパイロットの皆さんが交流できる場を設けることも、サイバスロンでは重要視しています。技術者、研究者、障がい者、一般の方を結び付けることが、目指す社会の実現に大事だと考えるからです。

鈴木恭子氏

在日スイス大使館科学技術部 次長 鈴木恭子氏。スイス発の競技「サイバスロン」の本部と連携して、生活で使える技術の促進を目指している。

――サイバスロンで披露された技術は、どの程度製品化やサービス化されるのでしょうか?

鈴木 実は、そうした統計はとっていないそうなのです。ただ、サイバスロンのために開発された多くの技術が違うかたちで、あるいは別の製品・サービスに組み込まれて、世の中に出て行くケースがあるのは、知っています。
2016年のサイバスロンで義手の競技に参加いただいた株式会社メルティンMMIさんは、その技術を利用し宇宙空間で作業をするアバターロボットの開発を行っています。

障がい者のための技術をすべての人へ

――もともとは障がい者向けに開発された技術が、より広く、多くの人に役立つことが考えられますね。

鈴木 サイバスロンの出場者の多くが、そのように語っています。メルティンMMIさんはまさに、有言実行です。これまでは指先の感覚が要るもの、細かい手作業は人間がやらねばならず、リスクの高い船外活動でも宇宙飛行士が行ってきました。これをテクノロジーが代替することによって宇宙開発の安全性向上やコスト低減が進むでしょう。翻って、宇宙での作業に耐えるよう、さらに洗練された義手が再び地上に戻ってきて、日常に役立つようになると期待しています。
また、車いすで走行できる場所が増えることで、障がいのある人の活躍の場が広がるかもしれません。サイバスロンは日常生活に役立つ技術の研究・開発促進を目指していますので、日本が世界に先駆けて突入した超高齢社会においても、自分で生活に必要なことができる社会に寄与できればと思っています。

サイバスロン

Team HSR Enhanced SUI  (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

――手動の車いすは、押してくれる家族に迷惑をかけるからと家に閉じこもっていた高齢者が、電動車いすをプレゼントされ自分で楽に操作できるようになって、外出するのが楽しくなり、お洒落をするようになったという話を聞いたことがあります。

鈴木 たった1段の段差を越えられず、行動範囲が限られてしまうことがあるそうです。でも、デザイン性に優れて、気軽に外出できる機能の高い車いすがあれば、心身ともに健康な長寿社会の実現に貢献できるかもしれません。技術が進化することで可能性は広がります。サイバスロンも、その牽引役の1つになれれば、という思いです。

サイバスロンは、参加者が同じゴールに向かっているので、前回の大会でも、1つのチームで何かうまくいかないことがあると、「どうしたの?この技術使ってみない?」というキャッチボールが研究者の間に起こり、それが画期的だった、と当事者が言っていたのが印象的でした。
インフラ側の整備、サイバスロンなどがもたらすモビリティー、それらが互いに歩み寄ることでバリアフリーが実現する。でもそれだけでも十分ではなくて、それを周りの人が自然に受け入れてくれる世の中こそが、本当の意味でのバリアフリーなのだと、多くの人々の取り組みを通じて教わりました。

サイバスロン

Team HKUSTwheels HKG (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

スイスの興奮と感動が、いよいよ日本へ

――今回、日本で車いすシリーズが開催されるようになった経緯を教えてください。

鈴木 発案者のリーナー教授は、そもそも2回目以降はぜひスイス以外の国で実施したいと考えていました。サイバスロンを真の意味で国際大会にしたい、世界の人に自分の問題として考えてもらいたいという思いからです。ただ、最初の大会が大成功したため、もう1度だけ、スイスで実施してほしいという声が高まり、2020年もチューリヒでの開催となります。その後は、スイス以外の国で実施する予定です。

とはいえ、すでに開催したいと手を挙げた国がいくつかあったので、いくつかの国々でプレ大会のようなかたちで、2019年に1種目ずつ行うことになりました。
技術大国である日本も、次回の開催国候補にあがっていましたが、スイスで実施されることになったため、車いすシリーズを2019年に開催、ということになりました。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開催に向けて、国内でダイバーシティーや共生社会への関心が高まる機運があることも、世界で初めてとなるサイバスロン・シリーズの日本開催実現に大きな役割を果たしています。

特に神奈川県川崎市では、人々の意識や社会環境のバリアを取り除き、誰もが社会参加できる環境を創出する「かわさきパラムーブメント」という取り組みが展開されています。現在第2期目に入っているのですが、インフラのバリアフリーだけでなく、教育や体験としてのバリアフリーを目指していらっしゃいます。あるイベントで川崎市のご担当者の方にお会いした時に、サイバスロンについて非常に理解を示してくださり、「市の施策とも親和性があり、開催する際はぜひ」とお声がけいただいたのが、ご縁となりました。
会場となるカルッツかわさきは、2017年10月にできたばかりの完全バリアフリー施設で、車いすで使えるシャワールームもあります。

――5月に開催される車いすシリーズ競技会の内容を教えてください。

鈴木 サイバスロン2020大会と同じルールで行われます。
日常生活に必要な動作ばかりなのは変わりませんが、第1回大会から難易度が上がっています。テーブルは、1つのテーブルに着くだけでなく、隣のテーブルに触れない精緻な動きが求められるようになりました。スラロームは棒状のポールではなく、コートラックやハイテーブルの間を抜ける、現実の環境に即した設定となっています。傾斜地は平面ではなく芝や砂地となり、階段は3段ではなく6段に、ドアはロボットアームで開けなければならなくなりました。
現在、参加に興味を示しているのは、日本、スイス、イギリス、韓国、ロシア、ポーランド、香港、ギリシアの8カ国です。
器具の仕様や重量などの問題もあり、調整を行っているのですが、日本から参加の5チームを含めて8から12チームの参加が見込まれます。
入場は無料ですが、事前登録が必要です。近日中にホームページより登録が可能になります。競技会は2019年5月5日、展示は前日から行われ、6日は学術シンポジウムが開催されます。

サイバスロン

Team RT-Movers JPN  (ETH Zürich/Alessandro Della Bella)

――昨年10月に開催されたワールド・ロボット・サミットでのデモも盛況だったようですね。

鈴木 はい、電動車いすで、階段を昇り降りするデモを行いました。「階段を車いすで昇る必要があるのか、危険ではないか」という意見もあります。その意識は、とても大切だと思います。
一方で、サイバスロン2016にも出場したパイロットの方に、デモ実施後に感想を聞くと、「機能が1つ増えたことで、自由をまた1つ取り戻した」と言っていました。ご提案しているのは、技術の可能性です。エスカレーターと併走したいという人もいれば、新しい技術は使いたくないという方もいらっしゃるでしょう。長い階段はお断りだけれど、シーンを限定してなら使いたい、という人もいるかもしれません。利用者の選択肢が広がるのは、悪くないことではないでしょうか。
デモに「将来は人の役に立つロボットを作りたい」という小学生のお子さんが何度も見に来てくれて、スイス人の技術者やパイロットに質問してくれたのも、嬉しかったです。

ワールド・ロボット・サミット

©HSR Rapperswil, Claudia Troger

――5月のサイバスロン車いすシリーズをどのように観戦してほしいですか。

鈴木 10月にデモをしてくれたパイロットがこう言っていました。「自分が障害を持つようになって、今まで必要でなかったことが必要になった。そのようなニーズがあることを、自分も以前は知らなかったので、周りの人が分からないのは、構わない。ただ、新しいニーズを伝えようとすると悲しい話になってしまい、気の毒な人と見られてしまうのが嫌だった。でも、サイバスロンは、それをかっこいい話として伝えられるのが、いいんだ」と。

スイスの主催者にも、大会を開催してみて、新しい発見がありました。車いすレースのドアを開けるという課題で、工具を使わないとうまく開けられないパイロットがいたのです。車いすの方は、必ずしも、上半身が自由な方ばかりではなかったのです。そこで、サイバスロン2020ではロボットアームが要件となったのです。たとえ腕が自由でも、たとえば赤ちゃんを抱えていたりしたら、車いすにドアを開ける機能がついていた方が、いいですよね。

次は、出場者の、あるいは来場者の気づきの中から、新しい課題が生まれて、それを克服する技術が登場するかもしれません。技術者も、障がいのある方も、そのどちらでもない方も、全員がアイデアや意見を出し合って、サイバスロンがより良いプロジェクトになればと思います。

サイバスロンは、まだ新しい取り組みです。昨年10月にシンポジウムを開催した際に、参加者から発達障害などがあるので、なんらかのサポートが欲しいとリクエストがありました。そこでベンチャー企業の文字認識ソフトを使ってテキストデータを用意しました。一般の方からは、「正しい用語への変換が不十分で、有効ではなかった」と言われたのですが、リクエストされた方からは、「情報保障があって、とてもわかりやすかった」とのお言葉をいただきました。
技術は皆さんに使っていただいてご指摘を受け、磨かれていくところがあります。「まだ不完全な技術でも多くの方に知ってもらい、皆さまの知見をいただくことで、より良くしていくことができる」というアプローチは、サイバスロンの理念に通じると考えています。最初から完璧を求めない、それを含めてサイバスロンを楽しんでいただければと思います。ぜひ、5月5日(日)に、各国のパイロット、技術者、スタッフ一同とともに、会場でたくさんの皆さんにお会いできることを楽しみにしています。

鈴木氏

「サイバスロン車いすシリーズ日本2019」詳細

TEXT: 栗原 進

鈴木恭子 (すずき・きょうこ) 

在日スイス大使館科学技術部 次長
東京都出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒業。米系通信社の日本支局でエレクトロニクス業界担当などを経て、2008年からスイス大使館科学技術部に在籍。